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欲望と狂気
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その天幕は、暗黒教ダークランド皇国の軍の中でも、ひときわ大きく豪奢な造りとなっていた。
天幕の中では、まだ成人して間もない青年が目を閉じて1人佇み、何事か考え事をしている様であった。
天幕の外の喧騒とはうって変わり、ただ青年の呼気の音だけが、天幕の中の静寂を破っていた。
いや、この表現は正確では無い。部屋に鎖で繋がれている見目麗しい少女が3人も居るのだが、誰も一言も声を発していないどころか、息をする事さえこの青年の顔色を窺っている始末である。
「陛下、報告がございます!」
天幕の外から、青年へと声を掛けた者があった。
「許す、入れ」
青年がそう言葉を掛けると、扉がわりの入り口の幕を捲り、青年よりも年老いた鎧に身を包んだ騎士と思しき男性が、静かに天幕へと入って来て、青年の前で跪いた。
「畏れながら、陛下。現在、多くの兵を裂いて周辺諸国へと食料その他の物資の徴用にあたらせておりますが、未だ全軍を維持できる程の量は集められておりません」
鎧姿の男性が行った報告は、青年にとって満足出来る物では無かった。
「何故集められんのだ! すでに余は5つもの国を降したのだぞ! それらの国に何の物資も無かったというのか!」
確かに5ヵ国も傘下にすれば、物資など如何様にも集められるようにも見える。
しかし、国を併合する度に徴兵していた人々は、日々農作物を育んでいた農民や、鉄を打ち剣や槍などを造っていた職人も含まれている。
いや、多くの兵は、元はその様な立場であった。
それ等の人々を抜きにして、何の生産性も持たない軍隊をただ食わせ戦わせる為の物資が、いつまでも続くわけが無い。
すでに併呑した国家の国庫は空に近い状態であり、徴用しようにも農村や商家、職人街にも必要な物資は残っていなかった。
「陛下…もうこれだけの軍を維持するための物資は、どの国にも…しかも…」
同じように考えていたであろう男性は、言い難そうにしながらも、言葉を続けようとした。
「しかも、何だ!?」
いらだちを隠せない青年は、怒鳴る様に大声を張り上げ、男性に言葉を叩きつけた。
「はい…しかも、各国や街に置いて来た兵達が、残された民を凌辱し民の財産を略奪しております…」
男性は、ありのまま上がってきた情報を青年に伝えた。
「凌辱…略奪…? それが、闇の神様の教えとどう違うというのだ?」
思い悩む事も心を痛める事も無く、青年はそう言い捨てた。
「いえ、何の罪も無い民を…我が軍の兵達が痛めつけているのですよ? このままでよろしいのですか?」
男性の表情は、少しだけ…ほんの少しだけだが、青年への侮蔑の念が込められていた。
「どこに問題があるというのだ? 闇の神に選ばれた者が、価値の無い神を崇拝する下民共に、崇高な教えを説いているのだ。その身体と財をもって闇の神に贖罪しているだけではないか」
ちらりと男性は、部屋の片隅で身を寄せ合っている、鎖で繋がれボロを纏っただけの少女達に視線を向けると、
「ですが陛下…民を辱している兵達は、心から闇の神の信奉者となった分けでは…」
そう、この男性の言う様に、女性を凌辱し略奪功を繰り返している兵達は、闇の神の教えだと騙り、ただ欲望の赴くまま勝手に振る舞っているだけの事。
ただの野盗や盗賊達の様な犯罪者と、何ら変わる事が無い下衆な輩である。
「ふんっ! そんな些事は捨て置け! それよりも、物資の徴用を急げ。すでに半月もここで足止めを食らっているのだぞ! 偵察部隊はどうした!? 何の報告もあがって来てはおらぬではないか!」
男性は、そんな奴らはとっくに逃げ出して、どこかの村でも襲っているでしょう…と、喉元まで出かかったが、あえて飲み込んだ。
「些事…いえ、偵察部隊からの報告は、まだ上がってきておりませぬ。敵の姿がそれだけ見えぬという事は、まだまだ敵が我軍に対しての防衛対策を整えていないという事の表れでしょう」
「ふむ…なっるほどな。彼奴らは我軍お剃るるに足らずと、舐めきっているという事か。いや、15万もの大軍に恐れをなして、受け入れるつもりなのかも? それなら理解も出来るな…」
青年がぶつぶつと呟いていたが、それを聞いた男性は、自分の都合が良いようにしか考えないこの青年と、あまりにも理不尽な闇の神とやらの教えには、従軍してからというものずっと辟易としていた。
しかし、彼にも故郷にいる家族のために、どうしてもこの戦を負けるわけには行かなかった。
負けてしまえば全てを失う…青年の戦いぶりを間近で見てしまったからこその、弊害かもしれない。
「うむ、よし! では、再度偵察部隊を出せ! 敵が我らを受け入れる準備をしているやもしれん。そうであるなら、早急に食料を用意せよと、言ってくるのだ!」
自分の都合の良いようにしか考えない青年の命令は、いくらか正常な思考を残している男性にとっては、愚かでしかなかった。
そんな分けがあるはずない…敵は手薬煉引いて弱り切った自分達を待ち構えているのは、男性には容易に想像できたから。
しかし、長く離れた愛する家族のため、男性は青年に向かい、
「はっ! すぐに出立させます! 1個小隊でよろしいでしょうか?」
「ああ、それで構わん。すぐに行かせろ。報告はそれだけか? では、行け!」
男性の返答に、満足気に頷いた青年は、アーテリオス神国が自らを受け入れる準備をしているという妄想に浸っていた。
いや、妄想と言っても良いだろう。
「はっ!」
男性は、一言だけ発すると、静かに天幕から出ていった。
もう、この国は駄目かもしれない、アレはもう狂っていると、分っていながらも。
「何でだ…俺ならこの世界を手に入れる事が出来るって、言ったじゃないか…」
親指の爪をガシガシと苛立たし気に噛みながら、青年はブツブツと言い始めた。
「何が女神の使徒だ…ただド田舎の小領主のくせに…俺なんか、この大陸を制覇する覇王の相を持つ男だってのに…」
その呟きは、鎖で繋がれた少女達の耳にすら届かない程、小さな物だった。
「こんなペット女じゃなく、もっといい女が…そうだ、次の国にはきっと…」
しかし、苛立ちが明らかな青年に、誰も声を掛ける事が出来なかった。
「ひっひっひっひゃっはっはははははははっははははっははっはは!!」
豪奢な天幕の中だけでなく、外にまで響く青年の狂気に満ちた笑い声は、天幕を共にする少女達だけでなく、天幕を護衛する兵達までも震え上がらせることとなった。
「この世界は俺様の物だ! 俺様こそが統一皇帝となる器なのだ! この世の女は全てこの俺様の物だー!」
狂気と欲望に支配された青年を止める事が出来る者は、彼の周りには居なかった。
天幕の中では、まだ成人して間もない青年が目を閉じて1人佇み、何事か考え事をしている様であった。
天幕の外の喧騒とはうって変わり、ただ青年の呼気の音だけが、天幕の中の静寂を破っていた。
いや、この表現は正確では無い。部屋に鎖で繋がれている見目麗しい少女が3人も居るのだが、誰も一言も声を発していないどころか、息をする事さえこの青年の顔色を窺っている始末である。
「陛下、報告がございます!」
天幕の外から、青年へと声を掛けた者があった。
「許す、入れ」
青年がそう言葉を掛けると、扉がわりの入り口の幕を捲り、青年よりも年老いた鎧に身を包んだ騎士と思しき男性が、静かに天幕へと入って来て、青年の前で跪いた。
「畏れながら、陛下。現在、多くの兵を裂いて周辺諸国へと食料その他の物資の徴用にあたらせておりますが、未だ全軍を維持できる程の量は集められておりません」
鎧姿の男性が行った報告は、青年にとって満足出来る物では無かった。
「何故集められんのだ! すでに余は5つもの国を降したのだぞ! それらの国に何の物資も無かったというのか!」
確かに5ヵ国も傘下にすれば、物資など如何様にも集められるようにも見える。
しかし、国を併合する度に徴兵していた人々は、日々農作物を育んでいた農民や、鉄を打ち剣や槍などを造っていた職人も含まれている。
いや、多くの兵は、元はその様な立場であった。
それ等の人々を抜きにして、何の生産性も持たない軍隊をただ食わせ戦わせる為の物資が、いつまでも続くわけが無い。
すでに併呑した国家の国庫は空に近い状態であり、徴用しようにも農村や商家、職人街にも必要な物資は残っていなかった。
「陛下…もうこれだけの軍を維持するための物資は、どの国にも…しかも…」
同じように考えていたであろう男性は、言い難そうにしながらも、言葉を続けようとした。
「しかも、何だ!?」
いらだちを隠せない青年は、怒鳴る様に大声を張り上げ、男性に言葉を叩きつけた。
「はい…しかも、各国や街に置いて来た兵達が、残された民を凌辱し民の財産を略奪しております…」
男性は、ありのまま上がってきた情報を青年に伝えた。
「凌辱…略奪…? それが、闇の神様の教えとどう違うというのだ?」
思い悩む事も心を痛める事も無く、青年はそう言い捨てた。
「いえ、何の罪も無い民を…我が軍の兵達が痛めつけているのですよ? このままでよろしいのですか?」
男性の表情は、少しだけ…ほんの少しだけだが、青年への侮蔑の念が込められていた。
「どこに問題があるというのだ? 闇の神に選ばれた者が、価値の無い神を崇拝する下民共に、崇高な教えを説いているのだ。その身体と財をもって闇の神に贖罪しているだけではないか」
ちらりと男性は、部屋の片隅で身を寄せ合っている、鎖で繋がれボロを纏っただけの少女達に視線を向けると、
「ですが陛下…民を辱している兵達は、心から闇の神の信奉者となった分けでは…」
そう、この男性の言う様に、女性を凌辱し略奪功を繰り返している兵達は、闇の神の教えだと騙り、ただ欲望の赴くまま勝手に振る舞っているだけの事。
ただの野盗や盗賊達の様な犯罪者と、何ら変わる事が無い下衆な輩である。
「ふんっ! そんな些事は捨て置け! それよりも、物資の徴用を急げ。すでに半月もここで足止めを食らっているのだぞ! 偵察部隊はどうした!? 何の報告もあがって来てはおらぬではないか!」
男性は、そんな奴らはとっくに逃げ出して、どこかの村でも襲っているでしょう…と、喉元まで出かかったが、あえて飲み込んだ。
「些事…いえ、偵察部隊からの報告は、まだ上がってきておりませぬ。敵の姿がそれだけ見えぬという事は、まだまだ敵が我軍に対しての防衛対策を整えていないという事の表れでしょう」
「ふむ…なっるほどな。彼奴らは我軍お剃るるに足らずと、舐めきっているという事か。いや、15万もの大軍に恐れをなして、受け入れるつもりなのかも? それなら理解も出来るな…」
青年がぶつぶつと呟いていたが、それを聞いた男性は、自分の都合が良いようにしか考えないこの青年と、あまりにも理不尽な闇の神とやらの教えには、従軍してからというものずっと辟易としていた。
しかし、彼にも故郷にいる家族のために、どうしてもこの戦を負けるわけには行かなかった。
負けてしまえば全てを失う…青年の戦いぶりを間近で見てしまったからこその、弊害かもしれない。
「うむ、よし! では、再度偵察部隊を出せ! 敵が我らを受け入れる準備をしているやもしれん。そうであるなら、早急に食料を用意せよと、言ってくるのだ!」
自分の都合の良いようにしか考えない青年の命令は、いくらか正常な思考を残している男性にとっては、愚かでしかなかった。
そんな分けがあるはずない…敵は手薬煉引いて弱り切った自分達を待ち構えているのは、男性には容易に想像できたから。
しかし、長く離れた愛する家族のため、男性は青年に向かい、
「はっ! すぐに出立させます! 1個小隊でよろしいでしょうか?」
「ああ、それで構わん。すぐに行かせろ。報告はそれだけか? では、行け!」
男性の返答に、満足気に頷いた青年は、アーテリオス神国が自らを受け入れる準備をしているという妄想に浸っていた。
いや、妄想と言っても良いだろう。
「はっ!」
男性は、一言だけ発すると、静かに天幕から出ていった。
もう、この国は駄目かもしれない、アレはもう狂っていると、分っていながらも。
「何でだ…俺ならこの世界を手に入れる事が出来るって、言ったじゃないか…」
親指の爪をガシガシと苛立たし気に噛みながら、青年はブツブツと言い始めた。
「何が女神の使徒だ…ただド田舎の小領主のくせに…俺なんか、この大陸を制覇する覇王の相を持つ男だってのに…」
その呟きは、鎖で繋がれた少女達の耳にすら届かない程、小さな物だった。
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しかし、苛立ちが明らかな青年に、誰も声を掛ける事が出来なかった。
「ひっひっひっひゃっはっはははははははっははははっははっはは!!」
豪奢な天幕の中だけでなく、外にまで響く青年の狂気に満ちた笑い声は、天幕を共にする少女達だけでなく、天幕を護衛する兵達までも震え上がらせることとなった。
「この世界は俺様の物だ! 俺様こそが統一皇帝となる器なのだ! この世の女は全てこの俺様の物だー!」
狂気と欲望に支配された青年を止める事が出来る者は、彼の周りには居なかった。
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