君のためなら親でも殺す

小貝川リン子

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14 浮気

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 鉄道で半日以上かけて北へ。夕刻、東京と比べてずいぶん肌寒く、朔之介は珍しく羽織を着込みました。人波に揉まれ、赤い三角屋根の駅舎を出ます。夕日が形を歪ませてぎらつきながら、西に連なる山岳へ吸い込まれていくのを見ました。

 ふと、白い柱の陰に立つ青年が目に入ります。朔之介と同じ年頃の青年です。彼の横顔を、朔之介は知っていました。足が勝手に動き、柱へ向かって駆けていきます。段差に気づかず、朔之介は大きくつんのめって転びました。

「だ、大丈夫ですか!?」

 柱に立っていた青年が慌てた様子で言いました。朔之介は地面に膝をついたまま彼を見上げます。心配そうに覗き込む顔を、朔之介はやはり知っていました。全体を見ると似つかないのですが、部分ごとに見れば似ています。目や眉を凛々しく吊り上げて唇を固く引き締めれば、あるいはもっとたくましければ、稀一郎の精悍な面構えにそっくりだと朔之介は思いました。

「ああ、すみません。足をくじいたみたいで……」
「近くの病院にお連れしましょう」
「いえ、大したことはないのです。少し休めば、何とか」
「でしたら、この辺りの宿でも借りましょう。肩をお貸ししますよ」

 彼は、小袖の内側には白いシャツ、簡素な袴を着け、学生帽を被っていました。なよなよした声の調子に違わず、見た目もどこか女々しくて素朴な雰囲気の青年でした。ハの字に下がった眉が、人の好さを物語っています。朔之介は青年に支えられて歩きました。

 地方の町ですが駅前の商店街は活気があります。古い宿場町と同様、茶店に菓子店、飯屋、宿屋などが並んでいます。各々店先に大きな暖簾を立てたり、売り子が直接呼び込みをして客寄せをしています。

 青年は、通り沿いで一番目立つ宿へ入りました。大通りに面した木造三階建ての旅館です。二階と三階の客室に縁側があり、広い窓ガラスが街灯を反射していました。鮮やかな青色の浴衣を着た女の子が窓に張り付くようにして外を眺めていて、朔之介と目が合ったとわかると無邪気に笑って手を振りました。

 稀一郎が今どこで何をしているのか知りようもありませんが、おそらくこんな大層な宿に泊まれるほどのお金は持っていないだろうなと朔之介は思いました。朔之介の勝手な想像ですけれども、いまだに尻端折りにした着物姿に草鞋を履いて、大腿や胸筋をちらちら晒しながら、肉体労働に勤しんでいるのでしょう。

 薄暗くて狭い廊下と梯子のように急な階段を抜けて部屋に通されます。内装は新しく、木とイ草の匂いがしました。青年がすぐに身を翻して出ていこうとするので、朔之介は彼の袴の裾を掴みました。

「待ってください。もう少しだけ、ここにいてください」
 青年は心なしか頬を染めます。
「なぜです」
「どうしても。寂しいのです。話相手になってください。あなたの名前も知りたい」

 朔之介が媚びを含んだ声音で言うと、青年は畳の上へ腰を下ろしました。朔之介は布団の上に座り、胸元を緩めます。
 青年は話の種に困り、とりあえず自身について話し始めました。名前は伊知郎といい、東京の学校に通っていて、実家へ帰省する途中らしいのです。どうやら、地元の旧家の出身のようでした。

「朔之介さんはなぜこんな僻地へいらしたのですか」
「傷心旅行とでも言うのでしょうか。いい仲だった男に振られてしまいましてね……」
 男ですか?と驚いたように言います。
「ええ。おれは男に好かれる質なのですよ。伊知郎さんもどうです?優しくしてくださったお礼に」

 街灯の明かりだけが射し込む薄暗い部屋の中、朔之介は布団に身を投げました。裾がはだけて柔らかな太腿が覗きます。

「で、ですが、足を怪我しておられるのでは」
「真面目な方だ。足なんて、もうどうだっていいんです。大したことはないと言ったでしょう」
 朔之介は小首を傾げ、彼の手に触れました。

「実を言うと、体が火照って仕方ないのです。あなたに慰めてほしい」
 彼は緊張気味にうなずき、請われるままに恐る恐る口づけました。
「遠慮しないで、来てください」

 彼は童貞だったのだろうと朔之介は思いました。着物を脱ぐのも脱がすのも、朔之介の肌に触れるのも、何につけても要領が悪く、朔之介が手助けしてやらなければ最後まで来られなかっただろうと思われました。

「気持ちいいですか?ちゃんとできているでしょうか」
「ええ、とっても。よかったら朔之介と呼んでください」

 彼の性技は自身の快楽のみを求めて突っ走る類の粗末なもので、受け入れる側が快楽を得られるような代物ではありませんでした。しかし、若さと情熱の有り余った勢いだけの性交が、なぜか稀一郎を彷彿とさせるものですから、朔之介は満更でもなかったのです。稀一郎も童貞だろうし、あいつがおれを抱くとしたらちょうどこんな感じになるのだろう。朔之介はだんだん気分が高揚し、もっともっととねだって場を盛り立てました。

 接吻すると歯がぶつかり、愛撫はくすぐったいだけ、闇雲に腰を振って奥を突く。達しそうなのをぎりぎり堪えて唇を噛む。眉間に深い皺が寄る。苦しげに浅く息をする。鋭い犬歯がやたらに目立つ。先ほどまでの優男とは打って変わって野性味あふれる表情です。やはり男ってのはこうでなくては、と朔之介は思います。青年の影に稀一郎の幻を見ます。

 彼が熱い吐息と共に名前を呼ぶので、朔之介も応えて腰を揺すってやります。すると彼は、ああもうだめですとばかりに大きく震え、挿入したまま奥の方で果てました。朔之介は無意識に、彼の表情と稀一郎とを重ね合わせます。稀一郎の絶頂時の様子など知るはずもありませんから、勝手に思い描くだけです。稀一郎もこの青年のように顔を歪めて達するのだろうか。ますます浮かれて、心が弾みます。

 彼は胸を大袈裟に上下させながら朔之介の隣に倒れ込みました。肩が触れ合い、彼の沸騰した体温が朔之介に伝わります。

「男もいいものでしょう。次はおれが動きますよ」

 惚けたように虚空を見つめている青年の下腹部へ問答無用でまたがります。朔之介の性器はわずかに上向いているものの皮を被ったままであり、まだまだ刺激が足りないと訴えていました。いまだ萎えない男根を支えてゆるゆると腰を落とすと、彼の情けない悲鳴が響きます。

「ま、待ってください。一度に二度もするのですか!?」
「おれはまだ出せてないんです。もうちょっと付き合ってください。大丈夫ですよ、こっちはまだ、いけそうですから」

 彼が止めるのも聞かず、朔之介は自分の好きなように動きます。自重で深いところまで入るのがたまらず、夢中になって腰をくねらせます。彼は泣きそうになりながらも快楽を追うことはやめられないらしく、必死に下から突き上げます。

 朔之介は正直な嬌声を上げつつも、どこか物足りなさを感じずにはいられませんでした。理想の性行為と比較してしまうのです。稀一郎なら一度出した程度では全くへばらず、痛いくらいの力で朔之介を押さえ付け、もっと馬力のある獰猛な行為をするはず。体位は後背位が断然似合うが駅弁も捨てがたい。揺れる視界の中、朔之介は妄想に耽ります。幻が徐々に目の前の現実と重なります。

 突如、朔之介の声が裏返りました。急激な快楽の波が襲いかかり、内腿の辺りが細かく痙攣し始めます。何かにすがりつきたい一心で青年の胸を引っ掻きながら、まもなく達するのだと自覚しました。
「あ、ああっ、だめ……いく、いっ……」

 喉を晒して天井を仰ぎ、膝をがくがくと揺らして、朔之介は喜悦の声を漏らしました。後孔がぎゅうっと締まったことで、彼も二度目の射精をします。朔之介が腰を浮かして中のものを引き抜くと、大量の白濁液が零れてとろとろと尻を伝います。それを指ですくい取り、ぺろりと舐めて言いました。

「ふ、はは、いっぱい出たな」
 青年は真っ赤になって目を覆います。
「朔之介さんはその……出さないのですか?」
「射精を伴わない絶頂もあるんですよ」
 言いながら、朔之介はまた腰を下ろします。

「もちろん前でもいける。次はちゃんと触ってください」
「な、まだするんですか!?」
「当然でしょう。顔の見える恰好でなら何回でもできそうだ。次は座位にしますか?立ってするのはさすがに、無理そうだからな」

 すっかり埋まってしまった肉棒で、朔之介は自分のいいところを擦り上げます。夢と現を混同しているかのような、恍惚とした眼差しです。長い夜はまだ始まったばかり。これから更けていくのです。
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