それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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11.揺れる波間に見えるもの

帰り道⑤

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「俺、試合で一度も大和に勝ったことないんだ。小学生の頃から何度やっても一回も勝てねぇ」

 黒崎くんが、思い出したように話しはじめた。
 そんなに小さい頃からライバルだったふたりを思うと、胸が苦しくなる。
 悔しそうなその声はひとり言のようにも聞こえて、私ははじめて彼の心の内側に触れた気がした。


『水泳はタイムがすべてだし、速い方が選ばれる。でも、それがわかっていても負けるのは悔しいし、どんだけがんばっても勝てねぇとか、めちゃくちゃキツい』

 ふと海で聞いた黒崎くんの言葉を思い出す。

 ……あれは、自分のことだったのかな。

 心がぎしりと音を立てて軋む。
 なにか言わなきゃと思うのに、こういうときにかける言葉を私は知らなかった。
 遠くに聞こえるヒグラシの鳴き声が、あの海で聞いた波音のように心に響く。
 あの日がずいぶん遠いことのように感じた。

「海で話したこと、覚えてる?」

 そう尋ねられて、ふっと隣を見上げる。
 黒崎くんも、同じことを思い出していたのかもしれない。
 私がこくりと頷くと、彼もわずかに頷いて、

「北野はあのとき、俺のことを強いって言ってくれたけど、全然強くねぇよ。タイムが悪いとイラつくし、負けたらめちゃくちゃ凹む」

 その言葉とは裏腹に、黒崎くんの眼差しはまっすぐで、とても力強い。
 私は彼を見つめたまま、ぎゅっとストラップを握り直した。

「ただ、それでも負けたくない。自分にも、誰にも。だから強くなりたいって思ってる。……俺、自分語りヤバいな」


 最後はちょっと笑って、照れ隠しをするみたいに海で話した時と同じ言葉を付け足す。
 その笑顔が、すごく眩しかった。
 
 黒崎くんは諦めない。
 負けても、打ちのめされても、立ち上がる。
 こうやって、いつも前を向いて進んできたんだ。
 心が震える。
 身体の奥から、熱い感情の波があふれ出てくる気がした。

「北野」

 黒崎くんが立ち止まって、また私をまっすぐに見つめる。
 日に焼けた精悍な頬に浮かんでいた笑みは消えていた。

「インターハイ、見に来てほしい。絶対に勝つから」

 強い眼差しに捉えられて、目を逸らせなかった。
 朝陽くんの顔がふっと頭をよぎる。けれど、考えるより前に頷いていた。 
 見に行けば、きっと朝陽くんに会ってしまう。
 会えばどうしたって傷ついて、傷つける。
 本当はもう会いたくない。
 それでも、そばで黒崎くんを見ていたい気持ちの方が、何倍も大きかった。

「絶対に、行きますっ」

 黒崎くんの強い瞳を見つめ返して、私はもう一度大きく頷いた。
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