そして家族になる

小貝川リン子

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第五章 繋がる心

露天風呂付温泉旅館② ※

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 宿には早めに到着した。行き当たりばったりだった去年と違い、少々グレードの高い旅館を事前に探して予約していた。
 
 部屋も食事もなかなか豪華だったが、俺が密かに楽しみにしていたのは温泉だ。何しろ、大浴場に加えて露天風呂まで備えていて、しかもすごく広いらしい。
 
「どうした。早く来い」
 
 脱衣所のロッカーの前で半裸になったまま動かない千紘を、俺は急かす。
 
「あ……先行っててくんね」
「何もじもじしてんだよ。今更、裸なんて恥ずかしくもないだろ」
「そりゃ、自分の裸はいいけどよ……さ、颯希の裸は、まだ……」
「は……」
 
 ズボンの上からでもはっきりと分かる股間の膨らみを、千紘は前屈みになって隠した。
 
「こっ、こーゆーわけだからよ。落ち着いたら行くから!」
「お前……どんだけ欲求不満なんだ」
「しょ、しょーがねーだろ! こーいうのはよぉ、勝手になるんだから……」
「さっさとトイレで抜いてこい」
「い、言われなくても」
「ちゃんと手ぇ洗えよ」
「わーってるよ!」
 
 他に客がいなくて助かった。
 
 それにしても、何の脈絡もなく勃起するとは。若さの為せる業だ。察するに俺の裸に興奮したようだが、不思議と悪い気はしない。それどころか、俺もつられてその気になってしまいそうだ。
 
 いや、いけないいけない。公共の場で盛るなんて、大人として――それ以前に、人としてあってはならないことだ。俺は水風呂に入った。
 
 数回人の出入りがあってから、千紘はようやく浴場に姿を現した。
 
「長すぎだ」
 
 俺が言うと、千紘は元気にブイサインをした。それは下半身が無事収まりましたという合図なのか、それともがっつり二回出してきましたって意味なのか、どっちなんだ。知りたくない。
 
 千紘は洗い場の椅子に座り、シャワーを頭からかぶった。タンポポの綿毛みたいにふわっふわの髪が、水に濡れてしっとりと色を変える。
 
 シャワーは千紘の細い首筋を伝い、白い背中を流れる。初めて風呂に入れてやった時は背骨が浮き出て凸凹していて、俺は心底ぞっとしたものだが、今はその名残はない。
 
 男にしてはやや線が細いが、着実に肉が付いてきている。触れれば柔らかいし、特に尻の辺りなんかは掴みやすそうだ。
 
 いや、掴みやすそうって何だよ。俺は内心でツッコミを入れる。自分で自分にツッコミを入れるなど不毛の極みだが、そうせずにはいられなかった。
 
 尻なんか掴んでどうするつもりだ。どうせ掴むのなら、あのくびれた腰の方が手にフィットするんじゃないか。前からでも後ろからでも、腰は掴まなくてはいけないのだし。
 
 いやいや、どうしてそうなるんだ。まるで頭と心が分離したように、妙な考えばかりが浮かぶ。
 
 ついさっき、何の脈絡もなく勃起した千紘に呆れていたというのに、今は俺自身が同じ状況になりつつあるのだから、とんだ笑い種だ。思春期などとうに過ぎているのに、みっともない。
 
 
「……何してんだ?」
 
 水風呂に浸かった俺を見て、千紘はきょとんと首を傾げる。
 
「心頭滅却」
「シン、トー……?」
 
 千紘は恐る恐る水風呂につま先を差し入れたが、「つめたっ」と即座に引っ込めた。
 
「こんなつめてーとこよりよ~、外ん風呂行こーぜ」
 
 露天風呂の敷地は広く、風呂の種類もいくつかあった。手前が岩、中央に樽、奥に檜風呂がある。近くに海が聞こえ、心が休まる。
 
「中よりゃいいけど、外もやっぱあちぃな~」
 
 千紘は浴槽の段差に腰掛けて、火照った顔をパタパタ扇ぐ。
 
「あでも、風来るときもちーかも……」
 
 ふぅ、と短く息を吐いて、瞼を閉じる。
 
 風呂で泳ぐなよ、という話は去年もしたし、今日も何度か言い聞かせていたから、千紘はもうそんな行儀の悪いことはしない。代わりに、どこかアンニュイな表情で溜め息なんか吐いてみせる。その姿は、少年とは思えないほど艶めかしい。
 
 前言撤回だ。全然心が休まらない。俺の目はもはや、千紘の一糸纏わぬ裸体に釘付けである。悟られたくないのでガン見はしないが……いや、結構している。乳首は淡い桜色か、とか思って見ている。触りたい。いやダメだ。こんな場所でなんて。
 
「……なーに見てんだよぉ、えっち」
 
 俺の視線に気付いた千紘は、とぷん、と体を湯に沈めた。
 
「……見てない」
「見てたろ~、颯希のえっちぃ。オレんことよっきゅーふまんとか言ってたくせによ、颯希だっておんなじじゃん」
 
 千紘は、俺の耳元にそっと手を当てて囁く。
 
「オレ、エロい? ムラムラした?」
「うるせぇ、調子乗んな」
「ちぇ~、ちょっと期待したのになぁ~」
 
 千紘は、つんと唇を尖らせる。
 
「オレん体でコーフンしてくれたっていいのにさぁ……」
 
 ったく、このエロガキは!
 
 俺は、衝動に任せて千紘の股間に手を伸ばした。まだ小さい、ようやく実を結んだばかりの幼いペニスを、むんずと掴む。
 
「ひゃっ!?」
「お前こそ、見られて興奮してんじゃねぇか」
「し、してな……」
「ウソつけ。ここはちゃんと反応してるぞ」
 
 軽く扱くだけで容易く勃ち上がる。
 
「あっ、や、まって、まっ」
「声出すなよ」
「あ、ぁ、んンぅ……」
 
 幸い周囲に人はいない。しかし、入口近くには誰かいるかもしれない。湯けむりに遮られて見えないが、そのスリルがさらに興奮を煽る。
 
 千紘は両手で口を押さえて、体を震わせながらも必死に快楽を抑え込もうとする。その姿が健気であればあるほど、ついいじめたくなってしまう。腰から胸へと指を這わせて桜色の尖りを摘まめば、悩ましげな声が漏れる。
 
「む、りぃ……イク、はぁ、イッちゃうよぉ……」
「さっきトイレで抜いてきたんだろ。もう少し我慢しろ」
「うぅ……さんかいもぬいたのにぃ……」
「多すぎだバカ」
 
 露天の温泉に浸かりながら、手元もよく見えないままに千紘の敏感な場所を擦り上げる、この背徳感と高揚感といったら。俺の手の動き、千紘の喘ぎに合わせて水面が揺れる。水を伝って、千紘の鼓動が伝わってくる。
 
 しかし、いくら何でも湯の中にぶち撒けるわけにはいかない。俺は、限界の迫った千紘を湯船の縁に座らせた。濡れそぼったペニスが露わになる。
 
「や、ぁ……見んなってぇ」
 
 そんなこと言われても、見るに決まっている。俺は、桃色の尖端に唇を寄せた。
 
「人来たら教えろよ」
「へぁ? え、なに――」
 
 果実のようなそれを、俺は口に含んだ。躊躇なんてなかったし、むしろずっと前からこうしたかった。今が絶好のタイミングだった。
 
「んン゛っ……!?」
 
 それは一瞬の出来事だった。ビクビクッと千紘の腰が痙攣する。バタ足のように水を蹴り上げ、飛沫が跳ねる。
 
 口の中に、粘性のある液体が吐き出された。量は少なく、一口で飲み干せてしまった。
 
「はぇ……? は? へ……?」
 
 千紘は、いまだ事態を呑み込めていないらしい。目を白黒させて、胸を喘がせている。俺は、精液を飲んだそのままの口で、千紘に口づけた。途端、千紘は目を剥く。
 
「げェえぇ゛ッ! クッソまず! おェ~~っ!」
「お前の出したモンだろ」
「お、オレのぉ……? お、オマエまさか、飲んだんか!?」
「そうするしかなかっただろ」
「え~……その辺に捨てときゃいーじゃん」
「お前、その考えはクズだぞ……」
 
 千紘はすっきり晴れやかな表情で、再び湯に体を沈めた。気持ちよさげに、鼻歌なんか口ずさんでいる。
 
 一方の俺は、悶々としたものを抱え込んだまま。我慢しようとすればするほど、どんどん膨れ上がるようだ。しかし、千紘にも誰にも気取られたくなくて、早々に風呂を上がった。
 
 *
 
「っかァ~~! いい湯だったぜェ~!」
 
 今日も千紘は長風呂だ。男湯と女湯の間にある休憩所で、俺はしばらく待っていた。
 
「アレ? 颯希、先帰ったんかと思った。待たせちゃった?」
「いや。ゆっくり麦茶飲んでただけだ」
「ふーん、おいしそ。オレも――あーっ!」
 
 ドリンクサーバーのボタンを押そうとした千紘は、突然何かに気を取られて叫んだ。
 
「アイスあんじゃん!」
 
 アイスクリームの自動販売機が、ドリンクサーバーと同じ並びに並んでいる。千紘は目をキラキラさせて俺にすり寄る。
 
「な! アイス!」
「……昼間食ったろ」
「食ったけど! もう一個食いてぇ。今食いてぇ! 今すっげぇ喉渇いてっし、アイス食ったらすンげーうめぇと思うんだよな。颯希にも一口あげっからさぁ~」
「金出すのは俺だろうが……」
「なぁあ~、買って買って買ってよぉ~~」
「……」
 
 俺に寄り縋って騒ぐ、千紘の浴衣が徐々に開けていく。上から見下ろせば、その姿は全く目の毒だ。胸元が開けすぎて、左右の桜色がぴょっこり覗いているではないか。いっそのこと、手を突っ込んで嬲ってやろうかとさえ思う。
 
「……服、ちゃんとしろ」
「ンぇ? おお……」
 
 開けていた衿を合わせ、帯を結び直してやった。千紘は大人しく、されるがままになっている。
 
「ちゃんとしたら、アイス買ってくれる?」
「今日だけ特別だぞ」
「やった!」
 
 もしや、全て千紘の狙い通りなのではないか。俺は千紘の掌で踊らされているだけだったりして。そうだとしても、乱れた浴衣をそのままにはしておけないし、上目遣いに甘えられると強く突っぱねられない。
 
 千紘は、どれにしようか散々悩んだ末、ワッフルコーンの濃厚バニラアイスを選んだ。包装を剥き、齧り付く。
 
「つめてっ」
「ゆっくり食え」
「う~」
 
 短い舌で一生懸命舐め溶かしながら食べ進める。唇がバニラに染まっていく。
 
「颯希も食え」
 
 千紘の歯形や舐めた跡が随所に残るアイスを、ずい、と口元に差し出された。ありがたく、一口頂戴した。冷たい塊が体温で解け、甘い汁となって蕩けていく。バニラの香りが鼻へ抜ける。
 
「うまい?」
「甘い」
「へへ、甘うまいよな」
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