80 / 109
11.揺れる波間に見えるもの
補習①
しおりを挟む
夏祭りからしばらくして、水泳の補習がはじまった。
期間は三日間。
25m泳げたら合格、残りの期間の補習は免除になる。補習受講者は私を入れてたった四人だった。
今度こそ、絶対に最後まで残るわけにはいかない。
そう気合いを入れて臨んだけれど、受講者が一人減り、二人減りしていく中で、私は合格するどころか上達の兆しすら見えず、二日目にしてまたひとりきりになってしまった。
水泳部がハードなメニューをこなしている隣で、泳げない私がもたもた練習させてもらうことはかなり気が引けた。ひとりきりなら尚更だ。
私は、なるべく邪魔にならないように、端のコースで存在感を消して身を潜めていた。
黒崎くんはというと、八月中旬にある全国大会に向けて午前中も午後からも練習していて、プール内で見かけることはあっても話をする機会は全くなかった。
でも、私はそのことにちょっとホッとしていた。
話さなきゃいけないことはわかっている。朝陽くんのことも、文通のことも、頭の中をずっとぐるぐると巡っている。
けれど、今はまだ混乱していて、何をどう言えばいいのかわからなかった。
「黒崎、タイミングもう少しだけ早められんじゃね?」
プールサイドから声をかけられて、黒崎くんがゴーグルを額にずらして顔を上げる。リレーの引き継ぎの練習をしているらしく、彼は何度も飛び込みを繰り返していた。
「余裕ありますか?」
……あ、真剣な表情。
隣のコースで地味にビート板を使ってバタ足の練習をしていた私は、ついつい耳がダンボになる。
話す機会がなくても、同じプールでいるときはこうして彼の姿をこっそり見たり声を聞いたりすることができた。
「ああ、星田にはブレさせねぇからもうちょっと」
「ぶつけて指折れても合わせろって皆川がうるさいからな」
「すみません。星田さん、もう一度いいですか」
何を話しているのか意味はさっぱり理解できない。けれど、他の選手の人たちと話す黒崎くんの表情は真剣で、こんなに近くで練習風景を見られるなら補習になってよかったなと、ちょっとだけ思った。
「ひゃっ」
全体でのスイムの練習が始まると、激しく水しぶきが上がり大きな波がこちらにまで押し寄せる。
同じプール内にいても、端っこのコースの私と主にセンターコースを泳ぐ黒崎くんとは、別世界にいるみたいだ。
実際、黒崎くんの泳ぎは、別次元のように速くて綺麗だった。
……眩しいなあ。
ロープで隔たれたこちらの世界から、こっそりと彼の泳ぎを見つめる。もちろん真似することなんてできないけれど、あんなふうに泳げたらと私も手足を必死に動かしてみたりした。
期間は三日間。
25m泳げたら合格、残りの期間の補習は免除になる。補習受講者は私を入れてたった四人だった。
今度こそ、絶対に最後まで残るわけにはいかない。
そう気合いを入れて臨んだけれど、受講者が一人減り、二人減りしていく中で、私は合格するどころか上達の兆しすら見えず、二日目にしてまたひとりきりになってしまった。
水泳部がハードなメニューをこなしている隣で、泳げない私がもたもた練習させてもらうことはかなり気が引けた。ひとりきりなら尚更だ。
私は、なるべく邪魔にならないように、端のコースで存在感を消して身を潜めていた。
黒崎くんはというと、八月中旬にある全国大会に向けて午前中も午後からも練習していて、プール内で見かけることはあっても話をする機会は全くなかった。
でも、私はそのことにちょっとホッとしていた。
話さなきゃいけないことはわかっている。朝陽くんのことも、文通のことも、頭の中をずっとぐるぐると巡っている。
けれど、今はまだ混乱していて、何をどう言えばいいのかわからなかった。
「黒崎、タイミングもう少しだけ早められんじゃね?」
プールサイドから声をかけられて、黒崎くんがゴーグルを額にずらして顔を上げる。リレーの引き継ぎの練習をしているらしく、彼は何度も飛び込みを繰り返していた。
「余裕ありますか?」
……あ、真剣な表情。
隣のコースで地味にビート板を使ってバタ足の練習をしていた私は、ついつい耳がダンボになる。
話す機会がなくても、同じプールでいるときはこうして彼の姿をこっそり見たり声を聞いたりすることができた。
「ああ、星田にはブレさせねぇからもうちょっと」
「ぶつけて指折れても合わせろって皆川がうるさいからな」
「すみません。星田さん、もう一度いいですか」
何を話しているのか意味はさっぱり理解できない。けれど、他の選手の人たちと話す黒崎くんの表情は真剣で、こんなに近くで練習風景を見られるなら補習になってよかったなと、ちょっとだけ思った。
「ひゃっ」
全体でのスイムの練習が始まると、激しく水しぶきが上がり大きな波がこちらにまで押し寄せる。
同じプール内にいても、端っこのコースの私と主にセンターコースを泳ぐ黒崎くんとは、別世界にいるみたいだ。
実際、黒崎くんの泳ぎは、別次元のように速くて綺麗だった。
……眩しいなあ。
ロープで隔たれたこちらの世界から、こっそりと彼の泳ぎを見つめる。もちろん真似することなんてできないけれど、あんなふうに泳げたらと私も手足を必死に動かしてみたりした。
10
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

何故か超絶美少女に嫌われる日常
やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。
しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。
「ノベリスト」
セバスーS.P
青春
泉 敬翔は15歳の高校一年生。幼い頃から小説家を夢見てきたが、なかなか満足のいく作品を書けずにいた。彼は自分に足りないものを探し続けていたが、ある日、クラスメイトの**黒川 麻希が実は無名の小説家「あかね藤(あかね ふじ)」であることを知る。
彼女の作品には明らかな欠点があったが、その筆致は驚くほど魅力的だった。敬翔は彼女に「完璧な物語を一緒に創らないか」と提案する。しかし、麻希は思いがけない条件を出す——「私の条件は、あなたの家に住むこと」
こうして始まった、二人の小説家による"完璧な物語"を追い求める共同生活。互いの才能と欠点を補い合いながら、理想の作品を目指す二人の青春が、今動き出す——。
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

ハヤテの背負い
七星満実
青春
父の影響で幼い頃から柔道に勤しんできた沢渡颯(さわたりはやて)。
その情熱は歳を重ねるたびに加速していき、道場の同年代で颯に敵う者は居なくなった。
師範からも将来を有望視され、颯は父との約束だったオリンピックで金メダルを獲るという目標に邁進し、周囲もその実現を信じて疑わなかった。
時は流れ、颯が中学二年で初段を取得し黒帯になった頃、道場に新しい生徒がやってくる。
この街に越して来たばかりの中学三年、新哲真(あらたてっしん)。
彼の柔道の実力は、颯のそれを遥かに凌ぐものだったーー。
夢。親子。友情。初恋。挫折。奮起。そして、最初にして最大のライバル。
様々な事情の中で揺れ惑いながら、高校生になった颯は全身全霊を込めて背負う。
柔道を通して一人の少年の成長と挑戦を描く、青春熱戦柔道ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる