妖精女王の騎士 ヴィー ≪Knight of the Fairy Queen、Vee ≫

大国 鹿児

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確信

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 エルと別れて一人森に入ったヴィーは、辺りを見回し誰もいない事を確認すると強く地面を蹴った。
 森の高い木々の上まで一息で飛ぶと、木の枝や幹を足場に森の上を跳んで森の奥へと進む。
 ヴィーが森の樹々を足場に跳んでも、その足場である樹々に揺れは全く無い。
 その枝に巣を作る鳥や小動物でさえ、ヴィーがすぐ横を足場に跳んでも気付かない程だ。
 こうして、常人では目で動きを追う事すら難しい速度で移動するヴィー。
 しかし、ただ森の中に生きる者達にとっては、ただ一陣の風が吹き抜けた程しか感じなかった。

 その鋭敏な感覚でヴィーが感じ取った森のざわめきは、この広大な森の外縁部であった。
 とは言っても、広大な森の外縁部であるから、狩人でも無ければおいそれと足を踏み入れる事が出来る場所では無い。 
 ヴィーが感じた様に、森の奥と表現しても間違いではないだろう。
 
 樹々の枝を蹴り一頻り跳んだヴィーは、目当てである森のざわめきの正体を視界の端に捉えた。
 その姿を捉えたヴィーは心の中で、『こんな森の中で野営か…仕事を請け負った狩人では無いな』と考えた。
 ギルドからの依頼を請けて森に入る普通の狩人は、たとえ外縁であったとして、ここまで森の奥には来ない。
 何故なら、森の奥に入れば入るほど獣は強くなり、それらに対処する為にはある程度の経験豊富で実力のある狩人複数人がパーティーで対処する必要があるからだ。

 そして、森の奥で活動するパーティーは、皆非常に規律に厳しい。
 考えれば当然で、常に命の危険のある森の中で個人が身勝手な行動をとれば、それは即パーティーの壊滅に繋がるからだ。
 遵ってこういった深奥に潜るパーティーに規律の乱れはあり得ないし、あってはならない。
 当然ながら依頼を出すユニオンも、パーティーを見定めて出さなければ無用に人死にを出たり、遭難者が出るなどしてしまい、その後の対応で更なる人手を要する事になるのは目に見えている。
 なので、統率の取れていない狩人には、ギルドは絶対に依頼を出しはしない。

 今、ヴィーの視界の先に居る者達は11人。
 装備はバラバラで揃っておらず、木々を利用しロープで固定した野営用のタープの中にだけでなく、外にも酒瓶が幾つも転がっており、食用に狩ったらしき獣の可食部位以外は放置されたまま。
 森の中では何が起こるか分からない。
 特に危険な獣を引き寄せるような血の臭いのする内臓などを放置する狩人は居ない。
 そんな者が居るとすれば、それは森を何も知らない素人か、よほどの馬鹿だけだ。
 依頼を受ける正規の狩人は、無用に自らの命を危険に晒すことはしない。
 酒を飲んで警戒を怠ったり、注意力を落とす様なことなどあり得ない。
 危険な獣を引き寄せる物を放置するなど、絶対に有ってはならない事だ。
 
 つまり、目の前に居るこの11人は、真っ当な狩人で無い事は明白だ。
 これまでの内容を検証し、野盗の類でも無いと推測出来る。
 野盗であれば、襲う商人も居ないだけでなく、危険な森の奥で野営などする筈がない。
 ヴィーは、ほぼこの男達の目的や正体に確信をもって、音も無く男達の背後へ弓を持ち近づいた。

 野営地で男たちは各々食事を摂っていた。鹿の枝肉の丸焼きだろうか、ナイフで焼けた所をこそぎ落し食っている男や、日も昇り切らない朝から酒瓶を手に塩漬け肉をかじる男、いまだ鼾をかいて寝ている男までいた。
 そんな男達に気付かせるように、わざと木々の枝葉を揺らし音を立てながらヴィーは近づいた。

 最初に気付き、「誰だ!」と声をあげたのは一際大きな男だ。
 すぐに近くに置いてあった身の丈ほどの大斧を手に立ち上がり、音のする方へと体を向ける。
 大男が目を向けた先には、大木が立ってはいるが、そこに人影は見当たらない。
 ふと大男が頭上へと目を向ける。
 先程の枝葉を揺らす音は、もしや鳥だったのか…と、男が考えた瞬間、大木を滑る様に少年が目の前に現れた。

「お前達、こんな所で何をしている。ここは森の奥だぞ?」
 いきなり姿を現したヴィーの問いかけに、大斧を持った男は戸惑いもしたが、それでも平静を装いつつ答えた。
「ギ、ギルドの依頼を請けたんだ。お前こそ何しにきやがった?」
 と、逆に問い返した。
「ほう…依頼か。何を狩るんだい? この辺りの獣にしても薬草にしても依頼は出てなかったはずだが? 請負証かギルドの登録証を見せてくれないか」

 ヴィーが話している最中、少し猫背の男が大男にそっと近づく。
「ガキ一人ですぜ…始末ましょうぜ…」
 そう、小声でと囁く。
 その言葉の通り、ヴィーと大男との会話の最中、ヴィーを囲むようにゆっくりと武器を持った男たちが動いていた。

「登録証か。ちょっと待てよ…」
 大男がさも登録証を探すかのように懐に手を入れ、即座に指に2本の投げナイフ挟んでを取り出して、
「馬鹿が! 死ね!」
 と、一息でヴィーに向かってそのナイフを投擲した。

 大男もヴィーを囲んだ男達も、胸にナイフが突き立ち、口から泡だった血を吐きながら倒れる少年の姿を予想し。
 しかし現実は、緊張も恐怖も一切見せず、自然な仕草で飛んでくる2本のナイフを片手の指で摘んだ少年の姿だった。
 大男の投擲を「ふんっ…」と、鼻であざ笑い、少年は摘んだナイフをヒラヒラと目の前で振って大男に向かって口を開く。

「やはりな。お前等、密猟者だな」
 摘んでいた2本のナイフを大男の前に放り投げたヴィーは、男達に向かい無情酷薄な笑顔を浮かべてそう断言した。 
 男達は、薄暗い森の中に立つ自分達よりも背も低くひ弱そうに見えた少年の目が、非常なまでに冷酷に鋭く光った様に見えた。
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