(Imaginary)フレンド。

新道 梨果子

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4 小倉先輩

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「えっ、え?」

 私は思わず後ずさる。
 辺りを見回しても近くに誰もいない。私のほうに来たということは、私がなにか邪魔をしたのだろうけれども、まったく理由が思いつかない。シャッターを押しただけなのに。

 先輩は私の目の前に立った。見上げるのに首が痛くなるほどだ。百九十センチ近くあるかもしれない。背が高いから、妙に迫力がある。

 どうしよう、と思ったその瞬間に、先輩は私の手の中からデジカメを奪い取った。

「えっ」

 私は首に掛かっていたストラップを慌てて外す。

「フラッシュ」

 降ってきたその短い言葉で、私はすべてを察した。

「えっ、あっ、あの、ごめんなさいっ」
「なんで外で撮るのにフラッシュ使うんだよ。晴れてるしさ。意味わかんねえ。気が散る」

 そう言うと、カメラのフラッシュ部分をポンと叩いて、閉じた。なるほど、開いていたんだ。

「ご、ごめんなさい……知らなくて……」
「これ、お前のじゃねえの?」
「えと、横山先生の……」
「ふうん」

 そう言うと、はい、と私の手の中にデジカメを戻す。

「フラッシュたかないようにしといた。ウチのと一緒だから、それ」
「あ、ありがとうございます。あの、ごめんなさい……」
「いいけど」

 それだけ言うと、先輩はまた駆け出していった。しかし、少ししてまたこっちに走ってきた。

 まだ何かあるのだろうか、と身を硬くする。
 すると先輩は私の前に立ち止まり、カメラをすっと指差した。

「それさあ、動画も撮れるんだよ」
「えっ……」
「悪いけど、ちょっと撮ってくんない? フォームを見てみたいんだよね」
「あっ、はいっ。えーっと……」

 私は慌ててデジカメを見る。動画? どうやって?

「あのな、ここ」

 先輩は私が扱いをまったく知らないことを察して、赤いボタンを指差した。

「押したら撮影が始まる。もう一度押したら止まる。俺が走り出したら開始して、マットに落ちたら止めていいから」
「あ、はい、わかりました」
「じゃ、頼む」

 そう言って、先輩は駆け出していく。私は少しだけ前に寄って、カメラを構えた。
 それを確認した先輩は、また走り出す。私はドキドキしながら、赤いボタンを押した。

 やっぱり、キレイだ。反った長身が空中を舞う様は、同じ人間のものとは思えない。

 今度はバーは落ちなかった。先輩は半身だけ起こしてバーが落ちなかったことを確認して、少し口の端を上げた。それからマットの上で転がって、そのまままたこちらに駆け寄ってくる。

「撮れてる?」
「あ、や、……どうでしょう……」
「貸して」

 先輩はまた私の手の中からデジカメをひったくるように取る。

「撮れてる。うん、いいタイミング」

 私はその満足げな言葉に、心底ホッとして、小さく息を吐いた。
 デジカメを覗いて口の中でなにやらブツブツ言っている先輩を待つ。なんとなく落ち着かない。

「ああ、悪い。返すよ」

 居心地悪そうな私に気付いたのか、先輩はデジカメをこちらに差し出す。

「いえっ、急ぎませんから」
「でも、絵を描くのに写真がいるんだろ? 他にもいろいろ撮ってみれば? 俺はとりあえず満足」
「あ、はい……」

 私はデジカメを受け取る。他にも、と言われても、正直、もう何を描くかは決まったようなものだった。

 他に何を描けというのだろう。

「良かったら、明日も来てよ」

 ふいに降ってきた言葉に、顔を上げる。

「今日は今日で練習するけど、明日のフォームがどうなのか見てみたいし。マズい?」

 私はその言葉に、ふるふると首を横に振った。先輩は「じゃ、明日」とだけ言い置いて、また駆け出していった。
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