それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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10.夏祭り

夏祭り④

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「まだ待ってるのかな、あの子」

「ふふっ。バッグを預けて来たしね。何にも気づかずにずっと待ってるんじゃない?」

 え……?

 状況がよく飲み込めなくて戸惑っていると、女の子たちが嬉しそうに白石さんを取り囲む。

「百合ちゃん、悪いなぁ」

「いい気味だよね」

「だって、黒崎くんと一緒に夏祭りに行くなんて許せないでしょ。写真部の子から聞いて、びっくりしちゃった」

 一気に血の気が引いた。ドクドクと動悸が激しくなる。

「遅刻して、嫌われちゃえばいいのよ」

 ツンとした白石さんの声に同調するように、また笑い声が響く。

 お腹が痛いの、嘘だったんだ。
 手足がすうっと冷えていく。ふっと頭に朝陽くんの顔がよぎって、慌ててぷるぷるとふり払った。
 辛いことがあると彼を思い出すのは、悪い癖だ。
 私だって白石さんを警戒していたし、バレないようにと黙っていたんだから、きっとお互いさまだ。
 そう自分に言い聞かせる。でも、どれだけ理由をつけても、こんなふうに騙されるのはやっぱり悲しかった。

 心を落ち着かせるために大きく息を吐く。ふと目を落として、胸に抱きしめたままのバッグに気づいた。

 ……これ、どうしよう。

 返さなきゃいけないけれど、今は出て行きにくい。でも、ここに置いては行けないし。
 ぐるぐる考えて迷っていると、別の声が聞こえてきた。

「百合子、戻ろう。あの子きっと、ずっと待ってるよ」

「だから、マリちゃんはすぐそうやって……」

「だって、百合子のこと本気で心配してくれてたでしょ。こんなのよくないよ」
 
 びっくりした。さっきの「マリちゃん」だ。
 まさか白石さんの仲良しの彼女に、こんなふうに言ってもらえるとは思っていなかった。

 見つからないように木の陰から覗いて、そっと様子を伺う。
 会話の内容からして、どうやらマリちゃんは白石さんの嘘を知らなかったらしい。ふたりはさらに言い争いを重ねていて、まわりの友達もどうしていいのかわからないようで、困り顔でアワアワしている。

「ちょっとイジワルしただけでしょ! 遅刻させるくらいいいじゃないっ」

「ちょっとじゃないよ。ほら、戻るよ」

「マリちゃんは誰の味方なの!? そんなに言うならマリちゃんだけ戻ればいいでしょ! みんな、行こっ」

 白石さんが大きな声で跳ねつけて、背を向ける。そして、そのままマリちゃんを残して他の子たちと夜店が立ちならぶ参道の方へ消えていってしまった。
 ポツンと残された背中が寂しく見える。どうしようか迷ったけれど、放っておけなくて私はおそるおそる声をかけた。

「あの、マリちゃんさん……」

 ビクッと肩が震える。マリちゃんは、すぐにはふり返らなかった。

「なによ、そのマリちゃんさん、って」
 
 しばらくしてふり向いた顔には、呆れたような苦笑いが浮かんでいた。その眼差しがとても悲しそうでチクリと胸が痛む。

「……カバン、ありがと。百合子たちには私から返すから」

 手を差し出して、マリちゃんはちょっと笑った。
 笑うと右の頬にだけえくぼができる。それが、キリッとした印象の彼女を少しだけやわらかく見せた。

「百合子がごめんね。あの子、ワガママだから」

 静かな声に優しさがにじむ。私はなんだか切なくなった。
 さっきあんなふうに言ったのは私のためじゃなく、きっと白石さんのためだ。マリちゃんは、白石さんをすごく大切に思っているんだろう。
 その気持ちが伝わってきて、胸のあたりがぎゅうっと苦しくなる。
 気づくと私は、返しかけた白石さんのバッグの柄をぎゅっと握り直していた。

「私、直接返してくる。黒崎くんのことも言わなきゃいけないし……だから、マリちゃんさんは、そのあとのフォローをお願いっ」

 きっと、これはお節介だろう。でも、このまま何もなかったことにしてお祭りを楽しむなんてできない。

「北野さんって、お人好しだね。『さん』はいらない。マリでいいよ」

 マリちゃんは少し呆れたようにまた右頬を窪ませ、肩をすくめて笑った。
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