88 / 109
11.揺れる波間に見えるもの
帰り道⑤
しおりを挟む「俺、試合で一度も大和に勝ったことないんだ。小学生の頃から何度やっても一回も勝てねぇ」
黒崎くんが、思い出したように話しはじめた。
そんなに小さい頃からライバルだったふたりを思うと、胸が苦しくなる。
悔しそうなその声はひとり言のようにも聞こえて、私ははじめて彼の心の内側に触れた気がした。
『水泳はタイムがすべてだし、速い方が選ばれる。でも、それがわかっていても負けるのは悔しいし、どんだけがんばっても勝てねぇとか、めちゃくちゃキツい』
ふと海で聞いた黒崎くんの言葉を思い出す。
……あれは、自分のことだったのかな。
心がぎしりと音を立てて軋む。
なにか言わなきゃと思うのに、こういうときにかける言葉を私は知らなかった。
遠くに聞こえるヒグラシの鳴き声が、あの海で聞いた波音のように心に響く。
あの日がずいぶん遠いことのように感じた。
「海で話したこと、覚えてる?」
そう尋ねられて、ふっと隣を見上げる。
黒崎くんも、同じことを思い出していたのかもしれない。
私がこくりと頷くと、彼もわずかに頷いて、
「北野はあのとき、俺のことを強いって言ってくれたけど、全然強くねぇよ。タイムが悪いとイラつくし、負けたらめちゃくちゃ凹む」
その言葉とは裏腹に、黒崎くんの眼差しはまっすぐで、とても力強い。
私は彼を見つめたまま、ぎゅっとストラップを握り直した。
「ただ、それでも負けたくない。自分にも、誰にも。だから強くなりたいって思ってる。……俺、自分語りヤバいな」
最後はちょっと笑って、照れ隠しをするみたいに海で話した時と同じ言葉を付け足す。
その笑顔が、すごく眩しかった。
黒崎くんは諦めない。
負けても、打ちのめされても、立ち上がる。
こうやって、いつも前を向いて進んできたんだ。
心が震える。
身体の奥から、熱い感情の波があふれ出てくる気がした。
「北野」
黒崎くんが立ち止まって、また私をまっすぐに見つめる。
日に焼けた精悍な頬に浮かんでいた笑みは消えていた。
「インターハイ、見に来てほしい。絶対に勝つから」
強い眼差しに捉えられて、目を逸らせなかった。
朝陽くんの顔がふっと頭をよぎる。けれど、考えるより前に頷いていた。
見に行けば、きっと朝陽くんに会ってしまう。
会えばどうしたって傷ついて、傷つける。
本当はもう会いたくない。
それでも、そばで黒崎くんを見ていたい気持ちの方が、何倍も大きかった。
「絶対に、行きますっ」
黒崎くんの強い瞳を見つめ返して、私はもう一度大きく頷いた。
10
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

何故か超絶美少女に嫌われる日常
やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。
しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。
ハヤテの背負い
七星満実
青春
父の影響で幼い頃から柔道に勤しんできた沢渡颯(さわたりはやて)。
その情熱は歳を重ねるたびに加速していき、道場の同年代で颯に敵う者は居なくなった。
師範からも将来を有望視され、颯は父との約束だったオリンピックで金メダルを獲るという目標に邁進し、周囲もその実現を信じて疑わなかった。
時は流れ、颯が中学二年で初段を取得し黒帯になった頃、道場に新しい生徒がやってくる。
この街に越して来たばかりの中学三年、新哲真(あらたてっしん)。
彼の柔道の実力は、颯のそれを遥かに凌ぐものだったーー。
夢。親子。友情。初恋。挫折。奮起。そして、最初にして最大のライバル。
様々な事情の中で揺れ惑いながら、高校生になった颯は全身全霊を込めて背負う。
柔道を通して一人の少年の成長と挑戦を描く、青春熱戦柔道ストーリー。
M性に目覚めた若かりしころの思い出
kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。
一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
「ノベリスト」
セバスーS.P
青春
泉 敬翔は15歳の高校一年生。幼い頃から小説家を夢見てきたが、なかなか満足のいく作品を書けずにいた。彼は自分に足りないものを探し続けていたが、ある日、クラスメイトの**黒川 麻希が実は無名の小説家「あかね藤(あかね ふじ)」であることを知る。
彼女の作品には明らかな欠点があったが、その筆致は驚くほど魅力的だった。敬翔は彼女に「完璧な物語を一緒に創らないか」と提案する。しかし、麻希は思いがけない条件を出す——「私の条件は、あなたの家に住むこと」
こうして始まった、二人の小説家による"完璧な物語"を追い求める共同生活。互いの才能と欠点を補い合いながら、理想の作品を目指す二人の青春が、今動き出す——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる