帰りたい場所

小貝川リン子

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第五章 酷くされたい

第五章① ※

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「お前、胸は感じないのか?」
 
 炬燵でアイスを食べる鶫を、風間がいきなり抱きしめた。抱きしめたというより、胸の筋肉を鷲掴みにしたという方が正しい。鶫は、アイスのスプーンをバキッと噛み砕いた。
 
「……あ?」
「乳首。感じないのか? いつも触ろうとすると嫌そうにするだろ」
 
 服の上から的確になぞられる。ざわざわと肌が粟立ち、鶫は風間の手を払った。
 
「ヤメロ。俺は男だぞ」
「男でも開発したらよくなるらしいぞ」
「今で十分いいんだから、これ以上いらねぇよ」
「そんなにオレのチンポがいいのか」
「はっ、言ってろ。あんたが俺のケツでしかイケなくなったんだろ」
「そうだな。お前の体も好きだよ」
 
 風間は鶫を背後から抱きしめる。胸を掴むのではなく、しっかりと抱きしめてくる。煙草の煙を纏った吐息が首筋を撫でてくすぐったい。
 
「んっ……おい、焦らしてんじゃねぇよ。すんなら早くすっぞ」
「こういうのもセックスの一環だろ。それに、今はする気はねぇ」
「はぁぁ? 今のはヤる流れだったろ」
「お前はいつも即物的すぎるんだ。たまには我慢も覚えろよ」
「説教なら聞きたかないね。あんただって、俺がしゃぶったらすぐ――」
 
 いつの間にか服の下へ潜り込んでいた手が、きゅっ、と乳首を摘まむ。鶫は息を詰めた。
 鶫は、乳首が感じないわけではなかった。ただ、性感よりもこそばゆさの方が強く、いくらここを弄られたところで達せられるわけでもないので、触る必要はないと思っていた。乳首を弄られるくらいなら、キスがほしい。
 
「バカ、強ぇ。いてぇ」
「そうか?」
 
 軽く摘ままれ、先端を爪で引っ掻かれた。何とも言えない感覚が込み上げる。下腹の辺りがむずむずする。
 
「やめろって。小便行きたくなる」
「ふっ、何だそりゃ」
「そのまんまの意味だよ、クソ」
 
 鶫は溶けかけのアイスを全部一気に掻き込んだ。
 
「急いで食うと頭痛くなるぞ」
「ならねーよ、俺頑丈だから。んなことより……」
 
 鶫は身を捩り、体を反転させようとした。そのままキスして、押し倒してしまおうと思った。
 が、しかし。
 タイミングよく着信音が鳴り響く。風間の携帯電話だ。ソファに置いていたものをさっと手に取って、風間は何もない素振りで電話に出た。話しぶりを聞くに、仕事関係の電話らしい。というより、仕事関係以外で電話がかかってくることなどほとんどない。
 
「あんた、電話待ってただろ」
 
 鶫が口を尖らせると、風間ははぐらかして笑った。
 
「ふん、いいぜ。俺にだって考えが……」
 
 鶫は風間のベルトを外しにかかった。しかしそれより早く風間の手が伸びてきて、鶫の顎を掴んだ。下から包むように掴んで、指で鶫の口をこじ開ける。
 
「んむ……」
 
 鶫は不満を目で訴えたが、風間の指はさらに奥まで入り込んでくる。煙草の味が鼻腔を満たし、鶫は思わずうっとりと目を細める。
 ついにしゃぶり付いていた。口に入れられるなら、指でもペニスでもどっちでもいいやという気分になっていた。何でもいいから体の中に入れたかった。
 
「んっ、ふ……ぅ、んン……っ」
 
 自然と溢れてくる唾液をたっぷり纏わせて、ぴちゃぴちゃといやらしい音を立ててしゃぶる。
 鶫に指を舐られながら、風間は何食わぬ顔で、電話の向こうの顔も知らない相手と喋っている。そのことが、鶫は何となく気に食わない。もっと気合を入れてしゃぶってやろうとした矢先、舌を摘ままれた。
 
「ふぁ、……」
 
 男らしく節くれ立った指が、鶫の柔らかい舌を挟む。荒っぽく引っ張られ、そうかと思えば、甘やかすように撫でられる。期待して溢れてくる唾液を指に纏わせ、撫で付けながら扱かれる。
 
「ん、ンぅ……ふ、ぁぅ……」
 
 躾のなっていない駄犬のように、餌を目の前に涎をだらだら垂らしてみっともない。欲しがって自らしゃぶり付いて、腰を振って男を誘ってはしたない。そう思うと頭の奥がぼうっとしてますます欲しくなるのだから世話がない。
 
「なぁ、は……もっと……ん」
 
 ぐい、といきなり指を突っ込まれた。鶫が涙目で睨み付けると、風間は余裕の表情で笑いかける。電話はまだ続いている。
 
「んぅ、ン、くそ……」
 
 キスできない代わりに、指で口の中を愛撫される。指なんかじゃなく、いや、指は指でいいところもあるが、でもやっぱり、柔らかい舌や唇で愛撫されたい。
 片手間に感じさせられて悔しいと思うのに、慣れた体は勝手に快楽を拾い上げ、愉悦に震える。舌をやわやわと揉まれ、上顎のざらつきをくすぐられると、もうダメだ。前は完全に勃ち上がっている。
 
「ぁふ、ん、もっ……」
 
 いよいよ焦れったさに抗えなくなって、鶫はズボンを下ろした。先走りを指に塗り付けて、後ろを濡らす。使い込まれた穴は難なく指を呑み込んで、きゅうきゅうと食い締めてくる。だらしのない体だ、と自嘲すると余計に締まる。
 
「はぁ、あっ……ん、ぅふ……」
 
 後ろを弄りながら喘ぐ鶫を見る風間の目は、まさしく雄の目だ。情念を宿した男の目。これでいい。自分の体は誰かの欲を満たすための道具でしかない。そのことを鶫はよく理解していた。そんな風に扱ってもらえた方が余程気楽だった。
 
「なぁ、は……まだかよ……っ」
「……」

 ピッ、と通話終了のボタンが押される。その音を合図に、鶫は風間に飛び付いた。
 
「待てバカ。皺になる」

 しかし、風間は軽く鶫をいなす。

「着替えてくるから、ベッドでいい子に待ってろ」
 
 *
 
 準備が整い次第、即行で突っ込んだ。鶫は風間に馬乗りになり、夢中になって腰を振る。ベッドがギシギシ悲鳴を上げるが構いやしない。
 
「っ、クソ、散々焦らしやがって」
「指しゃぶって感じてたろうが」
「るせぇな、っ、あんただって、俺にしゃぶられて勃起してたろ」
「……そりゃあ、な」
 
 きゅっ、と乳首を摘ままれた。ビクン、と背中が仰け反る。
 
「ちっ、やめろっての!」
「絶対感じてるだろ」
「ちっげーし! いてぇの!」
「そんなに強くしてねぇけどな」
 
 宥めるように先端をくすぐられる。軽く引っ張られて、くりくりと捏ねられる。
 
「んっ……」
「勃ってんぞ」
「っ、さみぃからだ!」
 
 鶫は風間に覆い被さった。所謂密着騎乗位である。こうしてしまえば、乳首に悪戯される心配はない。
 
「そんなに嫌か、乳首」
「やだね」
「何か理由があるのか? だったらもうしねぇよ」
「理由も何も、必要ねぇだろ。男だぞ」
「必要とか不要とか、そういう問題じゃねぇと思うけどな」
 
 風間は鶫の髪を耳にかけ、頬に手を添えてキスをした。鶫も応えて舌を絡める。風間が下から突き上げるので、鶫も応えて腰を振る。互いに自らの快楽を追いかけた。
 
 *
 
 甘い余韻の残る気怠い体を、鶫はベッドに沈める。
 
「飲むか」
 
 冷えたペットボトルが頬を濡らした。風間が冷蔵庫から取ってきたものだ。
 
「ん……」
 
 鶫がなおもぼんやりとしていると、風間がキャップを捻ってくれた。
 
「ほら。喉渇いたろ」
「ん……」
 
 冷たい。冷えたミネラルウォーターが渇いた喉を潤す。冷たいのに気持ちいい。
 
「オレの分も残しとけよ」
「……」
「あっ? おいっ!」
 
 風間の焦った声は聞こえていた。しかしそれを完全に無視して、鶫はペットボトルの中身を全て飲み干した。
 
「お前なぁ~、冷えてるのはこれが最後だったんだぞ」
「うるせぇおっさんだな。俺にくれる前に、先に飲んどきゃよかっただろ」
「かわいくねぇガキだな。ったく……」
 
 そうぼやきながら、風間は再びキッチンへ消え、コップに氷と水を注いで戻ってきた。一口飲んで、これでもいいか、という顔をする。
 
「……変なおっさんだな」
「何がだよ?」
 
 ベッドへ横になった風間の胸に、鶫は顎をのせた。おっさんおっさんと呼んではいるが、風間はまだそこまでおっさんという年齢ではない。その証拠に、厚い胸板は男らしく硬くて頑丈だ。
 
「おっさん、もしかして乳首弄られてぇの? そういう趣味?」
「なんでオレだよ。お前のを弄りてぇの」
「意味分かんねぇ。俺の弄って何が楽しいんだよ」
「そりゃ楽しいだろ」
「はぁ……?」
 
 鶫は首を傾げた。一度触ってみれば分かるのだろうか。風間の厚い胸板にのる褐色の乳首を、試しに指先で擦ってみた。
 
「お、興味あるか?」
「興味あんのはあんただろ。いいぜ、気分いいからしてやるよ」
 
 鶫は風間の乳首に吸い付いた。特に何の味もしない。いや、たぶんこれが風間の味なのだろう。ちょっぴりしょっぱいような、苦いような味だ。
 片方をちゅうちゅう吸いながら、もう片方を指で弄くる。自分がされたように摘まんでみたいが、あまりにも平坦なので摘まめる余裕がない。仕方ないので、表面を擦ったり引っ掻いたりする。
 
「ふ……」
「んだよ。きもちーか?」
「いいや。全然」
「はぁ……?」
 
 気持ちよくないのに、風間はなぜか満足そうに、鶫の頭を撫でた。大きくて武骨な男の手で、しかし撫で方は丁寧だ。毛流れに沿って、髪を梳かすように撫でる。
 
「……俺は赤ん坊じゃねぇよ?」
「なんでそうなるんだよ。全然思ってねぇよ」
「……」
 
 頭を撫でられた経験なんて、ほとんどない。屋敷の連中はもちろん、両親にだって撫でてもらった覚えはない。
 唯一あるとすれば、年端もいかない鶫を金で買って玩具にし、残酷なことを教え込んだ変態共だけだ。鶫が上手に銜えられたり、精液を飲み込んだりできると、汗と精液に塗れた手で、鶫の頭を撫で回した。
 だからだろうか。鶫は、頭を撫でられるのが嫌いだった。痛いことや苦しいことを我慢して、頭を撫でられ褒められて、そんなくだらないことでいちいち悦ぶ、お目出度い自分を呪っていた。
 だから、風間に撫でられるのも嫌いなはずだ。辛いことを我慢しなくても頭を撫でてくれる、仕事が成功した時や家事の手伝いをした時に褒めてくれる、煙草の香りが染み付いたこの大きな手だって、本当は大嫌いだ。
 だから、いつまででも撫でていてもらいたい、なんて馬鹿げたことを思っているのは、心に重大な欠陥を抱えているせいに違いない。そうでなければ困る。そうでなければ、鶫はもう自分というものを見失いそうで、酷く恐ろしかった。
 
「いつまでしゃぶってんだよ。いい加減ふやける」
 
 風間は起き上がってパジャマを着、鶫にも投げて寄越した。
 
「お前も着ろ。風邪引くからな」
「……俺はおっさんと違って頑丈だからな」
「でも寒いのは嫌だろ」
 
 風間は、鶫の肩が隠れるまで毛布を掛けてくれた。ふわふわしていて、暖かくて、気持ちがよかった。
 
「寒いの嫌なら、くっついてあっためてやってもいーぜ。サービス」
「好きにしろよ」
 
 鶫は風間の腕の中に潜り込み、寄り添って眠った。
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