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卒業式までのお話

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「ん?あれっ?」

私はしばらくの間ぼんやりと座り込んでしまっていたらしい。気がつくと樹くんが蓮琉くんの家を出ていってからずいぶんと時間がたってしまっていた。

(樹くん、家を出る前にそろそろ二葉くんが家に来るって言ってたような…?)

二葉くんはかなり時間に正確だ。
学校や塾に遅刻してるとこなんて見たこともないし、どちらかというと十分前には席についているイメージまである。こんな時間になってもまだ到着してないなんてありえない。

(私がぼんやりしてて、インターホンに気がつかなかったのかも。もしかしたら、もうすでに到着していて、家の前で待たせてしまっているかもしれない。)

私は急いで部屋を出て玄関に向かうことにした。
今は十二月。ここ数日めっきりと冷え込む日が続いている。二葉くんはお兄ちゃんと同じ大学を志望している。難関大学のひとつであるため、二葉くんもかなり努力しているのを知ってるだけに、入試前の大切な時期に風邪でもひいたら大変だ。

急いで玄関のドアを開けようとドアノブに手をかけると、玄関の靴箱の上に無造作に置いてある袋が目にはいった。袋の厚みと下方が角張っているこもから、本のようなものが入ってるのがわかる。

(んん?こんなのあったかなあ。)

朝ここに来た時にはなかったような気がする。
ちょっと不思議に思いながら玄関のドアを開けた私は、手に何故か反発する力を感じた。
ぱっとドアの外を見ると、何故か尻餅をついている三田くんが視界に入ってきた。

「えっ。」
なぜ三田くんがそこに尻餅をついているのか。
私は急いで開けた扉と、倒れ込んでいる三田くんを何度か交互に見て。
私は叫んだ。

「ごめんなさいっ!」

私が勢いよく開けたドアの扉を避けるために、倒れこんでしまったに違いない。私は三田くんを、二葉くんに手伝ってもらって速やかに助け起こした。

三田くんはその反射神経の良さで直撃は避けたものの、完全には避けきれなかったらしい。
顔には怪我はなかったけど、倒れ込んだ拍子に手をすりむいてしまったのだ。

(モデル様の手が…。)

落ち込む私に、二葉くんが声をかけてきた。
「この人は大丈夫だ。」
「ええ?俺びっくりして~。」
「大丈夫ですよね?」
「はいはい。大丈夫ですよ。かすり傷だし、とうぶん撮影入ってないし。気にしないで?」
「でもっ。」
怪我させたことに申し訳なさを感じている私に、三田くんは怪我した手を私に向けてふわりと笑った。
「妹ちゃんてば気にしすぎ。ほら、ほんとに大丈夫だってば。」
「でもっ。」
「うーん…じゃあさあ。なんかつくってよ。そうだなあ。お菓子とかどう?」
「お菓子…ですか?」
「そう。妹ちゃんが俺のためにお菓子を毎週つくってくれるの。」
「毎週って、斎藤は受験ですよ?あんた受験生に何させるつもりですか?」
二葉くんが三田くんに呆れた声をだすと、三田くんは拗ねたように口を尖らせた。
「だって妹ちゃんそのうち消えちゃうかもしれないんでしょ?毎週つくってもらう約束してたら消えないかなと思って。」
「そうなんですよね……って。え?なんでそのこと三田くんが知ってるんですか?」
さらっと三田くんの口から出た言葉を聞き流しそうになった私は、くわっと目を見開いて三田くんを見た。
「うわ。妹ちゃん、その顔やばい。どうしてって…隼人くんの従兄弟って奴が言ってたんだけど。」
「え?」
「え?」

驚きすぎて言葉のでない私と、キョトンとした顔の三田くんが見つめあっていると、何かに気がついたのか二葉くんが声をあげた。

「斎藤。さっきこの人がわけのわからないことを言っていたんだが、呪われて死にかけたっていうのはどういうことなんだ?」
「えっ。あのっ。それはっ。」
「どうもこうもないって。呪われて死にかけたってだけでも驚きなのに、さらにこの世界から消えるかもとかさあ。わけわかんないよね、ホント。」
「は?あんた何言って…っ。」
「あああ、あのっ。これはですね。その…っ。」
二葉くんにどう説明したものかと言葉をつまらせる私に、三田くんはさらに衝撃をくらわせてきた。
「一条は落ち込んでめんどくさいし、タマちゃんも動揺してるしさあ。」

(え?)

タマちゃんってお兄ちゃんのことだよね。
お兄ちゃんに知られちゃった…ってこと?

私はあまりの衝撃にその場に座り込んだ。
その拍子に蓮琉くんの家の玄関の横においてあった箱に体があたり、中に入っていた蓮琉くんのお母さんの園芸道具が音をたてる。

お兄ちゃんにだけは私が消えてしまうかもって知られたくなかったのに。
このゲームの世界の主人公である『斎藤環』は大切な人を守るために少々無理をしてしまう傾向にある。蓮琉くんのルートでは、お兄ちゃんをとられてしまうと思い詰めた『妹』から蓮琉くんを守るためにナイフで刺されてしまうシーンがあったし、三田くんのルートでは、九条沙也加から三田くんを守るために意識が混濁する薬をあおるシーンがあったのだ。

「絶対、ダメなのに。」
「え?妹ちゃん?」
「斎藤?どうした?」

私はその場に座り込んだまま小さく呟いた。
いきなり座り込んだ私に驚きの目を向ける二人を無視して打開策を考える。

それにしても。

私のお兄ちゃんには心配かけないぞ計画が丸潰れである。

(なんとしてもお兄ちゃんを守らないと。)

そんな私の近くにしゃがみこみ、目線をあわせてきた三田くんは、小さい子供に話しかけるように私に声をかけてきた。
「妹ちゃん?どうしたの?」
「お兄ちゃんを守らないと。」
「タマちゃんを?」
「はい。私を助けるためにお兄ちゃんが無理しないように止めないと。」
「それ言ったら一条こそ無理しそうだけど?」
「蓮琉くんは暴走したらお兄ちゃんが殴ってでも止めるからいいんですよ。」
「ああ…。確かに。」
三田くんは何故か納得したように頷いた。
何故か隣で二葉くんも頷いている。

どうしよう。
どうしたらいい?

考えれば考えるほど思考が堂々巡りしていく。
その時、ふと花の香りがしたような気がして、私は先程体にあたった蓮琉くんのお母さんの園芸道具の入った箱を見た。箱の中には庭木の肥料や、スコップ、園芸バサミなどが入っている。
それにしても。私は深呼吸をするように、鼻から息をすいこむと、大きく息をはきだした。蓮琉くんの家の庭の花の香りだろうか。さっきから香りがきつくなってきているような気がする。

この世界から消えそうな私を守るために、お兄ちゃんが無理して危険なことをしてしまうかもしれないんだよね。

だったらお兄ちゃんが危険な目にあう前に、私が先に消えてしまえば良いのでは?

そのことに気がついた私は、思わずにっこりと笑った。でもすぐにしょぼん、と肩をおとした。

(でもそうしたら、お兄ちゃんや蓮琉くんに会えなくなっちゃうんだよね。)

幼い頃、一緒に木登りした木。
お兄ちゃんが剣道の素振りをする横で、サッカーのリフティングの練習をする蓮琉くん。

蓮琉くんとお兄ちゃんと一緒に遊んだ記憶が走馬灯のように流れていく。
(でも、お兄ちゃんが怪我したりするよりはずっといい。)

「い、妹ちゃん。」

三田くんの声が少し遠く感じる。

涙腺が崩壊したのか、頬を冷たいものがつたっているのを感じる。
このままでは三田くんと二葉くんに心配かけてしまうと思った私は、勢いよく立ち上がった。

「トイレに行きます!」
「え?トイレ?ちょっ。妹ちゃん泣いてる?え?どうしよう。え?タマちゃんに電話…。」
そのまま逃げるように蓮琉くんの家に入り、トイレに籠城しようとした私の目に、下駄箱の上の紙袋が目に入った。何故か私の足は、トイレに向かうための動きを止め、その袋にふらふらと近寄っていく。

(ああ、すずらんの匂いだったんだ。)

私の意識は、その香りにまぎれゆっくりと途切れていった。




    
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