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七月第五週①-②
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中田さんと女子大生二人も、既に海を上がっていた。あちらも無事にウミガメを見ることができたらしかった。女の子二人が今日の最終便で石垣島へ戻るらしく、皆早々に帰り支度を始めたが、俺と汀はまだビーチに残ることにした。レンタル品は、中田さんが一括で返却してくれることになった。
果てしなく続くように思われたニシの浜の端まで歩き、緩やかな岬を越えて、隣のビーチに到達した。ニシの浜と同様、輝く白い砂浜と、透き通った青い海が広がっていた。ニシの浜と違うのは、人が全然いないことだ。観光地開発もされておらず、ほとんど手付かずのままだった。内陸側には、ちょっとしたジャングルのような草木が鬱蒼と生い茂っていた。
汀は、シュノーケルのマスクとシューズを俺に持たせて、砂浜に足跡をつけた。汀の小さな足跡を上書きするように、俺も砂を踏みしめた。甘い海風が吹いて、汀の黒髪がそよぎ、すっかり乾いたシャツの裾が、風を孕んで翻る。
「なぁ、どこまで行くんだよ」
「どこまででも」
「そんなの無理だろ」
「どこまでも行くの。うんと遠くまで」
そんなことを言っても、浜の終端は見えていた。
「ここねぇ、パイの浜っていうんだ」
「……へぇー」
「あーっ、今やらしー想像したでしょ」
「してねぇよ。中学生と一緒にすんな」
「ほんとにー?」
正直に白状すると、した。悪いのは俺ではない。タイミングが悪い。パイの浜、と言って振り返った汀の胸元に、またもやあの二つの突起が浮かんでいたのだ。米粒ほどの小さなぽっちが、Tシャツを健気に押し上げていた。そんなものが見えてしまったら、どうしたって連想せざるを得ない。
「岳斗さん、ここ、いいもの採れるよ」
「イイもの?」
汀はその場でしゃがみ込み、掌を砂に強く押し付けてから放した。そして、粉砂糖をたっぷり振るったホットケーキのような有様になった掌を、じっと見つめた。
「あった!」
「何が」
「これ! 岳斗さんにあげるね」
汀は、掌にくっついた砂を一粒摘まみ上げ、俺の手にそっと乗せた。それは、確かに白い砂粒ではあったが、奇妙な星形をしていた。
「星の砂だよ。それ、結構大きくて良い形のやつ。ニシの浜でも見つかるけど、こっちの方が見つけやすいんだ。岳斗さんも探す?」
「そんな簡単に見つかるか?」
「見つかるよ。ほら、おれの真似して」
俺は、もらった星砂をサーフパンツのポケットに仕舞い、汀に持たされていたシュノーケルも地面に置いて、手形を押す要領で砂に手を押し付けた。掌に、淡い象牙色の砂粒がびっしりとついた。目を凝らして星形を探す。
「見て! また見つけた! さっきのと違って、角が欠けてるけど。岳斗さん、まだ見つからないの?」
汀が、ずいと顔を近付ける。俺は、避けるように軽く仰け反った。汀は、俺の掌をじっくり見つめる。そのふっくらと丸い頬は、惚れ惚れするほどハリがあり、きめ細やかで、毛穴もニキビもなく、剥き玉子のように滑らかだった。唇で触れたら、さぞかし気持ちいいだろう。
ふと、汀が視線を上げた。密度の濃い睫毛が長い影を落とし、トンボ玉のような瞳に青い海が揺れている。汀は、何か言おうとして口を開き、息を吸った。俺は、それを遮った。
「お前さ」
汀は、諦めたように口を閉じた。
「お前、俺のこと、嫌になったんじゃなかったの」
「……えっ?」
汀は、素っ頓狂な声を上げた。俺は、自分でも何を言っているのか分からなかった。
「最近、ずっと避けてただろ」
朝、起こしに来なくなった。島の案内は、途中で止まっている。見ていないものが、まだたくさん残っている。酒と飯だけは、十二分に堪能したが。
俺は、自分でも思いがけないことだが、あの日、崖の下の狭いビーチで、汀の言葉を遮るどころか何も言わせなかったことを、きっとずっと後悔していたのだろう。
「……岳斗さんこそ」
「俺は、違うよ」
「……そうだったんだ……」
汀は目を見開いた。零れ落ちんばかりの大きな瞳に、太陽がキラキラ光った。
「じゃあおれ、諦めないから」
す、と俺の頬に唇を寄せて、一瞬と経たずに離れていった。玉のような頬が、僅かに紅を差している。寄せては返す波の音が、静寂を騒がせる。いつの間にか、夕刻が迫っていた。
その晩のゆんたくは程々にして、皆早めに床に就いた。俺も、珍しく疲れていた。慣れない運動をしたせいだ。縁側の障子を半分ほど開けて熱が籠らないようにし、タオルケットを掛けて眠った。
夜半過ぎ、暑苦しさに目が覚めた。俺は、共用の冷蔵庫にペットボトルのお茶を入れていたことを思い出し、取りに行こうと起き上がった。
「ぅわっ!?」
どういうわけか、同じ布団に枕を並べて、汀が眠っていた。飼い猫が布団に潜り込んでくるのと似たような現象だ。俺の大声に、汀は伸びをして目を開いた。
「んん……岳斗さん? まだ夜だよ……」
「い、いや、お前、何してんだよ。自分の部屋帰れ」
「なんでぇ?」
「なんでもヘチマもねぇ。何勝手に潜り込んで……」
「おれ、ここで寝たい」
寝惚けているのか、汀は舌足らずな声で言い、俺の袖を引っ張って甘えた。俺は、再び体を横たえた。
「お前、なに。何しに来たの」
「……寒いから」
「はぁ? お前、それ、病気だぞ。熱でもあるんじゃねぇの」
「ちがうよ……岳斗さんも、寒いでしょ?」
蒸すような真夏の夜に、涼しいならまだしも、寒いということはあり得ない。しかし、俺の腕に纏わり付く汀の体温は、多少温かくは感じるが通常の範囲内で、見たところ、大量に汗を掻いているとか息が上がっているということもなく、熱があるようには思えなかった。ただ、一応念のため、俺は汀のさらさらした前髪を分けて、比較的高さのある広いおでこに、自分の額を当てた。ここまで確認しても、やはり熱はなさそうだった。
額を離すと、汀と目が合った。汀がゆっくりと瞬いた。睫毛の起こした風を感じられるほど、至近距離だった。俺は、唇の中心から脇へ数ミリほどズレた場所に、柔らかな温もりが触れるのを感じた。
汀は瞬く間に縮こまり、タオルケットを引っ張って頭まで被った。そして、そのまま何も言わなかった。
果てしなく続くように思われたニシの浜の端まで歩き、緩やかな岬を越えて、隣のビーチに到達した。ニシの浜と同様、輝く白い砂浜と、透き通った青い海が広がっていた。ニシの浜と違うのは、人が全然いないことだ。観光地開発もされておらず、ほとんど手付かずのままだった。内陸側には、ちょっとしたジャングルのような草木が鬱蒼と生い茂っていた。
汀は、シュノーケルのマスクとシューズを俺に持たせて、砂浜に足跡をつけた。汀の小さな足跡を上書きするように、俺も砂を踏みしめた。甘い海風が吹いて、汀の黒髪がそよぎ、すっかり乾いたシャツの裾が、風を孕んで翻る。
「なぁ、どこまで行くんだよ」
「どこまででも」
「そんなの無理だろ」
「どこまでも行くの。うんと遠くまで」
そんなことを言っても、浜の終端は見えていた。
「ここねぇ、パイの浜っていうんだ」
「……へぇー」
「あーっ、今やらしー想像したでしょ」
「してねぇよ。中学生と一緒にすんな」
「ほんとにー?」
正直に白状すると、した。悪いのは俺ではない。タイミングが悪い。パイの浜、と言って振り返った汀の胸元に、またもやあの二つの突起が浮かんでいたのだ。米粒ほどの小さなぽっちが、Tシャツを健気に押し上げていた。そんなものが見えてしまったら、どうしたって連想せざるを得ない。
「岳斗さん、ここ、いいもの採れるよ」
「イイもの?」
汀はその場でしゃがみ込み、掌を砂に強く押し付けてから放した。そして、粉砂糖をたっぷり振るったホットケーキのような有様になった掌を、じっと見つめた。
「あった!」
「何が」
「これ! 岳斗さんにあげるね」
汀は、掌にくっついた砂を一粒摘まみ上げ、俺の手にそっと乗せた。それは、確かに白い砂粒ではあったが、奇妙な星形をしていた。
「星の砂だよ。それ、結構大きくて良い形のやつ。ニシの浜でも見つかるけど、こっちの方が見つけやすいんだ。岳斗さんも探す?」
「そんな簡単に見つかるか?」
「見つかるよ。ほら、おれの真似して」
俺は、もらった星砂をサーフパンツのポケットに仕舞い、汀に持たされていたシュノーケルも地面に置いて、手形を押す要領で砂に手を押し付けた。掌に、淡い象牙色の砂粒がびっしりとついた。目を凝らして星形を探す。
「見て! また見つけた! さっきのと違って、角が欠けてるけど。岳斗さん、まだ見つからないの?」
汀が、ずいと顔を近付ける。俺は、避けるように軽く仰け反った。汀は、俺の掌をじっくり見つめる。そのふっくらと丸い頬は、惚れ惚れするほどハリがあり、きめ細やかで、毛穴もニキビもなく、剥き玉子のように滑らかだった。唇で触れたら、さぞかし気持ちいいだろう。
ふと、汀が視線を上げた。密度の濃い睫毛が長い影を落とし、トンボ玉のような瞳に青い海が揺れている。汀は、何か言おうとして口を開き、息を吸った。俺は、それを遮った。
「お前さ」
汀は、諦めたように口を閉じた。
「お前、俺のこと、嫌になったんじゃなかったの」
「……えっ?」
汀は、素っ頓狂な声を上げた。俺は、自分でも何を言っているのか分からなかった。
「最近、ずっと避けてただろ」
朝、起こしに来なくなった。島の案内は、途中で止まっている。見ていないものが、まだたくさん残っている。酒と飯だけは、十二分に堪能したが。
俺は、自分でも思いがけないことだが、あの日、崖の下の狭いビーチで、汀の言葉を遮るどころか何も言わせなかったことを、きっとずっと後悔していたのだろう。
「……岳斗さんこそ」
「俺は、違うよ」
「……そうだったんだ……」
汀は目を見開いた。零れ落ちんばかりの大きな瞳に、太陽がキラキラ光った。
「じゃあおれ、諦めないから」
す、と俺の頬に唇を寄せて、一瞬と経たずに離れていった。玉のような頬が、僅かに紅を差している。寄せては返す波の音が、静寂を騒がせる。いつの間にか、夕刻が迫っていた。
その晩のゆんたくは程々にして、皆早めに床に就いた。俺も、珍しく疲れていた。慣れない運動をしたせいだ。縁側の障子を半分ほど開けて熱が籠らないようにし、タオルケットを掛けて眠った。
夜半過ぎ、暑苦しさに目が覚めた。俺は、共用の冷蔵庫にペットボトルのお茶を入れていたことを思い出し、取りに行こうと起き上がった。
「ぅわっ!?」
どういうわけか、同じ布団に枕を並べて、汀が眠っていた。飼い猫が布団に潜り込んでくるのと似たような現象だ。俺の大声に、汀は伸びをして目を開いた。
「んん……岳斗さん? まだ夜だよ……」
「い、いや、お前、何してんだよ。自分の部屋帰れ」
「なんでぇ?」
「なんでもヘチマもねぇ。何勝手に潜り込んで……」
「おれ、ここで寝たい」
寝惚けているのか、汀は舌足らずな声で言い、俺の袖を引っ張って甘えた。俺は、再び体を横たえた。
「お前、なに。何しに来たの」
「……寒いから」
「はぁ? お前、それ、病気だぞ。熱でもあるんじゃねぇの」
「ちがうよ……岳斗さんも、寒いでしょ?」
蒸すような真夏の夜に、涼しいならまだしも、寒いということはあり得ない。しかし、俺の腕に纏わり付く汀の体温は、多少温かくは感じるが通常の範囲内で、見たところ、大量に汗を掻いているとか息が上がっているということもなく、熱があるようには思えなかった。ただ、一応念のため、俺は汀のさらさらした前髪を分けて、比較的高さのある広いおでこに、自分の額を当てた。ここまで確認しても、やはり熱はなさそうだった。
額を離すと、汀と目が合った。汀がゆっくりと瞬いた。睫毛の起こした風を感じられるほど、至近距離だった。俺は、唇の中心から脇へ数ミリほどズレた場所に、柔らかな温もりが触れるのを感じた。
汀は瞬く間に縮こまり、タオルケットを引っ張って頭まで被った。そして、そのまま何も言わなかった。
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