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卒業式までのお話

18 環の憂鬱

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ここは俺の家のリビングだ。
今日はこの部屋に六人の男が集まっている。

メンバーは、この集まりの発起人である蓮琉。
床に寝転がって本を読んでいる三田。
そして、久しぶりに会う四楓院先輩。そしてその隣に座っているのが、俺も初めて会う四楓院先輩の従兄弟である葵という人物。あとは朝から大きな袋をかついで俺の家に現れた柴崎と、この家に住んでいる俺だ。

朝、先輩方の姿を俺の家の玄関で見た時はかなり驚いた。
蓮琉からは花奈に内緒で話したいことがあるから家を使わせてくれと聞いてはいたが、四楓院先輩が来るとは聞いてなかったからだ。
柴崎は事前に聞いていたらしい。かついできた袋に入っていたのは、先輩をおもてなしするためにつくられた大量の料理だったからだ。

その柴崎はというと、先程から四楓院先輩へのサービスに余念がない。

高級そうな素材の刺身が彩りよく盛り付けられたちらし寿司に、海老と生野菜の見た目も鮮やかな生春巻き。柴崎が素材から厳選して調理したのであろうローストビーフ。恐らく四楓院先輩の好物であろうと推測されるメニューがうちの年季の入ったダイニングテーブルに所狭しと並んでいる。
柴崎は先程から料理を彩りよく皿にのせ、ソファに座っている四楓院先輩に持っていくという行動を繰り返している。その顔には満面の笑みが浮かんでおり、柴崎がかなり機嫌が良いことが伺える。そういえば柴崎は四楓院先輩のことを崇拝していたんだった。

「四楓院様、こちらは僕特製のローストビーフなんです。ソースはこちらをかけて召し上がってください。」
「おうすまん。……美味いな。」
「…っ!ありがとうございます!」
「蓮。私には?」
「セルフサービスなので。」
「ねえ隼人。蓮がツンデレになったよ。可愛らしいね。」

(いや。デレてないから。どう見てもツンしかねえからな?)

先輩の従兄弟はちょっと、いやかなりずれてるらしい。今の柴崎のセリフは、知るか自分でやれよボケって意味だと思うのだが。どこにデレの要素があったのか。
しかも柴崎の先輩の従兄弟に対する態度は先程からかなり塩対応だと思う。
先輩の従兄弟は慣れているのか気にすることなく、にこにこ笑ってるんだけど。

今日は大学の講義もバイトも休みで、朝からリラックス出来るはずだった俺は、小さく欠伸をして軽く頭をふった。朝早くにかかってきた蓮琉からの電話に叩き起こされたせいか、どうも頭がすっきりしないのだ。

花奈に内緒で集まりたいから家を使わせてくれという蓮琉の言葉に嘘はないだろうが、このままでは四楓院先輩とその従兄弟のおもてなしツアーで一日が終わってしまう。そろそろ蓮琉には話を始めて欲しいのだけど。

蓮琉が何を話したいのかは知らないが、確かに昨日の花奈は様子がおかしかった。
心あらずといった様子で、俺にはいつも通りに見せようとして空回りしていた。
蓮琉のこの憔悴した様子と、昨日の花奈の様子が無関係とは思えない。俺としてもさっさと知りたいのだ。

とはいっても中心となるはずの蓮琉がいまだに沈黙を貫いているので、話も進むわけがない。

しかもテーブルの上の料理がすごい勢いでなくなっていく。四楓院先輩の従兄弟の口に恐ろしい勢いで吸い込まれていくのだ。あれだけあった料理がすでにほとんど残ってない。

(嘘だろ。俺も蓮琉も三田もほとんど食ってねえぞ。)

四楓院先輩のために作った料理を食べ尽くされ、怒りに顔を歪める柴崎を気にすることなく涼しい顔の先輩の従兄弟。マイペースに自分の皿の料理をつまんでいる四楓院先輩。
もうどこからつっこんでいいのかわからない、混沌の時間がひたすら続いている。

こんな時花奈がいたら茶でもいれてくれるのだろうけど。その花奈は、蓮琉の家のリビングで勉強をしているはずだ。樹に勉強を教えるという名目で、蓮琉が呼び出していて、侑心にも声をかけていたから今頃三人で蓮琉の家にいるはずだ。

蓮琉がここまでするってことは余程花奈には聞かせたくないのだろう。
いったい何があったのか。

集まってからずっと黙り込んで蓮琉をちらりと見る。
悩んでるんならさっさと吐き出せばいいのだ。昔から蓮琉は自分の中に溜め込むタイプだからタチが悪い。


ほとんど睨むように蓮琉の様子を伺っていた俺は、床に寝転がっていている三田に視線を移した。すると、三田が持っている本の表紙が目に飛び込んできた。

『リルの冒険』

花奈が小さい頃から好きでよく読んでいた児童書だ。小学校の頃、親に買ってもらって、高校生になっても今だに本棚に並んでいる。全15巻で子供向けにしてはわりと大作だ。

「三田、懐かしいの読んでるな。」
「うん。妹ちゃんに薦めてもらったんだけど、読んでみると意外と面白いよね。俺ガキの頃こういうの読まなかったからすげえ新鮮。」
「花奈、この本すげえ好きだったんだよなあ。」
俺は積み上げられた本の中の一冊を手に取ると、ぱらぱらとめくった。すると、本にはさまっていた小さな紙がはらりと落ちてきた。
(なんだこれ……絵か?)

拾った紙には男の子らしき二人が手をつないで、その横に女の子らしき小人が踊っているような絵が書いてあった。この絵本の登場人物を描いたのだろうが、どこか蓮琉と俺にも似ている。

「タマちゃんなにそれ。」
「絵だな。花奈が小学生くらいの時に描いたやつかな?」
「あはは。俺らに見られたの知ったら妹ちゃんすげえ恥ずかしがるだろうね。」
「適当にはさんで戻しとくか。…そういえばこの本のラストって意外な展開だったんだよなあ。」

リルの冒険は、違う世界からやってきた主人公が異世界で活躍する剣と魔法のヒロイックファンタジーだ。
主人公は、その世界の最強の騎士と二人で、世界を脅かす魔王を倒す旅に出る。旅の途中にはゴブリンに襲われる村を助けたり、ドラゴンを倒したりして、旅の終わりには国の王女様と仲良くなってくっついて終わりかと思ったんだけど。

「ラストで主人公が自分の世界に帰ることになってさあ。まあよくある王女様との悲恋モノかと思ったら、何故か騎士との別れの方が重点的に書かれていたもんね。」
「そうそう。騎士が命をかけて主人公をその世界に留めようとするんだけど、世界の理ってやつの方が強くて帰っちゃうんだよな。ん?お前もう最後まで読んだのか?」
「ううん。途中でだるくなって最後だけ読んだ。」
「うわ。お前それ花奈に怒られるぞ。」
「うん。もう怒られた。最初から読み直して感想を教えてくれないと許さないってぷんぷんふくれてた。」

三田はその時の花奈を思い出したのか笑みを浮かべた。
本を読むことが大好きな花奈のことだ。本の読み方は人それぞれとはいえ、本の途中をとばして最後だけ読んで感想を言った三田に本への冒涜だ!とかなり抗議しただろう。

本を手にとって三田の横に座って読み始めようとした俺の視界に、不意にぶるぶる震えている物体が入ってきた。

蓮琉である。
ブツブツ呟きながら高速で震えているのはちょっと、いやかなり不気味だ。

「ちがう世界……帰る……命をかける……っ。いてっ。」
このままでは埒があかないと思った俺は無言で蓮琉にチョップした。
「こら。蓮琉。さっさと溜め込んだもの吐き出せ。花奈に何かあったんだろ?そろそろ俺にも教えてくれよ。」
「環……っ。俺は……。」
蓮琉がつらそうに顔を歪めた。
「俺は騎士を超えられるだろうか。」
「……………あ?」
思わず低いドスのきいた声がでた。
蓮琉はすがりつくように俺の肩をつかんで震える声をだした。
「なあ、環。花奈が消えてしまうかもしれないんだ。そんなの嫌だ。俺はどうしたらいい?俺はっ……。」
「蓮琉。お前落ち着けよ。ほんとに何があった?」
「花奈は優しいから、俺が命をかけるとかいうと悲しむと思って……今日花奈を遠ざけたんだ。」
「蓮琉、落ち着けって。」
「一条マジやばくね?どうする?タマちゃん。」

どうもこうもねえよ。
蓮琉がここまで暴走するにはそれなりに理由があるはずだ。 
蓮琉の言葉から察すると、花奈に何かがあったのは確かだ。

昨夜の花奈は少しおかしかった。
無理に笑顔をつくっていることが伝わってきた。
花奈は周りに心配かけそうな時こそ、その内容を誰にも話そうとしない。今日あたり無理にでも話を聞き出さなければと思っていたところだ。

俺はため息をつくと、すでに食後のお茶を飲んでいる先輩の方に目を向けた。
蓮琉が先輩達をこの場に呼んだってことは、今回の件に何かしら絡んでるってことだろう?

俺は腹に力をいれると、先輩の前に行き、じっとその顔を見据えた。
「先輩。花奈に何かあったんですよね。教えてもらえませんか?」
気合いをいれた俺の問に返事をしたのは先輩でなく、先輩の従兄弟だった。
「君はあの子の兄?随分とはっきり聞いてくるね。」
「葵。」
「いいじゃいか。こういう真っ直ぐな気質は嫌いじゃない。たまに俗世に関わるのも悪くないだろう?私から話してあげるよ。」

俺の方を見た先輩の従兄弟の顔には笑みが浮かんでいた。見る人のほとんどが優雅だと評するであろう笑みだ。
だけど俺の体は何故か緊張をはらみ、強張った。
本能的なものだろうか。俺の体は目の前のこいつに危険なものを感じているらしい。
「おや。…ふふふ。この時代にもまだ君みたいに感の良い子がいるんだね。俗世もまだ捨てたものではないらしい。」
目の前の男から感じる圧力をはねのけるように俺はさらに腹に力をいれ、声を出した。
「花奈に何があったんですか?」
「たいしたことじゃない。君の妹は先日呪われた。そして、これは別件だけどこの世から消えるかもしれない。それだけのことさ。」

「……は?」
何を言ってるんだこいつは。
俺は思わず間の抜けた声をだした。
思考回路が止まりそうになるのをなんとか動かす。

(呪われた?この世から消える?)

俺は小さく笑うと、先輩を見た。
「冗談ですよね?いくら先輩の従兄弟だからっていきなり信じられませんよ。」
「……まあそうだろうな。」
先輩は小さくため息をつくと、俺をじっと見た。
初めて会ったそいつは信用できないが、高校から縁のある四楓院先輩とはそれなりに信頼関係を築いてきたつもりだ。
だからこそ分かる。この人の瞳に嘘はない。
「あんたがそんな瞳すんのか?やめてくれよ。……なあ嘘だよな。あくまで可能性であって、それが現実になるかはわからないってことだろ?」
いきなり伝えられたとんでもない内容に混乱する俺の肩をそっと支える手を感じて後ろを振り返ると、三田が立っていた。

「タマちゃん。ごめん。その話、現実になる可能性かなり高いかも。」
三田がぼそりと呟いた。
「四楓院葵。こいつもしかしたら四楓院の裏の当主かもしれない。」
「当主に裏とか表とかあるのか?」
「普通はあんまりないかなあ。四楓院家はトクベツなんだよ。」
「トクベツ?」
「そ。トクベツ。四楓院家を実際動かしてるのは表の当主。だけど権力に関しては裏の当主に勝るものはない。しかもその発言力は国家の権力者も凌ぐらしい。まああくまで噂話だけどね。世俗に姿を見せることも滅多にないらしいし。」
「そんな御大層な奴がなんでこんなとこにいるんだよ。」
「あはは。ホントにね。なんでこんなとこにいるかなあ。隼人くんもどうしちゃったの?国家機密に近いでしょこの人。」
三田の言葉に四楓院先輩は肩をすくめるとため息をついた。
「さあな。こいつの気まぐれだ。俺にはよくわからんよ。」
「ええ~?なにそれ。ちゃんと監督してくれないと困るんだけど。」
口を尖らせて抗議する三田の肩を宥めるように叩いたあと、、四楓院先輩はその顔をすっと真剣なものに変えた。
「冗談はさておき、先日斎藤の妹にたまたま会ったんだがどうにも危なっかしい状態でな。今回はこいつの助けがあった方がいいと思ったんだ。」
「え。なにそれ。妹ちゃんそんなに危ない状態だったの?」
「は?聞いてねえぞ?なんだそれ?」
新たな情報に驚いて先輩につめよった俺と三田に、四楓院先輩の従兄弟の軽やかな声が被さった。
「危なかったよ?彼女が持つ呪具の影響で、歩道橋から車道に飛び降りそうなくらいにはね。ああ彼女が所持していた呪具は処分したからもう心配はないよ。」

俺はさらに提示された新しい情報に絶句した。
呪具ってなんだよ。そんなの漫画とかでしか聞いたことねえよ。
車道に飛び降りる?そんなの花奈が死んでしまうじゃないか。

混乱する頭の中で、俺はとりあえず先輩の従兄弟を見た。さっきから重たい内容を軽く言ってくるあたりいまいち信用しきれないところはあるが。こいつが花奈を救ってくれたことは確からしい。

「その……まだ頭の中混乱しててよくわからねえけど、花奈を救ってくれたんだよな。ありがとう。助かった。」
頭をさげる俺に、そいつは驚いたように目を見張り、そのあと眩しいものを見るかのように目を細めた。
「ふふっ。まさかお礼を言われるとは思わなかったよ。」
そいつの指が俺の頬にそっとふれる。
どこかで鈴のような音がして、空気がかわったのを感じたが、すぐにその感覚は三田の声によって遮断された。

「タマちゃんにさわらないでくれるかな。」
俺にふれていた指を払い落とすと、三田は俺を庇うように前に出た。
「妹ちゃんを助けてくれたことには感謝するよ。だけどあんたは四楓院の裏の当主サマだ。タマちゃんも妹ちゃんも、あんたとか俺みたいに権力の裏を知らない。すげえ綺麗なの。あんまり関わって欲しくないんだよね。」
「ふふっ。寂しいことを言わないでくれないか?それにしても私のことを知ってるんだね。その情報収集力はなかなか素晴らしい。『三田の長男は家業に興味もなく遊び回る放蕩息子。』だったかな?どうやらとんでもないデマだったらしい。」
「俺はもう三田に関わってねえし。あんたの情報なんてその筋ではかなり有名じゃん?そんなことも知らないなんて四楓院の裏の院もやばい?それともあんたが耄碌した?そろそろ引退をすすめようか?」
「ふふふっ……っ?」
「あはは……っ?」

まったく笑っていない目で笑いあう三田と四楓院先輩
がこちらを振り返った。
俺が蹴飛ばした椅子がガタンと音を立てて倒れたからだ。

「悪い。」
俺は小さく謝ると、三田と四楓院先輩の従兄弟をじっと見据えた。

「お前らその喧嘩は悪いけど後でしてくれ。当主云々は俺にとってどうでもいいんだ。大事なのは花奈だ。三田の言葉を信じるなら、あんたがさっき言った言葉は現実になるんだろう?呪いの方はあんたが対処してくれたらしい。だったら花奈がこの世から消えるってのは?花奈を救う方法はあるのか?」
先輩の従兄弟は少しの間黙って俺を見ていた。観察されているようで落ち着かない。時間がたつのがゆっくりと感じる。
気がすんだのか、そいつはふわりと笑った。
「やはり君は真っ直ぐだね。そういうのは昔から好きなんだ。君達兄妹はよく似てる。そんな君達を助けることは私も吝かではない。」

花奈を助ける方法があるのかもしれない。
俺は力をいれていた肩をそっと緩めた。
気がつくと横に蓮琉がいる。
蓮琉の目に力が戻ってきたのを感じ、俺は少しほっとした。子供の頃から友として一緒にいる。やはりどこかで頼りにしているところもあるんだろう。
三田は俺が蹴って倒れた椅子をなおすと、それにふてくされたように座った。聞き耳はたてているようでその様子に少し笑ってしまう。
柴崎は(いつの間にかなくなっていた)料理がのっていた皿を片付けていた手を止め、俺たちの話の先を待っている。

みんな花奈を助けようと思ってくれてるんだ、と感じて胸が熱くなってきた。四楓院先輩を見ると、腕をくんで俺たちを見守っている。この人のいつでもどっしりと構えて揺るがないたところには在学中から助けられてきたように思う。

俺は一人じゃない。きっと花奈を救うことができる。
心の中で決意をかためながら、先輩の従兄弟の言葉を待つ。
その唇がゆっくりと動き始めた。

「古今東西。理の違うモノをこの世につなぎ止めるには交わることだよ。精を体の中に注ぎ込みこの世の力で満たすんだ。」

「………は?」

気のせいかな。
俺今交わるって聞こえたんだけど。
交わるって……え?そういうことだよな。
違うのか?俺の知らない新しい意味でもあるのか?

蓮琉は先輩の従兄弟を睨みつけると、ダン!とダイニングテーブルに拳を打ち付けた。
「あなた何言ってるんですか!交わる……って……そんなこと花奈に……ぐはぁっ!」

鼻血をふいた蓮琉がいきなり床に倒れた。 
柴崎が汚物を見るような目で蓮琉を見下ろしている。

すると、三田がすごい勢いで立ち上がった。思わず見上げると、人差し指をつつき合わせながら、くねくねと体をくねらせ、真っ赤になっているデカい図体の今をときめくイケメンモデル様がいた。お前俺らの中で一番経験豊富だろ。なに純情童貞少年みたいに恥じらってるんだ。
「えええ~。それって妹ちゃんと合法的にセックス…しかもナカだし?ってことはナマ?うわ。想像したらちょっと…。」
股間をおさえる三田に、俺は思わず無言で蹴りをいれた。
「タマちゃん!暴力反対!」
「うるせえ!俺の妹で発情してんじゃねぇよ!」
「葵。消えたくなければ男に抱かれろだなんていくらなんでもそれは斎藤が不憫ではないのか?もっと他に方法がないのか?」
四楓院先輩の咎めるような声に、先輩の従兄弟は肩をすくめた。
「昔だったらそれこそ一年かけて呪法を施すとかあったかもしれないけど。今の私にはそんな力は残ってないよ。私の眷属にするって方法もなくはないけど、それだと彼女の自我は残らない。彼女の魂が変質してしまうということは君達にとってどうなんだい?」

花奈の兄は俺なのに。
花奈を守るために何もしてやれないことがもどかしい。花奈が消えないためには、誰かに抱かれなければならないらしい。花奈の性格上好きでもない相手となんて無理だろう。

兄の俺としても、花奈を心底愛してくれる男でないと許せない。
そう、花奈と誠実な恋愛をしてくれるような。
奥歯をかみしめ、拳を握りしめた俺はふとしたことに気がついた。

「花奈が恋愛…?」

体の中の血が音を立ててさがっていくような気がして、俺は体を震わせた。

先輩の従兄弟はそんな俺に呆れたような声をかけてきた。
「やれやれ。どうしてそんなに難しい顔をしてるのかな。君達でなくてもいい。彼女がこの世で愛する男を見つけ、愛を交わせばいい。それだけの話だろう?最近の子は発情しやすい。簡単なことだよ。」

俺は思わずそいつの顔を睨みつけた。

「花奈の恋愛オンチを甘く見てんじゃねぇよ!蓮琉にあれだけ露骨に愛を囁かれて平気な顔してんだぞ?そんじょそこらの男に簡単に靡くかよ!」
「ぐはっ。た、環……。」
蓮琉の苦しそうな声が聞こえたけど、とりあえず置いておく。
柴崎がさもありなん、と頷いた。
「確かにねえ……。あの子と恋愛関係になるまでの道のりはかなり遠そうだね。」
「じゃあさ~。エッチな気分になる薬でも使って手っ取り早くやっちゃえば?」
軽く提案してくる三田に柴崎はにっこりと微笑んだ。
「それで君は一生あの子と気不味くなるわけだ。きっと一生笑顔を向けてもらえないだろうね。」
「それはヤダ。ねえ隼人くんの従兄弟さん。他にいい手はないわけ?妹ちゃんが消えるのはヤダけど嫌われるのもヤダ。」

三田の言葉に、俺達の会話を聞いていた先輩の従兄弟が小さく首を傾げた。

「さて私は滅多に俗世に関わることのない国家機密だそうだからね。」
「うわ。もしかして根にもってんの?陰湿だなあ。」
顔をしかめる三田に、先輩の従兄弟は小さく笑い声をあげた。
「ふふふ。まあ彼女がどうなるかは君たちの努力次第ってことだよ。まあ…どうしてもというなら助けを求めてもかまわないよ?」
「助け?なにかあるのか?方々が。」
俺の問いにすぐに答えず、自分の取り皿にのっていたローストビーフを口に運ぶと、先輩の従兄弟は満足そうに微笑んだ。
「うん。蓮のつくるのはやっぱり美味しいね。」
箸と皿をテーブルに置く動作につられてテーブルの上を見ると、俺は驚きに目を見張った。

テーブルの上にあったはずの柴崎の料理がすべてなくなっていたのだ。柴崎が料理のなくなった皿を片付けていく。
(確かにすごい勢いで食べてるなとは思っていたけど。四楓院先輩は柴崎がサーブしたくらいしか食べてなかったはずだ。俺も三田も蓮琉も食べるどころじゃなかったし。てことはこいつほぼ全部食べたのか?。いやでも結構な量があったよな。)

片付けられていくテーブルを茫然と見ていると、先輩の従兄弟は柴崎がいれたお茶の入った碗を優雅に手に取った。
「まあ私も男だということさ。」
「……え?」
「滅多に俗世に関わることもない私だからね。君たちの大切な子に嫌われてもたいしたことはない。私の時間の中で秒にも満たない一瞬のことだ。」
(こいつ何言ってんだ?)
話がすぐに理解できない俺が絶句していると、三田がこてんと首を傾げた。
「それってさあ。あんたが妹ちゃんとセックスするってこと?」
「え!」
思わず声をあげた俺にかまうことなく、先輩の従兄弟が嘆かわしいとでもいうかのように首をふった。
「どうやら三田の長男どのには情緒と言うものがないらしい。」
「はあ?ありますけど。少なくもあんたの倍はあると思うよ。」
「そうかい?そうは思えないんだけどね。まあ、私があの子と交われば、君たちはあの子をこの世にとどめることができる。私はもともと奥の院から俗世に滅多にでることはないから君たちに会うことも滅多にない。すべては君たちの選択次第というわけだね。」
先輩の従兄弟は言葉を止めると、その顔に微笑みを浮かべた。

「まあ決めるのは君たちだ。さあどうする?」

いや。どうするって言われても。

なんとなく三田を見ると、何故か携帯を手に持って操作をしていた。さっきまでの舌戦が嘘のように涼しい顔をしている。
(わけわからねえんだけど……。)
妙な選択をせまってくる目の前の男をどうしようもなく殴りたくなる衝動を抑え、俺は心の底からの大きなため息をついた。




























    
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