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第四章 同棲
1 引っ越し
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次の連休を使って、馨は遼真のマンションに引っ越した。朝から妙な空模様で、天気雨が降ったり止んだりした。しかし本降りにはならなかった。
馨の荷物はあまりなく、ほとんどがスーツケースとリュックサックに収まり、残りは段ボール箱に詰めて運んだ。遼真の部屋もいささか変化した。要らないものは処分され、元々片付いていた部屋がさらにすっきりとしていた。
荷解きを終えると、大きな荷物が続けざまに届いた。ベッドやらソファやら、先日注文した家具がちょうど届いたのである。主に遼真が指示を出し、二人で協力して組み立てた。できあがる頃にはとっぷり日が暮れていた。
「何だかんだ疲れたね」
遼真は凝りを解すように肩を回した。
「夕ご飯どうしよう。どこか行こうか?」
そういうわけで、近所の飲み屋へやってきた。連休初日なだけあって混んでいる。今までよく行っていたような、もつ煮をビールで流し込むタイプの居酒屋ではなく、欧風料理とワインを楽しむタイプの小洒落た店である。しかし馨はいつも通り、ビールやハイボールを好んで飲む。
「やっぱりビールが好き?」
「別に、慣れちゅうき」
「ここ、ごはんもおいしいんだよ。アヒージョって食べたことある?」
「ない」
「オリーブオイルが効いててね、こうしてパンをつけて食べるんだよ」
遼真は引っ越し祝いのつもりでそれなりに楽しんでいたが、馨は妙に浮かない顔をしていた。表情が硬く俯きがちで、口数が少なくはきはき喋らない。食事も飲酒も喫煙も捗らない。疲れたのかと遼真が気遣うも、首を振って否定するばかりである。
思えば昼から馨の様子はおかしかったし、数日前に家具を買いに行った時もどうもおかしかった。
楽しそうにソファを試していたくせに、いざ買うものを選ぶとなると途端に歯切れが悪くなってやっぱり要らないなどと言い出すし、マットレスを選ぶ時もあまり協力的でなくかなり時間が掛かったし、ベッドフレームは収納付きがいいとか宮付きがいいとか遼真が話している最中も上の空だったし、とにかくずっと妙だった。
「馨ちゃん、疲れちゅう? 早く帰って寝ようか」
憂鬱そうな顔をしているくせに、馨は首を横に振る。
「……まだ帰りとうない」
「まぁ明日も休みだから、遅くなっても平気っちゃあ平気だけど……」
すると馨はいきなりグラスを持って一気に酒を飲み干した。顔を真っ赤に火照らせて溜め息を吐く。遼真は訳がわからなくて首を捻った。
まだ帰りたくないと言ったわりに二軒目に行くのも躊躇するので、結局真っ直ぐ帰路に就いた。途中遼真はコンビニに寄ったが、馨は先を急いたのか、遼真を置いて一人でマンションに帰ってしまった。
遼真が帰った時、玄関は鍵が掛かっていなかった。靴は脱ぎ散らかしてあるし、靴下も廊下に点々と落ちている。遼真はそれを拾って、洗濯機に放り投げた。先に帰ったはずの馨は風呂に入っているのかと思いきやそうではなく、リビングでただぼんやりとテレビを眺めている。
「馨ちゃん、脱いだものはその辺に投げておかないで、洗濯機に入れておいてね」
「ん」
「その番組、おもしろいかい」
「……ほうでもない」
馨は胸にクッションを抱き、ソファの隅っこに膝を抱えて座っている。遼真が何を言っても手応えのない返事しか返ってこない。
「先にお風呂入るね」
「ん」
「お湯溜めたら入るかい?」
「ん……どっちでも」
「よかったら一緒に入る? らぁて」
冗談のつもりで言ったが、馨からは何も返事がない。しばし間が空き、遼真が脱衣所へ引っ込もうという時になってようやく、クッションが勢いよく飛んできた。
体を念入りに洗い、遼真は風呂を上がった。さっき飛んできたクッションはそのまま廊下に転がっており、馨は別のクッションを胸に抱いてさっきと同じ姿勢でソファに座っている。そしてさっきまでと同じように、つまらなそうな顔でぼんやりとテレビを眺めている。
「馨ちゃん、お風呂空いたきに」
「ん」
「聞いちゅう?」
「……聞いちゅう」
「入らんの?」
「うん……」
馨は心ここにあらずという具合で生返事をする。
「馨ちゃん、本当にどういたの。眠い? 疲れた?」
「別に、なんちゃじゃないき」
「けど心配だよ。ひょっと、熱でもあるがやない?」
遼真が顔を近付けて額に手を当てようとすると、馨はいきなり取り乱して額を隠し、遼真の手から逃げるようにソファから立ち上がった。
「な、なんちゃやないき言いゆうが」
「けど、」
「もぉ、風呂入るき……」
やはり遼真から逃げるように、馨は脱衣所へと消えていった。
馨のバスタイムは妙に長かった。遼真はつけっぱなしのテレビを見、飽きて別のチャンネルに替え、それにも飽きて本を読み始めた。ケトルでお茶を淹れ二杯目を飲んでいると、やっと馨が姿を見せた。一時間は言い過ぎだが、四十分以上は風呂に入っていたのではなかろうか。
真新しいパジャマを身に着けた馨は、遼真のいるソファではなく座卓の方へ座った。物憂げに頬杖を突いて、テレビのリモコンを手慰みにする。適当にチャンネルを替えていくが、これといって見たいものもないらしい。
「馨ちゃん、髪乾いてないじゃないか」
遼真が言うと、馨は今気づいたというように頭に手をやる。
「……別に、いつも濡れっぱなしやき」
「けどせっかく買ったのに……そうだ、僕が乾かしてあげるよ」
「べっ、別にそがぁなこと……」
「いいからいいから。痛くしないから」
遼真は洗面所からドライヤーを持ってきて馨の後ろに腰を下ろし、コンセントを差してスイッチを入れた。フルパワーではなく少し風量を抑えて、温度も低めにセットする。馨はなぜか緊張気味に正座をし、遼真が髪を梳きながら風を当てていくと、くすぐったそうに首を竦める。
「熱うないかい」
「ん」
「馨ちゃん、本当は、引っ越してくるの嫌やったが?」
馨は少し悩み、黙って首を横に振る。
「僕はね、馨ちゃんがうちに来てくれて嬉しいよ。今日はきっと記念日ってやつで、来年も再来年も、きっと今日のことを思い出して嬉しくなるんだろうなって思うよ」
「……おまんはどういて、そがぁに恥ずかしいことばっかり……」
「本心だからね。馨ちゃん、好きだよ」
最後にドライヤーを当てつつブラシで整えた。馨の髪は実に豊かで、ふわふわしている。癖は強いものの、以前ほどは絡まっていない。いくらか櫛の通りがよくなった。
遼真は馨にもお茶を淹れてやり、本の続きを読んだ。馨はお茶を飲んだ後、ベランダへ出て煙草をふかした。一体何本吸っているのか、しばらく戻ってこなかった。そろそろ寝ようと遼真が声をかけた時にもまだ煙草を咥えていて、ぼーっと景色を眺めていた。
「馨ちゃん、もう遅いき、寝よう」
「……先寝ちょって」
「寂しいこと言わんでよ。せっかく大きいベッド買ったがやき、一緒に寝よう?」
「ほいたら、これ吸うたら行くき……」
遼真は一人で寝室に行き、新品のベッドにダイブした。サイズはダブルベッドより一回りほど大きい。染み一つない真っ新なシーツ、肌に馴染む滑らかな掛布団、木材や塗料など新しいものの香り。天井も、壁紙さえも、不思議と新しく見える。
「馨ちゃん、まだ?」
五分待っても一向に馨が戻ってこないので、遼真は再びベランダを覗く。馨はぎりぎりまで短くなった煙草を一所懸命吸っていた。遼真は呆れ返る。
「何もそがぁに短くなるまで吸わんでも。指火傷するよ?」
「けんど……」
「ほら、いい加減終わりにして」
遼真は買ったばかりの灰皿を差し出す。馨は不服そうであったが、火を消した。
遼真はてきぱきと戸締りをし、リビングの電気を消し、真新しいベッドに体を沈めた。馨は遼真の後をくっついてきたが、クッションをぎゅっと抱きしめたままなかなかベッドに入ろうとしない。
「馨ちゃん? 寝んの?」
「……寝る、けんど」
「ひょっと、一緒に寝るのが嫌ながかい? 僕、ソファで寝ようか?」
「……別に、嫌やない」
馨は何か言いたそうにもじもじしていたが、結局のところおずおずと布団に潜り込んでくる。しかし遼真に背を向け、胸にはクッションを抱いている。
「電気、眩しゅうない?」
「ん」
「狭くない?」
「うん」
「ほいじゃあ、おやすみ」
目を閉じて秒針の音を聞く。五分、十分、十五分。
「馨ちゃん」
遼真が囁くと、馨はびくりと肩を震わせる。遼真はゆるりと寝返りを打ち、背後から馨を抱きしめた。
「にゃあ、馨ちゃん。してもえい?」
パジャマの裾からこそっと手を入れて腹を撫で、さらに上へと手を滑らせて胸を弄る。馨はダンゴムシみたいに体を丸めて遼真の手をガードしようとするが、抵抗虚しくあっさりと侵入を許してしまう。
「ゃ、りょーま、やめぇ」
「けど、乳首勃っちゅうよ。かわいい」
「い、言いなやぁ……っ」
「こがぁにびんびんにさして、まっことかわいい」
グミのような弾力を帯びた乳首を親指と人差し指で挟んで、こりこりと押し潰すように扱いてやる。馨は熱を孕んだ息を漏らして艶めかしく呻く。
「馨ちゃん、気持ちえい? 乳首どんどん勃ってきゆう」
「やき、言いなや、そがぁな……っ、恥ずかしい……」
「けど、えいならえいち言うてほしいな」
「っ、だれが言うかぁ、そがぁな……」
馨は逃げるように胸を反るが、腰は快感に揺れ動く。忙しない衣擦れの音と、余裕のない息遣いが続く。
「下から上に弾かれるの、好き? それとも、爪で引っ掻かれるのがえい?」
「そがな、どっちだって……ひゃぅっ、」
馨はびくんと体を弾ませる。
「横かりかりされるのがえいの? 気持ちい?」
「む、胸なんぞ、感じん……」
「強がらんでもえいのに」
遼真は馨のズボンを少し下ろし、下着に手を滑り込ませた。しっとりと手に吸い付く双丘をなぞって、割れ目に指を這わせる。ふと、遼真は息を呑み目を見張った。なんと、そこは既に準備万端という具合にたっぷり泥濘(ぬかる)んでいて、遼真の指を難なく吸い込んだのである。
「はぁっ、ん、りょーま、そこはぁ、」
「そこは、何? なんなの、これ。どういてこがぁに、ぐちょぐちょになっちゅうのかな」
息をする媚肉に誘われるまま、遼真は指を増やして中を掻き混ぜた。各指を激しく動かして腸壁を擦ると、粘着いた水音がうるさく聞こえてくる。
「あぅっ、やっ、りょーまぁ」
「にゃあ、ちゃんと言っとうせ。ここ、どういてこがぁに濡れちゅうの」
「いっ、……っ、言えん」
「ふぅん」
遼真はぺろりと唇を舐め、馨を組み敷いた。左手は胸の突起を、右手は後ろの可愛らしい蕾をしつこく愛撫する。馨はじたばた悶える。
「やぅっ、ぅぅう……」
「ねぇ馨ちゃん。僕は今日、君を嫁にもらったわけだけど」
「だっ、だれが、嫁じゃ、ぁっ」
「うん、まぁでも似たようなものじゃない。それでいくと今日は初夜なわけで、だから僕は朝から新婚気分でちょっぴり浮かれていたし、昨日の夜もなかなか眠れなかったりして」
遼真は馨を仰向けに引っくり返し、ズボンも下着もまとめて脱がした。パジャマのボタンを外し、再び胸と肛孔の二点を同時に責める。
「馨ちゃん、今日はなんだかずっと妙だったけど、ひょっとして僕と同じだったんじゃないのかい? 馨ちゃんも、今日のこと楽しみにしちょってくれた? 嫁入り気分でおってくれたのかな?」
馨は口で答える代わりに体を弓なりに撓(しな)わせる。これでもかというほど背を浮かせ、腰を揺らし、胸を反らす。
「ずっと素っ気ない態度やったくせに、ほんまは期待しちょったの? お風呂が長かったのも、自分で準備しよったからやろう? そればぁ期待しちょったがや。こがぁにびっしょり濡らしよって、まっことすけべったらしいにゃあ、馨ちゃんは」
すると突然、遼真の顔面に柔らかな衝撃が飛んでくる。馨がクッションを投げたのだった。羞恥からか怒りからか、顔を真っ赤にさせてぜえぜえと息をする。
「……っご、ごちゃごちゃしわい! わかっちゅうなら、焦らしなやぁ……」
最後はもう泣き出しそうな声で馨は言った。遼真は俄然やる気になって、素早く服を脱ぎ捨てた。
「……馨ちゃん、今日はほんに積極的やね」
「ぁ、ち、今のは、」
馨ははっとして口を塞ぐ。しかし時既に遅し。遼真は手早く避妊具を着け、急いで膝立ちになった。馨の太腿をしっかり抱え、引き寄せる。馨は怯えたように枕に縋る。
「や、りょーま、やっぱりこわい」
「自分で準備までしちょって何言うの。大丈夫、この間だってちゃんとできたがやき」
「けんど……や、やっぱりおまんの太うて……こ、こわい」
「大丈夫、優しゅうするよ。今日が正式な初夜やきね」
「わ、わざわざそがぁなこと、言いなやぁ……」
物欲しげにヒクつき蜜を零す蕾を探り当て、遼真はゆっくりと己の肉茎を突き立てた。ひぃ、と馨は悲鳴に似た細い声を上げる。たっぷり泥濘(ぬかる)んだ割れ目に、ひとまず先端が呑み込まれる。
「ぅあ゛っ、ま、待っとうせ」
「まだ半分も入っちゃせんよ」
「それ、こないだも……ぁあっ!」
遼真はさらに奥を目指す。初回よりはいくらか入りやすいものの、ほとんど処女に近い通路はやはり狭く、締め付けがきつい。腰を数ミリ進めるごとに、弾力のあるしなやかな肉壁に跳ね返される。それを押しのけ押しのけ進むのである。
「はぅ、う゛、くるし、りょーまぁ」
「大丈夫、ゆっくり息して」
肉茎はついに根元まで呑み込まれた。馨が苦しそうに胸を喘がせるので、遼真は落ち着くのを待って、馨の頬を撫でたり頭を撫でたりした。じきに呼吸が整うと、馨が甘えたように抱っこしてのポーズをするので、遼真はお望み通りに体を密着させた。密着正常位である。優しく抱きしめて、頬や胸元にキスを落とす。
「りょーまぁ、くち……」
馨が唇を突き出すので、今日初めての口づけをした。馨はいまだキスに慣れず、口を開けているのも舌を絡めるのも、息継ぎさえもまだうまくできない。遼真の口から一方的に流れ込む唾液を一所懸命に嚥下するばかりだ。舌を絡ませて口内を貪ると、まるで呼応するように肛孔が締め付ける。
遼真が口を離しても、馨はしばらく口を半開きにしたままぼーっと惚けている。視線がうまく交わらないが、確かに遼真のことを見ている。ぴくぴく震える赤い舌がちらちら覗いて肉感的である。
「ひぁ、やっ、待っ」
腰を律動させると、馨はだらしなく舌を突き出して喘ぐ。待てと言われても辛抱堪らず、遼真は激しく馨を揺さぶる。馨の腰が逃げるが、それを押さえ込んで奥まで貫く。
「あぅぅ、いかん、いかんちやぁ゛っ、りょーま、りょーまっ」
嬌声はいつしか涙に潤んでいく。洟を啜り、涙を流して馨は喘ぐ。過呼吸気味にひぃひぃ泣く。
「ひぐっ、う、ぅう゛っ、やじゃ、ぁう、やじゃあ、っ」
子供のように泣かれるので、遼真は罪悪感を覚える。無理やり致しているわけではないのに、馨はなぜか嫌がって泣く。
「馨ちゃん、あんまり泣かんで」
「ひぁ゛、にゃ、泣きやせん、ぅう」
「泣いちゅうよ。どこか痛いがかい? 苦しい?」
馨はぶるぶる首を振る。遼真は馨の涙を舐め取りながら、繰り返し奥を突き続ける。馨もそれを迎え入れるように自然と腰をくねらせる。律動と同時に前を弄ってやると、中が一層きつく収縮する。蕩けた媚肉がねっとり絡んで離さない。
「んっ……もう、出るき、受け止めて……っ」
「ん゛ゃ、あ、りょーまぁっ……!」
留め置くことなどできない激しい劣情が腹の底から込み上げ、体の芯を通って一気に外へ噴き出した。遼真は密着した接合部をさらにぐりぐりと擦り付ける。馨はうんと体を仰け反らせ、びくんびくんと腰を痙攣させた。
「あぅ……りょ、りょーま、りょーまぁ」
馨は夢中で遼真の背を掻き抱く。耳元に頬をすり寄せ、吐息交じりに囁く。
「わし……おまんの嫁になるがか……」
「……なってくれる?」
「うん……わからん」
「えぇ、わからんの」
大いに期待した分、遼真はわずかに肩を落とす。
「……けんど、これからずうっと、わしはおまんとここに住むがや」
「うん」
「それだけはわかっちゅうき」
「……ありがとう、馨ちゃん。一生大切にするよ」
二人は幸せなキスを交わす。新しい生活に対する不安も憂鬱も、今この瞬間どこかへ吹き飛んでしまった。
馨の荷物はあまりなく、ほとんどがスーツケースとリュックサックに収まり、残りは段ボール箱に詰めて運んだ。遼真の部屋もいささか変化した。要らないものは処分され、元々片付いていた部屋がさらにすっきりとしていた。
荷解きを終えると、大きな荷物が続けざまに届いた。ベッドやらソファやら、先日注文した家具がちょうど届いたのである。主に遼真が指示を出し、二人で協力して組み立てた。できあがる頃にはとっぷり日が暮れていた。
「何だかんだ疲れたね」
遼真は凝りを解すように肩を回した。
「夕ご飯どうしよう。どこか行こうか?」
そういうわけで、近所の飲み屋へやってきた。連休初日なだけあって混んでいる。今までよく行っていたような、もつ煮をビールで流し込むタイプの居酒屋ではなく、欧風料理とワインを楽しむタイプの小洒落た店である。しかし馨はいつも通り、ビールやハイボールを好んで飲む。
「やっぱりビールが好き?」
「別に、慣れちゅうき」
「ここ、ごはんもおいしいんだよ。アヒージョって食べたことある?」
「ない」
「オリーブオイルが効いててね、こうしてパンをつけて食べるんだよ」
遼真は引っ越し祝いのつもりでそれなりに楽しんでいたが、馨は妙に浮かない顔をしていた。表情が硬く俯きがちで、口数が少なくはきはき喋らない。食事も飲酒も喫煙も捗らない。疲れたのかと遼真が気遣うも、首を振って否定するばかりである。
思えば昼から馨の様子はおかしかったし、数日前に家具を買いに行った時もどうもおかしかった。
楽しそうにソファを試していたくせに、いざ買うものを選ぶとなると途端に歯切れが悪くなってやっぱり要らないなどと言い出すし、マットレスを選ぶ時もあまり協力的でなくかなり時間が掛かったし、ベッドフレームは収納付きがいいとか宮付きがいいとか遼真が話している最中も上の空だったし、とにかくずっと妙だった。
「馨ちゃん、疲れちゅう? 早く帰って寝ようか」
憂鬱そうな顔をしているくせに、馨は首を横に振る。
「……まだ帰りとうない」
「まぁ明日も休みだから、遅くなっても平気っちゃあ平気だけど……」
すると馨はいきなりグラスを持って一気に酒を飲み干した。顔を真っ赤に火照らせて溜め息を吐く。遼真は訳がわからなくて首を捻った。
まだ帰りたくないと言ったわりに二軒目に行くのも躊躇するので、結局真っ直ぐ帰路に就いた。途中遼真はコンビニに寄ったが、馨は先を急いたのか、遼真を置いて一人でマンションに帰ってしまった。
遼真が帰った時、玄関は鍵が掛かっていなかった。靴は脱ぎ散らかしてあるし、靴下も廊下に点々と落ちている。遼真はそれを拾って、洗濯機に放り投げた。先に帰ったはずの馨は風呂に入っているのかと思いきやそうではなく、リビングでただぼんやりとテレビを眺めている。
「馨ちゃん、脱いだものはその辺に投げておかないで、洗濯機に入れておいてね」
「ん」
「その番組、おもしろいかい」
「……ほうでもない」
馨は胸にクッションを抱き、ソファの隅っこに膝を抱えて座っている。遼真が何を言っても手応えのない返事しか返ってこない。
「先にお風呂入るね」
「ん」
「お湯溜めたら入るかい?」
「ん……どっちでも」
「よかったら一緒に入る? らぁて」
冗談のつもりで言ったが、馨からは何も返事がない。しばし間が空き、遼真が脱衣所へ引っ込もうという時になってようやく、クッションが勢いよく飛んできた。
体を念入りに洗い、遼真は風呂を上がった。さっき飛んできたクッションはそのまま廊下に転がっており、馨は別のクッションを胸に抱いてさっきと同じ姿勢でソファに座っている。そしてさっきまでと同じように、つまらなそうな顔でぼんやりとテレビを眺めている。
「馨ちゃん、お風呂空いたきに」
「ん」
「聞いちゅう?」
「……聞いちゅう」
「入らんの?」
「うん……」
馨は心ここにあらずという具合で生返事をする。
「馨ちゃん、本当にどういたの。眠い? 疲れた?」
「別に、なんちゃじゃないき」
「けど心配だよ。ひょっと、熱でもあるがやない?」
遼真が顔を近付けて額に手を当てようとすると、馨はいきなり取り乱して額を隠し、遼真の手から逃げるようにソファから立ち上がった。
「な、なんちゃやないき言いゆうが」
「けど、」
「もぉ、風呂入るき……」
やはり遼真から逃げるように、馨は脱衣所へと消えていった。
馨のバスタイムは妙に長かった。遼真はつけっぱなしのテレビを見、飽きて別のチャンネルに替え、それにも飽きて本を読み始めた。ケトルでお茶を淹れ二杯目を飲んでいると、やっと馨が姿を見せた。一時間は言い過ぎだが、四十分以上は風呂に入っていたのではなかろうか。
真新しいパジャマを身に着けた馨は、遼真のいるソファではなく座卓の方へ座った。物憂げに頬杖を突いて、テレビのリモコンを手慰みにする。適当にチャンネルを替えていくが、これといって見たいものもないらしい。
「馨ちゃん、髪乾いてないじゃないか」
遼真が言うと、馨は今気づいたというように頭に手をやる。
「……別に、いつも濡れっぱなしやき」
「けどせっかく買ったのに……そうだ、僕が乾かしてあげるよ」
「べっ、別にそがぁなこと……」
「いいからいいから。痛くしないから」
遼真は洗面所からドライヤーを持ってきて馨の後ろに腰を下ろし、コンセントを差してスイッチを入れた。フルパワーではなく少し風量を抑えて、温度も低めにセットする。馨はなぜか緊張気味に正座をし、遼真が髪を梳きながら風を当てていくと、くすぐったそうに首を竦める。
「熱うないかい」
「ん」
「馨ちゃん、本当は、引っ越してくるの嫌やったが?」
馨は少し悩み、黙って首を横に振る。
「僕はね、馨ちゃんがうちに来てくれて嬉しいよ。今日はきっと記念日ってやつで、来年も再来年も、きっと今日のことを思い出して嬉しくなるんだろうなって思うよ」
「……おまんはどういて、そがぁに恥ずかしいことばっかり……」
「本心だからね。馨ちゃん、好きだよ」
最後にドライヤーを当てつつブラシで整えた。馨の髪は実に豊かで、ふわふわしている。癖は強いものの、以前ほどは絡まっていない。いくらか櫛の通りがよくなった。
遼真は馨にもお茶を淹れてやり、本の続きを読んだ。馨はお茶を飲んだ後、ベランダへ出て煙草をふかした。一体何本吸っているのか、しばらく戻ってこなかった。そろそろ寝ようと遼真が声をかけた時にもまだ煙草を咥えていて、ぼーっと景色を眺めていた。
「馨ちゃん、もう遅いき、寝よう」
「……先寝ちょって」
「寂しいこと言わんでよ。せっかく大きいベッド買ったがやき、一緒に寝よう?」
「ほいたら、これ吸うたら行くき……」
遼真は一人で寝室に行き、新品のベッドにダイブした。サイズはダブルベッドより一回りほど大きい。染み一つない真っ新なシーツ、肌に馴染む滑らかな掛布団、木材や塗料など新しいものの香り。天井も、壁紙さえも、不思議と新しく見える。
「馨ちゃん、まだ?」
五分待っても一向に馨が戻ってこないので、遼真は再びベランダを覗く。馨はぎりぎりまで短くなった煙草を一所懸命吸っていた。遼真は呆れ返る。
「何もそがぁに短くなるまで吸わんでも。指火傷するよ?」
「けんど……」
「ほら、いい加減終わりにして」
遼真は買ったばかりの灰皿を差し出す。馨は不服そうであったが、火を消した。
遼真はてきぱきと戸締りをし、リビングの電気を消し、真新しいベッドに体を沈めた。馨は遼真の後をくっついてきたが、クッションをぎゅっと抱きしめたままなかなかベッドに入ろうとしない。
「馨ちゃん? 寝んの?」
「……寝る、けんど」
「ひょっと、一緒に寝るのが嫌ながかい? 僕、ソファで寝ようか?」
「……別に、嫌やない」
馨は何か言いたそうにもじもじしていたが、結局のところおずおずと布団に潜り込んでくる。しかし遼真に背を向け、胸にはクッションを抱いている。
「電気、眩しゅうない?」
「ん」
「狭くない?」
「うん」
「ほいじゃあ、おやすみ」
目を閉じて秒針の音を聞く。五分、十分、十五分。
「馨ちゃん」
遼真が囁くと、馨はびくりと肩を震わせる。遼真はゆるりと寝返りを打ち、背後から馨を抱きしめた。
「にゃあ、馨ちゃん。してもえい?」
パジャマの裾からこそっと手を入れて腹を撫で、さらに上へと手を滑らせて胸を弄る。馨はダンゴムシみたいに体を丸めて遼真の手をガードしようとするが、抵抗虚しくあっさりと侵入を許してしまう。
「ゃ、りょーま、やめぇ」
「けど、乳首勃っちゅうよ。かわいい」
「い、言いなやぁ……っ」
「こがぁにびんびんにさして、まっことかわいい」
グミのような弾力を帯びた乳首を親指と人差し指で挟んで、こりこりと押し潰すように扱いてやる。馨は熱を孕んだ息を漏らして艶めかしく呻く。
「馨ちゃん、気持ちえい? 乳首どんどん勃ってきゆう」
「やき、言いなや、そがぁな……っ、恥ずかしい……」
「けど、えいならえいち言うてほしいな」
「っ、だれが言うかぁ、そがぁな……」
馨は逃げるように胸を反るが、腰は快感に揺れ動く。忙しない衣擦れの音と、余裕のない息遣いが続く。
「下から上に弾かれるの、好き? それとも、爪で引っ掻かれるのがえい?」
「そがな、どっちだって……ひゃぅっ、」
馨はびくんと体を弾ませる。
「横かりかりされるのがえいの? 気持ちい?」
「む、胸なんぞ、感じん……」
「強がらんでもえいのに」
遼真は馨のズボンを少し下ろし、下着に手を滑り込ませた。しっとりと手に吸い付く双丘をなぞって、割れ目に指を這わせる。ふと、遼真は息を呑み目を見張った。なんと、そこは既に準備万端という具合にたっぷり泥濘(ぬかる)んでいて、遼真の指を難なく吸い込んだのである。
「はぁっ、ん、りょーま、そこはぁ、」
「そこは、何? なんなの、これ。どういてこがぁに、ぐちょぐちょになっちゅうのかな」
息をする媚肉に誘われるまま、遼真は指を増やして中を掻き混ぜた。各指を激しく動かして腸壁を擦ると、粘着いた水音がうるさく聞こえてくる。
「あぅっ、やっ、りょーまぁ」
「にゃあ、ちゃんと言っとうせ。ここ、どういてこがぁに濡れちゅうの」
「いっ、……っ、言えん」
「ふぅん」
遼真はぺろりと唇を舐め、馨を組み敷いた。左手は胸の突起を、右手は後ろの可愛らしい蕾をしつこく愛撫する。馨はじたばた悶える。
「やぅっ、ぅぅう……」
「ねぇ馨ちゃん。僕は今日、君を嫁にもらったわけだけど」
「だっ、だれが、嫁じゃ、ぁっ」
「うん、まぁでも似たようなものじゃない。それでいくと今日は初夜なわけで、だから僕は朝から新婚気分でちょっぴり浮かれていたし、昨日の夜もなかなか眠れなかったりして」
遼真は馨を仰向けに引っくり返し、ズボンも下着もまとめて脱がした。パジャマのボタンを外し、再び胸と肛孔の二点を同時に責める。
「馨ちゃん、今日はなんだかずっと妙だったけど、ひょっとして僕と同じだったんじゃないのかい? 馨ちゃんも、今日のこと楽しみにしちょってくれた? 嫁入り気分でおってくれたのかな?」
馨は口で答える代わりに体を弓なりに撓(しな)わせる。これでもかというほど背を浮かせ、腰を揺らし、胸を反らす。
「ずっと素っ気ない態度やったくせに、ほんまは期待しちょったの? お風呂が長かったのも、自分で準備しよったからやろう? そればぁ期待しちょったがや。こがぁにびっしょり濡らしよって、まっことすけべったらしいにゃあ、馨ちゃんは」
すると突然、遼真の顔面に柔らかな衝撃が飛んでくる。馨がクッションを投げたのだった。羞恥からか怒りからか、顔を真っ赤にさせてぜえぜえと息をする。
「……っご、ごちゃごちゃしわい! わかっちゅうなら、焦らしなやぁ……」
最後はもう泣き出しそうな声で馨は言った。遼真は俄然やる気になって、素早く服を脱ぎ捨てた。
「……馨ちゃん、今日はほんに積極的やね」
「ぁ、ち、今のは、」
馨ははっとして口を塞ぐ。しかし時既に遅し。遼真は手早く避妊具を着け、急いで膝立ちになった。馨の太腿をしっかり抱え、引き寄せる。馨は怯えたように枕に縋る。
「や、りょーま、やっぱりこわい」
「自分で準備までしちょって何言うの。大丈夫、この間だってちゃんとできたがやき」
「けんど……や、やっぱりおまんの太うて……こ、こわい」
「大丈夫、優しゅうするよ。今日が正式な初夜やきね」
「わ、わざわざそがぁなこと、言いなやぁ……」
物欲しげにヒクつき蜜を零す蕾を探り当て、遼真はゆっくりと己の肉茎を突き立てた。ひぃ、と馨は悲鳴に似た細い声を上げる。たっぷり泥濘(ぬかる)んだ割れ目に、ひとまず先端が呑み込まれる。
「ぅあ゛っ、ま、待っとうせ」
「まだ半分も入っちゃせんよ」
「それ、こないだも……ぁあっ!」
遼真はさらに奥を目指す。初回よりはいくらか入りやすいものの、ほとんど処女に近い通路はやはり狭く、締め付けがきつい。腰を数ミリ進めるごとに、弾力のあるしなやかな肉壁に跳ね返される。それを押しのけ押しのけ進むのである。
「はぅ、う゛、くるし、りょーまぁ」
「大丈夫、ゆっくり息して」
肉茎はついに根元まで呑み込まれた。馨が苦しそうに胸を喘がせるので、遼真は落ち着くのを待って、馨の頬を撫でたり頭を撫でたりした。じきに呼吸が整うと、馨が甘えたように抱っこしてのポーズをするので、遼真はお望み通りに体を密着させた。密着正常位である。優しく抱きしめて、頬や胸元にキスを落とす。
「りょーまぁ、くち……」
馨が唇を突き出すので、今日初めての口づけをした。馨はいまだキスに慣れず、口を開けているのも舌を絡めるのも、息継ぎさえもまだうまくできない。遼真の口から一方的に流れ込む唾液を一所懸命に嚥下するばかりだ。舌を絡ませて口内を貪ると、まるで呼応するように肛孔が締め付ける。
遼真が口を離しても、馨はしばらく口を半開きにしたままぼーっと惚けている。視線がうまく交わらないが、確かに遼真のことを見ている。ぴくぴく震える赤い舌がちらちら覗いて肉感的である。
「ひぁ、やっ、待っ」
腰を律動させると、馨はだらしなく舌を突き出して喘ぐ。待てと言われても辛抱堪らず、遼真は激しく馨を揺さぶる。馨の腰が逃げるが、それを押さえ込んで奥まで貫く。
「あぅぅ、いかん、いかんちやぁ゛っ、りょーま、りょーまっ」
嬌声はいつしか涙に潤んでいく。洟を啜り、涙を流して馨は喘ぐ。過呼吸気味にひぃひぃ泣く。
「ひぐっ、う、ぅう゛っ、やじゃ、ぁう、やじゃあ、っ」
子供のように泣かれるので、遼真は罪悪感を覚える。無理やり致しているわけではないのに、馨はなぜか嫌がって泣く。
「馨ちゃん、あんまり泣かんで」
「ひぁ゛、にゃ、泣きやせん、ぅう」
「泣いちゅうよ。どこか痛いがかい? 苦しい?」
馨はぶるぶる首を振る。遼真は馨の涙を舐め取りながら、繰り返し奥を突き続ける。馨もそれを迎え入れるように自然と腰をくねらせる。律動と同時に前を弄ってやると、中が一層きつく収縮する。蕩けた媚肉がねっとり絡んで離さない。
「んっ……もう、出るき、受け止めて……っ」
「ん゛ゃ、あ、りょーまぁっ……!」
留め置くことなどできない激しい劣情が腹の底から込み上げ、体の芯を通って一気に外へ噴き出した。遼真は密着した接合部をさらにぐりぐりと擦り付ける。馨はうんと体を仰け反らせ、びくんびくんと腰を痙攣させた。
「あぅ……りょ、りょーま、りょーまぁ」
馨は夢中で遼真の背を掻き抱く。耳元に頬をすり寄せ、吐息交じりに囁く。
「わし……おまんの嫁になるがか……」
「……なってくれる?」
「うん……わからん」
「えぇ、わからんの」
大いに期待した分、遼真はわずかに肩を落とす。
「……けんど、これからずうっと、わしはおまんとここに住むがや」
「うん」
「それだけはわかっちゅうき」
「……ありがとう、馨ちゃん。一生大切にするよ」
二人は幸せなキスを交わす。新しい生活に対する不安も憂鬱も、今この瞬間どこかへ吹き飛んでしまった。
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