幼馴染を追いかけて

小貝川リン子

文字の大きさ
上 下
6 / 41
第一章 少年時代

2 平和な日々⑤~お泊り会

しおりを挟む
 中学二年の冬、遼真の家に馨が泊まりに来た。お泊り自体はよくあることだが、今回は少し事情が違う。町内会の慰安旅行と仕事の出張が被ったせいで、両家とも大人が出払ってしまったのだ。だから正真正銘二人きりのお泊り会になる。

「りょーま、来たで」
「いらっしゃい。早いねゃ」
「だって楽しみで、じっとしていれんで」

 馨は重そうなリュックを背負っている。

「荷物多ない? なに持ってきたが?」
「そがなん決まっちゅう、お菓子じゃ」

 そう言って、茶の間の床にばら撒いた。スナック菓子にポテトチップスに、ビスケットやチョコレートまで、色々な種類のお菓子がリュックに詰まっていた。

「おかあが持たいてくれたが。りょーまと一緒に食え言うちょった」

 お菓子を食べながらゲームをして遊んだ。テレビゲームは持っていないので、人生ゲームや野球盤といったアナログゲームで遊んだ。その後家の中でかくれんぼをし、庭に出てキャッチボールをした。冬毛でまるまる太った野生のタヌキを見つけて山の中まで追いかけたが、途中で見失ってしまった。

 遊び疲れた頃、突然馨の腹の虫が鳴く。

「ごはんにしよか」

 母が作り置きしてくれたカレーを温めて食べた。デザートにりんごを剥く。遼真は果物ナイフをテーブルに持っていって手際よく皮を剥いた。すると馨は目を丸くして、感心したような声を上げる。

「へぇえ、まっことすごいのう、りょーまは」
「ほうかえ。馨ちゃんかてそのうち家庭科で習うろう」
「うさぎは? うさぎ、できるが?」
「うさぎは、ちっくと難しいのう。今度練習しておくき、できるようになったら見せちゃろう」

 りんごを食べ、みかんも食べた。みかんを食べながらビデオを再生した。外国のアニメ映画で、昔テレビで放送した時に録画したものだと思われる。台詞を暗記するほど何度も見ているのに、時々時間がある時に見たくなる。

「お茶飲むかえ?」

 遼真が訊いても馨はビデオに夢中で返事をしないが、お茶を淹れて湯呑を出すと当然のように受け取って口をつけた。

 ビデオの終わる時間を見計らって、遼真は風呂を沸かした。掃除は母がしておいてくれたので、湯加減を見てお湯を張るだけである。

 ビデオを見終わったらさっさと片付けて風呂に入る。昔ながらのタイル貼りの浴室にステンレスの浴槽、これが遼真の家の風呂である。床が冷たいので簀子(すのこ)を敷いて凌いでいる。浴槽は広くはないが、少年二人が肩まで浸かる程度の余裕はある。

 子供用の泡風呂入浴剤を入れ、泡をたくさん作って遊んだ。お湯を掻き混ぜるともこもこの泡ができるので、それだけで十分楽しい。泡に埋もれたり、泡を頭に乗せたり、息を吹きかければシャボン玉が作れたりする。浴室中が泡だらけになった。

 騒ぎすぎて暑くなった。窓を開けると凍てついた空気が入ってきて火照った体を冷やす。窓を全開にしても外には畑があるだけで、その向こうには森林が広がっている。

「雪が降っちゅう」

 白い息を吐いて馨が言う。

「雪じゃ。りょーま」
「泡とちゃうが?」
「ううん、雪じゃ。うっすら積もっちゅう」
「風邪引くき、ちゃんとあったまり」

 百まで数えて風呂を上がった。湯上りに白湯を飲み、炬燵に潜ってもう一本ビデオを見た。レンタルビデオ店にて中古で売られていたビデオテープだ。時刻が十一時を過ぎると、炬燵に潜ったまま馨はうとうとと舟を漕ぎ始める。遼真は父母の寝室の押し入れに仕舞ってある来客用の布団を引っ張り出し、自分の部屋に運んだ。

「馨ちゃん、もう寝よ。布団敷いたき」

 揺すり起こそうとするが、馨は愚図って炬燵の中に引っ込んでしまう。

「まだ寝とうない」
「じゃけど、眠いろう」
「眠うない」
「眠いろう。目ぇ閉じゆうよ」
「やぁじゃ。まだりょーまと遊ぶが」
「明日早起きして遊んじゃるき、今日はもう寝よ」
「明日ぁ? 明日、なにして遊ぶ?」
「うーん、縄跳びとかどうじゃ。後ろはやぶさできるようになったがやろう。馨ちゃんの跳ぶとこ、僕にも見せとうせ」
「縄跳びかぁ、えいにゃあ」
「ほいたら早う寝んと」

 遼真に引っ張られ、馨はようやく立ち上がった。

 長い縁側の突き当たりに遼真の部屋はある。南側の日当たりのいい部屋を与えてもらっている。本棚と学習机しかないシンプルな部屋だが、今夜は二枚の布団が敷かれているため普段よりも狭く見える。

 障子を開けて早速、馨は布団に頭から飛び込む。せっかく来客用の布団を手前に敷いておいたにも関わらず、それを無視して遼真の布団に潜り込んだ。

「馨ちゃん、そっちは僕の布団じゃ。馨ちゃんがはこっちじゃ」
「えいよぉ、一緒に寝とうせ」
「ほがな甘ったれたこと言うて。こないだは、もう子供やないき一緒に寝ん言うちょったのに」
「今日だけえいやか。雪も降っちゅうき、一人で寝るがはきっと寒いぜよ。一緒に寝とうせ、りょーま」

 確かに、古い日本家屋のため冬は寒い。断熱材なんて入っていないし、気密性が低くて隙間風が入る。その分夏は涼しいのだが。

「まぁ、えいけんど」

 灯りを消して、遼真も馨の隣に潜り込んだ。湯たんぽを入れておいたので既に温かい。

「こういてオレンジの電気見ゆうと、眠うなりよる気がする」
「ほうかえ。馨ちゃん、ずっと眠そうやったけんど」
「ううん。あの電気が、眠れー眠れー言うてくるがじゃ。やき眠うなる」

 馨は天井に手を伸ばしたが、寒くなって引っ込めた。横向きになって頭まで布団に潜り、遼真に寄り添う。

「どういたが? 寒いがかえ?」
「ちゃう」
「じゃあ」

 寄り添うだけでなく、馨は遼真の腕をぎゅっと抱き込む。

「やっぱり寒いがじゃ」
「ほいたら、もっとくっつきや」
「うん。りょーまぁ、ぎゅっとしとうせ」
「ぎゅっとしゆうよ」
「もっとじゃ。離れんで。寒いき」
「うん。馨ちゃんはぬくいにゃあ」

 狭い布団の中で身を寄せ合い、肩を抱き合い、足を絡め合わせた。

「ほれ、こういたらぬくいぜよ」
「ん……ぬくい」
「眠れそうかえ?」
「もうちくとしたら寝れる」

 二人分の呼気のせいで、毛布が少し湿っぽくなる。雪のせいか季節のせいか、家の外からは全くと言っていいほど音がしない。山ごと死んでしまったみたいにしんと静かで、獣の声も鳥の声も虫の声もしない。まるで世界に二人きり取り残されたみたいだった。さっき見た映画の中の世界なら、きっともう助からないだろう。世界が一方的に閉じていく。

「りょーま、来年は受験じゃのう」
「高校受験のことかえ? そがぁに気負うほどのことやないよ」
「別に心配しちゅうがやない。りょーまならきっと、どこの学校にだって行けるぜよ。わしと違うて頭がえいき。……けんど、来年の今頃はきっと、こがな風にはしていれんがやろうち思うて……」
「何じゃあ、馨ちゃん、寂しいがか? そがな心配せんでも、ずうっと勉強漬けっちゅうわけやないき」
「寂しいらぁて言いやせんけんど……変わるもんは変わるろう。ほれに高校生は忙しいき、わしとはあんまり遊んでくれんようになるろう。りょーまばっかりいっつもいっつも先に大きゅうなってずるいちや。わしはいっつも、後から追いかけるばっかりやのに……」

 馨の声は尻すぼみになっていく。拗ねたようにぽそりと呟く。

「ずるいちや」
「大丈夫じゃて。高校は通える範囲で選ぶき、休みの日は今まで通り遊べるぜよ。心配しなや。ずっとここにおるきに」
「……大人になっても、一緒に秘密基地作ってくれるが?」
「作っちゃるよ。馨ちゃんが飽きるまで付き合うちゃる」
「約束ぜよ」
「約束じゃ。やき、今日はもう寝ぇ」
「約束ぜよ。おいていったら許さん」
「置いて行かんよ。明日また、遊ぼうにゃあ」

 この時、それは紛れもなく遼真の本心だった。本当に、心からの言葉だった。永遠に別れが来ないと本気で思っていたわけではないが、その時はもっとずっと後になってやってくると信じていた。その来たるべき遠いいつかの日までは、望ましい明日が常に与えられ続けるものと信じていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

学園の支配者

白鳩 唯斗
BL
主人公の性格に難ありです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

すれ違い片想い

高嗣水清太
BL
「なぁ、獅郎。吹雪って好きなヤツいるか聞いてねェか?」  ずっと好きだった幼馴染は、無邪気に残酷な言葉を吐いた――。 ※六~七年前に二次創作で書いた小説をリメイク、改稿したお話です。 他の短編はノベプラに移行しました。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

幼馴染みとアオハル恋事情

有村千代
BL
日比谷千佳、十七歳――高校二年生にして初めて迎えた春は、あっけなく終わりを告げるのだった…。 「他に気になる人ができたから」と、せっかくできた彼女に一週間でフられてしまった千佳。その恋敵が幼馴染み・瀬川明だと聞き、千佳は告白現場を目撃することに。 明はあっさりと告白を断るも、どうやら想い人がいるらしい。相手が誰なのか無性に気になって詰め寄れば、「お前が好きだって言ったらどうする?」と返されて!? 思わずどぎまぎする千佳だったが、冗談だと明かされた途端にショックを受けてしまう。しかし気づいてしまった――明のことが好きなのだと。そして、すでに失恋しているのだと…。 アオハル、そして「性」春!? 両片思いの幼馴染みが織りなす、じれじれ甘々王道ラブ! 【一途なクールモテ男×天真爛漫な平凡男子(幼馴染み/高校生)】 ※『★』マークがついている章は性的な描写が含まれています ※全70回程度(本編9話+番外編2話)、毎日更新予定 ※作者Twitter【https://twitter.com/tiyo_arimura_】 ※マシュマロ【https://bit.ly/3QSv9o7】 ※掲載箇所【エブリスタ/アルファポリス/ムーンライトノベルズ/BLove/fujossy/pixiv/pictBLand】 □ショートストーリー https://privatter.net/p/9716586 □イラスト&漫画 https://poipiku.com/401008/">https://poipiku.com/401008/ ⇒いずれも不定期に更新していきます

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

処理中です...