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11.揺れる波間に見えるもの
補習②
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「北野、おまえちゃんと息継ぎできてるか?」
またしてもプールの真ん中で立ってしまった私に、体育の九条先生が大きなため息をつく。
先生の指摘は正しい。息継ぎのときに身体が沈んでしまうのが怖くて、私はうまく呼吸ができなかった。
息苦しいまま泳いでいると、幼稚園の頃に溺れた記憶が蘇ってきてさらに苦しくなる。それでも前に進もうともがいて、余計に身体が沈んで最後には立ってしまう。
「とりあえず明日が最終日だから、合格できるようにがんばれよ」
今日の補習は午前中で終わり、残すところあと一日。このまま明日を迎えても泳げるようになるとは到底思えなかった。
「あの、あと少しだけ練習して行ってもいいですか?」
「んー、ひとりじゃ危ないしなぁ」
九条先生が眉根を寄せる。水泳部はお昼休憩に入っていて、プールに残っている部員は少ない。邪魔にならずに練習できるチャンスだと思ったけれど、泳げない私が監視なしで練習するのはやはり厳しいようだ。
諦めて肩にかけたバスタオルで顔を拭いていると、先生の後ろから知っている顔がぴょこんと覗いた。
「私が教えてあげよっか? 結構教えるのうまいんだ」
そう言ってくれたのは、二年生マネージャーの横井さんだ。
聞けば、横井さんは痛めた足がまだ治りきらなくて、トレーニングをしながらマネージャーを兼任しているらしい。
「いいんですか? 午後練もあるのに……」
「うん、まだかなり時間があるし、大丈夫。今日は水着がないからプールサイドからにはなるけど、アドバイスはできるよ」
「お、横井。悪いけど、頼むな」
九条先生は完全に丸投げムードだ。でも、貴重な休憩時間を潰してしまうのは申し訳ない。
いいのかなと迷っていると、後ろから聞き覚えのある声が降ってきた。
「じゃあ、実技担当します」
えっ!?
びっくりしてふり返って見えた端正な横顔に、ぴんと背筋が伸びる。
「へぇ。黒崎くんが優しいなんて、珍しいね」
「同じクラスなので」
先輩相手でも、ぶっきらぼうな感じは変わらない。
黒崎くんはニヤニヤする横井さんにひと言だけ返し、キャップとゴーグルを着けてプールに飛び込んだ。
「あっ、よ、よろしくお願いしますっ」
私も慌ててバスタオルをたたんで、ふたりに頭を下げてプールに戻る。
わわわ……。
黒崎くんが近くにいて、集中できるかな。ドキドキしちゃって練習にならないかもしれない。
なんて心配していた私の甘い考えは、すぐにに打ち砕かれた。
見事なまでに、黒崎くんは鬼コーチだった。
またしてもプールの真ん中で立ってしまった私に、体育の九条先生が大きなため息をつく。
先生の指摘は正しい。息継ぎのときに身体が沈んでしまうのが怖くて、私はうまく呼吸ができなかった。
息苦しいまま泳いでいると、幼稚園の頃に溺れた記憶が蘇ってきてさらに苦しくなる。それでも前に進もうともがいて、余計に身体が沈んで最後には立ってしまう。
「とりあえず明日が最終日だから、合格できるようにがんばれよ」
今日の補習は午前中で終わり、残すところあと一日。このまま明日を迎えても泳げるようになるとは到底思えなかった。
「あの、あと少しだけ練習して行ってもいいですか?」
「んー、ひとりじゃ危ないしなぁ」
九条先生が眉根を寄せる。水泳部はお昼休憩に入っていて、プールに残っている部員は少ない。邪魔にならずに練習できるチャンスだと思ったけれど、泳げない私が監視なしで練習するのはやはり厳しいようだ。
諦めて肩にかけたバスタオルで顔を拭いていると、先生の後ろから知っている顔がぴょこんと覗いた。
「私が教えてあげよっか? 結構教えるのうまいんだ」
そう言ってくれたのは、二年生マネージャーの横井さんだ。
聞けば、横井さんは痛めた足がまだ治りきらなくて、トレーニングをしながらマネージャーを兼任しているらしい。
「いいんですか? 午後練もあるのに……」
「うん、まだかなり時間があるし、大丈夫。今日は水着がないからプールサイドからにはなるけど、アドバイスはできるよ」
「お、横井。悪いけど、頼むな」
九条先生は完全に丸投げムードだ。でも、貴重な休憩時間を潰してしまうのは申し訳ない。
いいのかなと迷っていると、後ろから聞き覚えのある声が降ってきた。
「じゃあ、実技担当します」
えっ!?
びっくりしてふり返って見えた端正な横顔に、ぴんと背筋が伸びる。
「へぇ。黒崎くんが優しいなんて、珍しいね」
「同じクラスなので」
先輩相手でも、ぶっきらぼうな感じは変わらない。
黒崎くんはニヤニヤする横井さんにひと言だけ返し、キャップとゴーグルを着けてプールに飛び込んだ。
「あっ、よ、よろしくお願いしますっ」
私も慌ててバスタオルをたたんで、ふたりに頭を下げてプールに戻る。
わわわ……。
黒崎くんが近くにいて、集中できるかな。ドキドキしちゃって練習にならないかもしれない。
なんて心配していた私の甘い考えは、すぐにに打ち砕かれた。
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