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8 ペインティングナイフ
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次の日も、私は懸命に絵筆を動かした。ときどきデジカメの画像を確認しながら、少しずつ進んでいく。
とはいえ、やっぱりすぐに上手く描けるものでもない。
「もっとナイフを使ってもいいかもね」
様子を見に来た横山先生がそう言った。
「ナイフ……ですか」
「そう、ペインティングナイフ。硬質なものとか平らなものとか、質感が出ていいよ」
先生は、道具箱からナイフを取り出した。ナイフとはいっても、包丁のような形をしたものではない。菱形の薄い金属に柄がついている。
「塗りすぎたり失敗したりしたら、ナイフで削ってもいいし」
先生は空でナイフを左右に動かしてみせたあと、私に柄のほうを向けて手渡してきた。
「あんまり強くやりすぎると、キャンバスが破れるから気をつけてね」
「えっ、破れるんですか?」
「まあ、普通にやっていればそんなことはないけど。ちなみに僕はやったことある。そういうときは、裏から補強するんだけどね」
私は慎重に、言われた通りにナイフに絵の具を乗せ、キャンバスに滑らせる。
「あっ、なんか、油絵っぽい」
筆で描いたものと違い、ナイフを滑らせた跡は、少しだけ玄人っぽい気がした。
「だから、油絵なんだって」
先生は苦笑しながらそう言う。
「そうじゃなくて……なんか、こう……」
上手く説明できなかった。けれども、「まあ、わかる気はするよ」とうなずいてくれた。
先生は、また教官室へ戻っていく。たまにこちらにやってきて、アドバイスだけはしてくれるけれども、決して手を出してこようとはしない。
私は先生の背中を見送ったあと、キャンバスに向き合う。
「少し、上手くなってきた?」
絵にそう話しかける。
『……な……』
いつものように、か細い声。絵は少しずつだけれども完成に近付きつつあるのに、まだ何を言っているのか聞き取れない。
「まだまだがんばれってことかあ」
それでも私は嬉しかった。新しいことを始めるときに一人でないことが、こんなにも心強いものだとは思わなかった。
ふと、構図はこれで本当にいいのか気になって、デジカメの画像を見る。けれどもピンとこない。
私は立ち上がって、窓からグラウンドを覗き込む。
陸上部のほうを見ると、先輩はいなかった。
首を動かすと、どうやらグラウンドの周りを走っている一団の中にいるようだった。高飛びの選手といえど、やっぱり基礎もやらなければならないのだろう。
ふと見ると、クラブハウスのほうに秋穂らしき人影があった。目が合ったような気がしたので、私は大きく手を振る。けれども気付いていなかったのか、秋穂はふいっと歩き出した。
私は、上げた手を、所在無く下ろすしかなかった。
とはいえ、やっぱりすぐに上手く描けるものでもない。
「もっとナイフを使ってもいいかもね」
様子を見に来た横山先生がそう言った。
「ナイフ……ですか」
「そう、ペインティングナイフ。硬質なものとか平らなものとか、質感が出ていいよ」
先生は、道具箱からナイフを取り出した。ナイフとはいっても、包丁のような形をしたものではない。菱形の薄い金属に柄がついている。
「塗りすぎたり失敗したりしたら、ナイフで削ってもいいし」
先生は空でナイフを左右に動かしてみせたあと、私に柄のほうを向けて手渡してきた。
「あんまり強くやりすぎると、キャンバスが破れるから気をつけてね」
「えっ、破れるんですか?」
「まあ、普通にやっていればそんなことはないけど。ちなみに僕はやったことある。そういうときは、裏から補強するんだけどね」
私は慎重に、言われた通りにナイフに絵の具を乗せ、キャンバスに滑らせる。
「あっ、なんか、油絵っぽい」
筆で描いたものと違い、ナイフを滑らせた跡は、少しだけ玄人っぽい気がした。
「だから、油絵なんだって」
先生は苦笑しながらそう言う。
「そうじゃなくて……なんか、こう……」
上手く説明できなかった。けれども、「まあ、わかる気はするよ」とうなずいてくれた。
先生は、また教官室へ戻っていく。たまにこちらにやってきて、アドバイスだけはしてくれるけれども、決して手を出してこようとはしない。
私は先生の背中を見送ったあと、キャンバスに向き合う。
「少し、上手くなってきた?」
絵にそう話しかける。
『……な……』
いつものように、か細い声。絵は少しずつだけれども完成に近付きつつあるのに、まだ何を言っているのか聞き取れない。
「まだまだがんばれってことかあ」
それでも私は嬉しかった。新しいことを始めるときに一人でないことが、こんなにも心強いものだとは思わなかった。
ふと、構図はこれで本当にいいのか気になって、デジカメの画像を見る。けれどもピンとこない。
私は立ち上がって、窓からグラウンドを覗き込む。
陸上部のほうを見ると、先輩はいなかった。
首を動かすと、どうやらグラウンドの周りを走っている一団の中にいるようだった。高飛びの選手といえど、やっぱり基礎もやらなければならないのだろう。
ふと見ると、クラブハウスのほうに秋穂らしき人影があった。目が合ったような気がしたので、私は大きく手を振る。けれども気付いていなかったのか、秋穂はふいっと歩き出した。
私は、上げた手を、所在無く下ろすしかなかった。
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