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第五章 清算
第五章①
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真純が一人ぼっちで泣いていた。
その日もいつも通り、薫は肇のアパートを訪れた。玄関は、いつも通り不用心にも鍵が掛かっておらず、しかも肇は外出中らしく、部屋の中はがらんとしていた。
「鍵掛けろっていつも言ってるのに」
薫はぼやきながら、散らかった部屋を片付けた。居間には乱れた布団が敷きっぱなしで、ゴミ箱は使用済みのティッシュでいっぱいだった。ついでに、使用済みの避妊具まで。一昨日薫が来た時にはなかったはずだ。
「……なんでなんだろ」
薫は薫なりに、肇に尽くしているつもりである。肇も肇で、薫を毛嫌いしているわけではなさそうなのに、どうして他の男と寝るのをやめてくれないのだろう。
「僕ばっかり、好きみたいで……」
声に出したら泣きたくなった。ばっかりも何も、肇はそもそも薫を恋愛対象として見ていない。肇から一度だって好きだと言われたことがあっただろうか。たとえ閨の最中であっても、そんなことはただの一度もない。
「僕は……」
それでも、やっぱりまだ肇が好きだ。もはや意地を張っているだけじゃないのか、と理性的な自分が諫めてくるが、それでもやっぱり、諦めきれない。けれど、もうどうしたらいいのか分からない。ほとんど手詰まりである。これ以上何をやっても、意味なんかないのかもしれない。
と、薫が物思いに耽っていたその時だ。空を切り裂くような甲高い泣き声が、サイレンのように響き渡った。
居間と寝室を隔てる襖は半分開いていたが、あまりにも静かだったため、まさか真純が寝ているなんて思いもしなかった。薫は大慌てで真純に駆け寄る。肇を真似て抱っこを試みるが、見た目以上に体重が重くて手こずり、しかも嫌がられて殴られた。子供のパンチは遠慮がない分結構効く。
「ま、真純くん……」
薫は普通にテンパった。薫の知る真純は、かなり扱いやすい子供だ。もちろん、年相応に泣いたりわがままを言ったりすることもあるが、手の付けられないほど大暴れするような子供ではなかったはずだ。少なくとも、肇に抱っこされれば落ち着いて機嫌を直すのに。
「ほ、ほら、真純くん。パンダちゃんだよ。好きでしょ?」
薫は、その場に落ちていたパンダのパペットを咄嗟に手に填めた。
「ほら、真純くん。クマちゃんもいるよ。かわいいね」
ついでに、黄色いクマのぬいぐるみも持ってくる。しかし、真純は全く泣き止んでくれない。
「ど、どうしよう……そ、そうだ、喉渇いたとか?」
薫は急いで冷蔵庫を開ける。りんごジュースを取り出して、洗って乾かしてあった真純用のコップに注いで、寝室まで持っていった。
「真純くん、ほら、りんごジュースだよ」
しかし、真純はもう薫の声を聞くどころではない。顔を真っ赤にして泣き叫んで、布団の上でのたうち回っている。薫は途方に暮れた。
その日もいつも通り、薫は肇のアパートを訪れた。玄関は、いつも通り不用心にも鍵が掛かっておらず、しかも肇は外出中らしく、部屋の中はがらんとしていた。
「鍵掛けろっていつも言ってるのに」
薫はぼやきながら、散らかった部屋を片付けた。居間には乱れた布団が敷きっぱなしで、ゴミ箱は使用済みのティッシュでいっぱいだった。ついでに、使用済みの避妊具まで。一昨日薫が来た時にはなかったはずだ。
「……なんでなんだろ」
薫は薫なりに、肇に尽くしているつもりである。肇も肇で、薫を毛嫌いしているわけではなさそうなのに、どうして他の男と寝るのをやめてくれないのだろう。
「僕ばっかり、好きみたいで……」
声に出したら泣きたくなった。ばっかりも何も、肇はそもそも薫を恋愛対象として見ていない。肇から一度だって好きだと言われたことがあっただろうか。たとえ閨の最中であっても、そんなことはただの一度もない。
「僕は……」
それでも、やっぱりまだ肇が好きだ。もはや意地を張っているだけじゃないのか、と理性的な自分が諫めてくるが、それでもやっぱり、諦めきれない。けれど、もうどうしたらいいのか分からない。ほとんど手詰まりである。これ以上何をやっても、意味なんかないのかもしれない。
と、薫が物思いに耽っていたその時だ。空を切り裂くような甲高い泣き声が、サイレンのように響き渡った。
居間と寝室を隔てる襖は半分開いていたが、あまりにも静かだったため、まさか真純が寝ているなんて思いもしなかった。薫は大慌てで真純に駆け寄る。肇を真似て抱っこを試みるが、見た目以上に体重が重くて手こずり、しかも嫌がられて殴られた。子供のパンチは遠慮がない分結構効く。
「ま、真純くん……」
薫は普通にテンパった。薫の知る真純は、かなり扱いやすい子供だ。もちろん、年相応に泣いたりわがままを言ったりすることもあるが、手の付けられないほど大暴れするような子供ではなかったはずだ。少なくとも、肇に抱っこされれば落ち着いて機嫌を直すのに。
「ほ、ほら、真純くん。パンダちゃんだよ。好きでしょ?」
薫は、その場に落ちていたパンダのパペットを咄嗟に手に填めた。
「ほら、真純くん。クマちゃんもいるよ。かわいいね」
ついでに、黄色いクマのぬいぐるみも持ってくる。しかし、真純は全く泣き止んでくれない。
「ど、どうしよう……そ、そうだ、喉渇いたとか?」
薫は急いで冷蔵庫を開ける。りんごジュースを取り出して、洗って乾かしてあった真純用のコップに注いで、寝室まで持っていった。
「真純くん、ほら、りんごジュースだよ」
しかし、真純はもう薫の声を聞くどころではない。顔を真っ赤にして泣き叫んで、布団の上でのたうち回っている。薫は途方に暮れた。
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