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第六章 冬の夜
ラブレター
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分かっていたことだけど、二学期の成績は最悪だった。中間試験も散々だったけど、期末試験はそれ以上に全然できなかった。平均点に届かない科目が一つじゃなかったし、英語に至っては赤点を取ってしまった。だけどもう諦めつつある。しょうがないことだ。俺って元々その程度だし。大した男じゃないんだ。
「悠ちゃん、今夜のことだけど」
「……」
「聞いてるかい?」
「あ? あぁ、聞いてる」
「もう、ぼんやりしないでくれよ。まだ若いんだからさ。成績悪かったの、そんなにショックだった?」
「……別に」
「そうかい? まぁ、くよくよしても仕方ないからな。また次がんばろうぜ」
「どの口が……」
「それで、今夜のことなんだけど」
今夜、俺の家でクリスマスパーティーをする。パーティーといってもささやかなもので、普段の夕食にケーキを加えるだけだ。ケーキは樹が用意することになっている。
「俺は家で待ってればいいんだろ。何回も言われなくても分かってる」
「……」
下駄箱越しに会話していたが、突然樹の声が聞こえなくなった。俺にぼんやりするなと言っておいて、自分もぼんやりしてるじゃないか。
「おい、聞いてるのか」
「あっ、うん、ごめ……」
俺が覗き込むと、樹は慌てて靴箱を閉めた。その時、紙切れがひらりと舞い落ちた。
「何だこれ」
「あっ、あーっ、待って待って、それは」
樹の慌てっぷりが珍しくておもしろいが、俺はすぐにその理由を悟る。手に取ったその紙切れは手紙で、しかもハートのシールが貼られていた。どこからどう見ても、
「ラブレター?」
「う、うん、たぶん……」
樹は顔を蒼くする。そこは赤くなるところだろう。
「へぇ、よかったな」
「何もよくないよ」
「開けていいか?」
「えっ、あ、ちょっと」
花柄の便箋に丁寧な文字で綴られている。
「放課後中庭のベンチで待ってますって」
「音読しないでくれよ……」
樹は、俺の手から手紙を奪って溜め息を吐いた。
「なんでよりによって今日なんだ……」
「差出人は?」
「書いてないけど、クラスの誰かかな」
樹は便箋を折って封筒に戻し、そのままカバンに仕舞おうとした。
「行かないのかよ」
「行ってほしいのかい」
行ってほしいわけじゃないけど、引き止める権利が俺にあるか。
「行った方がいいに決まってる。待ちぼうけなんてかわいそうだ」
「それはそうだけど」
「こういうの、初めてでもないんだろ」
「まぁ、うん……」
あ、やっぱりそうなんだ。適当に発した自分の言葉を肯定されて、複雑な気分になる。
「じゃあ、さっと行って戻ってくるよ」
「別に急がなくても」
「いや、急ぐよ。だから悠ちゃん、ちゃんと待っててね」
樹は走って行ってしまった。待ちぼうけを食わされたのは俺の方だが、何もせずじっと待っているなんてできなくて、自然と階段を駆け上がっていた。中庭なら、二階のベランダから丸見えだ。でも、二階だと向こうからも見えてしまうかも。三階から覗いた方がいいだろうか。そんなことを考えながら、三年の教室にこっそりと忍び込む。
見えた。女の顔はよく分からないけど、樹のあの派手な頭はばっちり見える。女も赤いネクタイをしているから、たぶん一年生だ。やっぱり、樹と同じクラスの女子なのだろうか。しばらく、女はもじもじと手を擦り合わせたりスカートの裾を払ったりしていたが、意を決したように顔を上げ、樹を見つめた。その唇が微かに動いた瞬間、俺はそれを直視できなくなって、弾かれるように教室に引っ込んだ。
どうしよう。どうして最後まで見届けなかったのだろう。胸に手を当てると、心臓が掌を穿つ。だって、だって、もしも樹があの子の手を取っていたら、俺は、……俺は、どうなっていたか分からない。嫌だ。そんな場面、想像したくもない。いつかこんな日が来るって分かっていたはずなのに、いざ目の当たりにすると目を背けずにはいられない。
樹は何と答えたのだろう。付き合うのだろうか。付き合うんだろうな。それが本来あるべき姿だ。むしろ、今まで彼女がいなかったことの方がおかしい。学校でも、その辺を歩いていても、樹といるといつだって女の子の視線を感じた。何しろあいつは面がいい。体格もいい。勉強だってできるし、体育祭では目立ってたし、文化祭でもクラスをまとめていた。それに良い匂いもするし、それに……
言い出したら切りがないけど、とにかく、樹みたいないい男を女が放っておくはずがない。そんな男をセックスの真似事で繋ぎ止めておこうなんて考えがそもそも浅はかだった。都合のいい妄想だ。男なんかと乳繰り合っていたのは、単なる性欲処理か、気紛れか暇潰しに過ぎなかったに違いない。そりゃそうだ。冷静に考えると、当たり前って感じがする。
あの子は偉い。あんな風に真剣に、面と向かって好きと言えるなんて。そんな姿を見せられたら、俺なんてとても太刀打ちできないって、そう思ってしまう。こんなことなら、行かないでって言えばよかった。手紙なんて無視して俺と帰ろうって。でも、そうやって惨めったらしく未練を残している自分が一番嫌だ。
今、はっきりと分かる。体だけでいいなんて嘘だ。心もそばにいてくれなきゃ嫌だ。俺っていつからこんなにわがままで、欲張りになってしまったんだろう。何にも諦められない。今更気付いたって手遅れだって分かってるのに。
どうしよう。樹はまた、俺を残して遠くへ行ってしまうのだろうか。そうなったら、俺はまた独りぼっちだ。どうせこうなるのなら、戻ってなんて来ないでほしかった。淡い期待なんて抱くんじゃなかった。永遠なんてないって分かってたのに、性懲りもなくまた期待してしまった。
我ながら最低だ。女々しいだけじゃ飽き足らず、樹に責任をなすり付けようとして。分かってるんだ。小学生の頃、何も言わずに急に引っ越していなくなったのだって、親の離婚のせいで仕方なかったんだってこと。幼いあいつに何ができたというんだ。あいつだって、不安でいっぱいだったはずなのに。
「悠ちゃん、今夜のことだけど」
「……」
「聞いてるかい?」
「あ? あぁ、聞いてる」
「もう、ぼんやりしないでくれよ。まだ若いんだからさ。成績悪かったの、そんなにショックだった?」
「……別に」
「そうかい? まぁ、くよくよしても仕方ないからな。また次がんばろうぜ」
「どの口が……」
「それで、今夜のことなんだけど」
今夜、俺の家でクリスマスパーティーをする。パーティーといってもささやかなもので、普段の夕食にケーキを加えるだけだ。ケーキは樹が用意することになっている。
「俺は家で待ってればいいんだろ。何回も言われなくても分かってる」
「……」
下駄箱越しに会話していたが、突然樹の声が聞こえなくなった。俺にぼんやりするなと言っておいて、自分もぼんやりしてるじゃないか。
「おい、聞いてるのか」
「あっ、うん、ごめ……」
俺が覗き込むと、樹は慌てて靴箱を閉めた。その時、紙切れがひらりと舞い落ちた。
「何だこれ」
「あっ、あーっ、待って待って、それは」
樹の慌てっぷりが珍しくておもしろいが、俺はすぐにその理由を悟る。手に取ったその紙切れは手紙で、しかもハートのシールが貼られていた。どこからどう見ても、
「ラブレター?」
「う、うん、たぶん……」
樹は顔を蒼くする。そこは赤くなるところだろう。
「へぇ、よかったな」
「何もよくないよ」
「開けていいか?」
「えっ、あ、ちょっと」
花柄の便箋に丁寧な文字で綴られている。
「放課後中庭のベンチで待ってますって」
「音読しないでくれよ……」
樹は、俺の手から手紙を奪って溜め息を吐いた。
「なんでよりによって今日なんだ……」
「差出人は?」
「書いてないけど、クラスの誰かかな」
樹は便箋を折って封筒に戻し、そのままカバンに仕舞おうとした。
「行かないのかよ」
「行ってほしいのかい」
行ってほしいわけじゃないけど、引き止める権利が俺にあるか。
「行った方がいいに決まってる。待ちぼうけなんてかわいそうだ」
「それはそうだけど」
「こういうの、初めてでもないんだろ」
「まぁ、うん……」
あ、やっぱりそうなんだ。適当に発した自分の言葉を肯定されて、複雑な気分になる。
「じゃあ、さっと行って戻ってくるよ」
「別に急がなくても」
「いや、急ぐよ。だから悠ちゃん、ちゃんと待っててね」
樹は走って行ってしまった。待ちぼうけを食わされたのは俺の方だが、何もせずじっと待っているなんてできなくて、自然と階段を駆け上がっていた。中庭なら、二階のベランダから丸見えだ。でも、二階だと向こうからも見えてしまうかも。三階から覗いた方がいいだろうか。そんなことを考えながら、三年の教室にこっそりと忍び込む。
見えた。女の顔はよく分からないけど、樹のあの派手な頭はばっちり見える。女も赤いネクタイをしているから、たぶん一年生だ。やっぱり、樹と同じクラスの女子なのだろうか。しばらく、女はもじもじと手を擦り合わせたりスカートの裾を払ったりしていたが、意を決したように顔を上げ、樹を見つめた。その唇が微かに動いた瞬間、俺はそれを直視できなくなって、弾かれるように教室に引っ込んだ。
どうしよう。どうして最後まで見届けなかったのだろう。胸に手を当てると、心臓が掌を穿つ。だって、だって、もしも樹があの子の手を取っていたら、俺は、……俺は、どうなっていたか分からない。嫌だ。そんな場面、想像したくもない。いつかこんな日が来るって分かっていたはずなのに、いざ目の当たりにすると目を背けずにはいられない。
樹は何と答えたのだろう。付き合うのだろうか。付き合うんだろうな。それが本来あるべき姿だ。むしろ、今まで彼女がいなかったことの方がおかしい。学校でも、その辺を歩いていても、樹といるといつだって女の子の視線を感じた。何しろあいつは面がいい。体格もいい。勉強だってできるし、体育祭では目立ってたし、文化祭でもクラスをまとめていた。それに良い匂いもするし、それに……
言い出したら切りがないけど、とにかく、樹みたいないい男を女が放っておくはずがない。そんな男をセックスの真似事で繋ぎ止めておこうなんて考えがそもそも浅はかだった。都合のいい妄想だ。男なんかと乳繰り合っていたのは、単なる性欲処理か、気紛れか暇潰しに過ぎなかったに違いない。そりゃそうだ。冷静に考えると、当たり前って感じがする。
あの子は偉い。あんな風に真剣に、面と向かって好きと言えるなんて。そんな姿を見せられたら、俺なんてとても太刀打ちできないって、そう思ってしまう。こんなことなら、行かないでって言えばよかった。手紙なんて無視して俺と帰ろうって。でも、そうやって惨めったらしく未練を残している自分が一番嫌だ。
今、はっきりと分かる。体だけでいいなんて嘘だ。心もそばにいてくれなきゃ嫌だ。俺っていつからこんなにわがままで、欲張りになってしまったんだろう。何にも諦められない。今更気付いたって手遅れだって分かってるのに。
どうしよう。樹はまた、俺を残して遠くへ行ってしまうのだろうか。そうなったら、俺はまた独りぼっちだ。どうせこうなるのなら、戻ってなんて来ないでほしかった。淡い期待なんて抱くんじゃなかった。永遠なんてないって分かってたのに、性懲りもなくまた期待してしまった。
我ながら最低だ。女々しいだけじゃ飽き足らず、樹に責任をなすり付けようとして。分かってるんだ。小学生の頃、何も言わずに急に引っ越していなくなったのだって、親の離婚のせいで仕方なかったんだってこと。幼いあいつに何ができたというんだ。あいつだって、不安でいっぱいだったはずなのに。
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