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10.夏祭り
水色④
しおりを挟む「嬉しい……ありがとう」
「来年は、はぐれないように迎えに来る。目を離すとすぐいなくなるから」
お礼を言う私に、また本気か冗談かわからないことを言ってイタズラっぽく笑う。
あ、ずるい笑顔だ……。
つられて私もはにかむと、黒崎くんはホッとしたようにわずかに目を細めた。
そのままじっと私を見つめる。
まっすぐに人を見るのは、おそらく黒崎くんの癖だ。慣れなくていつも戸惑ってしまう。今は、眼差しが優しいから余計にどうしていいかわからなくなる。
遠足の時も海で話した時も、まっすぐにわたしの目を見てくれたことを思い出して、きゅうっと胸の辺りが苦しくなった。
「北野」
「は、はいっ」
名前を呼ばれて、思わず肩に力が入る。
日に焼けた頬から笑みが消えて、しばらく沈黙が流れる。いつもは揺るがない瞳が、なんだか迷っているように見えた。
「大和と会って、大丈夫だった?」
「え……」
ドクン、と心臓がいやな音を立てて跳ねる。目の前で、黒崎くんがハッと息を呑んだ。
彼の顔色が変わったことで、自分がどんな表情をしてしまったのかが想像できた。
「あ、え、っと、あの……」
ドクドクと鼓動が激しく波打つ。動揺で震えた唇から、かすれた声が漏れた。
朝陽くんから聞いたんだろうか。
頭の中をさっき決別した朝陽くんがぐるぐるとまわる。
答えなきゃ、言わなきゃ……。
でも、焦れば焦るほど、何をどう言えばいいのかわからない。
「……ごめん、やっぱりいい。じゃ、また学校で」
黒崎くんはふっと目を逸らし、私に背を向けた。
けれど、彼を引き留める言葉さえ出てこない。私はそのまま何も言えず、出て行く背中を見送ることしかできなかった。
黒崎くんが帰るなり、ママはすごい勢いで詰め寄ってきた。
「詩ちゃん、あのイケメンは何者? まさか、彼氏!? もう! 上がってもらえばよかったのにぃ! あ、夏みかんがあるのっ。追いかけて持って帰ってもらったら?」
それを逃げるようにかわして縁側に戻ると、ブルーはすでに帰ってしまっていた。
もっと話したかったのにな。手紙の返事も渡せなかった。
がっかりして、ふて寝するように縁側に寝転ぶ。庭をぼんやりと眺めながら、何度もため息がこぼれ落ちた。
園芸が趣味のパパが植えた白いキキョウの花が、夜の闇に浮かび上がり、美しく映える。
けれど、花を眺めていても、頭に浮かぶのは黒崎くんのことばかりだった。
……黒崎くんは、やっぱり気づいていたんだ。
大和くんと知り合いなのかと、彼は今まで一度も聞かなかった。
関東大会でのあのやりとりを見れば、不思議に思って尋ねるはずだ。それをしなかったのは、大和くんが朝陽くんだとわかっていたからだろう。
黒崎くんは、私を気遣って何も聞かずにいてくれたんだ。
彼の指が触れた頬をそっと撫でる。
『無事でよかった』
黒崎くんの言葉が頭の中に響き、ため息まじりの優しい声にじわじわと視界がにじんでいく。息ができないくらい、胸が締めつけられた。
……言わなきゃ。
熱い思いが湧き上がる。考えるより先に、身体が動いていた。
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