それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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9.思い出の人

まどろみ②

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 鉛玉を飲み込んだように、胸のあたりがずしりと重い。黒いものが心を侵食するみたいに広がっていく。

 黒崎くんは、大和くんが朝陽くんだって気づいたかな。逃げ帰った私を、きっと不審に思っているだろう。

 黒崎くんに嘘は吐きたくないけれど、彼の友達の大和くんが朝陽くんだとは知られたくない。
 どうしたらいいんだろう。
 考えなくちゃいけないことはたくさんあるのに、うまく頭が回らない。
 頭から離れてくれない朝陽くんをふり払おうと、ぎゅっと目を閉じたとき、ノックの音がした。

「詩、大丈夫? 大きな声がしたけど」

 夢の中だけじゃなく本当に叫んでいたらしい。声を聞きつけたママが、扉から顔を覗かせた。

「だい、じょぶ……」

 頷いて起き上がろうとしたけれど、身体に力が入らない。少し動いただけで頭がクラクラした。

「まだ熱が高いから寝てなきゃ。今替えのパジャマ持ってくるね。あ、そうだ。これ」

 私をベッドに戻して部屋を出て行こうとしたママが、エプロンのポケットから細長く折り畳まれた水色の紙を取り出す。

 あ……。

 それは、花さんからの手紙だった。

「久しぶりに晴れたから、いつもの猫ちゃんが届けてくれたの。読むのは熱が下がってからね」

 熱を出す前から雨の日が続いていて、もう何日もブルーに会っていない。
 
 元気かな。ママにお礼のオヤツはもらったかな。
 私を見つめる青い瞳を思い出し、じわりと目頭が潤んだ。
 少しでも会いたかったな。手紙の返事も渡したかったのに。

 重い腕を持ち上げて、ママが枕元に置いていった手紙に手を伸ばす。

 ……今日は、水色だ。

 震える指では、なかなかうまく開くことができなくてもどかしい。なんとか破かないように開いて、ゆっくりと目を通す。
 今日も手紙は短くて、ずっと雨が降っていてブルーが外に出られなくて退屈していることと、この前の恋についての質問の答えが書いてあった。

『アドバイスできるほど詳しくはないけれど、私の場合は、気づくと会いたいなと考えていたり、その人を想うと頑張ろうと思えたりします。
あとは、笑ってる顔が見たいって思うかな』

 丁寧で綺麗な字から、優しい感情が伝ってくる。ため息まじりの吐息がこぼれ落ちた。

「気づくと、会いたいなって……」

 花さんの言葉をなぞって、ふっと黒崎くんの顔が頭をよぎる。心臓のあたりが、きゅうっと苦しくなった。

「うう、痛い……」

 思わず呻いて手紙を胸に押し当てる。ぎゅっと目を閉じると、熱く潤むまぶたの裏に優しく笑う黒崎くんが浮かんだ。

「……会いたい」

 頭がぼんやりして、つい心の声が漏れる。
 朝陽くんのことを考えれば、黒崎くんに会うのが怖い。けれど、それでも会いたい気持ちの方が大きかった。

「黒崎くんに、会いたい……」

 声に出して名前を呼ぶと、その想いがふくらんでまた涙があふれる。横になっているのにグラグラと頭が揺れている気がした。
 それ以上考えられなくて、もう一度目を閉じる。

 だんだんと落ちていくまどろみの中で、ブルーのかわいい鳴き声が聞こえた気がした。
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