27 / 38
第十章 極上の男
第十章①
しおりを挟む
仕事を終えて家に帰ると、いつも通り、真純が一人で勉強をしている。
「父ちゃんおかえり」
「ああ。ただいま」
「ごはんにする?」
「宿題終わってからでいいわ」
「宿題はもう終わってるよ。これは自学」
真純は勉強道具を片付けて、てきぱきとテーブルを拭く。よくできた息子だと、肇はつくづく実感する。本当に己の子だろうか。母親の血が色濃く出たのかもしれない。
二人きりで食卓を囲む。育ち盛りの真純はごはんをお代わりする。食後は二人で食器を洗い、順番に入浴する。真純はもう親と入浴する年齢ではない。時々、怖い番組を見た夜なんかはそれとなく肇を誘うこともあるが、弱虫は恥ずかしいと自分でも思っているらしく、最近はめっきり減った。
「もう寝るね」
「おう。おやすみ」
適当にテレビを見た後、十時前に真純は就寝する。肇が何も言わなくても、時間になると自然と眠くなるようだ。
「父ちゃんも早く寝なよ」
「ガキが心配してんなよ」
真純はもう、親と一緒でなければ寝られない年齢ではない。その分、肇は夜の時間を自由に過ごせるようになった。だが、たった一人で何をすればいいというのだろう。
晩酌は飽きた。一人で飲むと昔を思い出して気分が萎える。深夜番組はつまらない。ネット配信の映画も面白みに欠ける。何か口に入れたい気がするが、真純がよく飲んでいるココアは甘すぎるし、薫がよく飲んでいたハーブティーは癖があって好きじゃない。菓子を摘まむ気分でもない。
結局、肇も早々に寝室に引っ込んだ。真純を起こさないよう注意を払いながら、そっと布団を捲る。
「……父ちゃん」
「起きてたのか」
「うん。寝らんなかった」
真純はもぞもぞと肇の布団に潜り込む。
「狭ぇよ」
「だって、父ちゃん寂しいかと思って」
「寂しいのはお前だろうが」
「……うん。そうかも」
真純は呟き、肇に抱きついた。子供の体温が冷えた体を暖める。
「……薫くん、結局来なかったね」
「忙しいんだろ」
「飛行機、とっくに着いてるよ」
「実家に顔見せねぇでどうすんだよ」
「でも、夜には帰ってくるって言ってた。みんなでお寿司行こうって、父ちゃんも楽しみにしてた」
「寿司なんざ、後でいくらでも連れてってやるよ。あいつがいなきゃ、回る寿司になっちまうけどな」
「……お寿司が食べたいんじゃないよ……」
俯いて黙り込んだ真純の頭を、肇は宥めるように撫でた。
一年ほど前から、薫は海外に留学している。数か月に一度帰国するが、それは実家の都合で呼び戻されているだけであって、肇や真純に会うためではない。それでも、色々と口実をつけて会いに来てはくれるが、今日のように急遽予定が変更になることもしばしばだ。
「……父ちゃんは、なんで薫くんと付き合ってるの?」
「なんでって」
「薫くんって、ぼくたちとは住んでる世界が違うよね。なんか、すごいお金持ちの家の人なんでしょ? ぼくと父ちゃん二人だったら、こんなマンション絶対住めないと思うし」
「お前、俺の稼ぎが悪いってか」
「父ちゃん、お金のために薫くんと一緒にいるの? 生活を楽にするために、お金持ちの若造に取り入ってるの?」
「おま、んな言葉遣いどこで覚えんだよ」
「父ちゃん」
「俺か……」
肇と薫がなぜ付き合っているのか。話せば長くなるし、真純に聞かせる話でもない。そもそも、付き合っていると断言していいのだろうか。何となく、ずっと一緒にいるだけだ。最初は金目的で寝ていたが、どうして同居するまでに至ったのだったか。薫がそういったことを申し出て、肇も悪い気はしなかったから受け入れた。ただそれだけのことだ。
「薫くん、全然帰ってこないし、約束破るし」
「わざとじゃねぇんだから、許してやれよ」
「わざとじゃなくても、寂しいもん」
「お前、よっぽどあいつが好きなんだな」
真純は小さく頷いた。
「でも、父ちゃんを一人にするから嫌い。ずっと待ってたのに、ひどいよ」
「……あのなぁ、真純。よく聞けよ」
「うん……」
「何か月に一回しか会えなくても、俺は特に不満はねぇ」
「うそだ」
「嘘じゃねぇって。お前がさっき言ったことな、薫が別世界の人間だって。あれ、マジでそうなんだよ。あいつはまだ若いし、才能もあるし、正直俺には高嶺の花だ。なのに、そんな神様みてぇなやつが、俺なんかを相手にしてんだぜ? それだけで十分すぎるほど贅沢だろうが」
「……よくわかんない」
真純は訝るような顔をした。
「薫くんは、父ちゃんのこと、ちゃんと好きなの?」
「じゃなきゃ十年も一緒にいねぇよ」
「父ちゃんも?」
「だろうな。でも、俺もあいつももう大人で、お子ちゃまが想像するような恋愛はとっくに卒業してんだよ。四六時中ベタベタしてなきゃ落ち着かねぇなんて、高校生の言うことだろ」
「……やっぱりよくわかんないよ」
「お前が心配するほど、寂しかねぇってこと。どうせあと一年もすりゃ嫌でも帰ってくんだ。それまで二人暮らしを満喫しようぜ」
「……確かに、父ちゃん独り占めできるのは嬉しい」
真純は、肇の体にぎゅっと手足を巻き付けて抱きついた。柔らかなほっぺをぷにぷにとすり寄せる。
「今日はこうやって寝る」
「なんだ、赤ちゃん返りか?」
「だって父ちゃん、ほんとはやっぱりさみしいでしょ。ほんのちょっとでも、薫くんのこと待ってたでしょ」
「……」
薫が好きで買っていたハーブティーを一杯淹れて飲んだことを、真純に見抜かれている。結局舌に合わず、半分ほど残して捨てようとして、もったいないと思い留まり、鼻を摘まんで飲み干した。聡い真純にはきっとそこまで見抜かれている。
「……ほんとの少しだけな。薫には内緒だぞ」
「うん。二人の秘密ね」
久しぶりに、父子で寄り添って眠った。
「父ちゃんおかえり」
「ああ。ただいま」
「ごはんにする?」
「宿題終わってからでいいわ」
「宿題はもう終わってるよ。これは自学」
真純は勉強道具を片付けて、てきぱきとテーブルを拭く。よくできた息子だと、肇はつくづく実感する。本当に己の子だろうか。母親の血が色濃く出たのかもしれない。
二人きりで食卓を囲む。育ち盛りの真純はごはんをお代わりする。食後は二人で食器を洗い、順番に入浴する。真純はもう親と入浴する年齢ではない。時々、怖い番組を見た夜なんかはそれとなく肇を誘うこともあるが、弱虫は恥ずかしいと自分でも思っているらしく、最近はめっきり減った。
「もう寝るね」
「おう。おやすみ」
適当にテレビを見た後、十時前に真純は就寝する。肇が何も言わなくても、時間になると自然と眠くなるようだ。
「父ちゃんも早く寝なよ」
「ガキが心配してんなよ」
真純はもう、親と一緒でなければ寝られない年齢ではない。その分、肇は夜の時間を自由に過ごせるようになった。だが、たった一人で何をすればいいというのだろう。
晩酌は飽きた。一人で飲むと昔を思い出して気分が萎える。深夜番組はつまらない。ネット配信の映画も面白みに欠ける。何か口に入れたい気がするが、真純がよく飲んでいるココアは甘すぎるし、薫がよく飲んでいたハーブティーは癖があって好きじゃない。菓子を摘まむ気分でもない。
結局、肇も早々に寝室に引っ込んだ。真純を起こさないよう注意を払いながら、そっと布団を捲る。
「……父ちゃん」
「起きてたのか」
「うん。寝らんなかった」
真純はもぞもぞと肇の布団に潜り込む。
「狭ぇよ」
「だって、父ちゃん寂しいかと思って」
「寂しいのはお前だろうが」
「……うん。そうかも」
真純は呟き、肇に抱きついた。子供の体温が冷えた体を暖める。
「……薫くん、結局来なかったね」
「忙しいんだろ」
「飛行機、とっくに着いてるよ」
「実家に顔見せねぇでどうすんだよ」
「でも、夜には帰ってくるって言ってた。みんなでお寿司行こうって、父ちゃんも楽しみにしてた」
「寿司なんざ、後でいくらでも連れてってやるよ。あいつがいなきゃ、回る寿司になっちまうけどな」
「……お寿司が食べたいんじゃないよ……」
俯いて黙り込んだ真純の頭を、肇は宥めるように撫でた。
一年ほど前から、薫は海外に留学している。数か月に一度帰国するが、それは実家の都合で呼び戻されているだけであって、肇や真純に会うためではない。それでも、色々と口実をつけて会いに来てはくれるが、今日のように急遽予定が変更になることもしばしばだ。
「……父ちゃんは、なんで薫くんと付き合ってるの?」
「なんでって」
「薫くんって、ぼくたちとは住んでる世界が違うよね。なんか、すごいお金持ちの家の人なんでしょ? ぼくと父ちゃん二人だったら、こんなマンション絶対住めないと思うし」
「お前、俺の稼ぎが悪いってか」
「父ちゃん、お金のために薫くんと一緒にいるの? 生活を楽にするために、お金持ちの若造に取り入ってるの?」
「おま、んな言葉遣いどこで覚えんだよ」
「父ちゃん」
「俺か……」
肇と薫がなぜ付き合っているのか。話せば長くなるし、真純に聞かせる話でもない。そもそも、付き合っていると断言していいのだろうか。何となく、ずっと一緒にいるだけだ。最初は金目的で寝ていたが、どうして同居するまでに至ったのだったか。薫がそういったことを申し出て、肇も悪い気はしなかったから受け入れた。ただそれだけのことだ。
「薫くん、全然帰ってこないし、約束破るし」
「わざとじゃねぇんだから、許してやれよ」
「わざとじゃなくても、寂しいもん」
「お前、よっぽどあいつが好きなんだな」
真純は小さく頷いた。
「でも、父ちゃんを一人にするから嫌い。ずっと待ってたのに、ひどいよ」
「……あのなぁ、真純。よく聞けよ」
「うん……」
「何か月に一回しか会えなくても、俺は特に不満はねぇ」
「うそだ」
「嘘じゃねぇって。お前がさっき言ったことな、薫が別世界の人間だって。あれ、マジでそうなんだよ。あいつはまだ若いし、才能もあるし、正直俺には高嶺の花だ。なのに、そんな神様みてぇなやつが、俺なんかを相手にしてんだぜ? それだけで十分すぎるほど贅沢だろうが」
「……よくわかんない」
真純は訝るような顔をした。
「薫くんは、父ちゃんのこと、ちゃんと好きなの?」
「じゃなきゃ十年も一緒にいねぇよ」
「父ちゃんも?」
「だろうな。でも、俺もあいつももう大人で、お子ちゃまが想像するような恋愛はとっくに卒業してんだよ。四六時中ベタベタしてなきゃ落ち着かねぇなんて、高校生の言うことだろ」
「……やっぱりよくわかんないよ」
「お前が心配するほど、寂しかねぇってこと。どうせあと一年もすりゃ嫌でも帰ってくんだ。それまで二人暮らしを満喫しようぜ」
「……確かに、父ちゃん独り占めできるのは嬉しい」
真純は、肇の体にぎゅっと手足を巻き付けて抱きついた。柔らかなほっぺをぷにぷにとすり寄せる。
「今日はこうやって寝る」
「なんだ、赤ちゃん返りか?」
「だって父ちゃん、ほんとはやっぱりさみしいでしょ。ほんのちょっとでも、薫くんのこと待ってたでしょ」
「……」
薫が好きで買っていたハーブティーを一杯淹れて飲んだことを、真純に見抜かれている。結局舌に合わず、半分ほど残して捨てようとして、もったいないと思い留まり、鼻を摘まんで飲み干した。聡い真純にはきっとそこまで見抜かれている。
「……ほんとの少しだけな。薫には内緒だぞ」
「うん。二人の秘密ね」
久しぶりに、父子で寄り添って眠った。
11
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説

彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる