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12.いつか、きっと

いつか、きっと③

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 もしかして、今朝の話は私をからかっただけなんだろうか。
 けれど、思い返してみても記憶の中の彼の眼差しは真剣で、とてもそんなふうには思えない。

 そもそも留学するという話は本当なのかな。
 勝っても負けてもこれで終わりのつもりなら、どうしてあんなことを……。

 ぐるぐると考えていると、混乱が伝わったのか、朝陽くんは少し目を伏せて言葉を繋げた。

「困らせてごめん。あんなふうに言ったけど、許してもらえるとは思ってないから」

 そう言って、きゅっと唇を結ぶ。
 言葉の最後は、まるで自分に言い聞かせる独り言のように寂しく響いた。
 染み込んでくる想いに、胸が痛む。
 どう答えればいいのかわからなくて、私は視線を泳がせて小さく頷いた。

 もう大丈夫。
 お互い過去は水に流して前に進もう。
 そう言えたら、どんなに簡単だろう。

 けれど、私はまだ、心の奥でうずくまって泣いているあの頃の自分を消し去ることができないでいる。
 前に進もうと決意をしてこの場に来ていても、変わった朝陽くんを見ても、やっぱり彼が怖かった。

 木々に遮られた日の光が、黙り込む私たちの上にまだら模様の影を落とす。
 過ぎていく夏を惜しむようなヒグラシの鳴き声が寂しく聞こえた。

「泉にも怒られたよ」

「え……」

 黒崎くんの名前に、鼓動が大きく脈打つ。
 勢いよく顔を上げた私を見て、朝陽くんは日に焼けた頬にまた苦笑いを浮かべた。

「レースの前、詩を賭けようかって言ったら、『北野はモノじゃねぇ。バカなこと言ってないで真剣に勝負しろ』って」

 ……ぶっきらぼうでまっすぐな、いつもの黒崎くんだ。

 喉の奥に熱いものがこみ上げる。
 揺るがない強い気持ちが眩しかった。

「泉のああいうまっすぐなところ、俺はどうやったって敵わないな」

 また独り言のように呟いて、ふっと目尻を下げる。
 黒崎くんの話をするときの朝陽くんの眼差しは、すごく優しい。
 ふたりの間にある固い絆をあらためて感じて、ぐっと胸が詰まった。

 目を逸らして見上げた空が、先ほどよりも穏やかな光を帯びて、ゆっくりと夕暮れに向かっていく。
 公園で遊んでいた子どもたちも、ちらほら帰りはじめていた。

「詩」

「は、はい」

 名前を呼ばれて、思わずビクッと肩が跳ねる。
 ふり向く私をまっすぐに見つめて、朝陽くんは悲しげに頬を歪めた。

 彼が何か話そうとしているだけだとわかるのに、つい身構えてしまう。
 動くことも目を逸らすこともできずにいると、ゆっくりと口を開いた彼はなにかを堪えるように声を震わせた。

 
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