上 下
81 / 109
11.揺れる波間に見えるもの

補習②

しおりを挟む
「北野、おまえちゃんと息継ぎできてるか?」

 またしてもプールの真ん中で立ってしまった私に、体育の九条先生が大きなため息をつく。
 先生の指摘は正しい。息継ぎのときに身体が沈んでしまうのが怖くて、私はうまく呼吸ができなかった。
 息苦しいまま泳いでいると、幼稚園の頃に溺れた記憶が蘇ってきてさらに苦しくなる。それでも前に進もうともがいて、余計に身体が沈んで最後には立ってしまう。

「とりあえず明日が最終日だから、合格できるようにがんばれよ」

 今日の補習は午前中で終わり、残すところあと一日。このまま明日を迎えても泳げるようになるとは到底思えなかった。

「あの、あと少しだけ練習して行ってもいいですか?」

「んー、ひとりじゃ危ないしなぁ」

 九条先生が眉根を寄せる。水泳部はお昼休憩に入っていて、プールに残っている部員は少ない。邪魔にならずに練習できるチャンスだと思ったけれど、泳げない私が監視なしで練習するのはやはり厳しいようだ。
 諦めて肩にかけたバスタオルで顔を拭いていると、先生の後ろから知っている顔がぴょこんと覗いた。

「私が教えてあげよっか? 結構教えるのうまいんだ」

 そう言ってくれたのは、二年生マネージャーの横井さんだ。
 聞けば、横井さんは痛めた足がまだ治りきらなくて、トレーニングをしながらマネージャーを兼任しているらしい。

「いいんですか? 午後練もあるのに……」

「うん、まだかなり時間があるし、大丈夫。今日は水着がないからプールサイドからにはなるけど、アドバイスはできるよ」

「お、横井。悪いけど、頼むな」

 九条先生は完全に丸投げムードだ。でも、貴重な休憩時間を潰してしまうのは申し訳ない。
 いいのかなと迷っていると、後ろから聞き覚えのある声が降ってきた。

「じゃあ、実技担当します」

 えっ!?

 びっくりしてふり返って見えた端正な横顔に、ぴんと背筋が伸びる。

「へぇ。黒崎くんが優しいなんて、珍しいね」

「同じクラスなので」

 先輩相手でも、ぶっきらぼうな感じは変わらない。
 黒崎くんはニヤニヤする横井さんにひと言だけ返し、キャップとゴーグルを着けてプールに飛び込んだ。

「あっ、よ、よろしくお願いしますっ」

 私も慌ててバスタオルをたたんで、ふたりに頭を下げてプールに戻る。

 わわわ……。

 黒崎くんが近くにいて、集中できるかな。ドキドキしちゃって練習にならないかもしれない。
 なんて心配していた私の甘い考えは、すぐにに打ち砕かれた。
 見事なまでに、黒崎くんは鬼コーチだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

夏の出来事

ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。

ライオン転校生

散々人
青春
ライオン頭の転校生がやって来た! 力も頭の中身もライオンのトンデモ高校生が、学園で大暴れ。 ライオン転校生のハチャメチャぶりに周りもてんやわんやのギャグ小説!

その花は、夜にこそ咲き、強く香る。

木立 花音
青春
『なんで、アイツの顔見えるんだよ』  相貌失認(そうぼうしつにん)。  女性の顔だけ上手く認識できないという先天性の病を発症している少年、早坂翔(はやさかしょう)。  夏休みが終わった後の八月。彼の前に現れたのは、なぜか顔が見える女の子、水瀬茉莉(みなせまつり)だった。  他の女の子と違うという特異性から、次第に彼女に惹かれていく翔。  中学に進学したのち、クラスアート実行委員として再び一緒になった二人は、夜に芳香を強めるという匂蕃茉莉(においばんまつり)の花が咲き乱れる丘を題材にして作業にはいる。  ところが、クラスアートの完成も間近となったある日、水瀬が不登校に陥ってしまう。  それは、彼女がずっと隠し続けていた、心の傷が開いた瞬間だった。 ※第12回ドリーム小説大賞奨励賞受賞作品 ※表紙画像は、ミカスケ様のフリーアイコンを使わせて頂きました。 ※「交錯する想い」の挿絵として、テン(西湖鳴)様に頂いたファンアートを、「彼女を好きだ、と自覚したあの夜の記憶」の挿絵として、騰成様に頂いたファンアートを使わせて頂きました。ありがとうございました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

鮫島さんは否定形で全肯定。

河津田 眞紀
青春
鮫島雷華(さめじまらいか)は、学年一の美少女だ。 しかし、男子生徒から距離を置かれている。 何故なら彼女は、「異性からの言葉を問答無用で否定してしまう呪い」にかかっているから。 高校一年の春、早くも同級生から距離を置かれる雷華と唯一会話できる男子生徒が一人。 他者からの言葉を全て肯定で返してしまう究極のイエスマン・温森海斗(ぬくもりかいと)であった。 海斗と雷華は、とある活動行事で同じグループになる。 雷華の親友・未空(みく)や、不登校気味な女子生徒・翠(すい)と共に発表に向けた準備を進める中で、海斗と雷華は肯定と否定を繰り返しながら徐々に距離を縮めていく。 そして、海斗は知る。雷華の呪いに隠された、驚愕の真実を―― 全否定ヒロインと超絶イエスマン主人公が織りなす、不器用で切ない青春ラブストーリー。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

処理中です...