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桜木先生のお話
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彼女は病室に入ってくると、手に持っていた紙袋を机の上に置くと、来客用のソファに優雅な仕草で腰掛けた。
「はい、これお見舞い。」
「ここまで何しに来やがった。さっさと帰れ。」
「あら怖い。数馬が部屋を出ていきなさいよ。私はこの子に用があるんだから。」
「こいつに何をする気だ?」
唸るような先生の声に怯むこともなく、彼女は私を見てにっこり微笑んだ。
「傷はどう?」
「おい、暁美っ?」
「だいぶ動けるようになってきたみたいね。女の子が肩に傷つけるなんて、あなた無茶したわね。こんな奴の盾になんかならなくても良かったのに。」
「聞いてんのか?」
彼女は先生を無視することにしたらしい。
イライラした口調の先生に気にすることなく私に話しかけてくる。
「この男のことだから、あなた苦労してるでしょ。見た目だけは極上でも、中身は頭に血がのぼりやすいし、嫌味だしはっきりいって最悪の性格をしてるものね。」
「ええと……(返事に困るんだけど)。」
「もしかして、弱みでも握られてるの?あら嫌だ。話してみて?」
「いや、それは……っ。」
「だって、あなた達、教師と生徒でしょ?こんなオッサンより、あそこのモデルの坊やの方が若くてよっぽど美味しそうよ?」
三田くんを見ると、俺?って感じで目を瞬かせている。様々な美女と関係をもってきたであろう三田くんも彼女の勢いになんだかタジタジだ。
「だいたい、こんなところにこっそり囲っちゃってさあ。他の男にあわせたくないんでしょ。とんだ独占欲よね。ああ嫌だ。」
婚約者である彼女の登場にてんぱっていた私の頭の中が、彼女の言葉でさらに真っ白になった。
ええと、どうしよう。
一般的に、この状況は周りからどう見えるのかな。
双方の親に認められた婚約者である彼女は、いわゆる正妻。こっそり囲われてる私は世間一般でいうところの妾さんになるのだろうか。
いや、私ごときがこんな美女と正妻と妾の女の戦いをするなんて無理!絶対無理!
うん。ここは逃げよう。私には昼ドラマのドロドロした人間関係は向いてない!
こんな綺麗な婚約者がいるのなら、先生の心の傷もあっという間に治っちゃうよね?きっと私なんかいなくても大丈夫。
心の奥で、ちくりとした痛みを感じたような気がしたけど、気にしないようにして私は彼女を見た。
「あの、先生は怪我した私に同情して下さってるというか……。私、怪我が治りましたら、即刻もとの場所に戻りますので、どうぞ私のことはお気になさらず……ひっ!」
「ああ?」
隣を見たら般若がいた。
低い声が床を通り越して地面を通り越して、地球の反対まで行きそうだ。
何故か三田くんまで私を非難する目で見ている。
「妹ちゃん、それはないわ。前から思ってたけど、妹ちゃんてつかまえたかと思ったらするっと逃げるよね。もしかしてわざと俺のこと煽ってる?」
何故かゲス三田が降臨したみたいで、ゲスい顔をした三田くんが私の髪をひと房とり、私と視線をあわせたまま、キスをしてきた。やってることは甘いんだけど、顔がとにかくゲスい。
「いや、あの、あのですね。」
本能的に逃げようとした私は、角度を変えたベッドに背中からぶつかることになった。その衝撃が肩に響いて、かなり痛い。
反対側からは先生の低い声が聞こえてきた。
「俺がお前に惚れてるってことまだ分かってないみたいだな。高校卒業まで待ってやろうと思ってたけど、今すぐここで孕むまで犯してやろうか?そうしたら俺の本気も伝わるのか?…なあ。」
「ひっ。」
先生が私の耳にかみついてきた。
どうしていいか分からずに、パニック状態になった私の耳に小気味良い音が聞こえてきた。
「ほんと、最低な男ね。こんな可愛い子怖がらせてどうするのよ。ほら、あんた達あっちのソファに行きなさい。」
彼女の手には彼女が履いていたであろうハイヒールが握られていた。思い切り殴ったのか、先生と三田くんは頭を抑えて悶絶している。
彼女はベッドにあがり、私の横にすわると、ギュッと私を抱きしめてきた。
「ほら、大丈夫よ。そんなに泣かないの。」
柔らかい感触と、香水の香りに包まれてだ私は、なぜだか安心して、思わずギュッと彼女に抱きついた。
綺麗で、強くて、そして優しい。
こんな人が先生の婚約者だったら、先生も立ち直れる。きっと大丈夫。
「あらやだ。ほんとに可愛い。あの男にくれてやるには惜しいわね。もっとあなたに合ういい男探してあげましょうか。」
「暁美!」
「うっさいわね。あたしの男でもないくせに名前で呼ばないでよ。」
「斎藤から手を離せ。」
「嫌よ。こんなに可愛いんですもの。ふふっ。怪我が治ったら一緒に、お買い物行きましょ?楽しみだわ。」
うれしそうに私に頬ずりしてくる彼女に、先生はイライラした感情を抑えきれなかったのか、机に拳をぶつけた。メキ、という音とともに机にヒビが入る。
「そいつは俺の女だ。」
「その頭に血がのぼりやすい性格どうにかならないの?そんなだから、十年前二階堂が……っ!」
部屋の空気が凍ったような気がした。
私を抱きしめている彼女の手から緊張からか、じんわりと冷たくなった。
そのまましばらく無言の時間を過ぎた頃。
先生が、私達から視線をそらし、大きくため息をついた。
「謝って済む問題じゃねえが……お前には悪かったと思ってる。」
先生はそのまま踵をかえすと、部屋を出ていくつもりなのか、病室のドアの方に向かった。
「………っ?ちょっと、あなた?」
「妹ちゃん?」
咄嗟に私はベッドから飛び降りた。
点滴の管が伸びきって、機器が倒れる音がする。
先生と、彼女と二階堂さんの間に十年前何があったかはわからない。だけど、このまま先生を一人で行かせてはいけない、と思ったのだ。
私は先生の背中に飛びついた。
部屋から出ていかないように、ぎゅっと抱きしめるとそのまま先生の背中に顔を押し付けた。
「先生が、一人で泣くのは嫌だ、と言いました。」
黙ったまま何も言わない先生に、私はさらに言葉を重ねた。
「先生の人生は、私がもらったんでしょう?だったら、そばを離れたら嫌、です。」
先生は、私を振り向くことなく、ぽつりと呟いた。
「さっき俺の手を離そうとした奴がよく言う。」
「あれは……っ。その、暁美さんは先生の婚約者なんでしょう?だったら、私は妾さんになるのかなって。先生を一人にするのは嫌だけど、妾になって、暁美さんと争うなんてしたくないって思って……。それに、暁美さんは綺麗で強くて優しくて。先生の隣に立つのに相応しい女性で。私はいなくていいのかなって。先生の幸せな未来に私は必要ないのかなって思った……っ。」
先生が、いきなり振り返ったかと思うと、私は先生の腕の中に抱きしめられていた。
「阿呆だな。」
先生は、小さく呟くと、そのまま私の肩に頭をのせてきた。
「お前がどう思ってるかなんて考えずに、俺は自分の感情だけを押し付けて、お前を傷つけてたんだな。桜木数馬はとんだ阿呆だ。」
「……先生?」
「暁美は、俺の婚約者じゃねえよ。」
先生はちらりと暁美さんを見ると、つらそうに目を眇めた。
「暁美は二階堂が好きだったんだ。俺は、十年前暁美の好きな男を奪っちまった。」
先生がそれきり黙っていると、暁美さんがベッドから降りて、先生の前に歩いてきた。そして、手を振りかぶった。
「………ってえ。」
「十年前にこうすれば良かったのよ。あの時だったら一発殴るだけじゃすまなかったけどね。ほんとにあんたって最低。頭に血がのぼりやすいくせに、ウジウジ悩むし。面倒くさい男。あなた、ほんとにこの男でいいの?今ならもっといい男紹介してあげるわよ?」
彼女は顔をしかめて、先生を殴った手を見つめていたが、やがてニッコリと笑った。
「それにあたしもう結婚してるし。」
「はあ?」
「二階堂だって、いつまでもあたしに縋られてたらあの世にも行けないかもしれないじゃない?数馬、あんたもさっさと二階堂を安心させてあげなさいよ。」
暁美さんは、靴を履くと、そのまま部屋を出ていった。
部屋に暁美さんのつけていた香水のかおりが漂う中。
残された私達は、しばらく無言で見つめあっていたが、その空気に耐えられなくなった私は、先生に話しかけた。
「あのっ。暁美さんって素敵な女性ですね。」
「外見は上等かもしれねえが、凶暴で面倒くさい女だぞ?」
先生は嫌そうに顔をしかめていたが、何か考え込んでいるのか、黙り込んでしまった。
どのくらい桜木先生に抱きしめられていたのだろう。
少し不安そうな顔をした先生が、小さな声をだした。
「なあ、まだ間に合うか?」
「え?」
「お前はまだ俺の人生を受け取ってくれるのか?」
私の肩から顔をあげた先生は、今度は私の顔をじっと見つめてきた。
どこか不安そうなその目に、私は先生の背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。
「たぶん大丈夫、だと思いますよ?」
「たぶん、かよ。」
「ええと、その……頂きます。」
先生はクッと笑い声をあげると、私の頬に先生の頬をすりつけてきた。
「もう返品不可だぞ。」
「はい。」
「クーリングオフ期間は終了したからな。」
「はい。」
「俺から離れるなよ。もしまた、さっきみたいなこと言い出したらその場でやるからな。」
「え、ええ?」
「お前が嫌だって言っても止めてやらねえから。」
「それはちょっと……。」
「お前が俺から離れなかったらひでえことはしねえよ。ていうか、出来ねえしな。」
抱き合ったまま話していると、ソファに座った三田くんが、だるそうに声をあげた。
「あのさあ、いいの?」
私と先生は、彼が言いたいことがわからなくて、キョトンと三田くんを見た。
「点滴。倒れてるし、外れてすげえことになってるんだけど。」
「え?……うわあっ!せ、先生!どうしましょう。」
私達があたふたしていると、病室のドアがいきなり開いて、老齢のお医者さんが怒鳴り込んできた。
「数馬!何をやっとるんじゃ!」
「げ!ジジイ!」
一緒に来た看護師さんが倒れた点滴を手早く片付けていく。私の手にもあっという間に再び点滴が装着されて、ベッドに押し込まれた。
耳を掴まれて部屋から強制的に連れ出されていく先生を見送って、ドアが閉められると、後には呆然とベッドにすわる私と、ソファにごろりと横になっている三田くんが残された。
すると、三田くんが私のカバンを持ってきてくれた。
「三田くん?」
「携帯、今ならこっそり使ってもいいんじゃねえ?じいちゃん先生も来ねえだろうし。」
私の目がキラキラと輝いた。
「はい、これお見舞い。」
「ここまで何しに来やがった。さっさと帰れ。」
「あら怖い。数馬が部屋を出ていきなさいよ。私はこの子に用があるんだから。」
「こいつに何をする気だ?」
唸るような先生の声に怯むこともなく、彼女は私を見てにっこり微笑んだ。
「傷はどう?」
「おい、暁美っ?」
「だいぶ動けるようになってきたみたいね。女の子が肩に傷つけるなんて、あなた無茶したわね。こんな奴の盾になんかならなくても良かったのに。」
「聞いてんのか?」
彼女は先生を無視することにしたらしい。
イライラした口調の先生に気にすることなく私に話しかけてくる。
「この男のことだから、あなた苦労してるでしょ。見た目だけは極上でも、中身は頭に血がのぼりやすいし、嫌味だしはっきりいって最悪の性格をしてるものね。」
「ええと……(返事に困るんだけど)。」
「もしかして、弱みでも握られてるの?あら嫌だ。話してみて?」
「いや、それは……っ。」
「だって、あなた達、教師と生徒でしょ?こんなオッサンより、あそこのモデルの坊やの方が若くてよっぽど美味しそうよ?」
三田くんを見ると、俺?って感じで目を瞬かせている。様々な美女と関係をもってきたであろう三田くんも彼女の勢いになんだかタジタジだ。
「だいたい、こんなところにこっそり囲っちゃってさあ。他の男にあわせたくないんでしょ。とんだ独占欲よね。ああ嫌だ。」
婚約者である彼女の登場にてんぱっていた私の頭の中が、彼女の言葉でさらに真っ白になった。
ええと、どうしよう。
一般的に、この状況は周りからどう見えるのかな。
双方の親に認められた婚約者である彼女は、いわゆる正妻。こっそり囲われてる私は世間一般でいうところの妾さんになるのだろうか。
いや、私ごときがこんな美女と正妻と妾の女の戦いをするなんて無理!絶対無理!
うん。ここは逃げよう。私には昼ドラマのドロドロした人間関係は向いてない!
こんな綺麗な婚約者がいるのなら、先生の心の傷もあっという間に治っちゃうよね?きっと私なんかいなくても大丈夫。
心の奥で、ちくりとした痛みを感じたような気がしたけど、気にしないようにして私は彼女を見た。
「あの、先生は怪我した私に同情して下さってるというか……。私、怪我が治りましたら、即刻もとの場所に戻りますので、どうぞ私のことはお気になさらず……ひっ!」
「ああ?」
隣を見たら般若がいた。
低い声が床を通り越して地面を通り越して、地球の反対まで行きそうだ。
何故か三田くんまで私を非難する目で見ている。
「妹ちゃん、それはないわ。前から思ってたけど、妹ちゃんてつかまえたかと思ったらするっと逃げるよね。もしかしてわざと俺のこと煽ってる?」
何故かゲス三田が降臨したみたいで、ゲスい顔をした三田くんが私の髪をひと房とり、私と視線をあわせたまま、キスをしてきた。やってることは甘いんだけど、顔がとにかくゲスい。
「いや、あの、あのですね。」
本能的に逃げようとした私は、角度を変えたベッドに背中からぶつかることになった。その衝撃が肩に響いて、かなり痛い。
反対側からは先生の低い声が聞こえてきた。
「俺がお前に惚れてるってことまだ分かってないみたいだな。高校卒業まで待ってやろうと思ってたけど、今すぐここで孕むまで犯してやろうか?そうしたら俺の本気も伝わるのか?…なあ。」
「ひっ。」
先生が私の耳にかみついてきた。
どうしていいか分からずに、パニック状態になった私の耳に小気味良い音が聞こえてきた。
「ほんと、最低な男ね。こんな可愛い子怖がらせてどうするのよ。ほら、あんた達あっちのソファに行きなさい。」
彼女の手には彼女が履いていたであろうハイヒールが握られていた。思い切り殴ったのか、先生と三田くんは頭を抑えて悶絶している。
彼女はベッドにあがり、私の横にすわると、ギュッと私を抱きしめてきた。
「ほら、大丈夫よ。そんなに泣かないの。」
柔らかい感触と、香水の香りに包まれてだ私は、なぜだか安心して、思わずギュッと彼女に抱きついた。
綺麗で、強くて、そして優しい。
こんな人が先生の婚約者だったら、先生も立ち直れる。きっと大丈夫。
「あらやだ。ほんとに可愛い。あの男にくれてやるには惜しいわね。もっとあなたに合ういい男探してあげましょうか。」
「暁美!」
「うっさいわね。あたしの男でもないくせに名前で呼ばないでよ。」
「斎藤から手を離せ。」
「嫌よ。こんなに可愛いんですもの。ふふっ。怪我が治ったら一緒に、お買い物行きましょ?楽しみだわ。」
うれしそうに私に頬ずりしてくる彼女に、先生はイライラした感情を抑えきれなかったのか、机に拳をぶつけた。メキ、という音とともに机にヒビが入る。
「そいつは俺の女だ。」
「その頭に血がのぼりやすい性格どうにかならないの?そんなだから、十年前二階堂が……っ!」
部屋の空気が凍ったような気がした。
私を抱きしめている彼女の手から緊張からか、じんわりと冷たくなった。
そのまましばらく無言の時間を過ぎた頃。
先生が、私達から視線をそらし、大きくため息をついた。
「謝って済む問題じゃねえが……お前には悪かったと思ってる。」
先生はそのまま踵をかえすと、部屋を出ていくつもりなのか、病室のドアの方に向かった。
「………っ?ちょっと、あなた?」
「妹ちゃん?」
咄嗟に私はベッドから飛び降りた。
点滴の管が伸びきって、機器が倒れる音がする。
先生と、彼女と二階堂さんの間に十年前何があったかはわからない。だけど、このまま先生を一人で行かせてはいけない、と思ったのだ。
私は先生の背中に飛びついた。
部屋から出ていかないように、ぎゅっと抱きしめるとそのまま先生の背中に顔を押し付けた。
「先生が、一人で泣くのは嫌だ、と言いました。」
黙ったまま何も言わない先生に、私はさらに言葉を重ねた。
「先生の人生は、私がもらったんでしょう?だったら、そばを離れたら嫌、です。」
先生は、私を振り向くことなく、ぽつりと呟いた。
「さっき俺の手を離そうとした奴がよく言う。」
「あれは……っ。その、暁美さんは先生の婚約者なんでしょう?だったら、私は妾さんになるのかなって。先生を一人にするのは嫌だけど、妾になって、暁美さんと争うなんてしたくないって思って……。それに、暁美さんは綺麗で強くて優しくて。先生の隣に立つのに相応しい女性で。私はいなくていいのかなって。先生の幸せな未来に私は必要ないのかなって思った……っ。」
先生が、いきなり振り返ったかと思うと、私は先生の腕の中に抱きしめられていた。
「阿呆だな。」
先生は、小さく呟くと、そのまま私の肩に頭をのせてきた。
「お前がどう思ってるかなんて考えずに、俺は自分の感情だけを押し付けて、お前を傷つけてたんだな。桜木数馬はとんだ阿呆だ。」
「……先生?」
「暁美は、俺の婚約者じゃねえよ。」
先生はちらりと暁美さんを見ると、つらそうに目を眇めた。
「暁美は二階堂が好きだったんだ。俺は、十年前暁美の好きな男を奪っちまった。」
先生がそれきり黙っていると、暁美さんがベッドから降りて、先生の前に歩いてきた。そして、手を振りかぶった。
「………ってえ。」
「十年前にこうすれば良かったのよ。あの時だったら一発殴るだけじゃすまなかったけどね。ほんとにあんたって最低。頭に血がのぼりやすいくせに、ウジウジ悩むし。面倒くさい男。あなた、ほんとにこの男でいいの?今ならもっといい男紹介してあげるわよ?」
彼女は顔をしかめて、先生を殴った手を見つめていたが、やがてニッコリと笑った。
「それにあたしもう結婚してるし。」
「はあ?」
「二階堂だって、いつまでもあたしに縋られてたらあの世にも行けないかもしれないじゃない?数馬、あんたもさっさと二階堂を安心させてあげなさいよ。」
暁美さんは、靴を履くと、そのまま部屋を出ていった。
部屋に暁美さんのつけていた香水のかおりが漂う中。
残された私達は、しばらく無言で見つめあっていたが、その空気に耐えられなくなった私は、先生に話しかけた。
「あのっ。暁美さんって素敵な女性ですね。」
「外見は上等かもしれねえが、凶暴で面倒くさい女だぞ?」
先生は嫌そうに顔をしかめていたが、何か考え込んでいるのか、黙り込んでしまった。
どのくらい桜木先生に抱きしめられていたのだろう。
少し不安そうな顔をした先生が、小さな声をだした。
「なあ、まだ間に合うか?」
「え?」
「お前はまだ俺の人生を受け取ってくれるのか?」
私の肩から顔をあげた先生は、今度は私の顔をじっと見つめてきた。
どこか不安そうなその目に、私は先生の背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。
「たぶん大丈夫、だと思いますよ?」
「たぶん、かよ。」
「ええと、その……頂きます。」
先生はクッと笑い声をあげると、私の頬に先生の頬をすりつけてきた。
「もう返品不可だぞ。」
「はい。」
「クーリングオフ期間は終了したからな。」
「はい。」
「俺から離れるなよ。もしまた、さっきみたいなこと言い出したらその場でやるからな。」
「え、ええ?」
「お前が嫌だって言っても止めてやらねえから。」
「それはちょっと……。」
「お前が俺から離れなかったらひでえことはしねえよ。ていうか、出来ねえしな。」
抱き合ったまま話していると、ソファに座った三田くんが、だるそうに声をあげた。
「あのさあ、いいの?」
私と先生は、彼が言いたいことがわからなくて、キョトンと三田くんを見た。
「点滴。倒れてるし、外れてすげえことになってるんだけど。」
「え?……うわあっ!せ、先生!どうしましょう。」
私達があたふたしていると、病室のドアがいきなり開いて、老齢のお医者さんが怒鳴り込んできた。
「数馬!何をやっとるんじゃ!」
「げ!ジジイ!」
一緒に来た看護師さんが倒れた点滴を手早く片付けていく。私の手にもあっという間に再び点滴が装着されて、ベッドに押し込まれた。
耳を掴まれて部屋から強制的に連れ出されていく先生を見送って、ドアが閉められると、後には呆然とベッドにすわる私と、ソファにごろりと横になっている三田くんが残された。
すると、三田くんが私のカバンを持ってきてくれた。
「三田くん?」
「携帯、今ならこっそり使ってもいいんじゃねえ?じいちゃん先生も来ねえだろうし。」
私の目がキラキラと輝いた。
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