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呼吸
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朝食後には、父さんはアルテアン侯爵領の領都であるリーカに向かう。
事前に王都から連れて来ていた騎士さんや兵士さん達には、領主邸の前に集合してもらう様に通達済みらしい。
なので、邸の前で彼等を拾った後、例の土地の調査へとやっと出発できるってわけだ。
いや~、王都からやって来て、調査出発まで2ヶ月近くかかったよ…誰のせいだろう?
え、俺のせい? うん、そうかもしれない。
でも、それだけの期間、大いに休息を楽しんだ騎士さんや兵士さんは、意外なほどやる気満々らしい。
ただ、人魚さんが経営する娼館に当分行けなくなる事だけが心残りだとか。
あんたら、元気だねえ…帰ってきたら、心行くまで通いなされ。
さて、そんなわけで今朝の鍛錬は、短時間になるかもしれないが集中して行おう。
俺は、身体中の力を抜き、ただ体の中心に1本の芯が通っているように意識して立つ。
心を鎮めて、身体の何処にも余計な力が入らないように。
そして静かに呼吸を整える。
吸って吐いて吸って吐いて…。
早朝特有の少しだけ温度の低い空気を肺いっぱいに取り込む。
吸った空気の中の酸素が血液に取り込まれ、代わりに二酸化炭素が肺へと排出されていく事を意識しながら。
ゆっくりと深く深く呼吸を繰り返す。
そうしていると、不意に前世で長らく通っていた空手道場の先生に教わった言葉が蘇った。
呼吸、すなわち息は『生き』であり『活き』であり『意気』である。
生命である以上、食べ物を口にせずとも数日は生きる事が出来る。
だが、息をせねば生き物はわずかな時間でその生を終えてしまう。
乃ち、息とは生命そのものとも言える。
そして、同様に息をせねば、あらゆる生命活動において意欲が大幅に落ちる。
乃ち、息とは活力の源と言える。
そして、息が乱れる事があれば、それは心の乱れとなる。
乃ち、息とは意気を整えるための最も大切な行いである。
呼吸とは道を極めるにあたり、最も大事な物である。
ゆめゆめ軽んじる事なかれ…。
呼吸をしっかりと意識できるまで、決して動いてはならないと、稽古の前に教わったのを思い出した。
そう難しい内容でもないのに、何故か転生してから今まで忘れていた。
きっと転生で得る事が出来たこの身体のスペックが、前世の数倍も良いからなのかもしれない。
だめだなぁ…こんな初歩の初歩を忘れるなんて。
道場の指導員として失格だ…今は違うけど。
何度も呼吸を繰り返し、ただ無心になるまでそれを繰り返す。
やがて朝を告げる鳥達の鳴き声が遠のいてゆく。
遠く領都の温泉街で朝早くから動き始めた人々こ喧騒までもが耳に見届いて来たが、それすら段々と遠のいてゆく。
次第に周囲の音は何も聞こえなくなり、頬を撫ぜる心地よい空気の一粒一粒…いや、身体中の細胞が感じるている風の流れの小さな変化までもが、はっきりと感じられる様になった。
太陽の動き…いや、俺が立つ大地の動きすら感じられる気がした。
そうして、俺は初めて薄っすらを目を開けた。
目の前には見慣れたはずの裏庭の光景が広がっているはずなのだが、それすら感じられなくなっている。
足元はただの地面のはずなのだが、それすらも感じられない…いや、感じているはずなのに、俺自身の一部であるかのようだ。
俺はゆっくりと右足を半歩程引き、左手を中段、右手は顎の前へと持って行き、軽く握り込んだ。
この手の中に、大切な何かが入っているかのように優しく、しかし誰にも取られないようにしっかりと。
右足の爪先から大地の力を受取り、それを膝、腰、肩へと捻り伝え、十分に回転が乗った所で、右拳を一直線に突き出す。
直ぐにその右手を引き戻すと同時に、逆に肩、腰、膝、そして爪先へと捻りながら力を戻し、左足を正面中段へ蹴り出した。
『せぃやぁ!』
また左足を素早く引き戻し、地に付いた瞬間に右足を1歩前へと進めながら、右拳で上段へと順突き。
そして…
そんなトールヴァルドを、邸のそこかしこの窓から見つめるアルテアン家の面々。
実際に裏庭で剣をトールヴァルドと共に振ろうと出て来たイネスやヴァルナルも、それを見つめていた。
「い、イネス…あの動きを…目で追えるか?」
ヴァルナルが、ただ只管に息子の動きを凝視していた。
「義父さま…私には…無理です…」
曲がりなりにも武人として名を馳せたヴァルナルと、まだ少女でありながらメリルの専属護衛騎士を勤めていたイネス。
普段はお馬鹿な2人ではあるが、はっきり言ってそこらの騎士や兵士が束になってかかった所で息も切らさず倒せるだろう。
その2人が目の前で動くトールヴァルドの一挙手一投足を目で追う事が出来ないとは、異常な事である。
「見えるんです…確かに見えるんです…。でも、何をしても防げる気がしません」
イネスが呆然とトールヴァルドを見つめながら呟くと、
「ああ…俺もだ。どうやっても剣を打ち込める気がしない…。何なんだ、あれは…」
動きを目で追う事は出来るのに、その拳を蹴りを防ぐイメージが出来ない。
2人が手にする大剣で斬りかかっても、即座に倒される未来しか見えない。
どんなに動いていても、トールヴァルドの重心は一切崩れていない。
そのあまりにも枯れるで美しい光景に、唖然とするのであった。
そして、それはヴァルナルとイネスだけではない。
邸の窓から日課のトールヴァルドの鍛錬を覗き見していた全員が、言葉を発する事すら出来無くなっていたのだった。
事前に王都から連れて来ていた騎士さんや兵士さん達には、領主邸の前に集合してもらう様に通達済みらしい。
なので、邸の前で彼等を拾った後、例の土地の調査へとやっと出発できるってわけだ。
いや~、王都からやって来て、調査出発まで2ヶ月近くかかったよ…誰のせいだろう?
え、俺のせい? うん、そうかもしれない。
でも、それだけの期間、大いに休息を楽しんだ騎士さんや兵士さんは、意外なほどやる気満々らしい。
ただ、人魚さんが経営する娼館に当分行けなくなる事だけが心残りだとか。
あんたら、元気だねえ…帰ってきたら、心行くまで通いなされ。
さて、そんなわけで今朝の鍛錬は、短時間になるかもしれないが集中して行おう。
俺は、身体中の力を抜き、ただ体の中心に1本の芯が通っているように意識して立つ。
心を鎮めて、身体の何処にも余計な力が入らないように。
そして静かに呼吸を整える。
吸って吐いて吸って吐いて…。
早朝特有の少しだけ温度の低い空気を肺いっぱいに取り込む。
吸った空気の中の酸素が血液に取り込まれ、代わりに二酸化炭素が肺へと排出されていく事を意識しながら。
ゆっくりと深く深く呼吸を繰り返す。
そうしていると、不意に前世で長らく通っていた空手道場の先生に教わった言葉が蘇った。
呼吸、すなわち息は『生き』であり『活き』であり『意気』である。
生命である以上、食べ物を口にせずとも数日は生きる事が出来る。
だが、息をせねば生き物はわずかな時間でその生を終えてしまう。
乃ち、息とは生命そのものとも言える。
そして、同様に息をせねば、あらゆる生命活動において意欲が大幅に落ちる。
乃ち、息とは活力の源と言える。
そして、息が乱れる事があれば、それは心の乱れとなる。
乃ち、息とは意気を整えるための最も大切な行いである。
呼吸とは道を極めるにあたり、最も大事な物である。
ゆめゆめ軽んじる事なかれ…。
呼吸をしっかりと意識できるまで、決して動いてはならないと、稽古の前に教わったのを思い出した。
そう難しい内容でもないのに、何故か転生してから今まで忘れていた。
きっと転生で得る事が出来たこの身体のスペックが、前世の数倍も良いからなのかもしれない。
だめだなぁ…こんな初歩の初歩を忘れるなんて。
道場の指導員として失格だ…今は違うけど。
何度も呼吸を繰り返し、ただ無心になるまでそれを繰り返す。
やがて朝を告げる鳥達の鳴き声が遠のいてゆく。
遠く領都の温泉街で朝早くから動き始めた人々こ喧騒までもが耳に見届いて来たが、それすら段々と遠のいてゆく。
次第に周囲の音は何も聞こえなくなり、頬を撫ぜる心地よい空気の一粒一粒…いや、身体中の細胞が感じるている風の流れの小さな変化までもが、はっきりと感じられる様になった。
太陽の動き…いや、俺が立つ大地の動きすら感じられる気がした。
そうして、俺は初めて薄っすらを目を開けた。
目の前には見慣れたはずの裏庭の光景が広がっているはずなのだが、それすら感じられなくなっている。
足元はただの地面のはずなのだが、それすらも感じられない…いや、感じているはずなのに、俺自身の一部であるかのようだ。
俺はゆっくりと右足を半歩程引き、左手を中段、右手は顎の前へと持って行き、軽く握り込んだ。
この手の中に、大切な何かが入っているかのように優しく、しかし誰にも取られないようにしっかりと。
右足の爪先から大地の力を受取り、それを膝、腰、肩へと捻り伝え、十分に回転が乗った所で、右拳を一直線に突き出す。
直ぐにその右手を引き戻すと同時に、逆に肩、腰、膝、そして爪先へと捻りながら力を戻し、左足を正面中段へ蹴り出した。
『せぃやぁ!』
また左足を素早く引き戻し、地に付いた瞬間に右足を1歩前へと進めながら、右拳で上段へと順突き。
そして…
そんなトールヴァルドを、邸のそこかしこの窓から見つめるアルテアン家の面々。
実際に裏庭で剣をトールヴァルドと共に振ろうと出て来たイネスやヴァルナルも、それを見つめていた。
「い、イネス…あの動きを…目で追えるか?」
ヴァルナルが、ただ只管に息子の動きを凝視していた。
「義父さま…私には…無理です…」
曲がりなりにも武人として名を馳せたヴァルナルと、まだ少女でありながらメリルの専属護衛騎士を勤めていたイネス。
普段はお馬鹿な2人ではあるが、はっきり言ってそこらの騎士や兵士が束になってかかった所で息も切らさず倒せるだろう。
その2人が目の前で動くトールヴァルドの一挙手一投足を目で追う事が出来ないとは、異常な事である。
「見えるんです…確かに見えるんです…。でも、何をしても防げる気がしません」
イネスが呆然とトールヴァルドを見つめながら呟くと、
「ああ…俺もだ。どうやっても剣を打ち込める気がしない…。何なんだ、あれは…」
動きを目で追う事は出来るのに、その拳を蹴りを防ぐイメージが出来ない。
2人が手にする大剣で斬りかかっても、即座に倒される未来しか見えない。
どんなに動いていても、トールヴァルドの重心は一切崩れていない。
そのあまりにも枯れるで美しい光景に、唖然とするのであった。
そして、それはヴァルナルとイネスだけではない。
邸の窓から日課のトールヴァルドの鍛錬を覗き見していた全員が、言葉を発する事すら出来無くなっていたのだった。
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