汀の島

小貝川リン子

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八月第三週①

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 近々祭りでもあるのか、島はにわかに活気付いていた。普段、昼間は家に籠っていることの多い島民が、やたらと活発に動き回っている。集会所での寄合が頻繁に行われて、汀のおじいちゃんおばあちゃんも忙しそうにしている。笛の音や太鼓の音、陽気でありながら哀愁の漂う三線の音色が、どこからともなく響いてくる。
 
「ムシャーマだよ」
 
 おばあちゃんに頼まれた買い出しからの帰り道、汀が教えてくれた。
 
「ムシャ?」
「お盆のお祭り。島の人全員が参加するんだ。一年で一番盛り上がるよ」
 
 島の旧盆は、旧暦に合わせて行われるらしい。島中が忙しなくしているのは、ムシャーマと呼ばれる祭りの準備や稽古のためだそうだ。そう言われてみれば、汀も最近、集会所へ出かけていくことが多くあった。
 
「せっかくだから、岳斗さんも出ればいいじゃん」
「俺? 大事な祭りに部外者が入っちゃ悪いだろ」
「そんなことないって。最近は若い人も少ないしさ、きっとみんな大歓迎だよ。おれが話しといてあげる」
 
 俺は歌や踊りは不得手であり、あまり気乗りしなかったが、汀のおじいちゃんが自治会の役員を務めている関係もあって、俺は半ば強制的に、祭りに参加することになった。
 
 
 
 旧暦の七月十二日。今夜がムシャーマの練習最終日だ。始める前は身構えていたが、実際やってみるとかなり気楽なものだった。一応指導役がいるもののビシバシ厳しく躾けるというわけではなく、難しい振り付けもなく、演奏に合わせて楽しく踊れればいいというような雰囲気だった。
 
 俺が参加するのは、ムシャーマの最初に行われる、ミチズネーと呼ばれる仮装行列である。島の集落を東西二つの組に分けて、それぞれの地区から中央の公民館へ向かって練り歩くのだ。島には集落が四つあるが、桃原荘のある西区と北区を合わせて西組、南区と東区と合わせて東組となる。練習も、それぞれの組に分かれて行われる。
 
 西組の人々は北区にある集会所に集まり、建物から漏れる明かりと裸電球に照らされた薄暗い庭で練習をする。小学生くらいの子供達が張りぼての鎌を振り回して大はしゃぎし、汀やテツくんを含めた少年達は太鼓の稽古をする。女性達が三線に合わせて唄ったり踊ったり、青年達は六尺棒を用いた棒術の稽古をする。
 
 俺が踊るのは、ンマブジャーと呼ばれる踊りだ。崎枝節という、いかにも南洋風の民謡に合わせて、腰に付けた木型の馬を、手綱を取って走らせる。手綱を引くと同時に体の向きを変えて、周囲と目配せしながらステップを踏み、くるりと体を回転させたり、スキップをしたりもする。あとは、仮装行列であるから、踊りながら少しずつ前進できればいい。
 
 各々の練習が終わると、列を成して集落内を一周する。最後の予行演習のようなものだ。街灯はなく、月明かりと懐中電灯だけで足下を照らす。集会所に戻ると、再び棒術の稽古。集会所の中では、舞踊の稽古。練習を終えた人々は、庭にゴザを敷いて酒盛りを始める。俺ももちろん誘われて、泡盛をもらった。夜が更けるまで稽古は続いたが、汀は俺に何も言わず、先に宿に帰ってしまった。
 
 
 
 旧暦七月十三日。盆の初日、迎えの日である。仏間の襖を取り払い、仏壇を盛大に飾り付ける。位牌や遺影、香炉や灯籠はもちろんのこと、パイナップルやマンゴー、スイカやバナナといった果物がこれでもかと並び、さらに餅や団子、砂糖菓子、サトウキビなどが供えられる。サトウキビは、ご先祖様があの世へ帰る時に杖として使うものらしい。
 
 そうこうするうち、石垣からの臨時便で帰省してきた親戚の人達が、続々と桃原荘に集まった。皆の持ってきた手土産、ゼリーや缶詰やジュースなどの詰め合わせは仏壇に入り切らず、畳の上にずらりと並べられた。
 
 しかしまぁ、集まった親戚の多いこと多いこと。汀の母親の弟で、本島在住の健一さん。その嫁の綾子さん。息子の海くんと陸くん。汀のおじいちゃんの妹で、石垣島在住の和子さん。その息子の誠一さんと、嫁の愛子さん。娘の紬ちゃんと、息子の翼くん。汀のおじいちゃんの弟の娘で、福岡在住の香織さん。汀が一通り紹介してくれたが、覚えられそうにない。その上、明日にはもっと増えるという。
 
 夕刻、いよいよ先祖をお迎えする。俺は縁側から見学していただけだが、かなり儀式めいていた。門の両脇にロウソクを、門の中央に線香を灯して、家長であるおじいちゃんが島の言葉で拝みを捧げる。何を言っているのかさっぱり分からないが、先祖を出迎えているらしいことは分かる。
 
 ちなみに、線香の形状は本土のものとはかなり違う。一般的な細い線香を六本くっつけた、平べったい形をした線香で、ヒラウコーという。また、トートーメーと呼ばれる位牌の形状も本土のものとは明らかに違う。サイズが大きくて、装飾も多くて、何より、一つの位牌に数名分の戒名を入れることができる。先祖代々の位牌を大切に守っていくのが、長男の大切な役割らしい。
 
 家長の拝みが終わったら、線香を仏壇の香炉に移し、続いて家族が線香を供える。家長以外は、六本で一片の線香を半分に割って、つまり三本分を供える。最後に家長が再び拝みを捧げると、迎えの儀式は終わりである。なかなかややこしいものだなという印象を受けたが、伝統というのは総じてそういうものだろう。
 
 夕食は、ご先祖様と一緒にいただくものらしい。襖を取り払ったために仏間と一続きになった広い食堂で、親戚の人達に交じって、俺も食事をとる。今日のごはんはジューシーと呼ばれる炊き込みご飯で、仏前に供えてあるのと同じものだった。ジューシー自体は馴染みのメニューだが、特に盆の初日に食べるのが習わしらしい。
 
 旧盆に入り、島の民宿は営業を縮小、停止しており、ここ桃原荘も例外ではない。昨日から、宿泊客は俺一人だけだ。しかし、親戚一同が一堂に会したために、宿は普段よりもかなり賑やかだった。小さな子供達――汀を除き、孫世代は皆まだ幼い――は、伝統的な広い家にテンションマックスで、親の止めるのも聞かずに走り回っている。
 
 大人達は縁側へ出て、夜風に吹かれて酒を酌み交わし、昔話に花を咲かせる。昔話、とりわけ故人の話である。おじいちゃんの両親の話、さらにその上の両親の話、おばあちゃんの実家の話、和子さんの旦那の話。そして、汀のお母さんの話。「姉さんも生きてりゃ今頃……」と健一さんが口にして、僅かながら空気が冷えたので、彼は話題を変えた。
 
「汀は、このお客さんを随分気に入ってるんだな」
 
 突然話を振られ、汀は赤面した。
 
「おれ?」
「だってそうだろう。普段、お客さんにはあんまり懐かないじゃないか」
「そんなことないと思うけど」
「汀が見つけて連れてきたお客さんだって、ばぁちゃん言ってたぞ。そんなこと初めてだろう。それに、いつもだったら、長居するお客さんのこと嫌がるのに。旧盆なんてもっての外じゃないか。早く出ていけってな具合で――」
「ちょ、そんなこと、岳斗さんの前で言わなくていいよっ」
 
 汀はわぁっと声を上げて、健一さんの口を両手で塞ごうとする。健一さんは朗らかに笑う。
 
「しっかし、やっぱり姉さんの子だ。血は争えんなぁ」
 
 そう健一さんが言うと、場は再び静まり返る。健一さん自身も、言わなきゃよかったという顔をしている。
 
「と、ところでさ、お客さんは、何してる人なの?」
 
 ビールを片手に、香織さんが言った。汀のおじいちゃんの弟の娘、つまり汀のいとこ叔母に当たる人だ。今日集まった女性の中で一番若い。
 
「ちなみに、アタシは保育園の先生してまーす」
「保育園かぁ。なんだか懐かしい響きっすね」
「そうでしょー。もしかして、お客さんも初恋は保育園の先生だったクチ?」
「初恋? いやぁ、どうだったかなァ……」
「いいじゃない。聞かせてよ。あ、ビールもっと飲みます?」
 
 香織さんが、俺のグラスに注いでくれる。俺はもう大分酔ってきたが、島の人は酒豪が多い。
 
「相手にしなくていいですよ、お客さん。こいつ、絡み酒なんです」
 
 誠一さんが割って入った。おじいちゃんの妹の息子、つまり汀のいとこ叔父にあたる人だ。
 
「こいつ、二十五にもなってまだ好い人が見つからないもんだから、焦ってるんですよ」
「何よ、今時二十五が行き遅れだなんてさ、誠ちゃんは相変わらず頭が固いわぁ」
「そんなこと言ってると、恵子みたいになっちゃうぞ」
「恵ちゃんはバツイチでしょ。アタシはただ未婚なだけだし」
 
 おじいちゃんは昔ながらの男らしく寡黙な人だが、親戚の人達は皆おしゃべりが好きなようだった。おばあちゃんも、普段はとても静かな人だが、今日は和子さんと女同士のおしゃべりに花を咲かせている。明日のこともあるので、俺は早めに寝たかったが、結局夜更けまで飲んでしまった。
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