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「ねぇ、聞いた? 俺くんが死んだって」
月曜の朝。重たい体を引きずって登校し、信じられない噂を耳にした。
「えーっ? ウソぉ、ホントにぃ?」
「ホントホント! なんかね、交差点に飛び出して、トラックに轢かれて即死だって」
「うっそォ、こわぁーい」
「あ、だからまだ来てないんだ。いつも早く来て勉強してたのにね」
「ねー。でもほとんど喋ったことないからなー」
「けど怖いねー、事故なんて。ウチらも気を付けよーね」
女子の会話は、昨日のドラマの話へと移っていく。おれは居ても立っても居られず教室を飛び出し、数学職員室へと駆け込んだ。授業の準備をしていた沢井先生は、いつも通りの爽やかな笑顔でおれに笑いかける。
「和泉くん、開ける時はノックをしなさい」
「あ……はい、ごめんなさい……」
他の教師達もおれを見る。沢井先生は何か勘付いたのか、おれを別室に連れていった。
「どうしたの、隼人。酷い顔してるよ」
二人きりの時、先生は学校でもおれをこう呼ぶ。
「僕に言いたいことがあるんでしょ? 時間ないから、手短にね」
「あの……スマホ、見た?」
「何か送ったの?」
「違う、けど……あと、パソコンとか……な、何か、変なメールとか、そういうの……来てない?」
「朝確認した時はなかったよ。仕事のメールだけ。どうして?」
「いや、えと……」
何とも言えず口籠る。仁くんはスマホを開いてメールやメッセージを確認するが、やっぱり怪しいものは何もないと言う。
「もしかして、あれ? 隼人のクラスの男の子がさ――」
おれはばっと顔を上げた。
「あの噂、ほんとなの?」
「やっぱりもう知ってるんだ」
「クラスの女子が話してて……」
「不幸な事故だよ。どうも酒気帯び運転だったらしくてね。でももう、どうしようもないことだよ。隼人が気にすることないよ」
やはり本当だった。あいつは交通事故で死んだ。おそらく昨日の夜だ。夕方までは生きていた。……そうか。死んだのか……。
そっと、目元にハンカチが触れた。仁くんの家の洗剤の匂いがする、ふわふわのハンカチ。おれは気づかないうちに泣いていたのか。
「ごめんごめん。こんなこと、身近であったら普通びっくりするよね。ハンカチもう一枚あるから、使っちゃっていいよ」
違うのに、違うと言えない。おれはただ、仁くんの言葉に甘えてハンカチを濡らした。
「大丈夫だよ。何にも、怖いことはないんだから。隼人には僕がついてるからね」
優しい手が頭を撫でる。ああ、おれはいつまでもこの人より小さく幼いままだ。
「ねぇ……もし、変なの送られてきても、絶対開かないでね。捨ててね」
「わかってるよ。普段からそうしてるしね。ああほら、もう予鈴鳴ってるから、僕は行かなくちゃ。隼人は落ち着いてから行けばいいよ」
「でも……」
「成績悪くないんだから、ちょっとの遅刻くらい許してもらえるって」
それじゃあね、と先生は教室を出ていった。
しばらくの間、あいつの席には花が飾られていた。誰も率先して水替えをしようとしないので、仕方なくクラス委員が水を替えていた。通夜と葬儀が終わると、あいつの席も倉庫に片付けられた。教室は生徒一人分広くなった。
その後いつになっても動画がばら撒かれることはなく、沢井先生の立場が危うくなることもなかった。あいつの言ったことは全てただのハッタリで、おれを脅して屈服させるための罠だったのか。あるいは、誰かが何か根回しをしておれを救ってくれたのか。真偽のほどは定かではない。
月曜の朝。重たい体を引きずって登校し、信じられない噂を耳にした。
「えーっ? ウソぉ、ホントにぃ?」
「ホントホント! なんかね、交差点に飛び出して、トラックに轢かれて即死だって」
「うっそォ、こわぁーい」
「あ、だからまだ来てないんだ。いつも早く来て勉強してたのにね」
「ねー。でもほとんど喋ったことないからなー」
「けど怖いねー、事故なんて。ウチらも気を付けよーね」
女子の会話は、昨日のドラマの話へと移っていく。おれは居ても立っても居られず教室を飛び出し、数学職員室へと駆け込んだ。授業の準備をしていた沢井先生は、いつも通りの爽やかな笑顔でおれに笑いかける。
「和泉くん、開ける時はノックをしなさい」
「あ……はい、ごめんなさい……」
他の教師達もおれを見る。沢井先生は何か勘付いたのか、おれを別室に連れていった。
「どうしたの、隼人。酷い顔してるよ」
二人きりの時、先生は学校でもおれをこう呼ぶ。
「僕に言いたいことがあるんでしょ? 時間ないから、手短にね」
「あの……スマホ、見た?」
「何か送ったの?」
「違う、けど……あと、パソコンとか……な、何か、変なメールとか、そういうの……来てない?」
「朝確認した時はなかったよ。仕事のメールだけ。どうして?」
「いや、えと……」
何とも言えず口籠る。仁くんはスマホを開いてメールやメッセージを確認するが、やっぱり怪しいものは何もないと言う。
「もしかして、あれ? 隼人のクラスの男の子がさ――」
おれはばっと顔を上げた。
「あの噂、ほんとなの?」
「やっぱりもう知ってるんだ」
「クラスの女子が話してて……」
「不幸な事故だよ。どうも酒気帯び運転だったらしくてね。でももう、どうしようもないことだよ。隼人が気にすることないよ」
やはり本当だった。あいつは交通事故で死んだ。おそらく昨日の夜だ。夕方までは生きていた。……そうか。死んだのか……。
そっと、目元にハンカチが触れた。仁くんの家の洗剤の匂いがする、ふわふわのハンカチ。おれは気づかないうちに泣いていたのか。
「ごめんごめん。こんなこと、身近であったら普通びっくりするよね。ハンカチもう一枚あるから、使っちゃっていいよ」
違うのに、違うと言えない。おれはただ、仁くんの言葉に甘えてハンカチを濡らした。
「大丈夫だよ。何にも、怖いことはないんだから。隼人には僕がついてるからね」
優しい手が頭を撫でる。ああ、おれはいつまでもこの人より小さく幼いままだ。
「ねぇ……もし、変なの送られてきても、絶対開かないでね。捨ててね」
「わかってるよ。普段からそうしてるしね。ああほら、もう予鈴鳴ってるから、僕は行かなくちゃ。隼人は落ち着いてから行けばいいよ」
「でも……」
「成績悪くないんだから、ちょっとの遅刻くらい許してもらえるって」
それじゃあね、と先生は教室を出ていった。
しばらくの間、あいつの席には花が飾られていた。誰も率先して水替えをしようとしないので、仕方なくクラス委員が水を替えていた。通夜と葬儀が終わると、あいつの席も倉庫に片付けられた。教室は生徒一人分広くなった。
その後いつになっても動画がばら撒かれることはなく、沢井先生の立場が危うくなることもなかった。あいつの言ったことは全てただのハッタリで、おれを脅して屈服させるための罠だったのか。あるいは、誰かが何か根回しをしておれを救ってくれたのか。真偽のほどは定かではない。
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