螺旋階段

小貝川リン子

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11 帰省④

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 泊まったのは駅近くのシティホテルで、夕飯を食べてからチェックインした。たまたま最上階の部屋に当たり、窓からは慎ましやかな夜景の向こうに海が見える。室内外どちらも暗くてよくわからないが、深く青い影になっている部分はきっと全部海だ。
 
「見える? あっちが海で、あの光ってんのが灯台の灯だ」
 
 裸の体を抱きしめて耳を食む。きゅう、と後ろが締まる。
 
「み、えない」
「見えない? 右の端っこだよ。小さいけど、海にせり出してるからわかるだろ? 点滅してる光がそうだよ」
「ん、ん……」
 
 悠月は冷たいガラスに縋り付いてしおらしく喘ぐ。
 
「せ、んせ……ぁんっ」
「前も抜いてやろうか」
「やっ、ぁ、だめ、」
「でも気持ちいいんだろ。腰ガクガクいってる」
「だめぇ、そんなに、しちゃ……あぅッ!」
 
 窓に映る悠月の整った顔が引き攣り、大きく歪む。同時に後孔が波打ち、俺も果てた。
 
 抜去した直後、自力で立てなくなっていた悠月はその場へ崩れ落ちた。ぐったりと弛緩した体を持ち上げ、ベッドに寝かせる。
 
「疲れた?」
 
 枕元に腰掛けて髪を撫でてやると、すり、と頭を差し出してくる。
 
「眠ぃ」
「朝早かったもんな」
「でも、ほんとはもっとしたい」
 
 情事の匂いが色濃く残る気だるげな声が色っぽい。悠月は俺の手を取り、玩具で遊ぶみたいに触ったり、指に唇を寄せたりする。少しくすぐったい。
 
「甘えてんの?」
「うぅん。気持ちいから」
 
 はむはむと指を甘噛みされたので、そっと口の中に侵入させた。濃厚な舌と豊潤な唾液が纏わり付く。口蓋を撫でると、悠月は夢中で俺の指をしゃぶる。所謂指フェラだがあまりいやらしくない。赤ん坊の指しゃぶりと似ている。
 
「んむ、う……」
「おいしい?」
「ひょっぱい」
 
 しゃぶられて濡れた手で悠月の顔や頭を撫でくり、もう片方の手で悠月の胸から腹までを撫でる。胸の尖りを引っ掻き、へその窪みをくるくるとなぞる。汗で湿っぽい。
 
「先生は、この町に何年住んでた?」
「高校出るまでだから、十八年かな」
「じゃあここで生まれたんだ」
「ああ。でももう東京に出て十年くらい経つし、そのうちここ以外で暮らした時間の方が長くなるよ」
「先生は、おれよりもずっと長く生きてるな」
 
 悠月は俺の膝に頭を乗せ、甘えるみたいに腰周りにぎゅっと腕を巻き付ける。
 
「先生はおれより長く生きてる。おれはガキだし、知らないことばっかだ」
「そんなこと言ったら、俺だって出会う前のお前のことは何にも知らないぜ。同じだろ?」
「同じじゃない。おれは先生の二十何年分を知らない。先生はおれの十五年分を知らない。全然同じじゃない」
「拗ねてる?」
「拗ねてない」
 
 そう言いながら、悠月は苛立たしげに俺の脇腹にかぶり付く。肉を食い破るほどの強さではないが、歯が食い込んでそれなりに痛い。
 
「せんせぇ……今は、おれだけだな?」
「今もこれからもお前だけだよ。不安になっちゃった?」
「ん……」
 
 噛み付いたところを癒すように、今度はぺろぺろと舐める。
 
「本当は、先生が今ここにいてくれるんなら、昔誰と付き合ってようがどうだっていいんだ。例えばさっき会ったおしゃべり女とか……」
 
 うーむ。絶妙に嫌なところを衝く。
 
「先生の先生とかさ」
「……うん?」
「先生の先生。昼間会った人」
「それが?」
「寝てたんじゃないの。おれと先生みたいに」
「はぁ!? おまっ、それは!」
 
 思わず声を張り上げる。とんでもない勘違いだ。
 
「違うのか?」
「全然違ぇよ! そんなのあり得ねぇから! 考えただけでぞっとするわ」
「でもあの女とは寝ただろ?」
「それは、まぁ……」
 
 俺が言い淀むと、ここぞとばかりに詰めてくる。
 
「先生、あの女ともここに来た?」
「来てねぇよ」
「でも寝たんだろ」
「……中学の頃の話だぜ。向こうがしつこいから」
「でも去年も会ってただろ。去年、先生がうちに帰ってきた時、同じにおいがした」
「におい?」
「煙草」
 
 それで、悠月の拗ねている理由がわかった。あの女、煙草の銘柄を変えていなかったんだな。俺でさえ気づかなかったのに、こいつの嗅覚は鋭い。
 
「確かに会ったけど、今日みたいにくだらない世間話をしただけだぜ」
「本当に?」
「本当。ちゃんとお前のとこに帰っただろ?」
「ぅううん……でもぉ……」
 
 悠月は腑に落ちないというように唸る。
 
「何か気に入らない?」
「だって、ずるいだろ。先生の学生時代のこと、おれだって知らないのに、赤の他人が知ってるなんてずるい」
「そんなのしょうがねぇじゃん」
「しょうがねぇけど……」
「今の俺を知ってんのはお前だけなんだから」
「そうだけど……」
 
 悠月は不貞腐れたように言い、俺の股間に手を延ばした。手慰みに弄くり回す。したばかりとはいえ、刺激されれば反応する。
 
「もっかいしたいの」
「違う」
「じゃあなに」
「確かめてる」
 
 愛撫というよりはただ撫でるだけというような触り方で焦れったい。俺も手持ち無沙汰で、悠月のつんと尖った胸の突起を摘まんで捏ね回してやる。
 
「ぁっ……」
 
 悠月は微かに声を上げたが、そのまま俺のものを触り続ける。悠月の顔のすぐ脇で、俺のあれがむくむくと膨れ上がっていく。
 
「じゃあ、先生は……おれとこんなことしてるって、あの人には口が裂けても言えねぇんだ」
「あの人って」
「先生の先生」
「言えるわけないだろ」
「あの女にもだな。……誰にも言えないことを、おれたちはしてるんだ。おれだけ……先生のこと全部、理解できるんだぜ……」
 
 双眸が美しく弧を描く。悠月はこちらをちらりと見上げ、物欲しそうに舌を出す。
 
「ねぇ、舐めていい? これ……」
 
 以前フェラチオされるのは苦手だと言ったから遠慮しているらしい。悠月は俺の顔色を窺いつつも、浮き出た血管をちろちろと舐める。
 
「ちょっとだけな」
「えへ、いいの」
 
 悠月は嬉しそうに頬を緩める。膝枕のまま竿に舌を這わせ、亀頭部分は手で愛撫する。零れた我慢汁が口先に垂れると、躊躇なくぺろりと舐め取る。
 
「せんせぇの味だ」
「まずい?」
「ちょっとしょっぱい。汗みたい。もっとしていい?」
 
 悠月は体を起こして俺の股座に跪き、本格的に性器を咥える。頭を上下させながら器用に舌を絡める。たっぷりの唾液と我慢汁が混ざり合う。
 
「んっ、んむ……ふぇんふぇ、ひもひい?」
「うん、気持ちいい。かわいい」
 
 髪を撫でると嬉しそうに目を細める。
 
「せんせのここ……おれだけのもん、だからな」
 
 口を窄めて吸い上げると下品な音が立つ。頭を動かす度にふりふりと揺れる白い尻に、俺はそっと手を延ばした。俺のこれが悠月だけのものだと言うのなら、悠月のここも俺だけのものだ。背中側から手を這わせ、まだ濡れていて柔らかいそこに指を挿し入れる。そこは容易く俺の指を迎え入れる。悠月はもどかしそうに腰をくねらせる。
 
「んぁ……」
「口、ちゃんとやって」
「っふ、んん……」
 
 後ろを責められながら一所懸命口淫をする。しかしだんだん快楽に流されてしまい、舐め方が拙くなっていく。
 
「んんぅ……せんせぇ……」
「もうちょいがんばれよ。自分から言い出したくせに」
「ゃん……も、ほしい」
「じゃああと五分がんばって。お前の口は、結構いい」
 
 褒められるとやる気が出るタイプだ。悠月は大きく口を開いて咥え直す。期待で唾液が溢れてくる。後ろからもどんどん汁が溢れてくる。自分で腰を振っていいところに当てる。俺の指が勝手に前立腺を突く。
 
「はぁ、ぁん、もうや、ほしい、せんせぇ……」
 
 性器から口を離す。銀糸が唇を伝う。
 
「しょうがねぇな。じゃあ横向きになって、足開いて」
 
 悠月は首を傾げたが、言われた通りにする。俺も横になって悠月を後ろから抱きしめ、ゆっくりと挿入した。浅い挿入だが密着度は高い。両脚を糸のように縺れ合わせてさらに密着する。
 
「せんせ……なに、これ……」
「側位? 足閉じると中締まっていい感じ」
「あっ……ん、でも……」
 
 口寂しいのか、俺の手を取って指をしゃぶる。今度こそまさしく指フェラだ。いやらしく水音を立ててしゃぶる。
 
「ふぁ、んぅ、んむ……せんせぇ、もっと……」
「この体位はあんま動かないからいいんだぜ。ほら、窓の外見てみ。月が出てる」
「ぅうう……月なんか、どうだって……」
「風流で良くない? お前の名前も月って入ってるし」
 
 窓の向こうの夜景の向こうの深く青い海の上に十六夜月が浮かんでいる。
 
「名前……」
「悠かなる月、って書くだろ。ロマンチックでいい名前じゃん。俺なんて両親から一文字ずつもらっただけだぞ」
「……おれ、先生に名前つけてほしかったな」
「なんで」
「先生が自分で考えた名前呼んでイクの、おもしろいじゃん」
「おもしろいって何だよ、悪趣味なやつ」
 
 変なことを言ったお仕置きにと腰を揺する。悠月は一旦口を噤み、息を切らして苦しそうに言葉を紡ぐ。
 
「せんせぇ……おれたち、いいのかな、こんなんで……おれ、足りないとこばっかだし……やっぱ、生まれのせいかな……」
「生まれがどうしたよ。足りないとこがあるなら、俺が全部埋めてやるから。俺だって大概あれで……でもお前といると、ちゃんとした形になれる気がするんだ」
「でもほんとならもっと……もっとふつうの関係……おれがいなけりゃ、せんせぇは……」
「普通が何だ。お前はお前だろ。ちょっとくらい歪んだ関係だって、俺はお前とこうしてるのが一番幸せなんだから」
「でもぉ……」
 
 悠月はこちらを振り向く。少し寂しそうな目をしている。まだ拗ねているのだろうか。不安にさせてしまっただろうか。
 
「何を気にしてるか知らねぇが、俺はお前と会った時、うんと昔に別れた片割れに再会したような気さえしたんだぜ。だからもう、独りだった頃には戻れないんだ。おれがいなければ、なんて、二度と言うなよな」
「ん……ごめんね、せんせぇ……おれも、おなじだから……」
「愛してるよ。ぎゅってしてあげる」
 
 髪の毛から、普段使っているのとは違うシャンプーの匂いがする。鼻先を埋めて匂いを嗅ぐと、シャンプー越しに悠月自身の髪の匂いや頭皮の匂いが香る。匂いを嗅ぎながら髪を食むと、悠月の背中が弓なりにしなった。
 
 
 
 すぐに夜は明け、母の墓参りには結局行かず、新幹線の駅でお茶っ葉をお土産に買って帰った。帰りの新幹線ではいやらしいことはせず、寝ている間に東京へ着いていた。
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