14 / 14
終
しおりを挟む
日が沈む
山野の影が赤い陽光で鮮明に映る。
山の上に武者はなく
荒れ野と骸の山が残るのみであった。
戦には負けなかった、
だが、失った物が多すぎた。
「…うぅ…………ぅぅ……」
大鬼は地面にべったりと胡座をかき、
その膝に手を置き
俯きながら泣いている。
自らの急ぎすぎた義憤と
狭くなりすぎた視野のせいで
七兵衛と平助をはじめとした
多くの命が奪われた事を悔い、
詫びながら泣いた。
儀助はそれを黙って見つめる。
責める言葉も慰めの言葉も必要なく、
辛さは彼以上に頭にもたげていたからだ。
人は死に
田畑は荒れ
村は深く傷つき
残された者達は途方に暮れていると
何かがゆっくりと落日を背にして
登ってくるのが見えた。
戦いに疲れ、半ば投げやりな村人達は
ただその影を見つめることしかできなかった。
徐々に影の輪郭がくっきりと浮かんでくると
その姿に儀助は驚愕した。
自らの主君に背いて、
自分たちを逃がしてくれた男だ…
ゆっくりと歩み来る喜蔵は
具足を取り払い、
脇差すらない
丸腰同然の姿であった。
村人達の前に立ち、
頭を地に付けて、こう言った。
「…此度は…誠に申し訳ない‼︎」
そのままの姿勢で静かに言葉を繋げた。
「……もはや…許されない事は
わかっている……」
だから…と言おうとすると…
「その首なら必要ありません…」
儀助が静かにそう言った。
喜蔵は顔を上げて、
彼の顔を見つめ直した。
「それよりも…ここで生きませんか?」
「……しかし…」
「一人でも手が必要なんです…明日の為に」
「…………」
喜蔵は再び、頭を下げた。
「菊!」
「…………」
「いつまでもこうしちゃおれん…
弔いを終えたら、
もう一度溝を切るぞ‼︎」
「…………」
「菊‼︎」
返事が無いので、
大菊童子の下に駆け寄った。
「菊‼︎、‼︎……」
そこには涙を流したまま、
力尽きた大鬼の姿があった。
かつて京の都を火に沈め、
地獄の悪鬼と恐れられながら、
力なき農民達に闘った者の
最後だった。
それの様をしっかと見届けた儀助は
燃えるような夕陽に目を向けた。
日はまた昇る…
そう感じられるだけでもう充分だった。
鬼吠の社はこの後に建てられた。
勇敢な者達を弔い、
村を守ってきたはずのこの神社が
いつ忘れ去られ、
打ち捨てられたのかわからない。
ただ、どれだけ朽ち果てても
心を失わずに戦い続けた者達が
かつてここに息づいていた事は変わらない。
それを示すように
今も鬼吠神社は山中に
ひっそりと佇んでいる…
終
山野の影が赤い陽光で鮮明に映る。
山の上に武者はなく
荒れ野と骸の山が残るのみであった。
戦には負けなかった、
だが、失った物が多すぎた。
「…うぅ…………ぅぅ……」
大鬼は地面にべったりと胡座をかき、
その膝に手を置き
俯きながら泣いている。
自らの急ぎすぎた義憤と
狭くなりすぎた視野のせいで
七兵衛と平助をはじめとした
多くの命が奪われた事を悔い、
詫びながら泣いた。
儀助はそれを黙って見つめる。
責める言葉も慰めの言葉も必要なく、
辛さは彼以上に頭にもたげていたからだ。
人は死に
田畑は荒れ
村は深く傷つき
残された者達は途方に暮れていると
何かがゆっくりと落日を背にして
登ってくるのが見えた。
戦いに疲れ、半ば投げやりな村人達は
ただその影を見つめることしかできなかった。
徐々に影の輪郭がくっきりと浮かんでくると
その姿に儀助は驚愕した。
自らの主君に背いて、
自分たちを逃がしてくれた男だ…
ゆっくりと歩み来る喜蔵は
具足を取り払い、
脇差すらない
丸腰同然の姿であった。
村人達の前に立ち、
頭を地に付けて、こう言った。
「…此度は…誠に申し訳ない‼︎」
そのままの姿勢で静かに言葉を繋げた。
「……もはや…許されない事は
わかっている……」
だから…と言おうとすると…
「その首なら必要ありません…」
儀助が静かにそう言った。
喜蔵は顔を上げて、
彼の顔を見つめ直した。
「それよりも…ここで生きませんか?」
「……しかし…」
「一人でも手が必要なんです…明日の為に」
「…………」
喜蔵は再び、頭を下げた。
「菊!」
「…………」
「いつまでもこうしちゃおれん…
弔いを終えたら、
もう一度溝を切るぞ‼︎」
「…………」
「菊‼︎」
返事が無いので、
大菊童子の下に駆け寄った。
「菊‼︎、‼︎……」
そこには涙を流したまま、
力尽きた大鬼の姿があった。
かつて京の都を火に沈め、
地獄の悪鬼と恐れられながら、
力なき農民達に闘った者の
最後だった。
それの様をしっかと見届けた儀助は
燃えるような夕陽に目を向けた。
日はまた昇る…
そう感じられるだけでもう充分だった。
鬼吠の社はこの後に建てられた。
勇敢な者達を弔い、
村を守ってきたはずのこの神社が
いつ忘れ去られ、
打ち捨てられたのかわからない。
ただ、どれだけ朽ち果てても
心を失わずに戦い続けた者達が
かつてここに息づいていた事は変わらない。
それを示すように
今も鬼吠神社は山中に
ひっそりと佇んでいる…
終
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
我は魔王なり…
三須田 急
ファンタジー
ここは剣と魔法の世界…
1人の若者は恐るべき魔王から世界を救い、
人々から英雄として歓呼の声で迎えられた…
しかし、貴方は知っているだろうか?
彼の行く末を…
イケメンの意味はイケてるメンディーの略
ゆり
ファンタジー
町の小料理屋で働く凛月は、ある日「輝夜(かぐや)」と名乗る男と出会う。彼は、この国では誰もが知る、『ツクヨミ』だった。彼の強さとその意志に、凛月は次第に惹かれていく。凛月と輝夜の、それぞれの壮絶な過去と、地獄のような現状。腐りきったこの世を変えるため、彼は闇を切り開くべく刀を抜いた。
彼の戦いは自由を掴むまで、終わらない。
最後の封じ師と人間嫌いの少女
飛鳥
ファンタジー
封じ師の「常葉(ときわ)」は、大妖怪を体内に封じる役目を先代から引き継ぎ、後継者を探す旅をしていた。その途中で妖怪の婿を探している少女「保見(ほみ)」の存在を知りに会いに行く。強大な霊力を持った保見は隔離され孤独だった。保見は自分を化物扱いした人間達に復讐しようと考えていたが、常葉はそれを止めようとする。
常葉は保見を自分の後継者にしようと思うが、保見の本当の願いは「普通の人間として暮らしたい」ということを知り、後継者とすることを諦めて、普通の人間らしく暮らせるように送り出そうとする。しかし常葉の体内に封じられているはずの大妖怪が力を増して、常葉の意識のない時に常葉の身体を乗っ取るようになる。
危機を感じて、常葉は兄弟子の柳に保見を託し、一人体内の大妖怪と格闘する。
柳は保見を一流の妖怪退治屋に育て、近いうちに復活するであろう大妖怪を滅ぼせと保見に言う。
大妖怪は常葉の身体を借り保見に迫り「共に人間をくるしめよう」と保見に言う。
保見は、人間として人間らしく暮らすべきか、妖怪退治屋として妖怪と戦うべきか、大妖怪と共に人間に復習すべきか、迷い、決断を迫られる。
保見が出した答えは・・・・・・。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【R18】絶望の枷〜壊される少女〜
サディスティックヘヴン
ファンタジー
★Caution★
この作品は暴力的な性行為が描写されています。胸糞悪い結末を許せる方向け。
“災厄”の魔女と呼ばれる千年を生きる少女が、変態王子に捕えられ弟子の少年の前で強姦、救われない結末に至るまでの話。三分割。最後の★がついている部分が本番行為です。
【R18】淫魔の道具〈開発される女子大生〉
ちゅー
ファンタジー
現代の都市部に潜み、淫魔は探していた。
餌食とするヒトを。
まず狙われたのは男性経験が無い清楚な女子大生だった。
淫魔は超常的な力を用い彼女らを堕落させていく…
英雄の末裔――ヴァイスハイト帝国篇――
三田村優希(または南雲天音)
ファンタジー
神聖不可侵である三帝国がひとつ、ヴァイスハイト帝国。
皇帝ゲオルグが崩御し、皇太子クレメンスが至尊の冠を頭上に頂こうと国内が騒がしくなっている頃。
隣国のプラテリーア公国は混乱に乗じて、国境の一部を我が物にしようと画策していた。全ては愛娘イザベラに大公位を譲位するために。
しかしイザベラ本人は弟である嫡男ロベルトが次期大公と公言して憚らない。
姫将軍と称されるイザベラを皇后に迎えプラテリーア公国を支配下に置こうとクレメンスは考えるが、それが内乱の火種となろうとは、彼は思っていなかった。
封印を守護する三帝室と長きに渡り対峙する魔人が、誕生するきっかけとなる話。
国と時代、主人公を変えて共通の敵と対峙する三帝室の物語第一弾。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる