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中学生編

25 環

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今朝、花奈が体調が悪そうだった。

小さい頃から、花奈の調子が悪い時に、俺が花奈の頭を撫でることが俺達のお約束みたいなものだった。俺が花奈の頭をなでると、花奈が気持ち良さそうに目を細める。それがまた、俺にとっては可愛くてしょうがない。
でも今朝の花奈は、なでなくても大丈夫だと言い張っていた。
花奈をなでるために用意された俺の右手がなんだか悲しい。

文化祭の時、花奈は俺を助けに来てくれた。
自分も怖かっただろうに震えながらほうきを持って飛び込んできてくれた。
だけど俺も満足に応戦できなかった。花奈だけでもどうにか助けられないかと思っていると四楓院先輩と蓮琉と三田が助けに来てくれた。

四楓院先輩はやっぱり強くて。
さすが風紀委員長の職は伊達じゃないんだなと俺は感心して先輩の挙動を見守った。反抗してくるやつは叩きのめし、風紀委員として場を把握するために尽力していた。
助けに来てたのが蓮琉だけだったら、花奈を泣かせたあいつらを半殺しなんかですますはずがない。きっと死人がでてたと思う。

まあ、先輩が風紀委員室で犯人達を尋問する姿はかなりヤバかったけど。どこのヤクザかと思った。


俺を襲った奴らの主犯らしい柴崎蓮のことは、あんなことをされたにも関わらず本気で憎めなかった。
俺のことは気に食わないんだろうけど、花奈のことは巻き込まないようにしようとしていた気がするから。話してみたら単に四楓院先輩大好きなだけの四楓院先輩マニアだということが判明したし。


そして柴崎は、何故か朝俺を迎えに家に来るようになった。
最初は叩きだそうと思ったが、断念した。柴崎が作った飯がうまかったのもある。花奈が昔飼ってた犬に似ているらしく、ブサ犬呼ばわりして花奈を可愛がっている。
そして、何故か蓮琉も柴崎を黙認している。花奈に近づく男を敏感に察知してさり気なく遠ざけていたあいつがだ。花奈が純粋培養で恋愛感覚に鈍くなったのは蓮琉のせいだと俺は思っている。
なのに柴崎に対してだけは何も言わないのだ。不思議に思って蓮琉にきくと、柴崎は花奈に対して雄の匂いがしないから、と訳のわからんことを言っていた。

そうして、俺と蓮琉と花奈の3人の関係に、柴崎が乱入してくるようになった。

そして今日の朝。
体調が悪そうな花奈の頭を撫でることを遠慮され、登校する時もさり気なく避けられた様な気がする。
なんとなくショックでそのことを柴崎に話したら、呆れた顔をされた。
「馬鹿なの?中学生で兄妹がベタベタしてる方が変でしょ。あの子は今、自立しようとしてるんじゃない?これを機会に斎藤も妹離れしたら?……そこの不機嫌な男。一条。キミもね?」
「うるせえ。黙れ柴崎。」
蓮琉はブスっとした声を出した。

蓮琉は花奈の態度にショックを受けている。きっと、ダメージは俺以上だ。
蓮琉は不機嫌そうに柴崎を睨みつけると、そのまま家を出ていった。
今日はこのままブスっとして過ごすのかな、うっとおしいなと思っていたら、前を歩いている花奈を見つけた。

蓮琉は少し元気になると、花奈を追いかけた。
柴崎がそんな蓮琉の姿を冷静に評した。
「一条の方が犬みたいだね。尻尾があったら、千切れるくらいふってるんじゃない?いま。」
確かにそうかもしれないが、本人には言うなよ?
後が面倒だからな。

登校する時、たまに、俺たちは花奈を自転車の後にのせてやっていた。
花奈はいつも喜んでにこにこ笑っていた……のだが。
蓮琉に提案された花奈はいつも通りカバンを渡そうとした。
したのだが、途中でかたまった。蓮琉もどうしていいのか分からずに固まっている。

「あ~あ。何やってんのまったく。」
柴崎が苛立ったように花奈の横に並び話しかけた。
花奈をからかって、怒らせると、花奈を後にのせることに成功している。

「柴崎やるな、あいつ。」
無表情で花奈達をみている蓮琉の横にいくとそっと話しかけた。

蓮琉は、感情の見えない声で俺に語りかけた。
「花奈、どうした?」
「昨日からなんか悩んでたみたいだ。多分昨日はあんまり寝てないと思う。今朝も俺が頭を撫でようとしたら遠慮されたしな。柴崎は自立しようとしてるんじやないかって言ってたけど。」
「……自立、ねえ。」
「まあ花奈も中学生だし、お兄ちゃん離れってやつ?お年頃だしな。なんか寂しいな。」
「花奈が、俺から離れる………のか?」
蓮琉は、小さく呟くとそのまま俯いてしまった。

しばらくすると、柴崎に自転車から振り落とされた花奈がぷりぷりと怒りながら歩いていくのが見えた。
こちらを振り返った柴崎はそのままかたまった。
俺は不思議に思って蓮琉をみると、俺もかたまった。
蓮琉がとてつもなく不機嫌そうな顔で柴崎を睨みつけていた。


その日、蓮琉は一日中不機嫌だった。
それは夜まで続き、俺の部屋にやってきた蓮琉の表情は、ココ最近の中でも一番に入るんじゃないかってくらい物騒なものだった。

「花奈と話がしたい。」
部屋に入ってきた蓮琉は、開口一番そう言った。
「今は無理だぞ。俺がさっき部屋覗いた時も勉強してますって主張して話しかけにくかったからな。」
「それでも。俺は花奈と話したい。」
「お前、大丈夫なんだろうな。」
「なにが?」
こいつ、マジで分かってねえのか?
俺はイラッとして蓮琉を見た。
「鏡みてみろ。今にも犯しそうな顔してるぞ。お前。」
「俺が?花奈を?ありえないね。あいつはお前の妹で、俺にとっても大事な妹みたいなもんだ。」
そうは見えないから言ってるんだけどな。

俺は呆れたように蓮琉を見た。どうもこいつは花奈に対して無自覚なとこがある。お前の態度が妹に対するものだとはどうしても思えないんだよ。
文化祭の事件の日の夜。俺の横で花奈に思いっきりキスしてたよな。
ただの妹にあんなことするのかよ、お前は。

「行ってくる。」
「あ?おいっ。」
止める間もなく蓮琉は部屋を出ていった。

しばらくは廊下で部屋の中の花奈と話していた気配がしていたが、ドアを開ける音がして、蓮琉は花奈の部屋に入ったようだった。

俺は少し悩んだが、廊下で待機することにした。
蓮琉を信用していない訳では無いが……いや。はっきり言おう。
俺は蓮琉の花奈に対しての理性が今日はかなり怪しいと思っている。
部屋のドアの前で耳をすませていると、いきなりドスンとか重たいものを放り投げるような音がした。

(おいおいおい。)
部屋に入ったら2人が真っ最中だったらどうしよう。
俺は焦って部屋の前をウロウロしていた。
合意ならいいけど……いや。よくない。
しばらく悩んだが、俺は思いきって部屋に入る事にした。

案の定、逆上したらしい蓮琉がいた。
少し正気にかえったのか、自分の手を信じられないものをみるような目でみている。
(言わんこっちゃない。)
俺は蓮琉を花奈の上から蹴り落とすと、俺の部屋まで引きずっていった。

蓮琉は震える手を抑えられず茫然自失の状態だ。
俺はあえて厳しい言葉をかけた。
「頭冷やせ。花奈泣いてたじゃねえか。」
俺はそのまま様子の気になる花奈のところに戻った。

蓮琉の暴挙に、怯えきっていたらどうしようと心配していたが、花奈はどちからというと、蓮琉を怒らせたことに困惑しているようだった。
きっと仲直りできるさと勇気づけて、部屋にもどると蓮琉は自分の家に帰ったのか俺の部屋はしんとしていた。
三人で笑っていた毎日がひどく遠いもののように感じる。

「馬鹿蓮琉。早く仲直りしろよな。」




そう呟いた俺の気持ちは悪い意味で裏切られるようになった。
蓮琉が怖気づいたのか、俺達をさけるようになったのだ。

花奈もさすがに避けられていることに気がついたのか元気がない。
落ち込んでいるからどう励まそうかと悩んでいたら、突然立ち直った。
花奈の思考回路はたまにわからない。

心配なのは蓮琉の方だ。

今までは俺にべったりくっついていたので女生徒から敬遠されていたが、俺から離れると同時に蓮琉を狙っていた女共が蜜にたかる蟻のように蓮琉の周りに群がるようになった。

特に蓮琉に秋波を送っているのが九条沙也加だ。
この女は少し前から蓮琉を狙っており、蓮琉も困惑しているようだったのでさり気なく邪魔してやっていた。

こういう女王様気質の女は好きじゃない。

そんな俺の態度がこの女のプライドを逆撫でしていたのだろう。
文化祭の時に、柴崎を焚き付けて俺を襲わせようとしたのはこの女だったらしい。

文化祭での一件で、裏に誰かいるんじゃないかと思っていたが、裏でこの女が糸を引いていたらしいことが、柴崎の洩らした一時で判明した。まさかあの女がここまでするとは思わなかったので、半信半疑だったが、四楓院先輩に相談して調べてもらったら、様々なことが明るみにでてきた。

どうやらあの女はその時々で誰かを操って邪魔なヤツを葬ってきたらしい。まあ、実際に殺しはしないけど、精神的に、または肉体的追い詰めるらしいのだ。
今回は柴崎を操って邪魔な俺を消そうとした。
俺はあの女がまだ何かするんじゃないかと思ってる。
だって蓮琉があの女の手中におちることはないからな。

だから、余計に蓮琉には早く立ち直ってほしいんだ。
俺一人ではあんな女に対抗できない。

剣道部の合宿の帰りのバスで俺はうとうとしていたところを携帯電話の着信で起された。俺は携帯電話の画面を見てまゆをひそめた。

着信は三田からだった。

こいつからの着信にはろくなことが無い。
着信を無視しようとしたが、思い直して電話をかけることにした。
三田はいつもの、ゆるい話し方で驚きの話を俺にしてきた。

「あのねえ、タマちゃんの妹ちゃんに会ったんだけど………。」

三田の話の内容に俺は思わず立ち上がっていた。

花奈が部活帰りに知らない男に声をかけられたらしい。
しかも2回。

九条沙也加。
あの女の影が俺の脳裏にちらついた。
どうして花奈が狙われるかもって考えが浮かばなかったんだろう。

俺はとりあえず三田に花奈を家まで送るように頼んだ。
あいつは意外に腕がたつからな。

そして、蓮琉に電話した。
ちょうど部活中なのか電話にでない。

父さんも母さんも今日は仕事で留守をしているはずだ。
なにかされたという確証もないのに、仕事を途中で放棄させるわけにもいかない。

俺はイラついたように前の座席を蹴飛ばした。
前の席の奴が驚いていたが、知るかそんなの。

そして、花奈にも電話した。
やはり、出ない。

俺が家に帰るまでにはまだ1時間以上はかかる。

俺は家が近所で、俺の家にすぐ様子を見に行けそうな知り合いに電話をしようと携帯電話の電話帳を睨みつけた。

気ばかり焦って気が狂いそうだ。
バスの中で俺は大きなため息をついた。




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