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9.思い出の人
夏はすぐそこ②
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「北野」
「ひゃあっ」
ドキッとして、思わずぴょんっと跳び上がる。聞き覚えのある低い声が誰のものか、すぐにわかった。
「は、はい」
追い詰められた犯人のようにおそるおそるふり向いて、小さく返事をする。すでにジャージ姿の黒崎くんは、相変わらず無表情で不機嫌そうに見えた。
いつから後ろにいたんだろう。今の話……聞こえていたかな。
それを本人に尋ねるわけにもいかず、アワアワしながら様子を伺っていると、
「明日、SSの練習のあとミーティングがあって、もしかしたら18時を少しだけ過ぎるかもしれない。神社で待つの、大丈夫?」
そんな私に構うことなく、黒崎くんは淡々と夏祭りの話をはじめた。夏梨ちゃんの前でも気にする素振りすら見せない。
よかった。いつもどおりの黒崎くんだ。
私は胸を撫で下ろし、頬をゆるませてコクコクと頷いた。
黒崎くんは、何もなかったみたいに変わらない。
今朝久しぶりに会ったときも「風邪はもう大丈夫?」と心配してくれたこと以外、彼は何も言わなかった。休み中に私が禿げるほど悩んでいた「大和くん」との関係も、一切聞こうとはしなかった。
朝陽くんが何も言わなかったのか、黒崎くんが気づかなかったのかはわからないけれど、とりあえず話さずに済んだことに、私はホッとしていた。
もし黒崎くんに朝陽くんとの和解を勧められたり、大和くんがどれだけいい人かを話されたりしたら、きっと耐えられないだろうから。
「全然、大丈夫、です」
「よかった。なるべく早く行くから」
黒崎くんの日に焼けた頬がほんの少しほころび、胸がきゅうっと甘く軋む。
ちょっと離れたところでニマニマしながらこちらを見ている夏梨ちゃんが目に入り、ちょっと恥ずかしくなった。
私、にやけて変な顔してないかな……。
確かめるようにに頬をつねっていると、黒崎くんは大きな身体を少しだけかがめて私を覗き込んだ。
わ、わわ……。
近づいた距離に、ぐっと肩に力が入る。
黒崎くんはまっすぐに目を合わせて、私にだけ聞こえるくらいの小さな声でささやいた。
「気合い入れて、浴衣で待ってて。嬉しいから」
え……。
無表情な口の端がわずかに上がる。
頷くことも返事をすることもできずに固まる私を残し、黒崎くんはそのまま踵を返して階段を駆け下りていった。
「あれ、ほんとに黒崎くん!? 詩ちゃんどんな魔法つか……わっ、顔真っ赤だよっ」
近づいてきた夏梨ちゃんが、びっくりして目を見開く。私はきっと、これ以上は無理っていうくらい真っ赤になっていたに違いない。
顔だけじゃなく、首や耳までお湯を沸かせそうなくらい熱い。心臓の鼓動が激しくて胸が痛い。
……ダメだ、キャパオーバー……。
私はヘナヘナとその場に座り込み、しばらく立ち上がることができなかった。
「ひゃあっ」
ドキッとして、思わずぴょんっと跳び上がる。聞き覚えのある低い声が誰のものか、すぐにわかった。
「は、はい」
追い詰められた犯人のようにおそるおそるふり向いて、小さく返事をする。すでにジャージ姿の黒崎くんは、相変わらず無表情で不機嫌そうに見えた。
いつから後ろにいたんだろう。今の話……聞こえていたかな。
それを本人に尋ねるわけにもいかず、アワアワしながら様子を伺っていると、
「明日、SSの練習のあとミーティングがあって、もしかしたら18時を少しだけ過ぎるかもしれない。神社で待つの、大丈夫?」
そんな私に構うことなく、黒崎くんは淡々と夏祭りの話をはじめた。夏梨ちゃんの前でも気にする素振りすら見せない。
よかった。いつもどおりの黒崎くんだ。
私は胸を撫で下ろし、頬をゆるませてコクコクと頷いた。
黒崎くんは、何もなかったみたいに変わらない。
今朝久しぶりに会ったときも「風邪はもう大丈夫?」と心配してくれたこと以外、彼は何も言わなかった。休み中に私が禿げるほど悩んでいた「大和くん」との関係も、一切聞こうとはしなかった。
朝陽くんが何も言わなかったのか、黒崎くんが気づかなかったのかはわからないけれど、とりあえず話さずに済んだことに、私はホッとしていた。
もし黒崎くんに朝陽くんとの和解を勧められたり、大和くんがどれだけいい人かを話されたりしたら、きっと耐えられないだろうから。
「全然、大丈夫、です」
「よかった。なるべく早く行くから」
黒崎くんの日に焼けた頬がほんの少しほころび、胸がきゅうっと甘く軋む。
ちょっと離れたところでニマニマしながらこちらを見ている夏梨ちゃんが目に入り、ちょっと恥ずかしくなった。
私、にやけて変な顔してないかな……。
確かめるようにに頬をつねっていると、黒崎くんは大きな身体を少しだけかがめて私を覗き込んだ。
わ、わわ……。
近づいた距離に、ぐっと肩に力が入る。
黒崎くんはまっすぐに目を合わせて、私にだけ聞こえるくらいの小さな声でささやいた。
「気合い入れて、浴衣で待ってて。嬉しいから」
え……。
無表情な口の端がわずかに上がる。
頷くことも返事をすることもできずに固まる私を残し、黒崎くんはそのまま踵を返して階段を駆け下りていった。
「あれ、ほんとに黒崎くん!? 詩ちゃんどんな魔法つか……わっ、顔真っ赤だよっ」
近づいてきた夏梨ちゃんが、びっくりして目を見開く。私はきっと、これ以上は無理っていうくらい真っ赤になっていたに違いない。
顔だけじゃなく、首や耳までお湯を沸かせそうなくらい熱い。心臓の鼓動が激しくて胸が痛い。
……ダメだ、キャパオーバー……。
私はヘナヘナとその場に座り込み、しばらく立ち上がることができなかった。
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