(Imaginary)フレンド。

新道 梨果子

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9 励ましてくれた

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 次の日も、私はキャンバスに向かう。こんなに熱心に絵を描いているのは、美術部に入ってから初めてのことのような気がする。

 声が聞こえる。やはりまだ、何を言っているのかはわからない。

 声は全然怖くないのに、相変わらずジョルジュを直視できないのは、自分でも不思議だ。

 窓際に歩み寄って、外を覗き込む。今日はもう跳んでいるようだった。
 けれども調子が悪いのか、バーは落ちてばかりだ。
 カメラを構えている秋穂のそばに先輩は駆け寄り、何事かを話しかけている。

 ちくり、と胸が痛んだ。
 ほんの二回だけだけれども、少し前まで、あそこに私がいたのに。

 ため息が自然に漏れた。気分が落ち込んでいく。
 私はふるふると首を横に振って、キャンバスの前の椅子に腰掛ける。

「描くよ。がんばらなきゃね」
『……ば……』

 細い声。その声だけで、私は救われる。

「ありがとうね」

 私は絵筆を握りなおした。
 早く描いて、この絵の中にいる誰かを生かすのだ。絵が完成しない限り、この子は生まれてこない。
 そう意気込んでも、すぐに上手くなれるはずもなく。私は描いては上塗りしたり、ナイフで慎重に削ったり、それを繰り返す。

 こんな感じで、本当に間に合うのだろうか。
 ふと、不安になる。

「ごめんね、もっと私が上手かったら良かったんだけど」
『……うぶ』

 私ははっとして、顔を上げる。もしかしたら、今、何を言ったのかわかったのかもしれない。
 大丈夫、と言ってくれた。きっと今、私を励ましてくれた。

「あ……ありがとう」

 その言葉と共に、自然に口元から笑みがこぼれた。ふふ、と照れると、絵の中の誰かも笑ってくれたような気がした。

「上手くなくても、一生懸命描けば、大丈夫だよね」

 先生も、描けば描くほど厚みが出て、良い絵になっていく、と言っていた。元々絵を描く才能がない私は、一生懸命に描くしか手はないのだ。

「よし、がんばろう」

 私はまた、絵筆を走らせる。
 しかしふと、思い出したことがあった。

「……あれ、体操服……」

 先輩の体操服を描いていて思い出したのだ。
 今日は体育があった。けれども体操服を入れた鞄をこっちに持ってきた記憶がない。
 教官室のほうに行って見てみると、やはり学生鞄しか置かれていなかった。

「なに?」

 先生がこちらに振り向いて首を傾げる。

「あ、いや……。私、鞄はこれしか持ってきていなかったですよね?」
「うん、たぶん。僕はつついてないから」
「じゃあ、教室だ。取りに行ってきます」

 踵を返して教官室を出ると、まずは絵に向かう。

「忘れ物。今のうちに取りに行ってくるね」

 キャンバスに駆け寄り、そう話しかける。油壷に入っているオイルが蒸発しないよう、きっちりと蓋をする。

 そして、美術室を出て、教室に足を進めた。
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