幼馴染を追いかけて

小貝川リン子

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第二章 邂逅

8 小旅行

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 翌朝七時。遼真は自然と目が覚めた。一夜明けても、馨は遼真に取り縋ったままの姿勢で眠っていた。遼真はベッドから起き上がり、馨を優しく揺り起こす。

「馨ちゃん、朝ご飯無料やき食べ行こう。昨日約束したろう」

 しかし馨は全く起きる気配がない。うーんと唸って、布団を頭から被ってしまう。

「馨ちゃん、行かんの? 起きんなら僕一人で行ってくるけど」
「うぅん……さきいっちょってぇ……」
「じゃあ先行くね。来る時はちゃんと着替えて、鍵も忘れんでね」

 遼真は馨を残して部屋を出た。しかしエレベーターを待っていると、馨がベルトをカチャカチャ言わせながら追いかけてくる。

「にゃあ、どういて置いてくがぁ。置いてかんでぇ」
「だって先行ってち馨ちゃんが……そのトレーナー、後ろ前になっちゅうよ」
「はぇ……ほんまじゃ」

 馨はその場で服を直した。幸い人は来なかった。

 エレベーターに乗っている間、まだ寝惚けていた馨は人目も憚らず遼真にもたれかかっていたが、朝食会場に着いた途端覚醒して、次々とおかずを皿に盛ってはもりもり食べた。所謂バイキングだが然程豪華ではなく、どちらかといえば庶民的で手作り感のある健康的な朝食だった。

「馨ちゃん、よう食べるねぇ」

 遼真の盆にはカレーとコーヒーが載っているだけである。一方馨はほぼすべてのおかずを網羅していた。

「昨日はしゃんと食わざったき、腹ぁ減ってしゃあないちや」
「そっか。ドリンクバーだけだったもんね」
「これでも控えゆう方ぜよ。おまんはそれだけで足りるがか?」
「うん。朝は元々少なめなんだ」

 用事があるわけでもないので、のんびり会話しながら朝食を終えた。部屋に戻ってからは、朝の準備をしながらだらだらとテレビを眺めた。朝の情報番組だが、東京では決してお目に掛かれないローカルテレビ局の番組である。地域密着型のニュース、スポーツ、各地域の天気予報や交通情報などを報じている。

「こういうの見ると、遠くへ来たって感じするよね」
「ほうか?」
「知らない地名が当たり前みたいに出てきてさ、ご当地っぽいゆるキャラとか、作りの荒いCMとか、映ってるキャスターも知らない人ばっかりだし」
「ほぉん。わしゃそもそも、テレビ持ちやせんき、ようわからん」

 馨は歯磨き粉で口の周りを泡だらけにして答えた。

「そういえばそうやったね。僕は、結構毎朝同じ番組を見るんだけど、それがやってないとなんだかこう、新鮮な気持ちになるよ。見慣れないものばっかり映るものだから」

 最新のニュースに続いて、地域のイベント情報が流れる。どこそこで雪まつりがあるとか、スキー場がどうしたとか、動物園がどうの、自然体験がどうのとやった後に、遼真は気になる情報を見つける。

「クリスマスマーケット、今日までだって。せっかくだから行ってみない? ここからそう遠くないし」

 一晩のうちに色々なことが起きたせいですっかり忘れていたが、昨夜がイブで今日がクリスマス当日なのだった。子供の時分ならば、枕元に置かれたプレゼントに大興奮していたことだろう。

「ほんとは昨日行くつもりだったんだ。夜ならイルミネーションが綺麗だろうけど、昼間でもきっと楽しいよ」
「わしは、そがなきらきらしたとこは……それより門別の競馬場が見てみたいがやけんど」
「お馬さんなら前のデートで行ったじゃない。デートらしいデートもたまにはしてみたいと思わない?」
「でっ……デートらぁて、簡単に言うけんど……」
「でもきっと楽しいよ。お酒も色々売ってると思うし。行こうよ」

 そういうわけで、二人は札幌へと向かった。雪は降ってはいなかったが積もっており、至る所に白い雪山ができていた。道路が凍っていて滑って仕方ないので、靴に取り付けるタイプの滑り止めを買って歩いた。

 最終日にも関わらず、マーケットは大盛況であった。木組みの三角屋根が可愛らしい欧風の屋台がぎっしり並び、食べ物や雑貨を売っている。中央にはステージがあって、ジャズバンドが演奏している。東京のものと比べるといささかこじんまりしているが、このくらいのサイズ感の方がじっくり楽しめてちょうどいい。

「馨ちゃん、僕のコート着るかい」

 休憩用のテント内はストーブが効いていて暖かい。しかし馨は薄着ゆえにぶるぶる震えていたので、遼真は自分のコートを脱いで言った。

「交換しようか」
「いらん」
「そう言わずに。僕のわがままを聞くと思って」
「い、いらんち」
「まぁまぁ」

 遼真は馨を宥めすかしてコートを脱がし、自分のものを着せた。ついでにマフラーを巻こうとすると全力で拒否される。

「いかん、マフラーはいかん、ほんにいかん」
「どうしてだい。寒いだろう」
「お、おまんが寒いろう」
「僕は大丈夫だよ、これで結構厚着してるから。馨ちゃん、首元が開いてて寒そうだもの。遠慮せんで」

 遼真は無理やり馨の首にマフラーを巻いた。ぐるぐる巻きにする。

「ほら、これでいい」
「あ、ぅ……」
「鼻まで隠すとあったかいだろう? ほら」
「ぅぅぅ……」
「あとは、手袋と帽子があれば――」

 馨はぎゅうっと両目を瞑り、マフラーを解いてぶん投げた。紅潮した顔を両手で覆い隠し、力なくその場にへたり込む。

「ご、ごめん。そんなに嫌だなんて……」

 遼真は地面すれすれでキャッチしたマフラーを手に呆然と立ち尽くす。

「ごめん、もうしないから、怒らないで」
「……怒りやせん」

 馨はぼそぼそと呟く。

「でも顔赤いし、怒ってるよね。ほんにごめんね」
「ちゃ、ちゃうわ、ばかたれ……そのマフラーも、コートも、おまんの匂いが染み付いちゅうきに……」

 遼真ははっとして自身のにおいを嗅ぐ。昨夜仕事帰りにそのまま飛行機に乗ったので、着替えもなければ洗濯もしていない。

「ごめんね、臭かったかな。自分だとあんまりわからないんだけど……」
「ちゃうわ、あほぉ……も、どういてわからんがよ。臭いらぁて言いやせんのに……」
「じゃあどういう意味なんだい。嫌じゃないならマフラー巻いてほしいな」
「やき……」

 馨は指の隙間からちらりと遼真を覗き見、溜め息を吐いて俯いた。

「その……お、おまんの匂いがしゆうと……落ち着かん……やき、いやじゃ……」

 馨は何度も言葉を途切れさせ、囁き声よりも小さなくぐもった声でそう言った。

「ぅぅ……いやじゃ、こがぁな……これじゃあまるで……まるでわしは……」

 馨の言い分を理解した遼真は、突っ立ったまま一気に頬を紅潮させる。そのことを悟られないよう、さっき馨が投げ捨てたマフラーを巻いてきつく結んだ。声が裏返りそうになるのをどうにか堪えて言う。

「ほいたら、馨ちゃんの分のマフラーは、今ここで買おう」
「ここでぇ?」
「うん、僕が買うちゃる。クリスマスプレゼントの代わり。何でも好きなの選んでよ」

 遼真は馨の手を取って立ち上がらせた。休憩所を出て再び会場内を巡り、とあるファッション雑貨の屋台に入る。

「ほら、この店とかいいと思ったんだけど、どうかな。かわいいよね」
「んん……ようわからん。りょーまが選びとうせ」

 馨はむぅと頬を膨らませた。遼真はわずかに赤面し、本当にそれでいいのかと確認を取る。

「おまんの選んだもんなら何でもえいき。はよしぃ」
「じゃ、じゃあこれ……」

 ノルディック柄のマフラーを手に取る。

「あとこれとこれも……」

 同じ柄の手袋と耳当ても手に取る。

「……まぁ、柄はえいけんど、赤はさすがに派手すぎん?」
「そう? じゃあこっちの、ベージュのにしようか」

 追加でこっそり、同じ柄で色違いの耳当てを自分用にも購入した。

 防寒対策ができた後はホットワインとソーセージで一杯やったり、外国の郷土料理を食べたり、菓子屋でジンジャークッキーを買ったりした。遼真は、限定柄のオリジナルマグカップを土産に購入した。馨にも買うかと尋ねたがいらないと言うので、お揃いにはできなかった。

 陽が落ちて雪がちらつき始めると寒すぎてやっていられなくなり、イルミネーションを眺めつつ駅に戻った。様々な光のオブジェがあり、大通りの街路樹は電飾を纏い、電波塔もきらきら光っていた。雪が降っていることもあり非常に幻想的だったが、それにしたって寒かった。

 夕飯は駅に近い店でジンギスカンを食べてみた。馨は初めてだったが、普通にうまいと言ってよく食べた。遼真は過去の経験から苦手意識があったものの、本場のものは臭みが少なく案外食べられた。

「北海道、さすがに楽しいね。もっとちゃんと計画立てて来ればよかったよ。どうせならこのままもう一泊しても――」
「それはいかん! 明日は有馬記念やきに」
「そうなんだ。それは行かないといけないね」

 遼真が肩を落としたように馨には見えた。少しばかり良心が痛む。

「おまんも、北海道は初めてなが?」
「もちろん。だってすごく遠いだろう? 飛行機でなきゃ来れないし、船は時間が掛かりすぎるし、新幹線は通ってないし」
「けんど、昨日は飛んできたやか」
「一回来てみると案外遠くないなってわかったから、次は一週間くらい休み取って道内一周旅行とかしてみたいな。もちろん馨ちゃんも一緒で」
「おう……金はないけんど」
「そんなの気にせんでいいよ。でも、次来るとしたら夏かなぁ。これからどんどん寒くなるし、北国の寒さは堪えるきね」

 二人は札幌から新千歳に戻り、飛行機で東京に帰った。こうして、一泊二日の短い旅は幕を閉じた。
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