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12.いつか、きっと

インターハイ④

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 午前最初の競技で100m自由形の予選が行われ、黒崎くんは全体の3位で決勝に進出した。

 予選通過者の名前が電光掲示板に表示されると、わっと観客席が沸き上がる。
 関東大会でも歓声の多さに驚いたけれど、全国大会は比べものにならないくらいの大歓声だ。
 室内ということもあり、声援や拍手が反響してより一層大きく聞こえた。

「ひゃー、予選から熱いね! 決勝が楽しみっ」

 夏梨ちゃんが目を輝かせて嬉しそうな声を上げる。全力で楽しむ姿にホッとして、私は大きく頷いた。

 2位以下は、決勝で誰が上位に来てもおかしくないくらいの僅差で予選タイムが並んでいる。
 そんなハイレベルな予選を1位通過したのは、朝陽くんだった。
 朝陽くんは、最終組で他を寄せつけない強さを見せつけて大会記録を塗り替え、スタンドを響めかせた。

 朝陽くんが、大会新で1位……。

 電光掲示板を見つめたまま、ぐっと手を握りしめる。
 彼の言葉が本気だと証明されたみたいに思えて、鳩尾みぞおちのあたりがずしりと重くなった。
 
「詩、顔色が悪いけど、大丈夫?」

「うん、大丈夫。ちょっと人に酔ったみたい」
 
 朝陽くんとの一部始終を見ていた由真ちゃんたちには、もう済んだことだからと笑って見せた。白石さんはかなり怒っていたし、みんなに心配をかけてそれでごまかせたとは思っていないけれど、これ以上楽しい気分に水を差したくなかった。

 どんな顔をすればいいのかわからなくて、黒崎くんにも会えていない。
 朝陽くんは、黒崎くんにあの話をしたのかな。
 どう思っただろう。
 彼の気持ちを想像すると、たまらなかった。
 頭から離れない朝陽くんの言葉が、じわじわと心を侵食していく。
 もう二度と黒崎くんに会えない気がした。


 黒崎くんたちは、4×100mメドレーリレーでも無事に決勝進出を決めた。
 これで予選競技はすべて終わり、少しの休憩と女子の決勝をはさんで100m男子自由形の決勝レースがある。

「あああ、緊張してきたっ」

 隣に座る夏梨ちゃんが興奮して足をバタバタさせる。
 望遠レンズを取り付けてカメラの準備をしながら、私も緊張で手の震えが止まらなかった。

「予選すごかったもんね。決勝どうなるんだろ」

「大丈夫! 黒崎が勝つに決まってるって。うっ、想像したら俺、今から泣いちゃいそう」

「長谷はどんなときでも軽いよね。ちょっと感心するよ」

「うわわ、由真ちゃんが褒めてくれたっ。えっ。もしかして、フォーリンラ……ぃいだだだだっ」

 夏梨ちゃんの隣に座る由真ちゃんと長谷くんの相変わらずなやり取りを聞きながら、小さく息を吐く。
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