それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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12.いつか、きっと

インターハイ⑦

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 そのすぐ後を黒崎くんが追っていく。
 ふたりの差はほんの少しだけれど、なかなか縮まらない。
 水しぶきが激しく上がり、怒号に似た歓声が響き渡る。

 私はもう写真を撮ることも忘れて、食い入るようにふたりを見つめていた。

 
『負けたくない。自分にも、誰にも。だから、強くなりたいって思ってる』


 その言葉通り、いつだって黒崎くんは前を向いて進んでいく。
 きっと、朝陽くんもそうだろう。

 真剣だと言ったあの言葉は嘘じゃない。
 きっと今はもう、私とのことなんて頭にないはずだ。
 ただ勝つために全力を出して戦っている。

 熱いものが喉をせり上がり、叫び出したいくらい心を震わせた。

 残り5mで黒崎くんが朝陽くんに並ぶ。
 きっとそこからゴールまでは、数秒もない。それなのに、まるでスローモーションみたいに見えた。
 歓声や声援が地鳴りのように響く。

「黒崎くんっ、黒崎くん、がんばって……っ!」

 今まで生きてきた中で、一番大きな声を出した。
 会場全体が揺れている。
 大歓声の中、ふたりはどちらも譲らないまま同時にゴールした。

「えっ、どっち!?」

「勝った??」

 観客が一斉に電光掲示板をふり向く。
 スクリーンには、黒崎くんと朝陽くんの姿が映し出されていた。ふたりとも肩で息をしながら、プールの中でならんで画面を見つめている。
 みんながその姿を食い入るように見つめる中、パッとスクリーンが暗転して着順とタイムが表示された。

 あ……!

 思わずハッと息を呑む。

 それと同時に、また割れんばかりの歓声がスタンドを揺らした。
 夏梨ちゃんが悲鳴みたいな声を上げて私に抱きつき、長谷くんが隣の由真ちゃんと抱き合いながら黒崎くんの名前を絶叫する。
 歓喜の声が大きなうねりになって轟き、応援席は総立ちになった。

 すぐにプールに目を移すと、黒崎くんがパァンと手のひらで水面を打ち、握った拳を天に掲げる。
 その隣で朝陽くんは、まだ画面をじっと見つめたまま動かなかった。

「詩ちゃんっ、固まってる! 夢じゃないよっ!!」

「もうっ。詩ってば、ちゃんと見てたの!?」

 興奮する夏梨ちゃんと白石さんにもみくちゃにされながら、呆然とプールの中のふたりを見つめる。

「うん……み、見てた……ちゃんと、見た……」

 こくこくと何度も頷くと、遅れてやってきた実感がじわりと視界を滲ませた。

 電光掲示板の一番上に表示されたのは、3コースの黒崎くんの名前だった。
 結果は、0.01秒差。
 ふたりとも、予選で朝陽くんが出した大会新記録を塗り替えるタイムだった。

 ようやく動いた朝陽くんが隣のコースの黒崎くんに身体を寄せて、お互いに健闘を称え合う。
 スポーツマンらしいその光景にスタンドから盛大な拍手が贈られた。

 ……ほんとに、黒崎くんが勝ったんだ。

 涙で目の前がぼやけていく。
 鳴り止まない拍手と歓声の中で、歓喜に沸くみんなよりかなり遅れて、私は声を上げて泣いた。
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