それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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11.揺れる波間に見えるもの

補習④

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 梅雨はいつの間にか明けていたらしく、昨日に引き続きプール日和の快晴だった。

 電車に揺られながら、もう何度目かのあくびを噛み殺す。補習は午後からだからかなり朝寝坊したのに、まだ眠い。
 昨日は疲れすぎていたらしく、ブルーと話しながら縁側でうたた寝してしまった。花さんへの手紙の返事はなんとか書いて首輪に結んだ記憶はあるけれど、寝ぼけてクネクネしたヘビみたいな字になっていないか不安が残る。

 昨日の手紙は、水泳の補習を応援する内容だった。以前なら、返事に補習を頑張ったことをスラスラ書けていただろう。でも、今は何を書くか考えるだけでも、かなりの時間がかかっている。

 私が文通する花さんは、ふたりいた。

 ひとりは、77歳のおばあちゃん。お花と焼き芋が好きな、明るくて可愛い人だ。ピンク色の便せんを使っている。私がずっと花さんだと認識していたのは、こちらの人だ。
 そして、もうひとりはおそらく花さんの孫の黒崎くんだ。
 水色の便せんに書かれた彼からの手紙は、短いけれど優しくて、いつも心が温かくなった。それがまさか黒崎くんからだなんて、思いも寄らなかった。
 でも、筆跡や夏祭りの夜に聞いたブルーとの会話から考えて、間違いないだろう。
 花さんとの文通は今も続いていて、ピンク色の便せんにまじって、水色の手紙が届くこともある。どちらの色でも黒崎くんが読むかもしれないと思うと、今までとは違ってなかなか返事が書けなかった。



 今日もプールの端っこを借りて、3日目の補習が始まった。
 受講者は、もちろん私ひとり。
 黒崎くんと横井さんに教えてもらったことを無駄にしないためにも、今日は絶対に合格しなきゃならない。
 最終日ということもあって、私はかなりのプレッシャーを感じていた。
 けれど、泳ぎ始めてすぐに昨日までとは違うことが自分でもわかった。
 ゆっくりでも前に進む。なにより、苦しいながらも息継ぎができる。九条先生も私の上達ぶりに驚いていたくらいだ。
 もちろん泳げる人からすれば全然ダメだろうけれど、私にとっては大進歩だった。

 一時間ほど練習してから、テストが行われた。

「本番だからって気負わず、今の調子だぞ」

 九条先生の言葉に、こくりと頷く。
 期待と不安がこみ上げ、今までとは違う緊張で胸が苦しい。

 呼吸の時は目線は斜め後ろ、キックは休まない……。

 昨日の横井さんのアドバイスと黒崎くんの鬼指導を頭に思い浮かべながら、私は思いっきり壁を蹴って水面に身を投げ出した。
 すぐに息が苦しくなって、溺れたことが頭を過ぎる。腕も足も重くなっていく。だけど、諦めたくなくて、必死に水を掻いて足を動かした。
 きっと最後の方は溺れかけという方が正しかっただろう。
 それでも、私はなんとか25mを泳ぎ切り、足を着かずに向こう岸までたどり着けた。

「よくがんばったな!」

「北野さーん、おめでとうっ」

 肩で息をしながら顔を上げると、プールサイドで九条先生と横井さんが跳び上がって喜んでくれていた。プールにいる部員さんたちも、みんな拍手してくれている。

 泳いだ、泳げた……。

 嬉しさと気恥ずかしさが入り混じる。感極まってぽろぽろと涙がこぼれ出た。
 我慢できずに泣いてしまった私を、横井さんや部員さんたちが笑っている。
 揺らめく水面がきらきら光って、さらに眩しく見えた。
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