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12.いつか、きっと

インターハイ⑤

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 まわりを見回すと、階段状になった応援席は私たちがいる二階も三階もほぼ満席状態だ。学校名が描かれた色とりどりの横断幕が所狭しと掲げられている。
 決勝に向けて会場の熱気がじわじわと高まっていくのが伝わってくる。
 室内プールに反響するざわめきが、さらに大きく聞こえた。
 
 さきほどリレーの予選を終えた黒崎くんも、間もなくクールダウンとウォーミングアップを済ませて戻ってくるだろう。

 ついに決勝が始まるんだ。

 そう思うと、ますます気持ちが落ち着かなかった。


「あ、詩。黒崎くん」

 隣に座る白石さんが、私の腕をつかんでぐいっと引き寄せる。
 細い指が差し示す先を目で追って、サブプールの方から歩いてくる黒崎くんの姿を見つけた。

 彼に気づいて騒がしくなったスタンドから、名前を呼ぶ声や声援が飛ぶ。けれど、熱狂する応援団をよそに、黒崎くんはいつも通りの無表情だ。
 私たちが座るスタンド前方の二階応援席からは、プールサイドを歩いてくる黒崎くんの表情までよく見えた。
 ぎゅうっと胸が苦しくなる。
 結局、黒崎くんには会いに行けなかった。応援の言葉も、当然伝えられていない。

「黒崎くん、がんばって……」

 思わず小さな呟きが漏れて、じわりと涙が滲んだ。
 本当は会いに行って、がんばってねって言いたかった。
 朝陽くんとのことなんて関係ない。
 応援してるって、伝えたかった。

 せめて、ここから……。

 祈るような気持ちで見つめていると、声援に気づいたのか黒崎くんは応援席の近くで顔を上げ、軽く会釈してからまわりを見回した。
 
 ……あ。

 なにかを探すように彷徨っていた視線が、私の上でピタリと止まる。
 まっすぐな眼差しにとらえられて、その瞬間まるで時が止まったようにまわりの声も音も聞こえなくなった。

 黒崎くんが、私を見ている。

 離れているけれど、たしかに目が合っているように思えた。

「え、ちょっと、詩ちゃんっ」

 隣で夏梨ちゃんと白石さんが両脇から私を揺さぶる。
 立ち止まって応援席を見上げる黒崎くんに、周囲がざわめき始めた。

 胸の奥から熱いものがこみ上げ、唇を震わせる。

「がんばって……応援、してる」

 あふれる想いは、かすれた吐息みたいな声になってこぼれ落ちた。
 こんなに小さな声では聞こえるはずがない。それでも黒崎くんに届くことを願って、私は彼を見つめて何度も繰り返した。
 黒崎くんがこちらを見上げたまま、小さく頷く。
 そして、日に焼けた頬をわずかにゆるめて、ゆっくりと唇を動かした。

 み、て、て。

 離れているのに、耳元で低く優しい声が聞こえた気がした。

 涙のかたまりが喉をせり上がる。
 私は、張子の虎のようにぶんぶんと全力で首をふって頷いた。
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