上 下
18 / 48
中学生編

18

しおりを挟む
彼は体育館の裏の方に向かっていた。
だんだん周りも人の気配がなくなっていく。
どこまで行くのか、不安になってきた私の耳に、誰かが騒ぐような声が聞こえてきた。私は木の影に隠れるようにして、様子を伺った。

「お前ら、しつこいっつ~の。」

「てめえ!斎藤!」

アイドルの衣装を着たお兄ちゃんが、数人の男子生徒を相手に逃げ回っていた。ミニスカートが翻って、ほんとに女の子が襲われてるみたいだ。
だが多数に無勢。
疲れもでてきたのか、お兄ちゃんの動きもにぶくなっている。
柴崎蓮が、男子生徒に、声をかけた。

「何やってんの?さっさと捕まえてよね。」

「柴崎!こいつ意外に素早くてさあ。お前も手伝えよ。」

「やだよ。そういうのは君たちがやってよね?」

男子生徒が、お兄ちゃんに、足払いをかけた。
不意をつかれたお兄ちゃんがバランスをくずすと、そこを狙って数人がかりで、押さえつける。

「てめえっ!離せよ、このっ……っ!」
 
お兄ちゃんも拘束をとこうと暴れるが、力で押さえつけられてるせいか、びくともしない。柴崎蓮は、お兄ちゃんに近づくと、歪んだ笑みを、浮かべて話しかけた。

「はははっ。いいザマだね?斎藤。キミに忠告しておいてあげる。ちょっと綺麗だからって、四楓院様に馴れ馴れしくしないことだね。」

「はあ?知るかよ!あいつが勝手に話しかけてくるんだろうが……ぐあっ!」

人を殴るような音が聞こえてきて、お兄ちゃんの呻き声が聞こえてきた。私は助けを呼びに行こうとした。体を動かそうとするのに、体が震えてなかなか動かない。

(お願い!動いて?)

「ちょっと。忠告するだけなんでしょ!あんまり乱暴なのはごめんだよ。」
「うるせえな。すげえ、この格好してたら、マジ女襲ってるみてえ。これで男だなんて信じられねえよなあ。」
「はあ?悪趣味だね。どこがいいのさこんな奴?」
「柴崎くんは興味ねえってよ?さあ、斎藤くん?いい声きかせてくれるかなあ?」
「誰からする?」

私は彼らの会話にじっとりと冷汗を流した。
お兄ちゃんはいつの間にか地面に押さえつけられている。

(り……輪姦エンド?)

このままではお兄ちゃんが……!
その時、私の目に、体育館倉庫に立てかけてあったホウキが目に入った。誰かが片付け忘れたのだろうか。
私は咄嗟に体育館倉庫に向かって走ると、ホウキを掴んで、お兄ちゃん達のところに走りよった。

「お兄ちゃんを離せ………っ!」

「わっ!なんだ、こいつ?」
「あぶねっ!」
無茶苦茶に振りまわしながらお兄ちゃんのところに行くと、お兄ちゃんを抑えていた人たちが慌てて私から避けた。倒れているお兄ちゃんを背に、ホウキを構える。
柴崎蓮が、目を細めて私達を睨みつけた。

「さっきの地味な奴じゃん。何してんの?そんなものから手を離しなよ。危ないよ?」

彼は私の手を素早くつかむと、ギリっと握りしめた。
私の手から力が抜けて、ホウキを取り落としてしまう。

「……っ!」

「柴崎、なにこの地味な奴。」
「……柴崎の知り合いか?でも一応、こんなんでも女だよなあ。ガキだけど。発育悪そうだし。まあ、そのぶんあっちがいいかもしれねえけどな。」
「こんな地味なガキにも反応するの?どう見ても中学生でしょ。犯罪だよ?ハンザイ。やめとけば?」
下品な笑い声をあげる彼らに、私は震えることしかできない。
泣くものかと思うのに、勝手に涙があふれてくる。

「あれ?泣いちゃったぞ?」
「……あ、ヤベ。泣き顔ヤバくね?」
「ちょっと。やめてよね。手を出すなら、斎藤だけにしといてよ。後が面倒くさい。」
「ちょっとだけ……な?」

男子生徒の1人が、私の近くにやってきた。
柴崎蓮から私の腕を乱暴に離し、地面にたたきつけられる。
男子生徒にのしかかられて、私は頭が真っ白になった。

「や……やだあっ!お兄ちゃんっ……!」

服に手をかけられそうになって、私は思わず目を瞑った。

「………?」

気がついたら、私の上から人がいなくなっている気配がした。
恐る恐る目を開けると、私にのしかかっていた男子生徒が倒れていた。

「花奈?立てるか?」

ホウキを構えたお兄ちゃんが立ち上がっていた。
私は震える体を叱咤しながらなんとか立ち上がると、お兄ちゃんの後ろについた。

「花奈。俺から離れるなよ。」
「……うんっ!」

「てめえっ!斎藤!」

男子生徒の1人がお兄ちゃんに、向かってきた。
お兄ちゃんは冷静に彼の間合いに踏み込むと彼にホウキをたたきつけ、素早くまた、構えをとった。

「そういえばコイツ、有段者じゃねえの?」
「やばくねえ?」
男子生徒たちから焦りの声がでたが、柴崎蓮が冷たく言い放った。
「馬鹿なの?人数でかこめばなんとかなるんじゃないの?」

お兄ちゃんのホウキを握る手に、少し力が入ったのを感じる。
私はお兄ちゃんの背中をじっと見つめた。
しがみつきたいけど、お兄ちゃんの動きの妨げになるのも嫌だ。私達はゆっくりと狭まってくる包囲網を少しでも避けるように身を寄せあった。

「くそっ。花奈っ!」
「……やっ!」

お兄ちゃんは男子生徒達にホウキで応戦した。
だが、数人がかりで来られると、背後がガラ空きになってしまう。さすがのお兄ちゃんも、私を守りながら大人数の相手をするのは難しかったようで、じりじりと包囲網をせばめられた私達は彼らに捕えられてしまった。

「あ~あ。形勢逆転だね。残念だったねえ。斎藤くん?」

「てめえ。柴崎。マジ殺す。」

「…へえ。そんな顔もできるんだ。天使の斎藤くん?わかったら、四楓院様に近づかないでよね。」
「なあ。やっぱりやっちまうか?」
「誰か見張り立っとけよ。」
「なあ、順番どうする?」

(どうしよう。このままだと、ほんとにバッドエンドになっちゃう!どうにかしないと……っ!)

「くそっ。花奈だけでもなんとか……っ。」
なんとか逃れようと暴れるお兄ちゃんが、さらに押さえつけられる。私も男子生徒に拘束され、身動きができない。
私は心の中で助けを求めた。
(誰か助けてっ……蓮琉くんっ!)

「………っ!」

その時、風が吹いた。
私を捕まえていた男子生徒は、その風に凄い勢いで吹っ飛ばされた。

「おまえら、何してやがる。」
「花奈?大丈夫か?!」
「タマちゃん生きてる~?」

四楓院先輩と蓮琉くんだった。何故か三田くんもいる。
蓮琉くんは、私のもとに走ってきて、三田くんはお兄ちゃんのもとへはしっていった。先輩は、私達の前に、柴崎蓮から私達を守るように立っていた。その広い背中を見て、私はああ、助かったんだと実感した。
先輩は、私の周りにいた男子生徒を次々に吹っ飛ばすと、柴崎蓮の前に立った。そして、地をはうような低い声をだした。

「これは、どういうことだ。蓮。」

「四楓院様!どうしてここに……?」

先輩の剣幕に、顔面蒼白になった柴崎蓮だが、気丈にも先輩に聞き返してきた。先輩は暴発しそうな感情を必死に抑えているようで。そして、静かすぎるくらい冷静に声を出した。

「生徒の保護者から、娘がトイレに行ってから戻ってこない、との相談が学校側に入ってな。とりあえず風紀委員が捜索にでてたんだ。まさかと思って体育館裏に来てみたら、この有様だ。娘の名前は斎藤花奈。……お前だな?」

私を振り返らずに、柴崎蓮に視線は合わせたまま。
四楓院先輩は、冷静な口調を崩さない。

蓮琉くんは、私をゆっくりと抱き起こして安心させるように抱きしめた。
お兄ちゃんを見ると、三田くんが、やはりゆっくりと起こして支えている。
「タマちゃん、タマちゃん。大丈夫?」
「うるさい、三田。お前の声の方が頭に響く。」
心配でしょうがない、といった三田くんにお兄ちゃんはわざと元気な声をだした。痛みに顔をしかめてるから、殴られたところとか、かなり痛いはずだ。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ばあか。俺がこんくらいでやられるタマかよ。花奈は、大丈夫か?」
「私だって、大丈夫だもん。……あれっ?」
「………花奈?」
「あれえ。どうしよう。震えが止まらない、みたい。……っ。」
私の目から涙がこぼれ落ちた。
兄が乱暴されていた状況と、自分も危なかった状況に対する恐怖。
そして、助かったことに対する安堵。
そのいろんなことが、私の中で渦巻いて、そして爆発した。

いきなり声をあげて泣きだした私に、蓮琉くんは抱きしめている力を少し強くした。そして、自分も泣きそうな声をだした。

「……ごめんな。来るの遅くて。怖かったな。もう大丈夫だ。環も大丈夫だよ。」

声をあげて泣き続ける私に四楓院先輩は一瞬目を向けたが、すぐに柴崎蓮に視線を戻した。
「風紀委員室で話を聞く。陽向、連れてくのを手伝え。斎藤、来れそうか?」
「大丈夫です。行けます。蓮琉、花奈を頼む。」
「わかった。環のお母さんが、事務室にいるはずだから、とりあえず目立たないように合流しとくな。」
「げ。そういえば母さん来てたんだよなあ。心配かけちまったな。まあ、行ってくるわ。花奈、俺は大丈夫だからな。ちょっと反撃に、失敗しちまったけど。まあまあ強かったろ?」
乱暴に頭を撫でるお兄ちゃんに、さらに涙があふれてくる。
泣き続けて、泣き続けて。
疲れきって眠るまで、私は泣き続けた。
















しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

気づいたら周りの皆が僕を溺愛していた。

BL / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:2,216

乙女ゲーム世界で少女は大人になります

恋愛 / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:3,427

異世界転生!俺はここで生きていく

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:2,711

継母の心得

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:70,262pt お気に入り:24,143

始まりは、身体でも

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:571

お兄ちゃんは、ヒロイン様のモノ!!……だよね?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:3,456

もしかしたらやりすぎたかもしれない話

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1,977

処理中です...