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9.思い出の人

関東大会③

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 午後から決勝レースが始まった。
 予選と違って、決勝は男女とも1組しかいないから進行が早い。あっという間に100m自由形の召集が始まって、プールサイド脇に黒崎くんが姿を現した。

 インターハイがかかった決勝というとピリピリした雰囲気なのかと思ったらそうでもなくて、黒崎くんは列の隣の人と珍しく笑いながら話している。
 関東大会で決勝に進むほどの選手なら、みんな顔見知りなのかもしれない。
 ひとつ前の決勝レースが始まり、メインプールに入場しても、彼はいつもと変わらなかった。スタート台の後方に置かれた椅子に座り、急ぐことなくジャージを脱いでストレッチをしたり、ジャンプしたりして身体をほぐしている。

 ……緊張しないのかな。

 他の人もそうだけれど、黒崎くんはこんな観衆の中でも無表情で平常心に見えた。
 前のレースが終わり、1コースの選手から順に名前が呼ばれていく。それに手を挙げて応えると、スタンドの各学校の観客席から声援が飛び交う。
 黒崎くんと同じくらい黄色い声が多かったのが5レーンの選手だ。メガホンを叩く音や掛け声も重なって、名前が聞き取れないくらいすごかった。
 競泳の場合、泳ぐレーンは予選タイムで決まり、波の影響が少ない真ん中のレーンからタイム順に配置されるらしい。
 予選1位の黒崎くんは、センターの4レーンだ。
 選手たちがスタート台に上り、ホイッスルの合図とともに身をかがめる。スタンドの声援が消えて会場が静寂に包まれた。

 ……始まる。

 張り詰めた空気に、ぐっと息を呑む。
 次の瞬間、スターターピストルの高く乾いた音が響いて一斉に水しぶきが上がった。それと同時に観客席が沸き上がる。
 みんなが見つめる中、一番速く遠くに浮かび上がったのは、黒崎くんだった。

 わあ……!

 歓声が一際大きくなる。
 黒崎くんの泳ぎは、今までとは違って見えた。
 周りも同じくらい速いからなんだろうか。それとも真剣勝負だからなのか。
 一番初めに見た泳ぎとも、今日の予選の泳ぎとも、迫力が全く違っていた。
 またたく間に、黒崎くんが50mを1位で折り返す。そのすぐ後に5レーンの選手がターンして黒崎くんを追っていく。
 ふたりは他の選手より半身ぐらいリードしていて、どちらかの優勝はもう間違いないように思えた。

 黒崎くん、がんばって……! 

 前のめりになって、ぎゅっと拳を握りしめる。息をするのも忘れていた。
 残り10mでふたりが横に並ぶ。もう息継ぎすらしない。耳が痛いくらいの声援と歓声が会場に響く。
 そして、5レーンの選手がほんの少しだけ前に出たように見えたそのとき、ふたりはほぼ同時にゴールした。
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