螺旋階段

小貝川リン子

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3 帰省④

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 モーテルから駅まで一時間歩き、電車に乗って新幹線に乗り換えて、アパートに着いたのは夜の十一時だった。乗り継ぎがうまく行かずに足止めを食ったせいもあって遅くなった。
 
「……先生?」
 
 玄関を開けると、真っ暗な部屋から声がする。電気もつけずに布団へ雪崩れ込んだ。
 
「七海先生……だよな? なんか言えよ」
「ただいま……」
 
 喋る気にならない。押さえ込むような形で成瀬の体を抱きしめる。こいつがここで待っていてくれて、今俺は自分でも馬鹿らしいほど心底救われている。
 
「先生? 里帰りしてたんじゃねぇのかよ」
「……あんなの、故郷じゃねぇよ」
「ふぅん?」
「俺の故郷はここだけだ」
 
 変なの、と成瀬は笑った。
 
「田舎があるの、羨ましいけどな。おれ、東京から出たことないし」
「子供の頃にほんのちょっと暮らした土地ってだけだ。あんなとこ、出てきて正解だよ。村人は陰湿だし、噂話はすぐ回るし……」
「先生の噂?」
「ああ。こっちの方がなんぼかマシだ」
「先生、田舎で何かしでかしたのか? 暴走族でもやってた?」
「違ぇよ。なんもしてねぇからだ」
「はぁ? どういう意味……」
 
 東京の人は冷たいとよく言うが、実際はそんなこともない。世界中どこにいたって同じようなものだ。寂しいやつはどこにいても寂しい。孤独なやつはどこにいても孤独に苛まれている。そんな世界であっても拠り所となる縁が一つでもあるならば、やはりそこが俺の戻るべき場所なのだろうと思う。
 
 腕にすっぽり収まる成瀬の体は小さく、暖かく、柔らかく、そしてどこか懐かしい。
 
「悠月……」
 
 で、合ってるんだったか。こいつの名前。初めて呼んだので少し面映ゆい。
 
「先生?」
「俺は今から酷い先生になるから、嫌なら殴っても蹴ってもいいから」
「なにいって――」
 
 開きかけた成瀬の口を塞いだ。成瀬は驚いたように肩を跳ねさせる。ペッティングならば二度もしたことがあるのに、こうして俺からキスをするのは初めてだなんて、馬鹿らしくて笑ってしまう。
 
 成瀬のふわふわの舌を吸い、歯列をなぞり口蓋をくすぐる。ねっとりと舌を絡めて唾液を送り込む。唇から溶けて消えてしまいそう。
 
「んむ……んっ、せん……」
 
 成瀬が何か言おうとするが、その言葉ごと食べてしまう。もっとほしい。もっともっと。この奥にこそ、俺の失ったものがあるはずだ。
 
 シャツを捲り上げると、白い胴体が露わになる。滑らかな腹を撫で、胸の飾りを摘まむ。豆のように小さなそれだが、つんと尖ってその位置を主張している。乳輪を軽く擦ると、ますます固く粟立ってくる。
 
「む、むね……なんで……」
「嫌?」
「だ、って、おかしい、そんなとこ……」
「感じるはずないのにって?」
「ぁ……ん」
 
 女にするのと同じように、指の腹でこりこりと捏ね回す。成瀬は蕩けた吐息を漏らして腰をくねらせる。
 
「せん……ま、まって」
 
 短パンに手を掛けたところで待ったが掛かったが、構わずに下着ごと全部脱がしてしまう。そうしてみて初めて気づく。過去二回とも何の反応も示さなかった成瀬の男の象徴が、今回は立派に務めを果たそうと勃ち上がっている。
 
「お前、これ」
 
 今までなるべく見ないようにしてきたが、こうして改めて見るとまだまだ成長過程だ。つまり子供の……未使用の性器だ。うっすらピンクで、皮もまだ固い。しかしちゃんと勃っている。不能なのかと思っていたので変に安心した。芯を持ったそれを掌でやわやわと揉んでやると、成瀬は嫌がって俺の手を退かそうとする。
 
「や、やだ、見ちゃだめ、見ないで……」
「なんで。イイんじゃねぇの」
 
 現に鈴口には透明の蜜が玉のように溢れてきて、それがとろとろと零れて亀頭から竿までをしとどに濡らしている。男の体はわかりやすくていい。しかし成瀬は頑なに首を横に振る。
 
「やだ、だっておかしい、こんな……」
 
 何がおかしいことがあろうか。尻で感じる方が余程異常だ。
 
「男は普通ここで気持ちよくなるもんだ。そんなに恥ずかしがらなくても」
「ち、ちがう……だ、だって、おれが男だと、いやだろ?」
「何それ。嫌も何も、お前は男だろうが」
「そ、じゃなくて……あんた、萎えるだろ……?」
 
 成瀬は泣きそうな声で言う。なんだこいつ、そんなつまらないことを気にしていたのか。大胆そうに見えて意外と繊細。いや、本当はもっと深い理由があるのかもわからないが。
 
「チンポついてるからって何。そんなことで萎えるくらいならそもそも手ぇ出さねぇよ。だから安心してイけ」
「ま、前で?」
「前で。射精できる?」
「わ、わかんない」
「したことはあるの?」
「ある、けど……怒られたから……」
「そ。今日は我慢しないでいいからな」
 
 射精できるかどうかはさておき、性器への愛撫を続ける。他人のものを触っても不快に感じない時がやってくるなんて予想もしてなかった。
 
 自分で自分のを慰める時と同じ要領で、指で作った輪っかを引っ掛けるようにしてカリ首を抜く。ぬるぬるの我慢汁を亀頭に塗り付けて責め、裏筋をちろちろとくすぐる。成瀬は仰け反って喘ぐ。
 
「ぅうん、そこ……」
「ここな、気持ちいいよな」
「あ、んやっ、はげし……」
「別に普通だろ」
「はぁ、あっ、せんせ、せんせぇ……」
 
 手の中の性器が一際張り、ピクピクと小刻みに震える。そろそろ出そうだと思ってラストスパートを掛けようとしたら、いきなり成瀬が足を閉じてうつ伏せになって両手で股間を隠したので、最後まで到達できなかった。
 
「や、やっぱむり……漏らすみたいで、やだ……」
 
 布団に腹這いになって肩で息をしながら成瀬は言う。
 
「やだったか」
「な……慣れてない、だけ……」
 
 後頭部を撫でて呼吸が落ち着くのを待ってから、成瀬の両の足首を持って股を大きく開かせた。成瀬はびっくりしたように振り向く。
 
「い、いれる……?」
「後ろ慣らしてからな」
「あ、そっか」
 
 今日の成瀬はどこか覚束なくて不安になる。前回までは自分から跨って腰を振るくらいの勢いだったのに、今日はどこか抜けているというか脇が甘いというか、かわいげがあるといえばそうなのだが、どうも調子が狂う。
 
 太腿を掴んで足をM字に開かせ、そこを間近に覗き込む。充血した媚肉が息をするように動く。白い肌に赤がよく映える。
 
「そ、そんなに見んなよ」
「悪ぃ」
 
 そうは言っても目が離せない。前まではただ指を突っ込んでイかせることばかりに頓着していたから、こうしてじっくり見るのは初めてだ。成瀬の自身から零れた蜜が垂れてきて蕾を濡らす。朝露に濡れた菊の蕾だ。まもなく開花しそうな。
 
「おい、いつまで見てんだ」
「ごめんごめん。ほら、もう入れるから」
 
 人差し指を差し入れる。すんなり入ったので中指も添える。今度は少しきつい。二本の指をハサミのように動かし、クパクパと中を押し拡げる。粘膜の赤がちらちら覗く。ある程度馴染んだらイイところを探して触ってやる。腹側にある、ふっくらと膨らんだシコリを優しく押し潰す。
 
「んぁっ……は、あぁ、せんせ……」
 
 成瀬は悩ましげに目を瞑って吐息交じりの声を漏らす。最初から激しくはしない。あくまで優しく、撫でるように触る。ぷっくり膨れた肉壁がねっとりと指に絡み付く。まるでキスするみたいに吸い付いてくる。成瀬はもどかしそうに腰を揺らめかす。
 
「せ、んせ……あ、も、いれろよ……」
「ほんとに挿れていいの」
 
 俺が言うと、成瀬は一瞬考え込む。
 
「い、いいよ。なんでそんなこと訊くんだ」
「だってレイプはちょっと。興奮しねぇ」
「……だ、だから、いいって言ってんだろ。察しろよ、くそばか、おっさん」
 
 成瀬は耳まで火照らせて怒る。怒らせるつもりはなかったのに。
 
 シャツは着たまま、下半身だけ裸になった。まだ半勃ちだったので、成瀬からは見えない位置で自分で扱いて勃たせた。財布に入っていたコンドームを着ける。何年も前に買ったもので、もしかしたら使用期限が切れてるかもしれないが、着けないよりはマシだろう。これ以外にも何個か余っていて、それらはまだ箱に入って引き出しの奥底に眠っている。
 
「もうちょい足開いて」
「えっ、あ、こっち向きで?」
「何か文句あんの」
 
 正常位で挿入しようとすると、成瀬が戸惑いを見せる。何か言いたそうにするが結局何も言わない。俺は焦れて腰を進めた。入口に亀頭を擦り付ける。ゼリー付のゴムなので結構滑る。十分解れたそこは俺のものを順調に呑み込んでいく。中の触感はあまりよくわからないが、とにかく締め付けが凄い。
 
「んぁ、まっ」
「待たない。大丈夫だよ、ちゃんと入ってるから。ほら、もう、最後まで入る」
「あぁっ……」
 
 肌と肌がぶつかる。とん、と成瀬の体が突き上がる。刀を鞘に納めるごとく、成瀬のここは俺の鞘だったのだと思えるくらいに、寸分の隙間もなくぴったりと収まった。初めてするはずなのにそうじゃないみたいに馴染む。どこか懐かしくすらある。
 
「せ、んせぇ」
 
 成瀬の額から汗が垂れる。こうして密着してみて、お互い汗だくだと気づいた。俺に至っては今日一日色んなところを歩き回ったのに、帰ってくるなり風呂にも入らず情事に耽っているなんてとてもだらしない大人に感じられたが、しかし成瀬はそのことに一言も触れず、臭いとか汚いとか言わずにこうして大人しく抱かれている。
 
「せんせ、暑い」
「俺も」
「エアコン」
「つけたいのは山々なんだけど……」
 
 リモコンはテーブルの上にあり、ここからは少し遠い。せっかく挿ったのにエアコンをつけるためだけに抜くのは惜しい。
 
「後でな」
「はぁ? あっ、」
 
 ピストンを始めると、成瀬はもうまともに言葉を紡げなくなる。
 
「あ、あん、やっ……」
「どこがいいんだ? やっぱ前立腺?」
「んんっ、そこ、きもちい、もっと……」
 
 腰をうまく使って腹側のシコリを突く。成瀬は喉を晒して喘ぐ。白い喉、小さい喉仏、細い首。緩やかな抽送を繰り返しながら、成瀬の顔をじっと見た。苦しそうに眉を寄せて、しかし確実に感じてもいる。そういう顔だ。なんか、かわいい。
 
 射るような俺の視線に気づいた成瀬は慌てたように両手で顔を隠す。それでも、半開きの口と赤い舌だけはよく見える。
 
「み、みないで」
「なんで」
「だって……はずかしい……」
 
 消え入りそうな声で呟く。心臓が妙な音を立てる。
 
「顔見せろよ」
「やっ、やだ」
「今更恥ずかしがることないだろ」
 
 顔を隠す両手を引き剥がし、手首を押さえて布団に縫い付けた。こうなれば否が応でも顔を見せるしかないのだが、成瀬は抵抗して顔を背ける。
 
「かわいいと思うよ、お前の顔」
「っ、でも、や」
「なんでだよ……なぁ、悠月、かわいいよ」
 
 そう言うと中が締まる。ピクピクとまぶたが痙攣する。俺は押さえ付けた手をそっと握って、無防備にこちらに向けられた耳を舐める。しょっぱくて癖になる味だ。耳たぶを舐め上げ、穴の中にまで舌を侵入させる。わざと音を立てて舐めてやると、また陰道が締まる。ビクビクッ、と収縮をする。
 
「悠月……」
「ぁ、んも、なんで、名前……」
 
 成瀬はようやく俺を見た。つぶらな瞳に涙をいっぱいに溜めて、少し咎めるような目で睨んでくる。が、抑え切れない快感と悦楽が滲み出てしまっている。
 
「名前呼ばれんの嫌なの」
「やじゃない、けど」
「じゃあ好き? 悠月」
「んんっ……」
 
 信じられないくらい甘ったるいセックスをしている。自分から積極的に動いて主導権を取ってなるべく丁寧に手順を踏んで優しく名前を呼んで抱きしめているなんて、ここまでするつもりはなかったのになぜか自然とそうなっている。こんなセックスをするのは生まれて初めてだ。
 
「はぁっ、あ、あ、せんせぇ……もっと強く……」
「んー、でも、終わるのもったいねぇ」
「あっ、でもおれ……も、いきたい、いかせて……」
 
 俺の腰の辺りで足を組んで絡ませて催促する。うっとりと物欲しそうに口を開け、べろりと舌を突き出してキスをねだる。焦らして顔を離すと、一所懸命に首をもたげて俺の唇を追いかけてくる。
 
「キスしたいの?」
「うんっ、したい、きす……」
「キス好き?」
「すきぃ……も、はやく……」
 
 唇を重ねた。重ねたなんて生易しいものじゃない。貪るような口づけを交わした。成瀬の口の端から、飲み切れなかった唾液がだらだらと零れる。舌先で喉の奥まで探っている最中、激しく腰を振ってこいつの腹の奥までをも探る。しばらくは苦しそうに鼻だけで息をしていた成瀬だが、ついには口を離して切羽詰まった声を上げ始めた。
 
「あぁっ、あんっ、せんせ、せんせぇっ」
 
 奥を突き上げる度、律動に合わせて成瀬の体も突き上がる。律動に合わせて嬌声が大きくなる。肉と肉とがぶつかる音、蜜壺を掻き回す水音、二人分の息遣い、衣擦れの音、汗のにおいといやらしい体液のにおい。そんなものがごちゃごちゃに混ざり合って部屋の中を満たす。
 
「あも、だめ、いく、いきそ、せんせぇ……」
 
 成瀬の腰もくねくねと揺れている。ぎゅっと指を絡めて手を握り返してくる。
 
「せんせ、せんせぇ……」
「いいよ、いっぱいイけよ」
「いぁ、い゛……んんん゛ッッ――!!」
 
 俺の手の甲に爪を食い込ませるほどきつく拳を握りしめ、目を瞑って成瀬は達した。ビクビクビクッ、と中が何度も小刻みに収縮する。まるで搾り取るようなその動きに抗わず、俺も成瀬の中で射精した。腰がぶるぶる震える。溺れてしまいそうなくらい深い絶頂だった。
 
 何度か腰を揺すった後抜去しようとするが、成瀬の足が絡み付いていて動けない。余韻に浸っているようなぼんやりとした表情で、目の焦点がいまいち合わない。薄く開いた口から漏れる吐息は熱っぽい。
 
「悠月」
「せん……せぇ……」
「抜くから離れて」
「やだ、もういっかい」
「いや無理だし」
 
 食むように中が蠢くが、さすがにすぐには勃たない。
 
「じゃあ、もうちょっとだけ、こうしてて……ぎゅってして……」
 
 口調もいまいち焦点が合わない。成瀬は俺の背中に腕を回してしがみつく。肩に噛み付くようにして抱きつく。これでもう本当に動けない。抜けない。体勢を維持するのは正直しんどかったし足腰が悲鳴を上げたが、無下に扱うのも心苦しくて、結局成瀬が寝息を立て始めるまでそのままの姿勢で耐えた。
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