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王国の危機Ⅳ
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城壁の上で得物を構えていた誰もがその姿をはっきりと捉えた。
街道の先にある草原から王都へと真っすぐに進む、真っ黒な8本足の巨体なクモの姿を。
クモとの最初の戦闘は、城壁の上からの弓による攻撃だった。
しかし、大グモのその強靭な表皮に悉く矢は弾かれた。
稀に目や関節などに刺さりはしたが、複数ある目や脚の関節の1つを潰した程度では、大グモ達は止まらなかった。
しかし、雨のように降り注ぐ矢に、蜘蛛たちは一瞬だけ戸惑ったかの様に進軍速度が落ちたのも確かな事実だ。
大グモ達は進行速度を少々落とし、衛士や狩人の動きを観察した。
やがて、その矢が脅威になり得ないのを理解した大グモ達は、今度はゆっくりとまるで警戒する様にゆっくりと前進をはじめた。
槍より太いその牙を、カチカチと鳴らしながらゆっくりと迫ってくるその姿は、まさに死を予感させるものだった。
城壁下に設置していた馬房柵など、何の役にも立たなかった。
大グモの体当たりで簡単にそれは突破された。
徐々に大グモ達は城壁に取りついてきた。
衛士や狩人たちも、城壁の上から必死に石や油を落として防いでは入るが、このままでは越えられるのは時間の問題だった。
衛士は壺に入った油を城壁から大グモ達の中に投げ込み、火矢を放ち辺り一帯を火の海した。
大グモ達は、火を嫌がった。
城壁から群れが距離をとったのを確認すると、衛士達は次々に城壁を降りて油を前方に投げ込み火を放ち続けた。
そうやって戦線を多少は押し返す事は出来たが、敵を焼き殺すまでの火力が無い。
陽を警戒した大グモが前に出ないだけであって、油が無くなり炎の壁が無くなれば、すぐにでも押し寄せて来るだろう。
この場に居た全員が、炎が消える時…それが死ぬ時だと理解していた。
ただの1匹でも多く道連れに。
ただそれだけを望んでいた。
アメリア王女は衛士達の止めるのも聞かず城壁を降り、剣を構えてその時を待った。
王族としての責を果たすため、最前線で皆を鼓舞し続けなければならない。
12歳の少女が見せた覚悟にを前に、誰もが奮起するのは当然だろう。
気が付くと、その幼い少女の横に、国王と王妃も笑いながら剣を盾を構えて並び立っていた。
「さあ、ここが我らの死地と心得よ! 皆、共に笑って逝こうぞ!」
国王が手に持つ剣を高々と掲げ、戦場に響き渡る程の大声量で鼓舞した。
その時だった。
まるで何かに跳ね飛ばされたように、炎の壁の向こうで大グモが宙に舞ったのが見えた。
城壁の上の衛士達は、何かが大グモの大軍を跳ね飛ばし一直線に突き抜けてくる様子を、呆然と見ていた。
誰にも何が起こったか理解できなかった。
大グモ達は、今の今まで向かっていた王都へと背を向け、這い出て来た草原の方へと頭を向けた。
死地へと向かう前衛と大グモを隔てる炎の壁の向こうで、一体何が起こっているのか誰にも分からなかった。
大グモが大グモを跳ね飛ばしているのか? クモが仲間割れ? そんなあり得ない願望を口にする者さえいた。
「一体、何が起きているというのじゃ…」
呆然とした王の呟きは誰の耳にも届かなかった。
ただただその様子を全員で見ていた。
やがて、炎の壁の近くにいた大グモまでもが宙に舞うと、城壁の下で剣を構えていたマイラフ国王ににもその正体がわかった。
ヒュンヒュンと不思議な風切り音と共に炎の壁がだんだんと渦巻いて行く。
やがてその渦は炎を巻き込み、燃え盛る炎の壁に穴を穿った。
そしてその炎の渦の中から、炎を纏った竜巻が飛び出して来たのだ。
全員、新たな敵の出現を予感したが、それは大きな間違いであった。
ビュン! っと空気を切り裂くような音と共に竜巻は炎が吹き飛ばし、その正体を現した。
それは、左手に大きな弓を持つ少年と、虹色の羽の妖精だった。
彼らが穿ち通って来た炎の壁は、何事も無かったかの様に元の火勢を取り戻していた。
炎の壁を突破し、居並ぶ衛士や狩人達の前に飛び出した少年は、
「国王陛下はおられませんか? 妖精の国の女王が子、ヴィーです」
そう名乗った。
その様子を間近に見ていたマイラフが、一歩進み出る。
「…わしが国王のマイラフじゃ。お主が…妖精女王の騎士なのか?」
「遅くなり申し訳ありません。どうか皆さんは壁の中に下がっててください。あとは僕達でやります」
妖精を肩に乗せた少年は、全員に撤退しろという。
「お主1人でどうにかなる数じゃない! わしらも共に戦うぞ!」
マイラフが手にした剣と盾を掲げて言うと、
「ああ、言い方が悪かったですね。でははっきり言いましょう。足手まといですから、壁の中に隠れててください」
「んなぁ!?」
「母から敵を殲滅して来いと言われました。東の森に潜む大グモを倒すのに少し時間がかかり少し遅くなりました。ですが、これが僕がここに来た理由で、これが僕の仕事です」
聞いていた衛士も狩人も王家一同も官僚も、皆絶句した。
1人で殲滅? 出来るわけない! この場にいる全員の心の声が一致した。
「ああ、そろそろ油が切れて炎が収まります。お早く退避してください」
そう言うと、肩に座る妖精に少年は声を掛けた。
「それじゃ本気で行くよ、エル」
『うん!』
エルと呼ばれた妖精が、少年の目の前まで飛ぶ。
この妖精は、マイラフも見た事がある妖精だ。
今までも何度かこっそりと薬草や妖精女王からの伝言を運んで来てくれた可愛らしく美しい妖精。
その妖精が、慈母の様に両手を広げ、少年の顔を慈しむかの様に優しく抱いた。
炎の壁を背にしたその光景は、まるで幻想の様に揺らめいて見えた。
そして少年の額へと妖精も額を付けると、2人は声を揃えて言霊を紡ぐ。
「『 リンク!!』」
瞬間、辺り一面を爆発的な虹色の光が包んだ。
少年と妖精の瞳と身体から、虹色の光が噴き出し輝いた。
「『さあ、炎が消えます、早く退避を!』」
2人の声が重なって、奇妙に響いた。
その言葉を最後に、少年と妖精は燃え盛る炎など意に介さないかのように、その壁へと飛び込んでいった。
そしてその向こうで、矢をもはじき返す大グモが千切れ跳び舞っているのが、誰の目にも映った。
その有様を呆然と見ていた国王だが、ハッと我にかえると、
「あやつはわしらの知らぬ呪術を使う様じゃ! ここに居てはあやつが自由に戦えん! 退け! 撤退だ!」
城壁の外で得物を構える衛士や狩人たちへと、撤退のを指示を出した。
街道の先にある草原から王都へと真っすぐに進む、真っ黒な8本足の巨体なクモの姿を。
クモとの最初の戦闘は、城壁の上からの弓による攻撃だった。
しかし、大グモのその強靭な表皮に悉く矢は弾かれた。
稀に目や関節などに刺さりはしたが、複数ある目や脚の関節の1つを潰した程度では、大グモ達は止まらなかった。
しかし、雨のように降り注ぐ矢に、蜘蛛たちは一瞬だけ戸惑ったかの様に進軍速度が落ちたのも確かな事実だ。
大グモ達は進行速度を少々落とし、衛士や狩人の動きを観察した。
やがて、その矢が脅威になり得ないのを理解した大グモ達は、今度はゆっくりとまるで警戒する様にゆっくりと前進をはじめた。
槍より太いその牙を、カチカチと鳴らしながらゆっくりと迫ってくるその姿は、まさに死を予感させるものだった。
城壁下に設置していた馬房柵など、何の役にも立たなかった。
大グモの体当たりで簡単にそれは突破された。
徐々に大グモ達は城壁に取りついてきた。
衛士や狩人たちも、城壁の上から必死に石や油を落として防いでは入るが、このままでは越えられるのは時間の問題だった。
衛士は壺に入った油を城壁から大グモ達の中に投げ込み、火矢を放ち辺り一帯を火の海した。
大グモ達は、火を嫌がった。
城壁から群れが距離をとったのを確認すると、衛士達は次々に城壁を降りて油を前方に投げ込み火を放ち続けた。
そうやって戦線を多少は押し返す事は出来たが、敵を焼き殺すまでの火力が無い。
陽を警戒した大グモが前に出ないだけであって、油が無くなり炎の壁が無くなれば、すぐにでも押し寄せて来るだろう。
この場に居た全員が、炎が消える時…それが死ぬ時だと理解していた。
ただの1匹でも多く道連れに。
ただそれだけを望んでいた。
アメリア王女は衛士達の止めるのも聞かず城壁を降り、剣を構えてその時を待った。
王族としての責を果たすため、最前線で皆を鼓舞し続けなければならない。
12歳の少女が見せた覚悟にを前に、誰もが奮起するのは当然だろう。
気が付くと、その幼い少女の横に、国王と王妃も笑いながら剣を盾を構えて並び立っていた。
「さあ、ここが我らの死地と心得よ! 皆、共に笑って逝こうぞ!」
国王が手に持つ剣を高々と掲げ、戦場に響き渡る程の大声量で鼓舞した。
その時だった。
まるで何かに跳ね飛ばされたように、炎の壁の向こうで大グモが宙に舞ったのが見えた。
城壁の上の衛士達は、何かが大グモの大軍を跳ね飛ばし一直線に突き抜けてくる様子を、呆然と見ていた。
誰にも何が起こったか理解できなかった。
大グモ達は、今の今まで向かっていた王都へと背を向け、這い出て来た草原の方へと頭を向けた。
死地へと向かう前衛と大グモを隔てる炎の壁の向こうで、一体何が起こっているのか誰にも分からなかった。
大グモが大グモを跳ね飛ばしているのか? クモが仲間割れ? そんなあり得ない願望を口にする者さえいた。
「一体、何が起きているというのじゃ…」
呆然とした王の呟きは誰の耳にも届かなかった。
ただただその様子を全員で見ていた。
やがて、炎の壁の近くにいた大グモまでもが宙に舞うと、城壁の下で剣を構えていたマイラフ国王ににもその正体がわかった。
ヒュンヒュンと不思議な風切り音と共に炎の壁がだんだんと渦巻いて行く。
やがてその渦は炎を巻き込み、燃え盛る炎の壁に穴を穿った。
そしてその炎の渦の中から、炎を纏った竜巻が飛び出して来たのだ。
全員、新たな敵の出現を予感したが、それは大きな間違いであった。
ビュン! っと空気を切り裂くような音と共に竜巻は炎が吹き飛ばし、その正体を現した。
それは、左手に大きな弓を持つ少年と、虹色の羽の妖精だった。
彼らが穿ち通って来た炎の壁は、何事も無かったかの様に元の火勢を取り戻していた。
炎の壁を突破し、居並ぶ衛士や狩人達の前に飛び出した少年は、
「国王陛下はおられませんか? 妖精の国の女王が子、ヴィーです」
そう名乗った。
その様子を間近に見ていたマイラフが、一歩進み出る。
「…わしが国王のマイラフじゃ。お主が…妖精女王の騎士なのか?」
「遅くなり申し訳ありません。どうか皆さんは壁の中に下がっててください。あとは僕達でやります」
妖精を肩に乗せた少年は、全員に撤退しろという。
「お主1人でどうにかなる数じゃない! わしらも共に戦うぞ!」
マイラフが手にした剣と盾を掲げて言うと、
「ああ、言い方が悪かったですね。でははっきり言いましょう。足手まといですから、壁の中に隠れててください」
「んなぁ!?」
「母から敵を殲滅して来いと言われました。東の森に潜む大グモを倒すのに少し時間がかかり少し遅くなりました。ですが、これが僕がここに来た理由で、これが僕の仕事です」
聞いていた衛士も狩人も王家一同も官僚も、皆絶句した。
1人で殲滅? 出来るわけない! この場にいる全員の心の声が一致した。
「ああ、そろそろ油が切れて炎が収まります。お早く退避してください」
そう言うと、肩に座る妖精に少年は声を掛けた。
「それじゃ本気で行くよ、エル」
『うん!』
エルと呼ばれた妖精が、少年の目の前まで飛ぶ。
この妖精は、マイラフも見た事がある妖精だ。
今までも何度かこっそりと薬草や妖精女王からの伝言を運んで来てくれた可愛らしく美しい妖精。
その妖精が、慈母の様に両手を広げ、少年の顔を慈しむかの様に優しく抱いた。
炎の壁を背にしたその光景は、まるで幻想の様に揺らめいて見えた。
そして少年の額へと妖精も額を付けると、2人は声を揃えて言霊を紡ぐ。
「『 リンク!!』」
瞬間、辺り一面を爆発的な虹色の光が包んだ。
少年と妖精の瞳と身体から、虹色の光が噴き出し輝いた。
「『さあ、炎が消えます、早く退避を!』」
2人の声が重なって、奇妙に響いた。
その言葉を最後に、少年と妖精は燃え盛る炎など意に介さないかのように、その壁へと飛び込んでいった。
そしてその向こうで、矢をもはじき返す大グモが千切れ跳び舞っているのが、誰の目にも映った。
その有様を呆然と見ていた国王だが、ハッと我にかえると、
「あやつはわしらの知らぬ呪術を使う様じゃ! ここに居てはあやつが自由に戦えん! 退け! 撤退だ!」
城壁の外で得物を構える衛士や狩人たちへと、撤退のを指示を出した。
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