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第七章 波乱
3 仲直り
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「ほんで? おまん、わしに何か言うことがあるろう」
しばらく泣いて、泣き疲れて、寒くなってリビングに戻って、馨はようやく冷静になり事の顛末を理解した。ソファに深く腰掛けて偉そうにふんぞり返る。遼真はその足下で全裸のまま土下座する。
「ごめんなさい!」
「ごめんで済んだら警察は要らんちや」
「お、仰る通りで……」
「まっっこと、酷い目に遭わされたきのう。倍返しせにゃあ収まらんのう」
「お、お手柔らかにお願いします」
馨はにんまりと笑みを浮かべる。素足のまま、爪先で器用に遼真の顎を撫でる。
「爪、伸びちゅうち思わん?」
「……き、切りましょうか。今すぐ」
遼真は急いで爪切りを持ってきて、恭しく馨の足の指に手を添える。パチン、パチンと音を立て、丁寧に爪を切っていく。
「っくく……ふふ……」
「ちょ、笑わんで。危ない」
「だってぇ、こしょばいき……くふふ……」
馨はくすくす笑いながら、遼真にちょっかいをかける。行儀の悪い足をしっかり捕まえて、遼真はとにかく慎重に切り揃えた。
「できました」
「うーむ……おまんはやっぱり器用じゃのう。さすがじゃ」
ネイルしたての爪を見るように、馨は満足そうな顔をする。それからおもむろに立ち上がると、浴室へと向かった。鏡の前の椅子にどっかと腰を下ろす。
「ほいじゃ、後はよろしゅう」
裸のまま後をついてきた遼真はぽかんと立ち尽くす。
「にゃあ、聞いちゅうが? 早う洗いや」
「……あ、ああ、そういう……」
遼真はシャワーを出して馨の体を濡らし、ボディソープを泡立てて背中をごしごし洗った。馨はまたくすくす笑って肩を揺らす。
「くふふ……こしょばい」
「ごめん、もうちくと優しゅうするき」
「あほ、そがなん言いゆうがやない。もう背中はえいき、前洗いや」
馨は泡だらけになった遼真の両手を掴んで胸元へと誘(いざな)った。遼真の手に自身の手を添えて、ぷくっと腫れている蕾を撫でさせる。
「ここにゃあ、おまんに噛まれたせいでまっこと痛いちや。やき、こじゃんち優しゅう洗いや」
遼真は若干躊躇いつつ、白い泡を手にたっぷり取り、馨の胸を優しく洗った。ただ上下に滑らせるだけでいやらしさの欠片もない手付きだったが、泡とソープのせいでぬるぬるするので、馨は自然と身を反らせて遼真の胸に寄り掛かる。
「まだ痛む?」
「痛い」
「ほんに、ごめんね。許しとうせ」
「許さん。ちくび取れてまうか思うたわ……」
馨はあえかな吐息を漏らす。
「はぁ……ん、りょーまぁ」
「何だい。痛い?」
「うん……やきもっと、もぉっと優しゅう、触っとうせ」
「これ以上優しく?」
「ん……ちくびのまわり、くるくるしとうせ、優しゅう……」
馨が乞うと、スローモーションかコマ送りかというくらいゆっくりした動きで、両方の胸の尖りをくるくると捏ね回される。堪らずに腰がくねる。
「ぁ……え、えい、りょーまぁ」
「気持ちえいの?」
「んっ……ま、まだじゃ、まだ、もっと優しゅう……」
「……けど、本当は強くされるのがいいんじゃないの」
言いながら、力いっぱい抓られた。とはいっても爪は立てず指の腹で揉み潰すように、さらに泡のぬめりが相まって痺れるほど気持ちいい。
「っ――!?」
不覚にも、胸への刺激だけで達してしまった。馨は腰をガクガクさせ、すっかり遼真にもたれ掛かる。
「ぁ、ぅぅっ……りょーまぁ……」
上体を捻って振り返り、鼻声でねだる。
「にゃあ……今度は優しゅう抱いとうせ、りょーま」
「……馨ちゃん、もしかしてもう怒ってない?」
「始めっから怒っちゃあせん……おまんの怖い顔、結構好きやき……」
恐る恐る尋ねた遼真に、馨は恍惚として微笑みかける。
「けんど、痛いがは嫌じゃ。次痛うしたら今度こそ怒るき」
「けど僕、馨ちゃんの泣いちゅう顔、結構好きなんだけど」
「だ、だめじゃ、優しゅう……」
「ごめんごめん、冗談だよ。ちゃんと優しくする」
遼真はほっとしたように笑った。白い湯気に包まれて、二人の影は一つに重なる。
*
風呂を上がり、早々に床に就いた。
「全く、僕もまだまだ修行が足りん」
「ほんにのう」
「ごめんね」
「ごめんで済んだら警察は要らんちや!」
遼真はすこぶる元気であったが、馨はうつ伏せになってぐったりしている。大きな声が響いて痛み、庇うように腰を摩った。
「ぐぅ……いたい……」
「本当、ごめん」
「風呂場であがいに腰振るやつがおるか、ばかたれ」
「だって嬉しくって、つい……」
「つい、やない……優しゅうする言うたくせに……」
「だって馨ちゃんがあんなこと言うから……」
どうしてバイトなんて始めたのか、どうして道場なんて通い始めたのか、どうして痣だらけになってまで熱心に続けているのか、と遼真に質問攻めにされて、理性が溶けていた馨は素直に答えてしまった。遼真の相手としてふさわしい男になりたかっただけだ。遼真の両親に胸を張って会いたかった。もう見合いの心配なんてしないでほしいと言いたかった。
「それに、まさか僕の真似して剣道始めたなんて思ってなかったし。あの佐奈さんって人に憧れて始めたものとばかり」
「やかまし。も、黙りや」
「だって嬉しい――いたた」
腹が立ち、馨は遼真の手の甲をぎゅうと抓った。先ほどまでは確かに馨の方が優位に立って、遼真を嫉妬させたり振り回したりしていたというのに、どうしてすぐに逆転してしまうのだろう。
「痛い痛い、痣できちゃうよ」
「ふん。仕返しじゃ」
遼真は馨に抓られた手を摩る。
「それにしても、僕が高校でやってたの、知ってたんだね」
「おまんのおかんが、よううちに来て喋っちょったき」
「そ、そうなんだ。ちょっと恥ずかしいな」
「恥ずかしいことないろう。おまんがやっちょったき、わしもち思うて……」
中学でもそうだったように、馨は高校でも遼真の真似をして部活を選んだ。意識的にそうしたのか無意識だったのか、今ではもう覚えていない。それに、その時は結局長続きしなかった。何がおもしろいのかさっぱりわからなかった。しかし今は昔よりも楽しさがわかる。
「じゃあ、僕も道場通おうかな」
「何じゃあ、藪から棒に」
「体力つけようかと思って。なるべくそばにいた方が安心だし、佐奈さんって人にも会ってみたいしね。平日は厳しいけど、土曜日なら通えるよ」
「これ以上体力つけんでも……」
「馨ちゃんに紹介してもらえば入りやすいかな。今度一緒に行ってみてもいい? まずは見学と体験入門から」
こうと決めると、遼真は他人の言葉なんて聞かない。馨は半分諦めたように言った。
「……まぁ、好きにしたらえいろう」
腰を庇いつつ、ベッドの外側を向いて布団を被る。
「もう寝るの」
「誰かさんのせいでこじゃんとだれたきのう」
「そうだね。ごめんね」
遼真も横になり、馨の腰を労わるように手を置いた。
「おやすみ、馨ちゃん」
しばらく泣いて、泣き疲れて、寒くなってリビングに戻って、馨はようやく冷静になり事の顛末を理解した。ソファに深く腰掛けて偉そうにふんぞり返る。遼真はその足下で全裸のまま土下座する。
「ごめんなさい!」
「ごめんで済んだら警察は要らんちや」
「お、仰る通りで……」
「まっっこと、酷い目に遭わされたきのう。倍返しせにゃあ収まらんのう」
「お、お手柔らかにお願いします」
馨はにんまりと笑みを浮かべる。素足のまま、爪先で器用に遼真の顎を撫でる。
「爪、伸びちゅうち思わん?」
「……き、切りましょうか。今すぐ」
遼真は急いで爪切りを持ってきて、恭しく馨の足の指に手を添える。パチン、パチンと音を立て、丁寧に爪を切っていく。
「っくく……ふふ……」
「ちょ、笑わんで。危ない」
「だってぇ、こしょばいき……くふふ……」
馨はくすくす笑いながら、遼真にちょっかいをかける。行儀の悪い足をしっかり捕まえて、遼真はとにかく慎重に切り揃えた。
「できました」
「うーむ……おまんはやっぱり器用じゃのう。さすがじゃ」
ネイルしたての爪を見るように、馨は満足そうな顔をする。それからおもむろに立ち上がると、浴室へと向かった。鏡の前の椅子にどっかと腰を下ろす。
「ほいじゃ、後はよろしゅう」
裸のまま後をついてきた遼真はぽかんと立ち尽くす。
「にゃあ、聞いちゅうが? 早う洗いや」
「……あ、ああ、そういう……」
遼真はシャワーを出して馨の体を濡らし、ボディソープを泡立てて背中をごしごし洗った。馨はまたくすくす笑って肩を揺らす。
「くふふ……こしょばい」
「ごめん、もうちくと優しゅうするき」
「あほ、そがなん言いゆうがやない。もう背中はえいき、前洗いや」
馨は泡だらけになった遼真の両手を掴んで胸元へと誘(いざな)った。遼真の手に自身の手を添えて、ぷくっと腫れている蕾を撫でさせる。
「ここにゃあ、おまんに噛まれたせいでまっこと痛いちや。やき、こじゃんち優しゅう洗いや」
遼真は若干躊躇いつつ、白い泡を手にたっぷり取り、馨の胸を優しく洗った。ただ上下に滑らせるだけでいやらしさの欠片もない手付きだったが、泡とソープのせいでぬるぬるするので、馨は自然と身を反らせて遼真の胸に寄り掛かる。
「まだ痛む?」
「痛い」
「ほんに、ごめんね。許しとうせ」
「許さん。ちくび取れてまうか思うたわ……」
馨はあえかな吐息を漏らす。
「はぁ……ん、りょーまぁ」
「何だい。痛い?」
「うん……やきもっと、もぉっと優しゅう、触っとうせ」
「これ以上優しく?」
「ん……ちくびのまわり、くるくるしとうせ、優しゅう……」
馨が乞うと、スローモーションかコマ送りかというくらいゆっくりした動きで、両方の胸の尖りをくるくると捏ね回される。堪らずに腰がくねる。
「ぁ……え、えい、りょーまぁ」
「気持ちえいの?」
「んっ……ま、まだじゃ、まだ、もっと優しゅう……」
「……けど、本当は強くされるのがいいんじゃないの」
言いながら、力いっぱい抓られた。とはいっても爪は立てず指の腹で揉み潰すように、さらに泡のぬめりが相まって痺れるほど気持ちいい。
「っ――!?」
不覚にも、胸への刺激だけで達してしまった。馨は腰をガクガクさせ、すっかり遼真にもたれ掛かる。
「ぁ、ぅぅっ……りょーまぁ……」
上体を捻って振り返り、鼻声でねだる。
「にゃあ……今度は優しゅう抱いとうせ、りょーま」
「……馨ちゃん、もしかしてもう怒ってない?」
「始めっから怒っちゃあせん……おまんの怖い顔、結構好きやき……」
恐る恐る尋ねた遼真に、馨は恍惚として微笑みかける。
「けんど、痛いがは嫌じゃ。次痛うしたら今度こそ怒るき」
「けど僕、馨ちゃんの泣いちゅう顔、結構好きなんだけど」
「だ、だめじゃ、優しゅう……」
「ごめんごめん、冗談だよ。ちゃんと優しくする」
遼真はほっとしたように笑った。白い湯気に包まれて、二人の影は一つに重なる。
*
風呂を上がり、早々に床に就いた。
「全く、僕もまだまだ修行が足りん」
「ほんにのう」
「ごめんね」
「ごめんで済んだら警察は要らんちや!」
遼真はすこぶる元気であったが、馨はうつ伏せになってぐったりしている。大きな声が響いて痛み、庇うように腰を摩った。
「ぐぅ……いたい……」
「本当、ごめん」
「風呂場であがいに腰振るやつがおるか、ばかたれ」
「だって嬉しくって、つい……」
「つい、やない……優しゅうする言うたくせに……」
「だって馨ちゃんがあんなこと言うから……」
どうしてバイトなんて始めたのか、どうして道場なんて通い始めたのか、どうして痣だらけになってまで熱心に続けているのか、と遼真に質問攻めにされて、理性が溶けていた馨は素直に答えてしまった。遼真の相手としてふさわしい男になりたかっただけだ。遼真の両親に胸を張って会いたかった。もう見合いの心配なんてしないでほしいと言いたかった。
「それに、まさか僕の真似して剣道始めたなんて思ってなかったし。あの佐奈さんって人に憧れて始めたものとばかり」
「やかまし。も、黙りや」
「だって嬉しい――いたた」
腹が立ち、馨は遼真の手の甲をぎゅうと抓った。先ほどまでは確かに馨の方が優位に立って、遼真を嫉妬させたり振り回したりしていたというのに、どうしてすぐに逆転してしまうのだろう。
「痛い痛い、痣できちゃうよ」
「ふん。仕返しじゃ」
遼真は馨に抓られた手を摩る。
「それにしても、僕が高校でやってたの、知ってたんだね」
「おまんのおかんが、よううちに来て喋っちょったき」
「そ、そうなんだ。ちょっと恥ずかしいな」
「恥ずかしいことないろう。おまんがやっちょったき、わしもち思うて……」
中学でもそうだったように、馨は高校でも遼真の真似をして部活を選んだ。意識的にそうしたのか無意識だったのか、今ではもう覚えていない。それに、その時は結局長続きしなかった。何がおもしろいのかさっぱりわからなかった。しかし今は昔よりも楽しさがわかる。
「じゃあ、僕も道場通おうかな」
「何じゃあ、藪から棒に」
「体力つけようかと思って。なるべくそばにいた方が安心だし、佐奈さんって人にも会ってみたいしね。平日は厳しいけど、土曜日なら通えるよ」
「これ以上体力つけんでも……」
「馨ちゃんに紹介してもらえば入りやすいかな。今度一緒に行ってみてもいい? まずは見学と体験入門から」
こうと決めると、遼真は他人の言葉なんて聞かない。馨は半分諦めたように言った。
「……まぁ、好きにしたらえいろう」
腰を庇いつつ、ベッドの外側を向いて布団を被る。
「もう寝るの」
「誰かさんのせいでこじゃんとだれたきのう」
「そうだね。ごめんね」
遼真も横になり、馨の腰を労わるように手を置いた。
「おやすみ、馨ちゃん」
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