先生×生徒

小貝川リン子

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17 エピローグ

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 丁寧に髪を梳かれたり胸を撫でられたりはしたが、それ以上の行為には及ばなかった。昨晩そのまま眠ってしまったことを思い出し、手早くシャワーを浴びて服を着替えた。
 祝日で暇だからか、准一はいつかのようにホットケーキを焼いてくれた。真っ白な平皿へ何枚も重ねてテーブルに並べる。俺達は肩を寄せ合って炬燵に当たり、一緒にきつね色のふわふわを頬張った。以前作ったものよりも甘く、口当たりがしっとりしていた。

「そういえば、結局どうやって俺の居所を探ったんだ?」

 ふと思い出したが、この質問には答えてもらっていなかった。

「え、お前、まだ気づいてなかったの」

 俺が尋ねると、准一は完全に予想外だったと言うように目を丸くした。

「は? 何のことだ」
「いや、とっくにバレてるもんかと思ってたから」
「な、はぐらかすなよ」
「はぐらかしてねぇよ。だからほら、鍵にさ」
「鍵?」
「お前に渡したろ。ここの合鍵」
「……あぁ、やけにでかいキーホルダーが付いてる――」

 自分で言って気が付いた。そうか、あのキーホルダーはただのキーホルダーじゃなかったのだ。小型の発信機か何かだ。失くさないようにと常に持ち歩いていたのが裏目に出た。

「ま、そういうこと。こっそり仕込んどいたってわけ。お前が後生大事にカバンに入れといてくれて助かったぜ。失くしたり捨てたりされたら役に立たねぇからな」
「て、てめぇ、俺をずっと監視してやがったのか。鍵もらったのなんて、去年の秋じゃねぇか」

 つい睨み付けたが、准一は肩をすくめて潔い笑顔を浮かべる。いっそ清々しい。

「まさかだろ。四六時中監視なんかできねぇよ。時々、お前が帰ってこない時に確認してただけ。実家とか、この辺で遊んでるだけってわかればちったぁ安心だからな。オレの知らねぇとこで野垂れ死なれたらたまんねぇもん」
「だ、だからって」
「しょーがねぇだろ、好きなんだから」

 悔しいが、平然とそんなことを言われると何も言い返せなくなる。許すことしかできなくなる。ずるい。

「お前、黙っていなくなって帰ってこねぇ時あるじゃん。こっちの気も知らねぇでフラフラフラフラ、あっち行ったりこっち行ったりよぉ。もう野良猫じゃなくて飼い猫なんだから、勝手にどっか行くなよな」

 また平然と言ってのけたが、今度は少しだけ照れたような顔をする。

「あっ、オレ今すげぇ恥ずかしいこと言ったかも」
「やっと自覚したかよ」
「なぁ、勝手にどっか行くんじゃねぇぞ。お前はオレの――」
「あーもう、わかったから黙れよ」

 調子が狂う。つられて赤らんだ頬を隠したくて、俺はホットケーキを貪り食った。准一の分も手を出して食い尽くした。
 


 さて、それはそれとして。俺は後日、合鍵のキーホルダーを無慈悲にぶち壊した。粉々に砕けたそれを見せてやると、准一は泣き言を言う。

「せっかく高かったのに」
「うるせぇなぁ。こんなもん、もう必要ねぇだろうが。こんなもんなくたって、俺はどこにも……」

 すると准一はコロッと態度を変えてにやにや笑った。単純な野郎だ。しかしこんなことで喜んでいる俺の方がよっぽど、救いようのない馬鹿な単純野郎なのかもしれない。

 これから、俺達は互いのことをより深く知らなくてはならないだろう。だけど何もかもを詳細に知る必要はないし、焦ることもない。

 まず手始めに、街へ出かけよう。ちゃんとした、まともなデートをしよう。今ならできる気がする。映画館に行ったら最後まで映画を見、アイスクリームを二人分頼もう。水族館でイルカショーを見て、遊園地の観覧車の頂上でキスをしよう。夏休みになったらスクーターで海沿いを走って、温泉旅館に一泊するのもいい。

 時間はたっぷりあって、俺達は何となくずっと一緒にいて、ちょっとずつ幸せになるのだろうという予感があった。夜はとうに明けていて、淡い太陽が世界を照らしている。ベランダでウグイスが鳴いた。
 
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