幼馴染を追いかけて

小貝川リン子

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第八章 再びの春

3 温泉②

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 遼真はしばらく腹を休めた後、熟睡して起きそうにない馨はそのままに、一人で露天風呂を楽しんだ。香り高い檜風呂で、仄かに明るい行灯が和の趣を醸し出している。すぐ下を流れる川のせせらぎに癒される。梢を揺らす夜風の音も心地よい。

 ふと、ガラスの扉が開いた。馨が眠たそうに突っ立っている。帯はかろうじて腰に巻いてあるが、寝ている間に浴衣はすっかり開(はだ)けてしまったらしく、肌がほとんど見えている。覚束ない足取りで湯船に近付いて、そのまま入ろうとする。

「ちょっ、馨ちゃん! 服脱がんと、濡れるよ」

 馨はこてんと首を傾げる。

「だから浴衣。脱がなきゃ」

 言いながら、帯を解く。浴衣を脱がせて、白い肩が露わになる。実際は別に白くないのだが、光の加減で大変儚い姿に見えた。裸にされた馨は、やっと湯船に浸かる。どぼんと水飛沫を上げて飛び込んだ。わ、と驚いた声を出し、遼真は濡れた顔を拭う。馨の頬に跳ねた水滴も指で拭う。

「だめじゃない。いきなり飛び込んだら」
「えいやか。どうせ誰も見やせんがやき」

 マンションの浴槽よりもかなり広く、大人二人でもゆったり入れる。さすがに泳げはしないが、馨は悠々と手足を伸ばして寝そべったり、潜ったりして遊んだ。頭まで潜ると、結んでいない素のままの髪が水中にふんわり散らばり、ゆらゆら揺らめく。仄かな灯りも相まって、とても幻想的に見えた。

 もしも人魚が実在するならこんな感じかな、などと遼真はぼんやり思う。触れようとして手を伸ばすと、息が持たなくなったらしい馨が浮き上がってきて、水面からばしゃりと顔を出した。ふぅ、と大きく息をし、濡れた顔を豪快に拭う。

「どうじゃ、今度は結構潜れたろう。何秒持ったよ?」
「あ、ごめん。数えてなかった」
「何じゃあ、せっかくがんばったのに」
「もう一回する?」
「もうえいわ。ちくと暑うなったき」

 馨は湯船の縁に腰掛けて、火照った体を冷ます。しっとり濡れた髪が肩から胸へと流れる。肌もしっとり濡れて、月明かりに艶めいている。今夜は月夜だったのか、と遼真はここで初めて気づいた。室内の灯りにばかり気を取られ、見落としていた。

「馨ちゃん、そうしてると人魚姫みたいだよ」
「はぁー? 何じゃそら。わやにしちゅうがか」
「してないよ。絵になるなぁと思って。褒めてるんだよ」
「姫らぁて、わしゃあそがぁに淑やかやないぜよ」
「そうだね。お風呂で潜ったり泳いだり、ほんと子供っぽい」

 遼真が言うと、馨はしゅんと肩を縮こませる。

「い、いかんか……?」
「いかんことないよ。僕、馨ちゃんの子供っぽいところ好きだよ。もちろん、人魚姫みたいに綺麗な馨ちゃんも好き」

 遼真もお湯から上がり、馨の隣に腰掛ける。すり、と指を絡めて手を重ねる。顔を寄せると、馨は照れたように目を逸らす。

「まっこと……キザなこと言いゆう」
「にゃあ、してもえい?」

 馨が頷くのを待たず、遼真は口づけをした。緊張気味に震える唇を優しく開かせ、口蓋を撫でる。馨の方から、ぎゅっと遼真の手を握ってくる。時折ぴくっと足が跳ねて、水面をぱしゃりと蹴り叩く。湯口からお湯が流れ出る音がいやにうるさかった。

「んぁ……りょ、ま……」
「もっと」
「っ……んん……」

 唾液が垂れてしまっても構わないからと、ぴちゃぴちゃ音を立てて舌を絡める。キスしながら胸を撫で、腰に手を回して抱き寄せる。馨もおずおずと手を伸ばし、遼真の肩に取り縋る。
 十分に堪能してから唇を離すと、馨は息を整えながら次第に顔を綻ばせた。

「ふ……今晩はせんがか思うたけんど、やっぱりするがや」
「するよ。っていうか、だってこれが目的っていうか……そのためにわざわざ露天風呂付きの部屋選んだんだもん」
「にゃはは、すけべぇじゃのう、りょーまは」
「そんなこと言って、馨ちゃんだってこんなにしてるくせに」

 兆し始めている性器をむずと掴むと、馨は内股になって抵抗する。

「ちが……ひ、久しぶりじゃき、たまたま……」
「恥ずかしいことないよ。僕のも触って」
「ぁ、う……」

 遼真は馨の手を取って、自身に触れさせた。馨の手は遼真の手より一回りほど小さい。指も短いし、全体的に丸っこい。掌はマメだらけで普段はガサガサしているが、今日は温泉成分のおかげかさらりとしている。

「おまんの、しょうまっこと太いちや……」
「それ、いつも言うてない?」
「けど、いつ見ても太いき……」

 普段はあまり触らせないせいか、馨の触り方はおっかなびっくりという感じだった。しかし自分でする時とはまるで違って癖になる。予想外の動きをするし、新たな発見もある。それは馨も同じようで、しばらく触り合いをしているうちに自分の快楽にばかり集中してしまって愛撫が疎かになっていく。

「ふぁ、あ……りょーま、もっと……」
「馨ちゃんこそ、もっとちゃんと触って。馨ちゃんが好きなとこ、僕も好きなんだよ」
「ぁ、さ、触りゆうけんど……」
「ほらここ、裏筋とかさ、僕はもっと強うされても平気だよ」

 涼しい顔で言いながら、馨のそこを強めに擦る。するとますます、馨は遼真を愛撫するどころではなくなっていく。前だけでなく後ろも弄ってやると、遼真の肩にくたりともたれて喘ぐ。

「ぅぅ……えい、きもちえいよぉ……」
「だから馨ちゃんも触って?」
「やぅ……う……」

 こしこしと手を上下させるが、すぐにいやいやとかぶりを振る。

「せ、せっかく久しぶりながやき……い、いじわるせんで、りょーまぁ……」
「いじわるしてるかな?」
「し、しちゅうやか……りょーまはいじわるじゃあ」
「じゃあ、今日は馨ちゃんが挿れてみる?」
「……へ?」

 咎めるような視線から一転、馨の表情は困惑に変わる。遼真はくすりと笑い、お湯に浸かって足を伸ばした。

「馨ちゃんが自分で挿れてみてよ」
「そ、そがなん、やったことない……」
「僕もないけど、きっとできるよ。ほら、こっち来て」

 促され、馨は遼真の上に膝立ちで跨る。遼真の肩に、不安げに手を乗せる。

「こ、こん後は……?」
「そのままゆっくり腰落として」
「ち、ちくと怖い……」

 少し触れただけで腰が逃げる。遼真はそれを捕まえる。

「大丈夫。支えててあげるから」

 馨は怖気づきながらもゆっくり腰を落としていく。

「うん、そう。上手だよ」
「ぁ、あ……は、はいって、くぅ……ふ、ふとい……」
「大丈夫だよ。ゆっくりでいいから」

 遼真は馨の腰を撫でて宥める。かなり時間はかかったが、やがて奥まですっかり呑み込んだ。馨は息を切らして遼真に抱きつく。

「ぁは……は、はい、ったぁ……っ」
「うん、ちゃんとできたね。えらいえらい。いい子だね」

 よしよしと頭を撫でてやると、馨は嬉しそうに笑う。

「えへ、えへへ、えらい?」
「えらいよ。キスしてあげる」

 唇やまぶた、頬に優しく口づけた。
 湯船の中であるし、そもそも激しく動ける体位ではないので、ただ抱き合ってじんわりとした快感を楽しむ。ゆりかごのように緩やかに揺れ、時々見つめ合ってキスを交わし、肩や背中にお湯を掛けて温め合う。この上なくまったりとした時間だった。馨の髪を飾る雫が、月明かりを閉じ込めて淡く光った。
 
 *
 
 翌朝、夜更かしが祟って案の定寝坊し、朝食に遅刻した。バイキング形式の朝食で、和洋中あらゆるものが揃っていた。飲み物の種類も豊富で、デザートコーナーは特に華やかだった。客の目の前でワッフルやパンケーキを焼いてくれたり、好みの具材でオムレツを作ってくれたりするコーナーもあった。馨は殊にオムレツが気に入り、何度も並んだ。

「まっこと豪勢なホテルじゃのう。夕飯も旨かったけんど、朝もこがぁに凝ったもんが出てくるらぁて。前におまんと行ったホテルとは一味違うにゃ」
「前って、だってあれはビジネスホテルだもん。比べるものじゃないよ」
「あれはあれでえかったけどにゃあ。実家の飯みたぁでわしは好き」

 そんなことを言いつつ、馨はまた席を立って料理を取りに行く。デザートを制覇しようとしているらしい。

 以前馨と旅行に行ったのは――実際には旅行というわけではなく、なぜかフェリーで苫小牧まで行ってしまった馨を、遼真が追いかけていっただけであるが――もう一年以上も昔のことになるのか、と遼真は感慨に浸る。

 あの頃はまだ微妙な距離感で、一応同じベッドで寝はしたが、遼真は一晩中緊張して息もできなかったし、手を出すなどもってのほかであった。それが今では添い寝どころか……。そう思うと胸がいっぱいになってしまって、遼真はなんだか泣けそうだった。

「何じゃ、じろじろ見くさって」
「いや……馨ちゃんはやっぱりかわいいと思って」
「はぁ?」
「今も昔もずっとかわいい」

 このかわいい人を手に入れることができて幸せ者だと思う。本来ならもっと早くこうなるべきだった。

「ごはん食べてるとこがかわいい。お風呂入ってるとこがかわいい。朝起きれなくてぐずぐずしてるのがかわいい。髪縛ってても下ろしててもかわいい。浴衣でもパジャマでも裸でもかわ――」

 口に柔らかいものを押し込まれた。焼き立てのパンだ。馨は真っ赤になって頬を膨らましている。馨は閨以外だとあまり甘えてくれないのだった。遼真はそこがまた好きだった。

「ごめん、怒った?」
「別に、怒りやせん」
「でも、怒っててもかわいいよ」
「なっ……あ、あほ言いやせんで、おまんもしゃんしゃん食いや、あほ!」

 食事の後朝風呂に入って、チェックアウトまで部屋でのんびり過ごした。駅前の街道でお土産を買い、往路と同様ロマンスカーで帰った。昨日とは打って変わって愚図ついた天気で、車窓から富士山は見えなかった。
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