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それはきっと、夜明け前のブルー

夜明け④

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「まだもう少しかな」

 腕時計に目を落として、黒崎くんが静かに呟く。
 彼の言う濃青の空が見られるのは、夜明け前のほんの少しの時間らしい。
 それを待ちながら、私は持って来ていたカメラで黒崎くんに今日撮った写真を見てもらった。

 応援に来ていた先生や生徒、マネージャーさん、選手の人たち。
 カメラの撮影画面だから小さいけれど、黒崎くんはとても喜んでくれた。
 肝心のレースは私の興奮で手ブレしていて、ぼやけて上手く写っていなかったけれど。

「臨場感があっていいよ」

「次までに練習します……」

 クスクス笑われて唇をとがらせていると、黒崎くんは画面を見ながら訊いた。

「……今日、大丈夫だった?」

「え?」

 聞き返して、ハッと気づく。
 黒崎くんの手元の画面に、スタート台に並ぶ彼と朝陽くんが見えた。
 黒崎くんに、朝陽くんとのことをまだなにも話せていないままだったことを思い出す。

 ……でも、留学のことや黒崎くんとの会話を聞いたことを話していいのかな。

 どこまで伝えていいのか迷っていると、黒崎くんはふっと画面から顔を上げた。

「詳しい話はしなくていいよ。ただ、大丈夫だったかなって思っただけ」

 ……あ。

 黒崎くんはいつもそうだ。
 大事な時には、いつも私の気持ちやペースを優先して見守ってくれる。
 優しさが心に染み込んで、じわりと目頭を熱く潤ませた。

「ちゃんと……朝陽くんに、自分の気持ちを……伝えて、きた」
 
 気持ちに応えたくて口を開いたけれど、すぐに声に涙がまじる。

「うん」

 黒崎くんは小さくうなずいて、知らないうちに膝の上で握りしめていた私の手に、大きな手をそっと重ねた。
 補習の帰り道にも、こうして大丈夫だと伝えてくれた。
 あの時と同じ、温かい気持ちが手のひらから伝わってくる。

「さ、最後まで、もういいよって、言えなくて……」

 朝陽くんも苦しんでいるとわかったこと。
 強くなって、いつかちゃんと彼と向き合いたいと思ったこと。

 ひとつひとつ伝えながら、涙がこぼれ落ちそうになるのをぐっと堪えた。
 私が話し終えると、それまで黙って聞いていた黒崎くんは重ねた手をぎゅっと握って、

「俺は、北野のそういうところ、すげぇなって思うよ。大和のことも、つらかったことも、俺は想像するしかできないけど、それでも北野が乗り越えようと頑張っていることはちゃんとわかる。きっと、大和にも伝わってる」

 まっすぐな言葉に、目の奥が熱くなる。
 私は何度もうなずいて、喉をせり上がる涙の塊を飲み込んだ。
 海から吹く潮風がさわさわと黒崎くんの髪を揺らす。
 黒崎くんは、なにかを確かめるように空を見上げてから、重ねたままの手に視線を落とした。
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