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卒業式までのお話

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隣の我が家での不穏な空気を知ることも無く。
私は蓮琉くんの家で眠気と闘っていた。

昨日のことをお兄ちゃんにどう話したら良いのか悩んでいたら、気がついたら朝になっていたのだ
昨夜はほとんど眠れなくて、頭がぼうっとして、思考がまとまらないという悪循環にはまりこんでしまっている。

(ああ……勉強の今日の目標達成がどんどん遠のいていく。)

「ちょっとなに眠ろうとしてんのよ。あたしの勉強みてくれるんじゃなかったの。」
シャーペンで私の腕をつついてきた樹くんに、私は虚ろな目を向けた。
「樹くんは私より成績いいから大丈夫だよ…。」
「あたしの頭があんたよりいいのは当たり前でしょ。だいたい蓮琉もあんたが心配だからって過保護すぎじゃない?あたしにあんたの様子を見させておいて自分はちゃっかりと外出してるし。しかも、もう少ししたら二葉も来るんでしょ?あ~ヤダヤダ。休みの日まであいつと顔を付き合わせたくないわあ。」
「……うう。すみません。」

今朝、蓮琉くんから電話がかかってきて、樹くんの勉強をみてやってもらえないか?との打診があったのだ。
私より樹くんの方が成績がいいことは知ってたので断ろうとしたんだけど。
今日蓮琉くんはお兄ちゃんと出かける用事が出来たらしく、昨日の今日で私を一人にするのは心配なので、蓮琉くんの家で樹くんと一緒にいて欲しいと懇願され。
昨日心配をかけてしまったという負い目からか強く断ることも出来ず。
朝から蓮琉くんの家の客間にお邪魔しているというわけなのだ。

眠たすぎて机に突っ伏した私の頬を樹くんのシャーペンが容赦なくつついてくる。芯はだしてないとはいえ、それなりに痛い。文句を言おうと頭をあげかけたところに、紅茶ポットとカップをのせたトレイを持った蓮琉くんのお母さんが客間に入ってきた。
「あら樹ちゃん。女の子にそんなことしちゃダメでしょう。」
入ってすぐに樹くんの蛮行を咎めると、蓮琉くんのお母さんはトレイにのっていた紅茶とお茶菓子をテーブルの上にのせてくれた。
「花奈ちゃん、紅茶でよかったわよね。」
「はい!ありがとうございます。あ。もしかしてこれって……。」
「うふふ。花奈ちゃんの好きなはちみつレモンのマフィンよ。」
「わぁっ!ありがとうございます!」
私は目の前のマフィンに目を輝かせた。
私は小さい頃からお兄ちゃんと一緒に蓮琉くんの家に遊びにきており、蓮琉くんのお母さんの手作り料理をごちそうになってきた。蓮琉くんのお母さんは料理だけでなくお菓子作りも上手で。特にこのはちみつレモンのマフィンは小さな子供の頃に作ってもらってから私の大好物となっているのだ。
「ごめんなさいね?蓮琉ってば花奈ちゃんが折角来てくれたのに出かけちゃうなんて間が悪いわあ。でも樹ちゃんにお勉強教えてくれるんでしょう?ありがとね。」
「いや、樹くんの方が成績いいので私は役に立たつとは思えないのですが……。」
「あらそうなの?じゃあ樹ちゃんが花奈ちゃんに教えてあげたらいいのよ。教えることで自分の復習にもなるし。そうしたら樹ちゃんもしっかり勉強出来るでしょう?」
「ええ~。」
樹くんの不服そうな声に、樹くんのお母さんは樹くんの頬をぐいっと捻った。
「あらあ。そんな声をだすのはこの口かしらあ。」
「痛たたっ!わかったってば!教えたらいいんでしょ?」
「そうよ。入試頑張ったら樹くんのお母さんもきっと喜んでくれるわよ。そうだ、花奈ちゃん、急なんだけど私今から出かけないといけないの。悪いけど蓮琉が帰ってきたら珈琲をいれてあげてくれる?そんなには遅くならないとは言ってたから。」
「はい!わかりました。」
「うふふ。花奈ちゃんはほんといい子ねぇ。樹ちゃんもしっかり勉強するのよ?」
「……わかった。」
蓮琉くんのお母さんはやんわりと樹くんに釘をさすと、にっこり笑って客間を出ていった。


客間に残された私は、テーブルの上を見て、先程まであんなに眠たかったのも忘れ、思わずにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「えへへ。頂きます!んん。美味しい!」
蓮琉くんのお母さんのはちみつレモンマフィンを一つ頂く。口の中に広がる優しい甘味に思わず顔がほころぶ。
樹くんは蓮琉くんのお母さんが出ていった扉をちらりと見ると、マフィンを一つかじりながら、私に呆れたような視線を向けた。
「あんたって変。さっきまであんなに寝不足だ~って目がとじかかってたのに。」
「だってほんとに美味しいもの。小さい頃作ってもらったお菓子の中でいちばん大好きなんだよねえ。私が何度作ってもこんなしっとりした食感の優しい味にならないんだよね。」
樹くんが呆れたような顔で私を見た。
「昨日あんなことがあったばかりなのに平気でお菓子をたべられるあんたってどうなの。それにしても寝不足って。環さんにも話したんでしょう?ずっと話しこんでいたから眠れなかったの?」

(うっ。) 

樹くんの言葉に、私は口の中でモグモグしていたマフィンを、ごくりと飲み込んだ。そして出来るだけ平静な気持ちを心がけて返事をした。
「ううん。お兄ちゃんにはまだ話してないよ。」
「へえ……え?それって大丈夫なの?」
「だってお兄ちゃんにどう話そうかなって昨日の夜すごく考えたんだけど、はっきり形にならなくて。呪いの方は葵さんのおかげでとりあえずなんとかなったし。消えるかもっていっても世界が相手なんだったら今更ジタバタしても私にはどうもできないと思わない?お兄ちゃんに話しても心配かけるだけだと思うんだよね。それでどう話そうかなあとか考えてたら余計に言葉にしづらくなって。」
「ええっ。言わない方が怒られそうじゃない?」
「う……この場合怒る、というより悲しませちゃうことになると思う。……やっぱりお兄ちゃんが帰ってきたらすぐにでも話した方がいいよね。」
「そりゃあそうでしょ。環さんはあんたの様子が変なことに気がついても、よっぽどヤバい状況にならない限りあんたから話すまで待ってくれそうだけど。これがもし蓮琉だったら、どうして話してくれないんだって騒ぐ光景が目に浮かぶわ。」
はちみつレモンマフィンを三つ食べた私はお腹いっぱいになったからか、小さく欠伸をするとそのまま机の上に突っ伏した。
「だよねえ。どうしようかな。どう話したらいいかなあ?」
「そんなのあたしに聞かないでよ。そのまま言っちゃえばいいじゃない。昨日同級生から呪いを受けたせいで歩道橋から飛びおりそうになりましたって。しかもこのままでいくとこの世から消えてしまうかもしれませんって。……うわあ。言葉にしてみるとヤバいわね。あんたってやっぱり呪われてるわ。お祓いとか行った方がいいんじゃない?」
「だから、そんな大金はうちにはきっと厳しいと思うなあ。」
私は小さくため息をつくと目を閉じた。

(確かに何かに祟られてるとしか思えない運の悪さなんだよね。)

樹くんは肩をすくめると、にやりと笑って私を見た。
「お金なんて蓮琉とか三田さんからまきあげればいいのよ。あいつら花奈のためなら喜んでお金を用意してくれそうじゃない?桜木先生もお金持ってそうだし。あ、でも悪いけどあたしはやめてね。今月ピンチなのよ。環さんに言いにくいってあんたの気持ちはあたしにはさっぱりわかんないんだけど。さっさと話してすっきりすれば?」
「ん~……だよねえ。」
ほわっとした私の返答に樹くんは眉間にシワをよせた。
「やだ。あんたもしかして半分寝かかってる?しかも椅子に座ったまま?せめてソファに行って毛布かけてよ。あんたが風邪ひいて体調くずしたら蓮琉に怒られるのはあたしじゃないの!」
樹くんが迷惑そうに叫ぶと、私の肩のあたりをゆすった。
「うう…だめです…眠たい…。」
「ああもう!手間かけさせないでよね。」
イラッとした声の樹くんは私を立たせると、半ば背中を押すようなかたちでソファに連れて行った。
「ほら。さっさと寝る!寝て起きたらさっさと環さんに話をしてよね。あたしを巻き込まないでくれる?」
ソファに倒れ込むように横になると、さらに睡魔が襲ってきた。眠たくてうつらうつらしながら、私は小さな声を出した。
「だって……じゃないですか。」
「え?なに?」
「お兄ちゃんに言ったら、絶対私を助けるために無理しちゃう。そんなことになったら私は私を許せない。」
私の目は既に瞼が閉じかかっており、今にも眠りにおちてしまいそうだ。そして強烈な眠気のあまり、心の奥に隠していた気持ちがそろりと顔をだしてきた。

ここはゲームの世界かもしれないけど、私はお兄ちゃんの妹としてここに生まれてきたわけで。
最初はびっくりしたけど、お兄ちゃんや蓮琉くんと一緒にいることが楽しくて。彼らの優しさにふれて、ゲームとは関係なく大好きになって。
お兄ちゃんやみんなとまだ離れたくない。
私がこの世界にいることをまだ許して欲しい。

そんなことを考えていたら、涙が出てきて。
「ううっ。ふえっ。えぐっ。」
泣いてる私に樹くんが焦った声をだした。
「え。もしかして泣いてるの?」
「泣いてないですっ。……ぐすっ。」
「いや。泣いてるでしょ、思いっきり。」
「う…ううっ。」
「あんたって意外と頑固よね……。」
樹くんは嫌そうに眉間にシワを寄せていたんだけど、時計の時間を何気に確認した後はっとしたように目を見開いた。
「……ちょっと待って。蓮琉が二葉にも声かけてたから後三十分くらいで来るわよね。やだ。その時あんたが泣いてたら告げ口されて怒られるのはあたしじゃないのよ。ちょっと今すぐ泣き止んでちょうだい。ほらあ!」
「む、無理です。」
「うるさいわね。今すぐその涙を引っ込めなさいよ!」
樹くんが乱暴に私にティッシュを押し付けてくる。その中の数枚を受け取った時。
蓮琉くんの家のインターホンが鳴った。
「うわっ。もう来たの?二葉!なんなのよ。三十分前行動なわけ?まじめ?まじめなのよね。わかってた。やだ。絶対蓮琉にバラされるじゃない!……はあい。」
文句を言いながらインターホンのモニターの前に立った樹くんは、画像をみて、素早く音声をきると、何故かヒョェっと変な声をだした。
そして、何故かそのまま固まって画像が消えたモニターのに見入っている。

樹くんはカクカクとしたロボットのような動きで私を振り返ると死んだ魚のような目で私を見た。
「ねえ。いま居留守って使えると思う?」
「えっ。今樹くん思いっきり返事してなかった?」
「よね。あたし返事したわよね。」
樹くんの態度を不思議に思った私は、首を傾げながら樹くんの横に立ってモニターの画像を見た。今は画面が暗く何も見えないけど、一体誰が来たのだろう。

その時もう一度蓮琉くんの家のインターホンが鳴った。
モニターに映った画像をみて、私もヒョエっと変な声をだした。

そこには。
同級生の女生徒が三人映っていて。
その中には神山マユミさんの姿もあった。












    
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