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19. 国王の責務
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うろうろと王室前を歩き回る。
「ちょっと落ち着きなさいよ、アリシア」
呆れたように、他の侍女に言われる。
でも、落ち着いてはいられない。
「何か、変な方向に話が進んでないかと思って。二人とも、変な風に鈍感だし」
「だからって、やきもきしても仕方ないでしょう」
それはそうなのだが。
「落ち着いていますね?」
侍女たちにそう言うと、彼女らは肩をすくめた。
「まあね。ここまで来ると、諦めの境地というか」
「この中の誰かが選ばれるよりは、まあいいかなって」
そういうものなのか。
まあ、それはそれとして。
「ああー、中を見たい。大丈夫なのかしら」
「もう、何を言ってるの」
「だって、あの陛下が、女を口説いているの、想像つきます?」
そう言うと、侍女たちは顔を見合わせた。
そして、うーん、と考え込む。
「そう言われると」
「まったく想像できないわ」
「でしょ?」
そしてまた、うろうろと王室前を歩き回る。
侍女たちは諦めたように、こちらを眺めていた。
すると。
小さな物音が聞こえて、思わず王室の扉を振り返る。
「……鍵が、閉まったわ」
アリシアがぼそりとそう言うと、他の侍女たちも扉を見つめた。
「え?」
「まさか」
今まで、人払いをすることはあっても、扉に鍵をすることは一度たりともなかった。
それは信頼の証でもあったし、その信頼は破られることはなかった。
だが、鍵は閉められた。
「嘘、気のせいじゃないの?」
「本当よ。音が聞こえたもの」
アリシアは扉に歩み寄ると、そっとドアノブに手を掛けた。
「ちょっと、アリシア」
制止の声も聞かず、ゆっくりとドアノブを捻り、そして、押す。
開かない。
「……あんた、本当に怖いもの知らずね……」
「というか、アリシアがいるから閉めたんじゃないの……?」
アリシアは扉に張り付いて、耳を当てた。
「何も聞こえないわね……」
「いや、止めておきなさいって、さすがに」
「だって気になるんだもの」
「だからって」
そう押し問答していると、声を掛けられた。
「……何をしているんですか」
ジャンティだった。
さすがのアリシアも、ぱっと飛びのく。
眉根を寄せて、ジャンティは問うてきた。
「リュシイ殿が来ていると聞いたのですが?」
「ええ、中におられます」
「そうですか」
ジャンティは扉に歩み寄り、ノックしようと手を振り上げた。
「鍵が閉まっていますよ」
ジャンティに向かって、アリシアは言う。
その言葉に、ジャンティはぴたりと動きを止めた。
「……なんですって?」
信じられないものを見るかのように、ジャンティはアリシアのほうにゆっくりと振り返った。
「鍵が閉まっています。ですからきっと、ノックしてもお返事はないと思います」
「いつからですかっ!」
その剣幕に、思わず後ろに身を引く。
いつも穏やかな物腰の人なのに。いったい何を動揺しているのだろう。
いつから鍵が閉まったのかが、そんなに重要なことなのだろうか。
「えっと、今しがた」
「ああ、もう、あの人は! どうしてそう極端な!」
頭を抱えて、天井を仰ぎ見ているジャンティ。
アリシアたち侍女は、思わず顔を見合わせた。何が彼をこうまで興奮させているのか。
彼は胸に手を当て一つ息を吐いた。自分を落ち着かせようとしているように見えた。
ジャンティは再度腕を振り上げ、そして強く、扉を叩いた。
◇
「陛下! 陛下! ここを開けてください!」
ドンドンドン、と何度も王室の扉が叩かれている。
「あ、あの……、ジャンティさまが」
「放っておけ」
何かは知らないが、今は何も耳に入れたくない。
彼女を手に入れたいと、それだけを切望したい。
心ゆくまでその白い肌を味わいたい、と思う。
「陛下! 開けてくださらないのなら、何としても扉を破ります!」
「でも、あの」
「いいんだ」
彼女の胸元に、唇を落とす。少女がぴくりと揺れた。
右手で彼女の身体の線をなぞっていく。
今、これ以上に望むことなどない。
「衛兵! すぐに扉を破りなさい! 責任は私が持ちます!」
「陛下、でも」
「……ああ、もう!」
レディオスは身体を起こして、扉に向かった。
本当に扉を破られてはたまらない。
鍵を外し、薄く扉を開ける。
「……何だ」
きゃっ、と侍女たちの声がする。ああ、胸がはだけたままだった。でもそんなこと、どうでもいい。
気が付けば、王室の前に人だかりができている。ジャンティがあれだけ騒げば、当たり前か。
「どうやら、間一髪だったようですな」
ジャンティが、ほっと息を吐いた。
「何がだ」
苛つきながら、そう言う。
背後で、リュシイが衣服の乱れを整えて、傍にやってきているのがわかった。
「お訊きしたい」
「何を」
「彼女を正室として迎えますか」
何をいまさら。
そんなことをわざわざ言おうと、邪魔をしたのか。
「もちろん」
「えっ」
背後でリュシイが声を上げた。
思わず振り向く。彼女は何度か目を瞬かせて、こちらを見ていた。
今までの話を、何だと思っていたのだろう。
「たぶん彼女は、愛妾とか、その程度にしか思っていなかったと思いますよ」
ジャンティがため息をつきながらそう言う。リュシイがこくこくとうなずくので、その通りということだろう。
言葉を尽くして、いろいろ言ったはずなのだが、それでも通じていないことがあるのか。
そのことに少し愕然とする。
そしてジャンティの方に振り返ると、言った。
その言葉を聞かせたいのは、ジャンティなのか、それともリュシイなのか。
「正室だ。それ以外は要らない」
「言い切りましたね?」
「悪いか?」
「いいえ」
ジャンティは首を横に振る。
そして、人差し指を立てて、こちらにずいっと寄せてきた。
「もう一つ」
「何だ」
「彼女がもし、予知の力を失ったとしても、正室として望みますか?」
「失う?」
「占い師から聴取をしていて、彼が言ったのですがね」
そう言って、ジャンティはため息をついた。
「どこまで信じていいのかはわかりませんが、純潔を失うと同時に力を失う可能性があります。私は、ありえないことだとは思いません」
ジャンティは、じっとレディオスの目を覗き込んでくる。
あの大地震から、彼女の予言は皆を救った。それは間違いない。
けれど。
「予知は、必要ない」
「ほう?」
ジャンティは面白そうに口の端を上げた。
「予知などなくとも、予知に頼らなくとも、国民を守る。それが王たる者の責務と思うが?」
そう言うと、ジャンティは深くうなずいて、そしてにっこりと微笑んだ。
「それは、ようございました。陛下がそのように仰られること、私は嬉しく思います。成長なされましたな」
「久々に褒められた気がするな」
「仕方ないでしょう。褒めるところがありませんでしたから」
「嫌なことを言う」
鼻に皺を寄せると、彼は笑った。
「ではそのように進めましょう。リュシイ殿には、王妃になっていただきます」
「ああ」
振り向くと、リュシイは蒼白な顔色をしていた。
大丈夫だ、守るから、と言おうとしたところで。
彼女はそれでも、口元をきゅっと結んで、うなずいた。
「私、頑張ります」
その簡潔な言葉に、少女の決意の程が伺えた。
ジャンティは、よろしい、とうなずいて返した。
「では、半年、お待ちください」
「半年?」
しばらく逡巡して、はっとして彼女を見つめる。彼女は訳がわからないようで、小さく首を傾げた。
略奪された少女。
何もされていなかったとしても、皆がそう思うとは思えない。
今回の事件をいくら秘密裏に処理しても、絶対に漏れないとは保証できない。
だとしたら。
彼女がもし、今すぐ懐妊したとしたら。それがもし男子だとしたら。
今は大丈夫でも、いつか、それはいったい誰の子なのかと追及されるようなことになったら。
その子は本当に世継ぎたる資格があるのかと問われることがあったら。
苦しむのは彼女と、その子だ。
「……わかった」
大きくため息をつく。
ジャンティはその返事にうなずいた。
「半年です。その間に彼女を迎え入れる準備をすれば、それくらい、すぐですよ。足りないくらいです」
その会話を聞いていたアリシアが、何かを思いついたような表情をして、そして身を翻して走り去ったのが見えた。
「では、彼女をこちらに」
ジャンティはそう言って、手のひらを上に向けて差し出した。
振り返ると、リュシイはこちらを見上げていた。
そして、にっこりと微笑んだ。
任せてください、とでも言いたげな表情だった。
だから、何も言わずに、うなずいた。
リュシイは歩き出す。
そしてジャンティに向かって、よろしくお願いいたします、と頭を下げた。
ジャンティはそれにうなずき返すと、こちらを見て言った。
「では、以前にも言いましたが、リュシイ殿は私の養女として、私の屋敷で預かります。よろしいですね?」
「……そういえば、言っていたな……」
地震が起きて、彼女が村に帰ったあと、すぐのことだ。
彼女を養女としたいと、ジャンティは言ったのだ。
「……まさかとは思うが」
「そうですよ。私はあの頃から考えていましたよ。なのに陛下がいつまでもぐずぐずなさるから、いらぬ仕事が増えました!」
そう憤慨した様子で言う。
どうして本人より先に、どうなるのか読めるのだろう。
「……それは、すまなかった」
「いいえ、わかっていただければ、それで」
そう言って、小さくうなずく。
ジャンティはリュシイの背中を押すように手を添えると、彼女を連れて歩き出す。
彼女はもう一度、こちらに振り返って微笑むと、また前を向いて歩き出した。
半年。
また、半年、会えない。
その期間は、長いのか短いのか、わからなくなった。
さっきまで、この腕の中にいたのに。
その温もりを感じていたのに。
また、離れてしまう。
「リュシイ!」
去っていく背中に、思わず呼びかける。少女はその声に振り向いた。
駆け寄ると、少女の顔を両手で挟み、そして唇に唇を重ねた。
侍女たちの、きゃあ、という声が聞こえたが、構うものか。
ジャンティがため息をついて額に手を当てていたが、知ったことではない。
唇を離して少女を見ると、顔を真っ赤にして、こちらを見つめていた。
「半年だ」
「半年……」
少女はそう、おうむ返しにする。
「半年後、必ず来てくれ。必ず」
「はい……はい!」
瞳に涙を浮かべて、彼女はうなずいた。
「そのとき、今日の続きをしよう」
そう言って笑うと、彼女も恥ずかしそうに、小さく微笑んだ。
「ちょっと落ち着きなさいよ、アリシア」
呆れたように、他の侍女に言われる。
でも、落ち着いてはいられない。
「何か、変な方向に話が進んでないかと思って。二人とも、変な風に鈍感だし」
「だからって、やきもきしても仕方ないでしょう」
それはそうなのだが。
「落ち着いていますね?」
侍女たちにそう言うと、彼女らは肩をすくめた。
「まあね。ここまで来ると、諦めの境地というか」
「この中の誰かが選ばれるよりは、まあいいかなって」
そういうものなのか。
まあ、それはそれとして。
「ああー、中を見たい。大丈夫なのかしら」
「もう、何を言ってるの」
「だって、あの陛下が、女を口説いているの、想像つきます?」
そう言うと、侍女たちは顔を見合わせた。
そして、うーん、と考え込む。
「そう言われると」
「まったく想像できないわ」
「でしょ?」
そしてまた、うろうろと王室前を歩き回る。
侍女たちは諦めたように、こちらを眺めていた。
すると。
小さな物音が聞こえて、思わず王室の扉を振り返る。
「……鍵が、閉まったわ」
アリシアがぼそりとそう言うと、他の侍女たちも扉を見つめた。
「え?」
「まさか」
今まで、人払いをすることはあっても、扉に鍵をすることは一度たりともなかった。
それは信頼の証でもあったし、その信頼は破られることはなかった。
だが、鍵は閉められた。
「嘘、気のせいじゃないの?」
「本当よ。音が聞こえたもの」
アリシアは扉に歩み寄ると、そっとドアノブに手を掛けた。
「ちょっと、アリシア」
制止の声も聞かず、ゆっくりとドアノブを捻り、そして、押す。
開かない。
「……あんた、本当に怖いもの知らずね……」
「というか、アリシアがいるから閉めたんじゃないの……?」
アリシアは扉に張り付いて、耳を当てた。
「何も聞こえないわね……」
「いや、止めておきなさいって、さすがに」
「だって気になるんだもの」
「だからって」
そう押し問答していると、声を掛けられた。
「……何をしているんですか」
ジャンティだった。
さすがのアリシアも、ぱっと飛びのく。
眉根を寄せて、ジャンティは問うてきた。
「リュシイ殿が来ていると聞いたのですが?」
「ええ、中におられます」
「そうですか」
ジャンティは扉に歩み寄り、ノックしようと手を振り上げた。
「鍵が閉まっていますよ」
ジャンティに向かって、アリシアは言う。
その言葉に、ジャンティはぴたりと動きを止めた。
「……なんですって?」
信じられないものを見るかのように、ジャンティはアリシアのほうにゆっくりと振り返った。
「鍵が閉まっています。ですからきっと、ノックしてもお返事はないと思います」
「いつからですかっ!」
その剣幕に、思わず後ろに身を引く。
いつも穏やかな物腰の人なのに。いったい何を動揺しているのだろう。
いつから鍵が閉まったのかが、そんなに重要なことなのだろうか。
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「ああ、もう、あの人は! どうしてそう極端な!」
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「あ、あの……、ジャンティさまが」
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彼女を手に入れたいと、それだけを切望したい。
心ゆくまでその白い肌を味わいたい、と思う。
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「でも、あの」
「いいんだ」
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右手で彼女の身体の線をなぞっていく。
今、これ以上に望むことなどない。
「衛兵! すぐに扉を破りなさい! 責任は私が持ちます!」
「陛下、でも」
「……ああ、もう!」
レディオスは身体を起こして、扉に向かった。
本当に扉を破られてはたまらない。
鍵を外し、薄く扉を開ける。
「……何だ」
きゃっ、と侍女たちの声がする。ああ、胸がはだけたままだった。でもそんなこと、どうでもいい。
気が付けば、王室の前に人だかりができている。ジャンティがあれだけ騒げば、当たり前か。
「どうやら、間一髪だったようですな」
ジャンティが、ほっと息を吐いた。
「何がだ」
苛つきながら、そう言う。
背後で、リュシイが衣服の乱れを整えて、傍にやってきているのがわかった。
「お訊きしたい」
「何を」
「彼女を正室として迎えますか」
何をいまさら。
そんなことをわざわざ言おうと、邪魔をしたのか。
「もちろん」
「えっ」
背後でリュシイが声を上げた。
思わず振り向く。彼女は何度か目を瞬かせて、こちらを見ていた。
今までの話を、何だと思っていたのだろう。
「たぶん彼女は、愛妾とか、その程度にしか思っていなかったと思いますよ」
ジャンティがため息をつきながらそう言う。リュシイがこくこくとうなずくので、その通りということだろう。
言葉を尽くして、いろいろ言ったはずなのだが、それでも通じていないことがあるのか。
そのことに少し愕然とする。
そしてジャンティの方に振り返ると、言った。
その言葉を聞かせたいのは、ジャンティなのか、それともリュシイなのか。
「正室だ。それ以外は要らない」
「言い切りましたね?」
「悪いか?」
「いいえ」
ジャンティは首を横に振る。
そして、人差し指を立てて、こちらにずいっと寄せてきた。
「もう一つ」
「何だ」
「彼女がもし、予知の力を失ったとしても、正室として望みますか?」
「失う?」
「占い師から聴取をしていて、彼が言ったのですがね」
そう言って、ジャンティはため息をついた。
「どこまで信じていいのかはわかりませんが、純潔を失うと同時に力を失う可能性があります。私は、ありえないことだとは思いません」
ジャンティは、じっとレディオスの目を覗き込んでくる。
あの大地震から、彼女の予言は皆を救った。それは間違いない。
けれど。
「予知は、必要ない」
「ほう?」
ジャンティは面白そうに口の端を上げた。
「予知などなくとも、予知に頼らなくとも、国民を守る。それが王たる者の責務と思うが?」
そう言うと、ジャンティは深くうなずいて、そしてにっこりと微笑んだ。
「それは、ようございました。陛下がそのように仰られること、私は嬉しく思います。成長なされましたな」
「久々に褒められた気がするな」
「仕方ないでしょう。褒めるところがありませんでしたから」
「嫌なことを言う」
鼻に皺を寄せると、彼は笑った。
「ではそのように進めましょう。リュシイ殿には、王妃になっていただきます」
「ああ」
振り向くと、リュシイは蒼白な顔色をしていた。
大丈夫だ、守るから、と言おうとしたところで。
彼女はそれでも、口元をきゅっと結んで、うなずいた。
「私、頑張ります」
その簡潔な言葉に、少女の決意の程が伺えた。
ジャンティは、よろしい、とうなずいて返した。
「では、半年、お待ちください」
「半年?」
しばらく逡巡して、はっとして彼女を見つめる。彼女は訳がわからないようで、小さく首を傾げた。
略奪された少女。
何もされていなかったとしても、皆がそう思うとは思えない。
今回の事件をいくら秘密裏に処理しても、絶対に漏れないとは保証できない。
だとしたら。
彼女がもし、今すぐ懐妊したとしたら。それがもし男子だとしたら。
今は大丈夫でも、いつか、それはいったい誰の子なのかと追及されるようなことになったら。
その子は本当に世継ぎたる資格があるのかと問われることがあったら。
苦しむのは彼女と、その子だ。
「……わかった」
大きくため息をつく。
ジャンティはその返事にうなずいた。
「半年です。その間に彼女を迎え入れる準備をすれば、それくらい、すぐですよ。足りないくらいです」
その会話を聞いていたアリシアが、何かを思いついたような表情をして、そして身を翻して走り去ったのが見えた。
「では、彼女をこちらに」
ジャンティはそう言って、手のひらを上に向けて差し出した。
振り返ると、リュシイはこちらを見上げていた。
そして、にっこりと微笑んだ。
任せてください、とでも言いたげな表情だった。
だから、何も言わずに、うなずいた。
リュシイは歩き出す。
そしてジャンティに向かって、よろしくお願いいたします、と頭を下げた。
ジャンティはそれにうなずき返すと、こちらを見て言った。
「では、以前にも言いましたが、リュシイ殿は私の養女として、私の屋敷で預かります。よろしいですね?」
「……そういえば、言っていたな……」
地震が起きて、彼女が村に帰ったあと、すぐのことだ。
彼女を養女としたいと、ジャンティは言ったのだ。
「……まさかとは思うが」
「そうですよ。私はあの頃から考えていましたよ。なのに陛下がいつまでもぐずぐずなさるから、いらぬ仕事が増えました!」
そう憤慨した様子で言う。
どうして本人より先に、どうなるのか読めるのだろう。
「……それは、すまなかった」
「いいえ、わかっていただければ、それで」
そう言って、小さくうなずく。
ジャンティはリュシイの背中を押すように手を添えると、彼女を連れて歩き出す。
彼女はもう一度、こちらに振り返って微笑むと、また前を向いて歩き出した。
半年。
また、半年、会えない。
その期間は、長いのか短いのか、わからなくなった。
さっきまで、この腕の中にいたのに。
その温もりを感じていたのに。
また、離れてしまう。
「リュシイ!」
去っていく背中に、思わず呼びかける。少女はその声に振り向いた。
駆け寄ると、少女の顔を両手で挟み、そして唇に唇を重ねた。
侍女たちの、きゃあ、という声が聞こえたが、構うものか。
ジャンティがため息をついて額に手を当てていたが、知ったことではない。
唇を離して少女を見ると、顔を真っ赤にして、こちらを見つめていた。
「半年だ」
「半年……」
少女はそう、おうむ返しにする。
「半年後、必ず来てくれ。必ず」
「はい……はい!」
瞳に涙を浮かべて、彼女はうなずいた。
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そう言って笑うと、彼女も恥ずかしそうに、小さく微笑んだ。
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