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「グルゥオォォ‼︎‼︎」
憎っくき蔭虎目掛けて
怒りに狂う大鬼が突撃していた。
手足を大きく振り上げ下ろし、
行く先全てを踏み殺さんとする勢いである。

「構え‼︎」
号令とともに三列の横隊が
一斉に弓を引いた。
後方の蔭虎は微笑を浮かべ、
大鬼を見据えた。

「…てぇ‼︎‼︎」
ヒョォ‼︎…ヒュ…

大鬼目掛けて、一斉に矢が放たれた。
飛びゆく様は全てむさぼ
いなごの大群を思わせる。

「グルゥアァァ‼︎ヌンッ‼︎‼︎」
それを持ってしても大鬼の突進は止まらない。
岩盤を思わせる頑強がんきょうな肉体は
そのことごとくを弾き返し、
その一撃一撃が大鬼の怒りをきつけた。

「退け!退けぇ‼︎」
雪崩なだれをうって弓兵が
陣の後方へと退却を始めた。
陣の中央から左右に分かれる様は
敗走というにはしなやかであった。

「…菊!………おのれ……聞こえておらん…」
矢の雨をくぐり、
必死に跡を追っていた義助だったが、
遂にその足を止めた。

体勢そのままに息を整える。
敵が退きつつある陣に目をやると、
何やら強烈な違和感が感じられた。
まるで大鬼を迎え入れるかのように
見えたからだ。

「‼︎…いかん‼︎」
真意に気づいた義助は
大菊童子の跡を急いで追った。

怒りに狂える大鬼は今
ある危機に気付かぬまま、
砂煙を巻き上げ敵陣へと突進を続けた。

「それぇ、きおったわ‼︎」
そう叫ぶと蔭虎は刀を振り上げ、
号令を掛ける。

「喜蔵が出るぞぉ‼︎はよぉ道を開けぃぃ‼︎‼︎」
声に喜びの色が漏れている。

陣に走った亀裂きれつはついに
御大将おんたいしょうの下まで達した。
討ち取る側からすれば
これ以上にありがたい事はない。

死出しでの道を轟然ごうぜん
地獄の鬼が駆け上がっていく。
だがその道中にただ一人、
ただたたずむ者が見えた。

「邪魔だぁぁぁ‼︎」
戦場に突如現れた
立木りゅうぼく目掛けて
大太刀を薙ぎ払った。

瞬間!

そのなまくらに喜蔵が
飛び乗ったかと思うと
鬼の額から血潮ちしおが吹き出した。

叫び声も上がらぬ内に肩を踏みつけ、
背中に一筋の斬撃ざんげきを繰り出す。
切り傷が大きく口を開け、
墨と見紛みまがう程の
黒い血飛沫ちしぶきが吹き上がった。

ドゴォォォォォン‼︎ズガガガ‼︎

敵将を前にして大菊童子が
その巨体を地に沈める。

「ウゥゥゥゥ…グゥゥゥ…」
呻き声を上げ、血の雨を降らせるそれは
すぐに立ち上がることができなかった。

ヒュッ…
地に降り立った喜蔵は倒れ込んだ
鬼の方を見つめつつ
刀を振り下ろし、汚れを払った。
「………」

一方、守りを固める村にも
大きな危機が迫っていた。
「たっ!…大変だぁ!……大変だぁぁ‼︎‼︎」
完全に落ち着きを失った平助が
村中を駆け回った。

あまりの取り乱し様に
七兵衛が両肩をつかんで尋ねる。
「どうしただ!平助‼︎
落ち着いて話すど‼︎」

揺らしながら問いただす最中、
平助が走ってきた方角が
にわかに騒がしい事に気づいた。

七兵衛は直感で悟った。
「敵だ……せてたんだど‼︎」
すぐさま、伝えるべき事を失った
平助を引き寄せ半ば叫ぶ様にこう伝えた。
「爺様に伝えるんだど‼︎
山から敵が来たど‼︎‼︎」

混乱の中にありつつも
しっかりとうなずき、
平助は孝蔵の元へと駆けて行った。
それと入れ替わりの様に敵の足軽あしがる
が目に飛び込んできた。

ヒュッ…………

七兵衛は即座に槍を前に構えた。
眉間にしわを刻み、
敵をにらみつける。

胸にたぎるような怒気どき
どこか静かな心を抱えて
しっかりと脚を踏ん張った…
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