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第十六話 情夫のトラウマ *

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 ベッドの上で、明日香は不規則な息遣いをしていた。
 大輔は全裸の彼女の股の間に顔を埋め、二本の指を彼女に入れながら、丁寧に陰部を舐めている。

「……だめっ、やっぱりだめ……大輔さんっ……」
 明日香が彼の頭を掴んで、引きはがそうとする。

「明日香、イクことを意識しちゃダメだよ。明日香が気持ち良くなることが、一番大事なんだから。イクのはオマケぐらいに考えて。もっとリラックスして」
「でも……」
「俺のこと見て、明日香。ほら、明日香の中に指を入れてるよ。たまらないよ、明日香の中。あったかくて、すごく潤ってる」

 大輔が指をゆっくり出し入れしながら、彼女に囁く。上半身を捻らせ、熱を帯びた喘ぎ声を出す明日香。

「感じてくれてるんだね。凄く嬉しいよ。君が愛おしい。全部舐め尽くしたい」
 てかてかと光った襞の間をスローペースで舐め上げると、明日香が腰を上げ始める。

 滑るような指の動き。味わいつくすような舌の動き。
 彼の動きの一つ一つが、明日香の頭の中を真っ白にさせる。

「あっ、だめっ……ああっ、大輔さん!!」
 明日香は腰を反らせて痙攣すると、彼の頭を抑えていた手を脱力させた。

 深い息を吐いて、明日香が彼に向かって手を伸ばす。
「……大輔さん、こっちに来て。抱き締めて」
 大輔は彼女を抱きしめ、唇を重ねた。明日香の耳の後ろや首筋にもキスをし、乳房を揉みながら囁く。

「明日香……そろそろ挿れても、いい?」
「……うん」

 彼女の頬にキスすると、大輔はベッド脇のナイトテーブルに手を伸ばした。
 引き出しを開けて、避妊具の箱を取り出す。

「待って」
 明日香がその腕を掴んで引き止める。意外そうな顔つきの大輔。
「どうしたの?」

「大輔さんの、触りたい」

 明日香の申し出に、僅かに目元を強張らせる。
「どうしたの、急に」
「この間もそうだけど、私、大輔さんのに、全然触ってないから。触りたいなって思って」
 悪戯っぽい顔で話す明日香だったが、彼の表情は晴れない。

「無理にしてくれなくていいよ」
「無理なんかじゃないよ」
「俺が舐めたから、自分もやらなきゃって思ってない?」
「思ってないよ」
「お返しとかそういうのだったら、別にいいよ。そういうの、要らないから」

 今まで見たことのない、冷たい顔の大輔。明日香は途端に狼狽うろたえだした。
「どうしたの、大輔さん……なんか変だよ」

 この間は無我夢中であまり意識しなかったが、冷静になってみると、自分は彼の性器に一度も触れていない。
 それに気づいた時、明日香は少し不安になった。

 もしかしたら彼は、私に触られたくないのではないか。
 いや、考え過ぎだろう。初めてのセックスで、彼は気を遣っただけだ。
 そう思っていた。

 だが、こうやって二度目を迎えても、彼は誘導してこなかった。
 今までの男はだいたい、自分の手を掴んで股間に持っていった。そうやって、無言で意思を示してくる。

「私、大輔さんの気に障るようなこと、なにかした?」
「してないよ」
「じゃあなんで……」

 悄然とした彼女を見て、大輔はぎこちない作り笑いをした。
「明日香の気がすすまないこと、させたくないんだよ」

 嘘だ。彼は私に触られたくないんだ。
 いくら男の気持ちに鈍感な自分でも、それぐらいは察せる。

「大輔さん、私に触られたくないんだね。だったらハッキリ言って欲しかったな。回りくどいのなんて、大輔さんらしくないよ。『遠慮しないで』って言ったの、大輔さんじゃない」
 大輔は返事をしなかった。

 否定しないんだ。
 本当に私に、触られたくないんだ。
 彼に拒まれたことで、明日香は自分自身が拒絶されたような気がした。

「ごめんなさい。今日は、もう帰るね……」
 声を裏返しながらベッドから降りる。

 クンニリングスが苦手な以上に、フェラチオは苦手だった。
 潔癖というのも否定しないし、出来ることならそれを回避したいと思っていたのも事実だ。
 ならば、彼に触ることを拒否されたのは、自分にとって好都合なのか。

 それは違う。
 大輔にまだ触れていないと気づいた時、次は自分から彼を愛そうと誓った。

 彼とのセックスで、自分は女として愛されていると、心から感じることが出来た。
 決して見返りを求めず、奉仕を奉仕と思わず、相手の喜びを自分の喜びに変換する。そんな彼の愛撫は感動すら覚えた。

 彼の性器に触れ、その体温を感じたい。愛しい人が喜ぶのであれば、出来ることはしてあげたい。
 そういう気持ちが、生まれて初めて、自分の中で湧きあがっていた。それなのに。

「明日香」

 大輔がベッドから降り、下着を拾う彼女を背中から抱きしめた。
 明日香は彼のほうに顔を向けなかった。唇を噛み締めた彼女の瞳は朱色に染まり、うっすらと涙が溜まっていた。

「ごめん。俺が悪かった」
「大輔さん……」
 声を上ずらせる明日香の身体を、彼はきつく抱きしめる。 

「明日香は悪くないよ。何も悪くない。俺が、男らしくなかった。ごめん。ちゃんと話すよ」


 大輔の初めての彼女は、暎子に似た破天荒な女性だった。

 大学一年の時に学内で彼女にナンパされ、付き合うようになった。同い年だが、大輔は浪人していたため、学年は彼女のほうが一つ上だった。
 
 彼女が一人暮らしということもあって、二人はセックス漬けになった。
 性に奔放な彼女、初めての彼女に浮かれる大輔。二人は全てをさらけ出して体を求めあった。
 しかし彼女の就職を契機に破局を迎え、その後大輔は、公務員試験をパスしてキャリア官僚となった。

 就職して暫くした頃。
 高校の同窓会で、学生当時気になっていた女性と親密になり、人生二人目の彼女が出来た。
 忙しい合間を縫ってデートを重ね、ようやくベッドを共にすることになったのだが、そこで彼はやってしまった。

 初めてのセックスで、口の中に出してしまったのだ。

 大学時代の彼女は、フェラチオどころかイラマチオも平気だった。それどころか、むしろ積極的に「やらせて」と言ってきた。
 そんな彼女しか経験していなかった彼は、女性はそういったことに、実はそれほど抵抗がないのだと誤認していたのだ。

 勿論、一般的にそれがどのレベルの性行為であるかは、想像できた。しかし、裸の彼女を目の前にして、理性が吹っ飛んでしまった。

 それきり彼女からの連絡が途絶えた為、気になって電話を掛けた。
「あなた、アダルトビデオの見過ぎじゃないの? 最初のエッチであんなことするなんて、最低。二度と電話してこないで」
 好きだった女性から言われた一言は、彼を奈落の底へ突き落とした。

 数年してようやく立ち直った彼は、付き合いで時折、合コンに参加するようになった。
 自分のキャリアに惹かれるのか、それなりに女性は近づいてくる。その中で数人の女性と付き合い、情交を結んだ。

 しかし彼は、口でされるのが怖くなってしまっていた。また勢いで、出してしまうのではないかと。
 そのため、わざとそれを回避してセックスするようになった。そしてどの女性も、そのことに対して文句を言ってこない。
「女性は基本的にフェラチオが嫌いなのだ」と、彼は結論付けた。

 やがてそれはエスカレートしていき、とうとう触られること自体を避けるようになった。流石にこれは、女性から不満を訴えられた。

 彼の抵抗を押し切って、女性が彼自身に触れた時。
 彼は一瞬にして、萎えてしまった。
 その後彼女とは気まずくなってしまい、連絡も取らなくなった。

 それ以来、セックスどころか、恋愛さえも怖くて出来なくなってしまった。
 強引な明日香に流されるように交際を始めたが、女性と付き合うのは十年ぶりだと、大輔は言った。


「簡単に言っちゃえば、若気の至りってやつなんだけどね。仕事も忙しかったし、もういいやって思ってた」
 
 大輔と明日香は一緒に湯船につかっていた。
 あれからセックスは取りやめにして、一緒に入浴することにしたのだ。

「最初の彼女のこと、恨んでる?」
「恨んでなんかないよ。これは俺自身の問題だからね。彼女との時間は素晴らしかったよ。俺なんかには勿体ない女性だった」

 大輔は彼女を太腿に乗せて、背中から抱きかかえている。そして喋りながら、彼女の首や頬にキスをする。明日香は目を瞑って、気持ちよさそうにしている。

「そんなに素敵な人だったんだ」
「まぁね。勉強ばっかで世間知らずだった俺に、セックスだけじゃなくて、色んなことを教えてくれた。同い年とは、とても思えなかったよ」
 以前イタリア料理屋で見せたような、遠くを見るような目。

 明日香は自分の腹の上にある、彼の掌を握った。
「なんか、ヤキモチ焼いちゃう」
「昔の話だよ」
 彼女の顔に唇を近づけ、キスをせがむ。それに応える明日香。

「私ね、大輔さんのことが全部知りたいし、全部に触れたいの。大輔さんは嫌かもしれないけど、我慢して私に付き合ってよ」
「……」
 大輔は彼女の提案に、少し困ったような顔をした。

「萎えちゃったら、またイチからやり直しでもいいし、そのままその日はナシでもいい。どうしても嫌って言うなら、終わってからでもいいの。お願い、私に触らせて。それで、大輔さんがされて嬉しいこと、してあげたいの。でも私下手だから、あんまり期待しないでね」
 そう言って彼女は、二ッコリと笑った。

「……ありがとう、明日香。酷い言い方して、本当にごめん」
 大輔は明日香の首元にすがるようにして、彼女を抱きしめた。

「俺、暎子さんに感謝しないといけないな」
「暎子に? なんで?」
「暎子さんが明日香のこと焚き付けてくれなかったら、俺は明日香に出会えなかったかもしれないじゃないか」

 大輔は愛おしそうに、彼女の首筋に唇を当てた。
「君に会えて、俺はすごく幸せだよ。明日香、君を愛してる」
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