それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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9.思い出の人

関東大会④

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 黒崎くんたちの表彰式のあと、最終種目のメドレーリレーの決勝が行われ、2日目の競技日程はすべて終了した。

 接戦だった100m自由形の決勝レースは、0.16秒差で5レーンの選手が勝利した。横井さんが優勝候補だと言っていた、黒崎くんのライバルの人だ。
 僅差での2位に、私も応援団のみんなも呆然としてしばらく動けなかった。
 スタンドの歓声が今も耳に残る。1分にも満たないあの時間は、永遠にも一瞬にも思えた。
 手のひらに爪のあとが残るくらい拳を握りしめ、私は夢中で黒崎くんを見つめていた。

「あ、詩。黒崎来たよ」

 由真ちゃんに呼ばれて、ハッと我に返る。
 せっかく来たんだから差し入れだけでも渡して帰ろうとふたりに言われて、私はピロティの柱の陰で黒崎くんを待っていた。

 うう、緊張する……。

 ずっと手に持ったままの紙袋の柄を握り直して、深く息を吐く。
 なんて話しかけたらいいのかな。
 黒崎くんに会うのは、予選のあと以上に緊張してしまう。
 準優勝して来月中旬にあるインターハイ出場が決定したけれど、おめでとうと言っていいのかわからなかった。

「わ、隣にいるの大和くんじゃない? 清陵のジャージ来てるもんっ。え、決勝で戦ったのに? ライバルで仲良しとかヤバくない? 漫画なの!?」

 今日一日で競泳選手事情にすっかり詳しくなった夏梨ちゃんが目をらんらんと輝かせる。
 私の隣で柱に張り付くようにして、様子を伺う姿は下手なスパイのようだ。

 ……どうしよう。

 友達と一緒なら、声をかけない方がいいかな。さっきのレースのこともあるから、邪魔はしたくない。
 夏梨ちゃんの横でうろうろと迷っているうちに、黒崎くんの声が聞こえてきた。

「紹介とかいらねぇ。興味ない」 

「おまえ、その女嫌いどうにかしろよ。大丈夫だって、めちゃくちゃかわいい子だから!」

「そんなにかわいいなら、おまえが行けよ」

「俺は無理だよ。ずっと運命の人を待ってんの……って、その虫ケラを見るような目、やめて」

 ふたりの会話に続き、黒崎くんの笑い声が響く。

 ……わ、わわ。

 びっくりした。
 黒崎くんが声を出して笑うなんて、すごく珍しい。きっと相当心を許している相手に違いない。
 夏梨ちゃんの言う通り会話の相手が清陵の大和くんなら、さっきの決勝で接戦の末に惜敗した相手だ。
 本気で競って切磋琢磨するライバルでもあり仲良しでもあるって、すごく素敵だ。
 
 ちょっとだけ……。

 好奇心には逆らえず、こっそり覗こうと顔を出したそのとき、

「あれ、北野」

 タイミング悪く、黒崎くんが柱の前を通った。

「わあっ」

 バチッと音がするくらいしっかりと視線がぶつかる。驚いて、思わずぴょんと跳び上がった。

「あ、あの……こっ、こんにちは」

「……何してんの?」

 私の間抜けな挨拶に、黒崎くんがいつもと変わらないぶっきらぼうな口調で尋ねる。
 本当に何をしているんだろう。逆に私が聞きたい。

「ライバルとの友情シーンを覗いていました」なんて言えるわけもなく、私はごまかすように差し入れの紙袋を差し出した。

「あの、おつ、お疲れさまですっ。これ、さ、差し入れっす」

 動揺してとんでもなく噛みまくっていて、恥ずかしい。
 後ろで由真ちゃんたちが笑うのを我慢してているのが、ふり向かなくてもわかった。
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