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蓮琉のお話

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柴崎蓮はひとつ欠伸をすると、携帯電話を取り出して通話を始めた。

「ああ斎藤?無事だったよ。車の前で待ってたらからまれたみたい。連れては行かれなかったよ。この子が危なくなるの見えてたわけ?……ああ。一条の勘なんだ。なにそれちょっと怖いんだけど。じゃあ、お茶とおむすび買ってきてくれるかな。うん。お願い。」

通話をきった柴崎蓮は私に視線を定めるとおもむろにデコピンをしてきた。

「痛っ!」

「僕はね、昨日バイトが遅番だったんだよ。寝たのは二時でさ。ほんと眠たいんだよね。」

私は今朝五時に家を出発してからずっと蓮琉くんの車の後部座席で眠り続けていた柴崎蓮の姿を思い出した。まだ日が昇る前に出発したんだよね。
あまりに静かに爆睡してたから存在を忘れてたよ。

「だけどさ、君が危ない目にあってるのに自分の睡眠を優先するつもりもないわけ。」

柴崎蓮はため息をつくと、私の頭をくしゃりとなでた。

「僕が寝てたから遠慮したんだろうけど。助けを求めるくらいしなよ。斎藤から電話がなかったら寝たまま気が付かなかった。僕のそばにいたのに危ない目にあうなんて許せないじゃない。」
「………ごめんなさい。」
私はさり気なく柴崎蓮から視線をそらした。
いつも傍若無人な柴崎蓮がつらそうな顔をしている。
彼の中では私が遠慮して助けを求めなかったことになっているらしい。実際はあまりに静かだったから存在を忘れていて助けを求めなかったんだけど。
申し訳ないけど、ここは黙っておこう。柴崎蓮ごめんなさい!

「うわあ。女の人達やっと離れてくれた~。あ、妹ちゃん次は俺のバイク乗ろうよ。妹ちゃんのヘルメット準備してきてるし。」
三田くんがふらりと車の近くにやってきた。
柴崎蓮が呆れた声をだした。
「アホなの?高速ではバイク二人乗り禁止でしょ。」
「え。そうだっけ。じゃあ高速おりたら~。」
「さらに馬鹿なの?免許とって一年目は二人乗り禁止だっての。」
「ええ?何それ。じゃあ1年間は妹ちゃんとバイクデート出来ないってこと?」
その場に崩れ落ちた三田くんを冷たい目で見下ろしていた柴崎蓮はため息をつくとくるりと向きを変えて歩き始めた。

「レンレン~。どこ行くの?」
「トイレ。」

振り向かずに歩いていく柴崎蓮の背中を三田くんと一緒にぼんやりと見送っていると、誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。

「花奈!」
蓮琉くんに体をさらわれるように抱きしめられた。
「無事で良かった。花奈!すぐに助けに行けなくてごめんね。」
そのまま頬ずりされてくすぐったさに身をよじると、お兄ちゃんが蓮琉くんの肩をたたいた。
「蓮琉、お前花奈にくっつきすぎ。あれ?柴崎は?」
「レンレンは今トイレだよ。タマちゃん久しぶり~。」
お兄ちゃんに甘えて抱きついてくる三田くんを軽くいなしながら、自分の手に持った袋を見た。
「そっか。トイレか。三田とは久しぶりも何も朝から会ってるじゃねえか。花奈、大丈夫だったか?俺らが動けなかったから柴崎に頼んだんだけど。」
「えっ?タマちゃん。なになに?何があったの?」
「俺らが女性達に絡まれてる間に花奈が野郎にからまれたみたいなんだ。柴崎が助けてくれたんだけどな。」
「えっ。そうなんだ。」
途端に表情を硬化させて周囲に視線をやる三田くんの手を、お兄ちゃんは軽くたたいた。
「もういないと思うぞ?無駄に威嚇するな。三田そろそろ離れろ。蓮琉もいつまでも花奈にくっついてんじゃねえよ。」
「後少し。今花奈成分を補給中だから。」
蓮琉くんはさらに私に頬ずりをしながら目を閉じた。

「うわ。なにこのうっとおしい集団。」
トイレから帰ってきた柴崎蓮はボソリと呟くと、さっさと車のドアを開けて中に乗り込もうとした。そこにお兄ちゃんが慌てて声をかけた。

「柴崎、花奈のことありがとう。これ頼まれていたヤツ。むすびは鮭と梅にしたから。」
「………ああ。ありがとう。お金払うよ。いくら?」
「いいよ。このくらい。」
「親しき仲にもって言うでしょ。僕もずっと寝てたから悪かったしね。」
「突然声かけたからな。昨日バイト遅かったんだろ?」
「まあね。そういえば僕今日の目的地聞いてないんだけど。」
「あれ。言ってなかったっけ。今日は……。」
目的地を言おうとしたお兄ちゃんを三田くんが遮った。
「ふっふっふっふ。レンレンと妹ちゃんには目的地ナイショなんだ。着いてからのお楽しみ!」
「あれ。ブサ犬も目的地聞いてないんだ。」
「はい。サプライズということで教えてもらってないんです。楽しみです!」
「サプライズもなにも……高速使ってこっち方面っていったら予測つくでしょ。」
「レンレン~!ナイショだって。」
あっさりと推測しようとした柴崎蓮を遮ると、三田くんは子供のような笑顔をみせた。
「妹ちゃん!楽しみにしててね。」
「はい。楽しみにしてますね。」
確かに柴崎蓮の言う通り目的地が何ヶ所か見当がつくんだけど。私を喜ばせようとしてくれている三田くんの気持ちがうれしくて私はあえて考えないようにしていた。

蓮琉くんの運転も初心者とは思えない丁寧さで駐車場に車を運転入れる時なんてお父さんよりも上手だと思ったほどだ。両親の仕事が忙しく、車で旅行なんて修学旅行とか学校の行事に参加するぐらいで、物心ついてからほとんどしたことがないので、かなり楽しみなのだ。

腕時計に目を走らせたお兄ちゃんが蓮琉くんに話しかけた。
「そろそろ行くか?」
「そうだね。」


再び出発した車の中で。
隣の柴崎蓮は既に眠ってしまったのか身動きひとつしない。
おむすびもう食べたのかな。
車の揺れが心地よくて、しばらく車が走るうちに私はいつの間にかウトウトし始めていた。

その時ポツリと呟き声が聞こえた。
「一条や斎藤が君に過剰なまでに過保護な意味がわかったような気がするよ。」
(………え?うわっ。)

柴崎蓮はいきなり起き上がると、お兄ちゃんをキッと睨みつけた。
「斎藤。なんなのこの子。うっすい防衛本能に、まさかの天然。高校の時も大概だなと思ってたけど全然進歩してないよね。君いったいどういう教育してんの?」
「まったくもって面目ない。」
「柴崎、花奈は俺が守るから。いいんだよ。そこが花奈の可愛いところじゃないか。なあ環。」
「いや、もう少し自衛というか……。」
「俺は花奈にもっと頼って欲しいかな。」
「一条もオカシイよね?君がいつでも守れるとでも思ってるの?それこそとんだ思い上がりだよ。さっきだって一つ間違えたら車に連れ込まれてたんだよ?僕がすぐそばにいたのにさあ!」

お兄ちゃんはミラー越しに柴崎蓮に向かって肩をすくめた。
「あ、それ多分花奈のことだから柴崎寝てるのが静かすぎて存在を忘れてたんじゃねえの?柴崎が気にすることねえって。」

「…………はあ?」

今隣から地を這うような低い声が聞こえてきた。

なんだろ。車内は空調がきいてて心地よいのに変な汗がでてきたよ。

「忘れてた?」
「多分な。」
「僕の存在を?」
「そ。柴崎すげえ爆睡だったしな。」
「ははっ。確かに。環次で高速おりたらいいよな。」
「ちょっと待てよ。……おう。そうみたいだ。」

しばらく無言の時間が続いた。
どうしだろう。目を閉じてるのに隣の柴崎蓮から視線がきてるのをヒシヒシと感じるよ。

「……寝てるの?」

柴崎蓮の声がさらに低くなっていく。

「君、起きたら覚悟しときなよ。」

これって狸寝入りってばれてるよね?
私は冷や汗をダラダラ流しながら、ギュッと目をつむった。
隣からため息をつく音と、体を動かすような衣擦れの音が聞こえてきた。

目を閉じたままの私は、車の揺れとともにいつの間にか本当に眠ってしまって。

蓮琉くんの声が遠くで聞こえるのをぼんやりときいていたのだった。
 
『……花奈がもっと俺を頼ってくれたらいいのに。俺なしではいられないくらい。もっと、もっと。』                                                                                                                                                                                                                         







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